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2016
04.26

第一級恋愛罪 43

「まきの・・・」
「どうした?」

そうよ・・この男は裸で寝るんだった。
つくしは目の前にある裸の胸を見つめていた。
突然思い立ったように隣の部屋を訪ねたつくしはさっきまで頭の中で渦巻いていた思いを口に出そうとしていた。
が、つくしの唇は閉じられたままだった。

上半身裸で現れた司につくしは慌てた。
玄関でチャイムが鳴れば何か着て出て来るのが普通だ。
そんな恰好で出て来たらお隣さんを驚かすだけなのに・・
そんな思いが頭の中を過ったがお隣さんは自分だと気づいた。
まあ、このマンションのこの場所まで上がって来られる人間は限られてるし、どうせ部屋のモニターであたしのことを確認しているはずだ。下だけでも履いているからよしとしよう。

つくしは司の胸から視線が外せなかった。
自分の前でじっと動かない男の胸には1ミリたりとも贅肉はなく引き締まっていた。
余りにも近くにいるせいか男の体の熱まで感じられる。その熱は男がいつも身に纏う香り
を立ち上らせ、つくしの鼻孔を満たした。

この熱い胸に何度抱きしめられたことか。まさに世の女性が夢にまで見るような胸だった。
この体で何度興奮の高みに連れて行かれたことか。
思わず目の前の胸に手を伸ばして触れたい思いに駆られたが、堪えた。
そんなことをしに来たんじゃない。

つくしはいつの間にか自分の口がぽかんと開いていることに気づくと慌てて閉じた。
あたしはこの男に対して免疫が出来るなんてことがあるのだろうか?

「おい?つくし・・?」
「えっ?」きょとんとした声が返ってきた。
「どうしたんだ?こんな時間に・・」

こんな時間・・?
つくしは自分が何故この場所に来たかを思い出した。
司の胸ばかり見つめていた視線をぐいっと上げた。
その視線先にいた男の長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳でじっと見つめ返されると思わず頬が赤らんだ。

「ごめん・・眠るところだった?」
「いや・・・」
会話は沈みがちで言葉は少なかった。


つくしは一週間も司と会っていなかった。
会おうと思えばいつでも会えるのに避けていた。
隣に住んでいるのに意識すればこんなにも会えないものだと思った。
朝は努めて早く出社し、夜は遅くまで残って記事を書いた。
とはいえ、記事として新聞紙面に載るものではない。
それは事実を述べるための練習だった。あくまでも客観性が求められるのが新聞記事。
新聞には独特の文章構造がある。要点先述法と呼ばれ、まず結論が書かれその後に詳しい内容が書いてある。だから新聞の記事は全てを読まなくても半分読めば内容はつかめる。

つくしが司に対して行う独占インタビューの記事は主観性が入った記事となる。
だから記事の最後に自分の名前を入れ、責任の所在をはっきりとさせる。
つくしの夢は自分の名前が入った記事を書くことだ。そのチャンスは道明寺がくれた。

つくしはこの一週間の間に司の言った言葉の意味について考えていた。
この男はあたしがインタビュー記事を書き終えたら一緒になろうと言った。
仕事を辞めることを考えた事はないかと聞かれた・・
でも、今のあたしに仕事を辞めるつもりは・・ない。
それでも・・道明寺はあたしを受け入れてくれるだろうか?
本当は勇気も覚悟も今のあたしにはない。
ありのままのあたしを受け入れると言う道明寺は、あたしの我がままを受け入れてくれるだろうか?


「どうしたんだ?」かすれた声が出た。
純粋に驚いた顔をして俺の顔を見ている牧野がおかしかった。さっきまで俺の胸にじっと視線を合わせたまま顔を赤く染めていたかと思えば、今度は緊張した表情で俺を見ている。
その目まぐるしく変わる表情はこいつの心の変化だ。今日は心の声ってやつが聞えないが、顔を見てるだけでも十分わかった。
真夜中に隣の部屋から尋ねてきたこいつはさっきまでベッドで横になっていたはずだ。
だがわざわざきちんと服に着替えて俺の部屋を訪ねて来た。
こいつ何をそんなに緊張してんだ?

「つ・つかさ・・あのね・・」
「このまえの話なんだけど・・」
「つくし、中へ入れ」司はつくしを招き入れた。

そうだった。いつまでも玄関先で立ち話なんかしていたら上半身裸の道明寺が風邪をひく。
つくしは大人しく部屋の中へと足を踏み入れた。
リビングには大きなソファがあるが、どこかへ座るという気にはなれず立ったままでいいと思った。

司はこの一週間つくしをひとりにさせておいたのは失敗だったかもしれないと思っていた。
部屋を訪ねても会えないからと言って放っておくべきじゃなかった。
無理矢理にでも会う手はずを整えればよかったかもしれないと思い始めていた。
こいつが動揺して指輪を返そうとしてきたとき、ふたりの関係に変化があったのは確かだ。
だからその変化が急速なものへと変わらないようにするべきだった。
少し時間を与えれば、その変化も落ち着いたものへと変わってくれるかと踏んでいたが、こいつの今の顔を見ればそれは間違いだったかもしれないと思った。
あの時までは慌てずに緩やかに変化していけばいいと思っていたのに、俺の迂闊な発言で
牧野の気持ちの中に俺の思いとは逆方向へと向かう流れが出来たようだ。


「あの・・道明寺・・つ、つかさ・・この前話したことなんだけど・・」
「あのとき、司はあたしに仕事を辞めるつもりはないかと聞いたけど・・あたしは仕事を辞めるつもりはないから」
「それを言いたかったの・・一緒にならないかって話しだけど・・司と結婚しても奥さんとしての勤めができるとは思えない・・」

ダメだ!ダメだ!
こいつなに言ってるんだ?
俺と一緒にいたくねぇのかよ!

司を見上げているつくしの顔は思いつめたように真剣そのものだった。
あのときは困惑と戸惑いが見てとれたが今はそんな表情はなかった。
司は思わずその真剣な顔に手を触れたくなった。
だが今はただ、自分の手をぎゅっと握りしめていた。
本当はすぐにでも抱きしめてこいつの考えを無理矢理にでも変えてしまいたい気持ちでいた。だがその前にきちんと話しをするべきだと思った。
こいつはいつも考え過ぎなんだよ!
もっと物事を柔軟に考える頭ってのを持て!

「俺とおまえは結婚するべきだと思う」
「えっ?」

つくしは司の口から出た言葉に耳を疑った。
さっきあたしが話したことを聞いてなかったの?
仕事を辞めるつもりは無いって言ったわよね?

「あのときはっきり言わなかった俺が悪かった」
「つい・・気持ちばっか先走っちまった・・」
「聞くが俺の奥さんとしての勤めってなんだよ?」


「道明寺、あたし達知り合ってまだ半年も経ってないのよ?」
確かにそうだ。
けど、時間をかければいいというもんじゃないはずだ。
確かに長くつき合えばお互いを知るチャンスはいくらでもある。
だがそれが決していいとは限らない。だらだらと無駄に長い時を過ごすよりも俺とおまえとが同じ時間の流れの中で互いを知ればいいじゃないか?
今の俺は考えなしに突っ走ってるわけじゃない。
俺の正直な気持ちをこいつに伝えるしかない。

「仕事は続ければいい。おまえが好きなだけ続けたらいい」
「おまえがどんな仕事をしてようが、何をしようが好きなことを続ければいい」
「俺が望むのは、俺を愛してくれることだけだ」
「俺の奥さんの勤めは俺を愛してくれることだけだ」
それだけでいいんだ・・

「だから俺と結婚してくれ」

「あたし・・」それは中途半端な答え。

「独占インタビューでも何でも書かせてやる」
「この一週間おまえのことを考えない時間は無かった」
「知り合って半年だろうが三ヶ月だろうがそんなことは関係ねぇ」
結婚を見据えた長い関係なんて俺たちにはどうでもいいんだ・・

「そんなことを気にするよりこれから二人の仲がうまく行くように努力すればいいんだ」
「半年しかつき合ってないから結婚するのがダメだなんてそんな分別くせぇことを言うな」
「小うるせぇことなんか言わなくていいんだ」

「ど、どうせあたしは小うるさくてドンくさくて分別くさい女です!」
「なんだよ?そのドンくさいってのは?」
「あ、あんたがあたしと初めて会ったときに感じてたことでしょう?」
「そうか?俺はそんなこと思ったことなんて・・」いや、あったか?

なにしろ独り暮らしが長いから小うるさい女には慣れてなくてな。
だけどこれからその小うるさい女にも慣れてやる。
それにおまえに対しての責任と分別のある行動ってのも俺がとってやるよ。

「あたしは・・道明寺とは住む世界が違うのよ」
それは自分に対して言い聞かせているのか、司に向かって言っているのか、つくしはなんとも言えなかった。だがそれはつくしの本音のひとつで、司との結婚を躊躇させるものだった。

「同じ地球のうえに住んでるっていうのに何が違うんだよ?」
世界的な規模で物事を考える男の言い分としては納得できる答えだ。

「け、結婚したとたん、対等な関係から主従関係になるなんて絶対にないからね!」
どういうわけか、つくしはそんなことを口走っていた。

「それに仕事は続けるから・・」
ゴメン道明寺、あたしもう少し記者として働きたいの・・
司はつくしにほほ笑みかけていた。
「ああ。そうしろ。俺は反対なんてしない。逆におまえが俺のことを書きたいって言うならいくらでも書かせてやるよ」


「そ、そう・・それでもいいって言うなら・・」
「結婚してあげる・・」
つくしは思わず目頭が熱くなり涙が零れそうになっていた。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
あたしもあんたを幸せにしてあげる。思わずそんな言葉が出かかった。
今夜こうして話しをするまでは、どこか自分の気持ちに正直になれないあたしがいた。
知らない世界に飛び込むのは正直怖い。この半年で垣間見た世界はあたしが育った世界じゃない。でも道明寺が言うように同じ地球のうえに住んでる人間だと思えば怖くない。


「・・ふん・・してあげるかよ?上等じゃねぇか・・」
司は笑った。男性の笑い声が謎めいてセクシーに聞こえるなんて知らなかった。
「俺はおまえとは対等な関係でいるつもりだ。だから覚悟しとけよ?」
と司が陰のある低い声で言うと、つくしの背中はぞくりとした。
「な、何を覚悟するって・・・」
「きゃっ・・ちょっと!道明寺なに・・」

力強く、大きな手がつくしのうなじに回されると同時に
司は唇を押し当ててつくしの口を塞いだ。

罪深いほどの完璧なキス・・

そんなキスを交わしながら囁かれた言葉は・・

一生今みたいに喋ってろ。俺に遠慮なんかするな。

おまえが傍にいて愛してくれたらそれでいいんだ。

俺の奥さんの仕事なんてのは俺を愛することだけだ・・

それ以上求めるつもりなんかねぇから・・

だから・・結婚しようぜ・・

つくし・・
  
そして最後に耳元で囁かれた言葉は

『 あまり年をとらないうちに子供が出来たらいいな 』 だった。








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.04.26 23:08 | 編集
H*様
ありがとうございますm(__)m
素敵に書きたかったんです!(*´Д`)
惚れて頂いて嬉しいです。
H*様の熱い思いが嬉しいです!
拍手コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.26 23:14 | 編集
ま*も様
お読み頂きありがとうございますm(__)m
読み返して頂けるなんて恥ずかしいです(/ω\)
何しろ初めの頃は勢いだけで書いている状況です。
いつか加筆修正をしたいのですが、日々の更新で精一杯と言う状況でして時間が取れそうにありません。
こんなお話でも楽しみにして頂けて本当に嬉しいです。
拍手コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.26 23:41 | 編集
さと**ん様
握手がわりに握る・・え?(笑)想像してしまいました!履いていて良かったです(≧▽≦)
> 【一ミリの贅肉もない…】敢えてそう表現しました。
私も自分のお腹周りのお肉を取りたいです。もう取れない?
鼻孔・・鼻の穴ですがそれではちょっとと思い他の表現をと思いました。
体の熱で温められた司のコロンの香り・・クンクンと嗅ぎたい思いです。
【結婚するべきだと思う】はい。確固たる思いを持って断定しています。
【俺の奥さんの勤めは俺を愛してくれることだけだ】私も言われたいです!
仰る通りです。愛してくれ、結婚してくれ・・司なら許せますね(^^)
住む世界の大きな勘違い・・真面目に答えていると思います。
【罪深いほどのキス】←どんなキスがそうなのでしょう・・
酔って頂きありがとうございました。
私もさと**ん様のコメントに酔わせて頂きました。
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.27 00:11 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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