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2015
08.26

いつか見た風景26

金曜日の午後、混雑している都心の道路を、リムジンはスピードを上げて走り抜け、東京支社へと向かっていた。

先日のパーティーのホストだったクソ親父の会社の買取りに成功したが、大がかりな変革が必要となりそうだ。道明寺の財政支援を必要としている優良企業を買取り、事業運営の仕方を整え、本当に欲しい部門だけを残しあとはバラバラにして売り払う。いずれにせよまだ暫くは、毎日長時間の骨の折れる仕事となりそうだ。


そんな中、司は未だに記憶が戻ったことをつくしに告げられずにいた。



***



「法務部の者が副社長に言われた書類を持ってきました」

西田は契約書を司に渡した。
何百億、何千億という支出を伴う文書を顔色ひとつ変えることなく読み進めていく男を、秘書は黙って見ている。そうしながらも不意に思った。司様は牧野様のことを思い出されているのではないだろうかと。

見る者を威圧する勢いと、徹底的な無情で立ちはだかる障害を排除してきた男だ。
だが最近ふとした時に見せる表情に、違和感を感じることがある。
時おり牧野様を困らせるようなことをおっしゃっても、その表情はどこか違う。
うっすらと笑みを浮かべているように見えるその表情は、決して以前には無かったものだ。
その笑みはまるで愛しい人を見守っているような笑みだ。
あれはどう見ても・・・
もしや・・・
そんな思いを巡らせていた西田だったが、いきなり現実に引き戻された。
司が契約書の内容の何か所かに変更を加え差し戻せと突き返してきた。

西田はその契約書を受け取り指示通り、法務部へと返却をする為に執務室を後にしようと踵を返そうとした時だった。



「なあ西田」

「はい。何でございましょうか」

いつもと変わらない自信に満ちた声の男は、
デスクの正面に立つ秘書にひと息つくとこう言った。

「俺、記憶が戻った」

「やはりそうでしたか」
西田は表情を何ひとつ変えることもなく言い放っていた。

「お伺いしてもよろしいですか」
「何だ」

司はデスクの上に軽く肘をつき、胸の前で手のひらを組むように合わせた。

「記憶が戻られたのはいつのことでしょうか」
「俺が高熱を出して牧野が来ただろ? あの時だ」
「それでこの事は牧野様・・・いえ奥様にはお伝えしていないのですね?」
「・・ああ。まだ言ってない」

じっと西田の方を見返してくる男の表情が一瞬歪んだように見えた。
いや、見えたのではない。実際歪んだはずだ。

「なぜお伝えしないのですか?」
「・・なんと言えばいいのか分からないでいる」

司は思わず言葉に詰まりそうになっていたが、動じるなという方が無理だ。

「どうなさるおつもりですか?まさかこのまま・・」
「いや、それはない」

司は西田の言葉を遮って断言したが、やはりどうすればいいのか分からずにいた。
その顔は、明らかに内心穏やかではいられないといった表情をしていた。


司は椅子ごと向きを変え、都内の一等地が見渡せる窓の外を見つめた。
そしてそれを合図としたように、西田は一礼をして静かに出て行った。

窓の外を見つめながら司は思った。
決して消えない、消せない思い出を作りたいと思ったのはいつのことだったかと。
彼はもどかしさと苛立ちに深いため息をついていた。





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