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2016
04.28

第一級恋愛罪 45

あのときの指輪はつくしの部屋の金庫から俺の部屋の金庫に移され大切に保管されている。

一緒に暮らし始めてわかったことは、つくしは整理魔だったことだ。
それに分別くさい女は物を大切に扱うし無駄遣いを嫌う。
女と同棲をするのは初めてだったが意外といいもんだ。
小うるさいと思うこともたまにはあるが・・

バスルームに入れば俺の歯ブラシの隣にはつくしの歯ブラシがあり、女性特有の洗面道具が並べられている。そしてほのかに香るシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐった。
その香りは俺が男であることを嫌でも意識させられる。
同じベッドに寝て、同じ時間に目覚める生活の毎日にも慣れて来た。
それはまたとない時間。目覚めて最初に見る顔が愛おしくキスせずにはいられない。
キスすれば止めるのが嫌になる。そのうちキスだけじゃ済まなくなって怒られる。
体を隙間もないほど密着させて愛し合いたい・・つくしの中に入りたい・・毎朝その思いだ。

素っ裸でうろうろするのは止めてくれと言うが、俺はそんなことは意識してない。
「おまえ俺のこと愛してるんだろ?」
「あ、愛してるわよ・・」
「なら気にするな」
おまえ、俺の裸にどれくらいの価値があるのか知ってるのか?
この体の価値を教えてやろうか?
まあ、毎晩教えてやってるが・・
この体にどれくらいの保険が掛けてあるか知ってるのか?
総額幾らになると思ってんだ?

まあいい。
それよりも一緒にシャワーを浴びたい・・
その夢はまだ叶えられていないが、申し分のないこの環境が俺を油断させた。


「クソッ!」
司は床に脱ぎ捨てられていたジーンズを手に取ると、長い脚を突っ込んだ。
「どうしたの?」
「ババァが・・いや、母親が日本に帰国した」

ついさっきの電話は司の秘書からだった。調べるまでもない。司の母親は言わずと知れた人物だ。今は司の父親とともにニューヨークで暮らしているが、彼女は世界に名だたるホテルメープルを経営する女傑だった。勿論会ったことは無いが経済誌の表紙を何度か飾ったこともあり、社にも彼女に関する資料がある。それによれば社員からは女帝と恐れられているという道明寺楓。道明寺ホールディングスの中のひとつの会社に過ぎないホテル事業を率いていて利益率はすこぶるいい。と言うことは稼働率もいいということだろう。

客室の室料は利用する日によって異なるが、値段が高い部屋から予約が入るというホテルメープル。ホテル事業の利益の殆どはこうした客室から生まれる。その時々の景気や周囲の状況に応じて値段設定が出来るのが室料だ。例えば世界的なスポーツの祭典が行われるとなれば、室料は一気に跳ね上がる。集客に悩む必要がないホテルを経営するのが道明寺楓だった。
写真で見る限り楓の容貌は司よりも姉の椿の方が似ていると言った方がいいかもしれない。

司は自分の母親がつくしに干渉してくることは分かっていた。当然と言えば当然だ。
それは勿論どこの母親でも同じだろう。何しろ一人息子で財閥の跡取り息子が結婚を考えている女性と、マンションで同棲を始めたというのだから。

これはどんな恋人たちでも越えなければいけない大きな山だった。
二人の間には壁はないが、自分達の前に立ちはだかるものがあるとすれば司の母親だろう。

司は自分のために注がれたコーヒーを受け取ると口にした。
「いいか、つくし。俺のやることなすこと何でも気に入らない女だ」
「だけどな、おまえとのことは俺の一生にかかわる問題だ。あの女に口出しされてたまるかよ!」



***




司の言葉が本当なら、あたし達が結婚するなんてことは無理だ。
彼は二日ほど国内出張へと出かけていた。
「おまえ、ひとりで大丈夫か?」
「え?なにが?」
「なるべく早く帰ってくるけど、ババァには気を付けろよ?」
司はつくしの顔をじっと見た。
「なに言ってるのよ、気を付けろって・・」
「いや・・なんでもねぇ・・」
司の口元が意味ありげにゆっくりとほころんだ。
「じゃあな。いい子にしてろよ」と頭を撫でられた。
それが今朝の出来事だった。

「あなた、牧野つくしさんよね?」
突然名前を呼ばれたつくしは驚いて視線をパソコンから目の前に立つ人物へと移した。
社の近くまで帰り着いたつくしは舗道に面したカフェのテラス席で取材メモをまとめていた。
黒い髪を上品に結い上げた女性はつくしの向かい側の席を示すと座ってもいいかと尋ねてきた。噂どおりの人物が目の前にいる。

「司の母です」
言われなくてもひと目で分かっていた。道明寺楓その人だと。
つくしは礼儀正しく立ち上がると挨拶をしていた。
この人がここに来た理由など考えなくても分かる。
「は、はじめまして。牧野つくしです」
「知ってるわ」楓はつくしに椅子に座るようにと身振りで示した。
「あの・・」
話し出そうとしたとき、司の母親ははっきりとした口調で話し始めた。
「椿から聞きました。あなたには色々とご迷惑をおかけしたみたいね」
「い、いえ。とんでもございません」
つくしは目の前に現れた恋人の母親にどう接すればいいのか考えあぐねていた。
やはりきちんと挨拶をするのが筋というものだろうとつくしが口を開きかけたとき、相手の方がワンテンポ早かった。

「あなた司と結婚するつもりなの?」
司の母親はつくしの目を見つめるとはっきりとした口調で聞いてきた。
「話を聞かせてくれないかしら?」
「は、話って・・あの?」
「あなた司と結婚するつもりなんでしょ?」

それは曖昧な答えなど許さないと強い口調で、イエスかノーかのどちらかの答え以外は必要としないという厳しさが感じられた。世界を相手にビジネスをするなら日本人的な曖昧さは必要ない。余計な話しは必要がないと言う事だろうか。社交的な態度は一切感じられない。

「はい。そのつもりでいます」

つくしは楓の目を見つめ、はっきりと言い切った。
司の母親にとってはあまり愉快な話ではないだろうと慎重に言葉を選んだ。
何しろあたしは道明寺家につり合うような家柄ではない。一般庶民の家庭だ。

「わたし、司さんが好きなんです。だから結婚したいと思っています」

言葉を飾ることはしなかった。この女性はすぐに結果を求める女性だと思ったからだ。
よくある日本語の使い回しを好む人とは思えない。ましてや英語圏で生活していれば、言葉はより短く簡単な言い回しが多い。

「あなた、すっかり司に夢中みたいね。違うかしら?」

つくしは頷いた。質問攻めにされると思い覚悟をしたが、司の母親は声をあげて短く笑っただけだった。その思わぬ反応につくしの戦う気がそがれた。
別に戦いたいと考えていたわけではなかったが、この女性に対する世間の噂がそうさせていたのかもしれない。
何か言われたらと緊張で張りつめていた空気が一気に白けたような気がした。
もっと高飛車な態度でどこの馬の骨かと罵られると思っていたから物足りなさを感じていた。本当ならばよかったと胸をなで下ろしてもいいものだが逆にこの女性の態度が気になっていた。
そんなつくしの疑問に答えるかのように楓は口を開いた。

「道明寺は実力主義を重んじます。この意味がわかるかしら?」
「実力主義ですか?」
「あなた、新聞記者としてはまだまだ駆け出しのようだけど将来はこのまま?」
「はい。できればもう少し仕事をしたいと思っています。も、もちろんそれは・・」
・・ご子息に迷惑がかからないようにするつもりです。

「N新聞社の経済部だったわね?大学でも経済を?」
「はい」
「司はハーバードビジネススクールでMBAを取得してるわ。あなたとは話が合いそうね」
「あの、わたしのことは十分にお調べになられていると思いますが、経済学の専攻で経営学では・・」

つくしはそわそわと落ち着かない気持ちになってきた。
何しろ相手は司の母親でもあり道明寺楓という経済人だ。世界経済の最前線で働くファーストレディと言ってもいいような女性を相手に新聞記者に毛が生えた程度の若い自分がきちんと受け答えが出来るかどうか考えると気持ちが萎えそうだ。

「どうしてあなたは経済学を学ぼうと思ったの?いくらわたくしがあなたのことを調べていても動機までは調べようがなかったわ」

やっぱり調べられていたのね・・
「お調べになられたならご存知だと思いますが、うちはあまり裕福な家庭ではありません。
どちらかと言えばお金とは縁が薄い家庭でした」

「だからこそ、そのお金とのご縁を結ぶためにはどうしたいいのか、お金について知りたいと思ったんです」

「まず相手のことを知らなければ仲良くしようがありませんから」
つくしは自分のことは正直に話そうと思った。
この女性を相手に曖昧な返事は出来ないと思った。

「そう。それで?お金とは仲良くなれたの?」
「いえ。あまり仲良くはしてもらえませんでした」
「あなた、正直ね」

つくしは口ごもり、言葉を探した。
「あの、わたしがどんな動機でご子息と結婚したいか知りたくはないんですか?」
「わたしがお金目当てにご子息と結婚したがっているとはお考えにならないんですか?」

「そうね。もしそうだとしたら、あなたはどうしたらいいと思う?」
「それはわたしが決めることではありません」
つくしは自分と司の立場はお金のある無しに係わらず対等だと考えている。
だが、いくらきれいごとを言っても世間はそうは思わない。若い新聞記者と道明寺ホールディングスの若社長じゃ経済レベルが違い過ぎる。

「あの子は・・司は生まれたときからお金に困ったことなどありません。あなたが知っているかどうか分かりませんが、世の中は全てがお金でなんとかなると思っていました」

「でも、それは高校生の頃までの話よ。卒業してからはあちらの、アメリカの大学でしたからなんでもお金で解決が出来ると言うわけでは無かったわ」
楓はつくしの知らない司を語っていた。

「アメリカは資本主義社会の宗主国ではあるけれど、全てがお金で解決できるわけではないの。それは上流になればなるほどね。あるのよ、あちらでも色んな区別がね。敢えて区別と言うけど、わかるわよね?あなたなら」

「お金欲しさに周りに群がる人間とそうでない人間の区別は出来る子よ、司はね」
楓の言葉が初めて楽しげな調子を帯びた。

「あの子があなたを認めたなら、親のわたくしは文句など言いませんから。言ったわよね?道明寺は実力主義の家です」
「どの道で生きようとその道で一番になればいいんです」
「あなたも経済学の勉強をしたのでしょ?いつか司のサポートが出来るといいわね」
「あ、あの・・わたしなんかでいいんですか?」
楓は頷きも返事もしなかった。

つかの間、張りつめた沈黙が流れた。
「あなた、今の世界の経済情勢を正確に把握してるわよね?」
楓の問いかけにつくしは頷いた。
「そう。ならいいわ」とだけ返された。



***



「つ、つかさ!た、大変・・今日お、お母さんが・・」
勢いよく玄関まで駆け寄ってきたのはエプロン姿のつくしだった。
「チッ。来やがったか・・」
「しかしあのババァ俺がいない隙を狙って速攻来やがったな?」
司はつくしの慌てた様子を面白がっているようだ。
その証拠に彼の口元にはかすかな微笑みが浮かんでいる。
「ちょっと、それどういうことなのよ?」
「ああ。悪りぃな。今日のはおまえの面接だってよ」
「め、面接って何よそれ?」
「嫁としての・・」
しばらく、間があった。
「よ・・嫁?」
「ああ。まあ前もって根回しは色々やっといたから、誰もおまえの評判を落とすようなヤツはいなかったはずだ」
「今までもパーティーに参加してた甲斐があったってもんだ。ジジイどももおまえのこと、気に入ってたぞ。若いのに経済情勢に詳しいってな」

「そうだ。ババァがおまえもMBA取りたいならアメリカでサポートしてやるなんて言ってたけどな。断ったから」
「あのクソババァ、俺からつくしをかっさらって行くつもりかよ!」
つくしが母親に認められたことが司には嬉しかった。多分こいつのあけっぴろげで正直なところが気に入ったんだろう。何しろ俺たちの周りにいる奴らはとことん自分をよく見せて取り入ろうとするような奴らばかりだからな。

「な、なに?どう言うことなのか説明してよ?」

「おまえのこと、気に入ったってよ。金のありがたみが分かる女はこれからの世界経済の変化に柔軟に対応が出来るからってな」
「ったくあのババァは・・」司は忍び笑いをこらえていた。
「なんだよつくし?」
「嫁として・・」
おい、こいつさっきから嫁、嫁っておんなじ言葉の繰り返しだな。
「あれこれ考え合わせて判断したんだろ。おまえのこと気に入ったって言ってたぞ?」
「よかったな・・」

司は真剣な顔でつくしに言った。
「俺の認めた女がババァの目にかなうのは当然だ」
「・・うん」
つくしは幸せいっぱいという笑顔で司を見上げていた。








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.04.28 21:50 | 編集
さと**ん様
やっぱり時々エロ曹司が出ますよね。読みたいですか?有難うございます!
少々お待ち下さいませ(^^)
楓さん、ホント突然来ました。こちらの楓さんも大人です。
ビジネスウーマンとしてのつくしに自分に通じるものを見たのかもしれません。
将来は財閥でお仕事してね、という感じがします。
ですがお金にはシビアです。経営者は金銭感覚が鋭くなくてはいけませんからね。
以前エロ曹司も言っていましたが「経営者は大きな器と深い懐とシビアな金銭感覚」
が必要です。この時、さと**ん様に松下幸*助か!と言っていただいています。
根回しも忘れずに出来る大人の司。
楓さんはつくしの実直さにこの子なら!と感じたのかもしれません。
そろそろ・・なんです。
いつもコメントを有難うございました(^^)書く原動力でした。←本当です!



アカシアdot 2016.04.29 00:02 | 編集
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