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2016
05.19

Collector 18

Category: Collector(完)
遠くがぼんやりとした白さに照らされているような気がする。それは瞼を閉じていても分かるくらいの明るさだった。つくしはゆっくりと目を開いた。
窓のカーテンは開け放たれて朝の光りが床の上に脱ぎ捨てられた衣類を照らしていた。
外はきっと肌寒いはずだが部屋の中は空調が程よく効いていて寒さは感じられなかった。
隣に寝ていた男はすでにいなかったが煙草を吸ったあとだけが見て取れた。



***




つくしの眠りは断続的にしか訪れず、夜間に何度も目が覚めた。
その度に自分の背中に押し付けられた熱を感じていた。体に回されている腕は逞しく鋼のようでつくしの体を逃がしはしなかった。暗闇の中、目を閉じても開けても見えるのは闇ばかりで何も見えはしない。暗闇の中で思い出されるのはいつも同じことばかりだ。
あのとき、どうしてあたしはあんな酷い言い方をしてしまったんだろう。
つくしが過去に犯した過ちはただひとつだけ。それは道明寺の心を傷つけてしまったことだった。
それまでは嘘偽りのない人生を送っていたはずだ。別に自分が善人だなんて思ってもいないが、決して自分を偽ることなく、例え自分が酷い目にあっても他人を傷つけたことなんてなかった。なのにあたしは一番傷つけたくなかった人を自分の言葉と行動で傷つけてしまった。




『 あなた牧野つくしさんですよね? 』

そう声をかけて来たのは身なりのいい紳士だった。
制服姿のつくしは戸惑ったが自分の名前を呼ばれ思わず頷いていた。
知らない人間に声を掛けられて頷いた自分は迂闊だったかもしれない。
違いますと言って走って逃げればよかったのかもしれないが、何故かそうは出来なかった。
バイトに遅れるから早くここから立ち去らなければと思ったが立ちつくしていた。

『 司様のお父様の秘書を務めています 』

あのときから二人の世界は崩壊しはじめた。
そのあとで道明寺の父親が初めてつくしの前に現れたとき今までとは違う大きな何かが自分達の前に現れたと思った。
家族の生活はつくしの働きにかかっていたところが大きかった。父親のギャンブル癖は家族を苦しめ家計を圧迫し続けていた。つくしは甲斐のない家族のなかで孤軍奮闘していた。
そんなときに道明寺の父親からの申し出だったのだからお金に目が眩む人間だと信じられても仕方がなかった。
つくしの心の中では10年前にひとり心でケリをつけた恋心だった。
諦めなければならなかった恋。
どう足掻いたところで、この男と一緒に生きることは出来ないと無理矢理理解させられていたのだから。
家族の為にと言う理由で別れたが忘れることは出来ずにネックレスだけは手元に置いていた。
あの時は別れて良かったと思いたかった。あたしはこの男の人生のプラスにはならないからと自らを納得させていた。


背中で大きく息を吸い込むような気配が感じられ、押し付けられていた胸が大きく動いたのがわかった。

愛憎は表裏一体と言うが愛があるからこそ、憎しみが生まれる。
憎しみは・・・愛のあとにやって来るものだ。興味のない人間に対してなど愛も憎しみも生まれはしない。今の道明寺の心はあたしに対しての憎しみでいっぱいだ。愛していたからこその憎しみ・・・そう思いたい。そうでなければ今のあたしには辛すぎる。復讐だけだなんて思いたくない。

道明寺にはあたしに理解が出来ない怒りと暗さがあることだけはわかる。
それは決してあたしだけに対してじゃないはずだ。

そんな思いは背後から回されていた腕に力がこもると打ち消されていた。

「逃げねぇのかよ?」虚ろな声が耳元で聞こえた。

「今のあたしに・・逃げる場所がある?」

「逃げても捕まるなら・・ここにいる・・」

「ふん、それもそうだ。けど簡単に言うことを聞くとは思えねぇけどな」

「確かに今のおまえには行くとこも、逃げるところもねぇよな」

「おまえの居場所は俺の傍以外にねぇからな」

張りつめた空気が流れるなか、つくしがベッドから起き上がろうとした。

「どこへ行くつもりだ?言ったはずだ。逃げ場なんてねぇぞ?」

司は腰に回した腕を締め付けた。
酷使された体が震えているのがわかった。
それは俺に対する怖れから来るものなのか?

司はつくしに憎まれているのと同じくらい自分が憎かった。
自分自身への憎しみ・・・いつの頃からか自分を憎んでいた。
牧野の体さえ手に入ればそれでいい・・そう自分に言い聞かせていた。
野蛮なことをしても、どんなことをしてでもこの女が欲しかった。
10年ぶりに再会して自分が牧野を拒めないように、牧野にも自分を受け入れさせたかった。拒めないということを認めさせたかった。それももっとも原始的なやり方でだ。
だが抗う女を抱いているうちに今までとは違う感情を抱いていた。体だけじゃなく心も欲しい。肉体的な欲望よりも心が。あの頃と同じ牧野の心が・・


自分が酷使した体に残る痣。
華奢な手首には手枷をされたあとが残り痛々しかった。

「傷つけたか・・」

司の心に甦ったのは幼い頃の自分に対しての父親の言葉だ。
それはペルシャに伝わる昔ばなし。亀とサソリの話。
遠い昔、亀とサソリは仲良く暮らしていたが、彼らは今住む場所から別の場所へと移住することになった。二匹は一緒に仲良く旅をしたが暫く進むと川にたどり着いた。
亀は泳いで川を渡ることが出来るがサソリには出来ない。サソリは自分の運の悪さを嘆いた。そんなサソリを見た亀は猛毒を持つサソリが怖かったが、自分を刺さないなら背中に乗せて向う岸まで渡ってあげると言った。困っている友がいれば助けるのは当然だ。そう言って亀はサソリを背中に乗せて川を渡り始めた。サソリはその言葉に感動し、亀を刺さないと約束をした。だがようやく向う岸へとたどり着こうというところで、サソリは亀を刺した。
決して刺さないと約束をしたのに、どうして刺したんだと亀は叫んだがサソリは亀の体に毒を送り込んだ。サソリは答えた。

『 これがぼくの性(さが)だから仕方がないんだ 』

さそりの針に恨みはない。もともと持っている本質だ。
要は本質は変えられないと言うことだ。
司がこの話を意識するようになったのは、自分が暴力の嵐の中に身を置いていたときだった。
それはまさに自分のことだと思った。誰よりも力があり、頭の回転が速く、冷酷で残虐だと言われた男だった。そんな司の持つ毒は学園を支配するには丁度よかったはずだ。
彼に触れれば殺されたも同然になった人間は大勢いたのだから。
そんな自分を変えてくれた女が牧野だった。
俺に笑いかけてくれた牧野・・

『 司、おまえは道明寺家の跡取りだ。それは生まれた瞬間から決まっていた。
 いや。母親のお腹の中に宿った瞬間からおまえに授けられた宿命だ。逃げ出すことは出来ない。おまえには決められた運命が待っている。おまえの本質はこの邸で作られるんだ 』

一度は父親の言葉に逆らい運命を変えようとした。
どこで、どうしてこんなに狂っちまったのか・・
所詮人間の本質は変わんねぇのか・・・・あのサソリのように・・・





いくら愛情を注いでも本質は変えられねぇのか・・

それは本当なのか・・

・・そうなのかもしれねぇ・・

今の自分は・・毒を持つサソリなのか・・


物語の最後はどうなったか。
毒が体に回った亀と刺したサソリは二匹とも川の底へと沈んでいった。
本能のままに行動したばかりにサソリは死んだ。
自分の命を落とすことになっても本能には逆らえない悲しい性(さが)。
それはサソリがサソリである為のプライドとも言えるのかもしれない。

「傷つけちまったか・・・」
司は欲しいものは手にいれたはずだった。


それでもどこかに虚しさが感じられるのは何故なのか・・
今の自分には無いはずの心に押し寄せるこの気持ちが・・分からなかった。








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コメント
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dot 2016.05.19 09:49 | 編集
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dot 2016.05.19 13:29 | 編集
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dot 2016.05.19 14:44 | 編集
ぴ**ゃん様
大変お待たせいたしました。m(__)m
前回も楽しみにしていると言って頂いてます。ありがとうございます。
途中でお話が終わってしまうことだけは無いようにと思っています。
ご心配をおかけいたしました。
プロットはあるのですが、内容が内容だけになかなか進みません。
時々喝ッ!を入れて下さいませ。
こちらのお話を楽しみにして頂けるなんて(ノД`)・゜・。
ありがとうございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.05.19 22:16 | 編集
co**y様
こんにちは^^
黒い坊ちゃん大丈夫ですか?歪んでるんです。
誰のせいでこんなに歪んだのか・・そこが問題なんです。
御曹司、エロ坊ちゃん好きですか?ありがとうございます!
妄想が激しくて制御不能です。これからもたまに出て来る予定です。
坊ちゃんの妄想と言うより私の妄想ですよね?(笑)
勉強は・・(笑)えーっと・・経験しているものもあります(^^ゞ
毎日楽しみに・・本当に嬉しいです!
ありがとうございます^^
拙宅には只今、歪んだ司とエロい司と、比較的ノーマルな司が居ますが
どれも楽しんで頂けるように頑張りたいと思います。
いつも温かいお言葉をありがとうございます。はい。無理は禁物ですよね(笑)
でも連載途中で休むと長患い(休みっぱなし)になりそうで怖いんです。
連載中のものだけは・・と言う思いで頑張ります。
コメント有難うございました(^^)



アカシアdot 2016.05.19 22:38 | 編集
金*草様
そうでしたか、テキスト教材で・・。私もこの民話を知った時はハッとしました。
亀の気持ちとサソリの『性』
生まれ持った『性』は変えられない。そうですね人の本質は・・変わらないと思います。
亀はサソリを信じましたが、最後にはこれは自分の性だから・・のひと言で終わらせてしまう。
でも性善説と性悪説に照らしてみればどうかな・・と考えてみたりもします。
人は生まれつきは善だが成長すると悪行を学ぶ。
人は生まれつきは悪だが成長すると善行を学ぶ。
でも『性』は避けられない習性なんですよね・・
はたしてこの司はどちらなのでしょうか・・
ひとりの少女に出会ったことで司の性が変わった・・と思いたいのですが・・難しいですね。
コメント有難うございました(^^)



アカシアdot 2016.05.19 22:59 | 編集
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dot 2016.05.20 00:19 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
本当に久しぶりになってしまいお待たせ致しましたm(__)m
酷い男なんですが憎めない男。司の心の中には複雑な思いが湧き上がっているようです。
酷いことをしたと後悔しながらも、それを止めれない。『性』なのでしょうか。
『性』は変えられないと言う思い・・でもつくしと過ごした短い期間は違ったという意識はあります。
が、いなくなると以前の司、いや大人になった分、それ以上酷い男になりました。
そんな司はエロ坊ちゃん(笑)もうねぇ、自分でもどうしてこんな極端に?となります(笑)
エロ坊ちゃんはひたすら自分の妄想に拍車をかけてます。次はどんな妄想に走るのでしょうか?
大人の恋~は他の坊ちゃんに比べたら普通ですよね?
マ**チ様の活力のひとつになれて本当に嬉しいです。いつもありがとうございます。
ちなみにマ**チ様の中でエロ坊ちゃんってどんなイメージですか?単なるエロ支社長でしょうか?
なんとなくでいいので、またお時間があるときに教えて頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.05.20 01:00 | 編集
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dot 2016.05.20 08:03 | 編集
ま*も様
そうですよね、苦手な方も多いと思います。
こちらのお話は明るいお話ではありませんので、難しいなぁと思われましたらお控え下さいませm(__)m
司の心に巣食う闇を拭い去ることは出来るのか・・
ステキなお話とお言葉を頂き嬉しい限りです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.05.20 22:55 | 編集
as**ana様
お待たせ致しましたm(__)m
暗いですよね、こちらのお話は。
何しろ司の心は暗闇の中を彷徨っていますので仕方ありません。
人間の本質は変わらないんです。
ただ、その心の奥底に何があるのか・・人の心の奥にあるものは・・
さて、こちらの司の行く末はどうなるんでしょうか。
そしてつくしの行く末は・・
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.05.20 23:06 | 編集
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dot 2016.05.21 07:35 | 編集
る**な様
はじめまして。
そうですよね、私も大好きなサイト様でのお話が途中で止まっているのがとても残念で、気になっていました。
闇をかかえたままの歪んだ司の話がお好きとのこと、私もそんな司が大好きなんです。
是非完結するまで書きたいと思っています。人間の本質は変わらないのか・・
そのあたりがこの司の闇に係わってくるように思えます。不定期更新ですがよろしくお願いします。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.05.21 22:35 | 編集
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dot 2016.05.21 23:58 | 編集
さと**ん様
亀とサソリのように共に沈むことがないように、と思っています。
今は心がない司ですが、その心を見つけ出してあげることが出来るといいのですが。
司の本質が誰の影響なのか・・が関係しています。
2人には幸せになってもらいたと願っています。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.05.22 00:27 | 編集
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