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2016
04.22

第一級恋愛罪 39

つくしにはひとつ気がかりがあった。
思いもかけない人物からかかってきた電話のことだ。
名刺に印刷されている経済部直通の電話番号にかけてきたのは木田哲也だった。

話の内容は取り立てて何か気になるものではなかった。先日はわざわざ取材に来て頂きありがとうございます。記事を読ませて頂きましたなどたわいもない社交辞令だった。
トップ人事の記事を書いただけで何も礼を言われるほどの内容ではなかったはずだ。

製品の紹介記事が書かれていたというわけでもないし、本来ならこちらから取材に応じてくれた礼の電話を入れてもおかしくないと思うが、取材先から礼を言われるとその先に何かあるのではないかと勘ぐってしまう。よくあるのは自社製品を記事にして取り上げてくれないかと言う話だ。
N新聞社は一般紙でいわゆる業界の専門紙ではない。人事の記事は書いても製品の紹介記事を書くことは滅多にない。よほど特筆すべきものがあればだが・・
例えば炭素繊維を使って何か新しい製品が完成したなどだ。
話をした時間は決して長くなく、つくしの受け答えも淡々としたもので互いに会社勤めの人間が交わすようなもので終わった。


木田から電話がかかって来てから数日間、つくしは彼の姿を社の近くで何度か見かけたことがあった。単なる偶然なのかもしれない。つくしの勤める新聞社は人が集まる場所にある。
周囲には商業施設もあり人波が途絶えることはない。
木田を見かけたのは偶然だと思いたい。思いたかった。
でも何故か嫌な予感がした。
確信は出来なかったがある日、いやな予感は確信に変わった。
本人がつくしの目の前に現れたから。
昼食のため外出していたつくしは突然目の前に現れた木田に対し、しゃんと背筋を伸ばし向かい合っていた。
そこはつくしがいつも簡単に食事を済ませることが出来るからと利用しているそば屋の前で、店を出た先で出くわした。

この男がどんな男だったかわかっていれば・・
短いつき合いだったし、踏み込んだつき合いに入る前であたしはこの男の人間性を見誤ったのかもしれない。


「つくし、あの時の返事を聞かせてくれよ?」
「俺、聞いたよな?もう一度つき合わないかって」
木田はついさっきまで話していた話の続きとばかりに突然話始めた。
昼どきのそば屋の前は背広姿のサラリーマンと沢山の紙袋を抱えた買い物客が行き交っている。

木田はやはり派手はネクタイを締めていた。
つくしは広報の男がこんな場所で何をしているのかと訝った。
だが広報だからこそ、一般の内勤社員とは異なる自由に動ける裁量があるのかもしれない。
「どうして俺がこんなところにいるのかって思ってるだろ?」
何も言わないつくしに対して木田は自ら話しをした。

「ホテルで新製品の記者発表があるんだ。ほらあそこのメープルで」
木田が指した方向には豪奢なホテルがそびえ立っている。
「うちは道明寺グループの子会社だから発表会はいつもメープルなんだ」
「よかったらおまえの社も取材に来ないか?」

取材なら相手に対し調子を合わせることが必要になることもある。だが木田に対しては合わせる必要はないと思った。ただ、言わなくてはいけないことと、言いたいことをはっきりとこの男に伝えることが必要だ。
それにこの男は必要以上にあたしに近づいている。他人に近づかれると不快に感じると言われる個人的スペースに入り込み過ぎている。つくしは一歩後ろに下がった。

「うちは専門紙じゃないから行かないと思う」
この男の話の本筋は記者発表についてなどではなく、最初につくしに投げかけた質問の答えだろう。
つくしは言いたいことを穏やかに話だした。

「あの・・哲也・・いえ。木田さん、あたし達は別れたし、それから一度も会ってないし・・」
「この前は取材で・・お世話になったけど・・」
「申し訳ないけど、あたしあんたとはつき合うつもりはないから」
穏やかに話を始めたが言葉尻だけはきっぱりと言い切った。

「じゃあ、悪いけどあたし急いでるから」
つくしは背中を向けて去りかけた。
いつまでもこんな男と話なんかしたくない。あの取材だってあれ以上、一分一秒たりとも一緒の部屋になんか居たくなかったんだから。
「待てよ!」
木田はつくしの腕を掴んだ。それもかなり力強く掴まれていた。
「なんで俺から逃げようとするんだよ!」
なんでってあんたが嫌いだから・・
誠実さの欠片も見当たらないような男なんて大嫌いだから。
「手を離してくれない?」
つくしは強く掴まれた腕に痛みを感じた。さっきより力が込められたような気がしていた。
「今、誰か好きな男がいるのか?」
いるわよ。悪い?あんたなんかと違って誠実な人よ。
見た目はそうは見えないかもしれないけど、あたしには誠実よ。
聞きたいなら教えてあげる。
「どうしてあたしに興味を持ったのか知らないけどあたしは今好きな人がいるし、その人とつき合ってるの」
「だから木田さんとはおつき合いは出来ません」
「離し・・て・・」
つくしは掴まれた腕を振りほどこうとした。
「俺は昔の俺とは違う・・」
そうみたいね。だってあの頃は女の腕を掴んで痛みを与えるようなことはしなかったはずだ。少なくともあたしには・・
「本当に・・そうね・・て、手を離してよ!」
あんたみたいな男に腕なんて掴まれたくない!
万力で締めつけるように掴まれ、腕が痺れてきたつくしは手段が選べなくなったと感じた。
例え周りに大勢の人間がいて注目を浴びても構わないと思った。
「大声をあげてもいいの?」
途端に男の顔色が変わったような気がした。

木田はつくしの声に含まれた真剣さに掴んでいた腕を離した。
「お、俺はつくしのことが好きなんだ!」
思うように事が運ばない苛立ちなのだろうか。声を荒げて言って来た。
「昔はそんなふうに考えてもいなかったでしょ?」
「それから・・もし勘違いなら謝るけど、あたしの傍をうろつくのは止めてくれない?」
つくしはあくまでも強気の態度を崩さずに言い切った。
そうでもしなければこの男が怖くて震えが来そうだった。

つくしは決して後ろをふり返らず、ひたすら前を向いて力強い足取りで歩いていた。
もし振り向いて後ろから木田がついて来ていたらと思うと恐怖で走り出しそうだったから。

な、なによこれ?
道明寺のストーカーの次は・・まさかあたしのストーカー?
今までのあたしの人生に同時に二人の男が現れたことなんてなかったのに・・
つくしは木田を頭から振り払うと急いで社に戻ることにした。






***






つくしはかつてないほどの食欲でもりもり食べていた。
なにしろお昼はかけそばだけで済ませたのでお腹が空いていた。

「しかしおまえは相変わらずよく食べる」
そう言う道明寺はあまり食べない。
よほど燃費のいい体なのか食事の量は少なくて済むらしい。
よく食べるって言うけど、食べろと言ってオーダーを繰り返すのは道明寺だ。
おまえは少し痩せてるからもう少し太れと言われた。
もしかして・・・抱き心地が悪かったとか?
つくしはコホンと咳払いをしてから尋ねた。
「ねえ、道明寺・・じゃない。つ、つかさ・・あ、あたしって・・やっぱり・・」
なんて言えばいい?
胸は小さいし、お尻も小さい・・
「えっと・・」
「おまえの胸も尻も今のままで充分だ」

感情があけっぴろげな女は隠し事が苦手だ。
さっきから美味そうにメシ食ってるけど時々眉間に皺が寄ってる。
そうだ・・見てりゃ右手を口もとに運ぶ度に小さな苦悶を浮かべてる。

「・・つ・・痛っ・・」
「どうした?」
まずい。勘づかれた?
「ううん・・何でもない・・ちょっと腕を捻っちゃって・・」
「大丈夫か?医者に診てもらったのか?」
「だ、大丈夫だから・・あとで湿布でも貼るから大丈夫・・」

まさか偶然出くわした元カレに腕を掴まれて痣が出来てるなんて言えない。
あの出会いは偶然だと思いたいが・・

「バカ野郎!右腕はおまえの商売道具だろうが!」
「ペンが持てなくなったら困るだろが!」
「ちょっと見せろ、すぐ医者に行くぞ」
司は立ち上がるとつくしのスーツの上着を脱がせにかかった。
心配そうな顔で上着を脱がせ、ブラウスの袖口のボタンを外す。

「だ、大丈夫だから。そ、そんなに心配する程のことは・・」
司はつくしが痛みに顔を歪めたのを見た。
何がそんなに心配する程のことがないだと?

「・・痛っ・・」

ブラウスの袖が肘までまくり上げられたとき、司の両眉がつり上がった。









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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.04.22 14:09 | 編集
さと**ん様
えー次回は紆余曲折の回となっております(*^^*)
木田の件、少々お待ち下さいませm(__)m 単なる女好きです。
キレイになったつくしを見て元カレなんだし、またどうだ?
なんて軽い気持ちなんです。多分。
すみません!やっぱり言葉の端々に時代感が・・言われて気づく私です(笑)
>ワクワクしますね。ドキドキしますね。←淀川長春さんを思い出してしまいました。
違っていたらすみません!
本日もコメントを有難うございました(^^)

アカシアdot 2016.04.22 23:57 | 編集
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