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2016
04.19

第一級恋愛罪 36

道明寺系列のアパレル会社・・・厳密に言えば道明寺ホールディングスの繊維会社が持つファッション部門とでも言えばいいのかもしれない。

国内の繊維業界は中国や東南アジアからの安価な商品の大量輸入に押され縮小傾向にあった。それと同時に衣料品の売り上げも伸び悩んでいる。何もしなければ衰退の一途をたどるだけかもしれない状況だった。

だがそんな状況の中でも日本の技術開発能力は卓越したものがある。
日本の繊維産業は炭素繊維に代表されるように世界的に需要があり価格競争力がある高付加価値商品へと事業形態をシフトしていた。炭素繊維は宇宙産業、航空機、自動車からテニスラケットや釣り竿など身近な道具まで応用の幅を広げてきた。炭素繊維の一番の特徴は軽くて強い。
そんな炭素繊維の複合素材が航空機の機体の大部分に利用されるようになった話は有名だ。機体が軽くなれば当然ながら燃費が改善される。航空会社の最大の関心事は使用するジェット燃料が少なくて済むという点だろう。
炭素繊維は日本発の技術であり、世界シェアの中での日本製品が占める割合は高い。

その技術を開発したのが道明寺の会社だ。
さすが世界の道明寺だ。繊維業界の立て直しにも一役買ったと言うことだろう。
つくしとしてはそんな炭素繊維を扱う繊維会社の取材をしたいが、キャップに指示されたのは子会社のアパレル会社だった。
まだまだ記者としての力が不足していると思われたのかと落ち込みそうになった。
道明寺の会社はコングロマリットと呼ばれる複合企業体で多岐に渡る業種・業務に参入している。
多分、恐らくだがどの業種の会社も危機的状況に直面したことがあるはずだ。でも沢山ある会社のどれかが傾いたと言う話は聞いたことがない。
道明寺の会社はどんな危機的状況でもそれを乗り切る力がある。


つくしは通された応接室で緑茶を啜りながら小さくため息をついていた。
そんな企業を統率していく男があたしの恋人になるなんて夢にも思わなかった。

ノックの音がして扉が開かれひとりの男性が入って来た。
つくしは立ち上がって男性がこちらへと近づいて来るのを待っていたが、顔を見て驚いた。
その顔は忘れもしない男でどうやら相手の男もつくしが誰だか気づいたようだった。

「おまたせ致しました。広報部の木田です」
「N新聞社経済部の牧野と申します」

これは不意を突かれると言うのだろうか?
二人とも表現しようがない顔で見つめ合っていた。
木田哲也・・6年前、まだつくしが大学生だった時につき合っていた男だった。

つくしと木田は応接テーブルを挟んで向かい合い、互いに暫く黙ったままでいた。
先に口を開いたのは木田だった。
「つくし・・・久しぶりだな。元気だったか?」
「ご、御無沙汰しております・・」

まさかこんなところで木田哲也に会うとは思わなかった。
彼はつくしと同じ大学でひとつ歳が上だったから今年で27歳になったはずだ。
と言うことはこの男と道明寺とは同い年だ。
木田はいかにもアパレル会社の広報といった雰囲気だ。着ているものも自社ブランドの一流と言われるスーツでシャツは普通の会社員なら着ないような派手なストライプにやはり派手めのネクタイをしていた。まるで自分がモデルにでもなったかのような出で立ちだ。
よく見れば会社の広報の人間というよりも俗に言う業界人と呼ばれる人間に近い気もする。
そんな男は軽薄そうに見える。

あたしは自分の信念に基づいて行動する。だから軽薄な男は嫌いだ。
つくしはどうしてあの頃にその軽薄さに気づかなかったのかと自問していた。
もっと早く気づいていればあたしの方からさっさと別れを切り出していたはずだ。

いつまでもこうして黙り込んでいるわけにもいかない。
ここには取材で来たのだから、記事を書くためにも聞くべきことは聞かないと・・
「あの・・この度は取材を受けて下さってありがとうございます」

木田はつくしが差し出した名刺をしげしげと見ていた。
「取材の前につくしのことが知りたいな。おまえN新聞社に就職したんだな?」
「へぇ。経済部の記者なんだ。だからうちに取材に来たんだな?」
「それよりつくし随分きれいになったな?」
「恋人はいるのか?」

つくしは苛立った。二度と会うことはないと思っていた男にこんなところで会うなんて。
それも道明寺の子会社の社員になっていたとは!でもあたしはこの男とはとっくに別れていて何の関係もない。

「そ、そんなこと、哲也に関係ないでしょ?」
つくしは声を詰まらせながら答えた。

「俺とあんなことになってから誰も寄せ付けなかったって聞いたけど?」
「あれから男はいなかったのか?」

その言葉はまるで俺のことが忘れられなくて他の男なんかとつき合えなかったんだろ?と言っているようだった。
あんなことですって?悪いのはどっちだと思っているのよ!
あたしはこの男が他の女とベッドにいるところを目撃したのよ?
自惚れるのもいい加減にして欲しい。別にこの男のせいで誰も寄せ付けなくなっただなんて思われたくない。あたしの何を知ってるって言うのよ!

「べ、別に哲也との別れが原因だなんて思わないでよ。あたしは他にするべきことがあったから・・」
答える必要なんてないのに思わず言い訳がましく答えていた。

木田はつくしのことをもっと聞きたいらしく色々と話しかけてきたが、つくしはつくしで今更答える必要はないと言葉を濁していた。
だが木田のあまりのしつこさに仕事でここに来たことも忘れて言い放った。

「ねえ、言っとくけどあたしたちはとっくに別れたのよ?」
「6年前に・・あたしとあんたは別れたの!」
「いちいち答える義務なんてない!」
この男を見ていて思った。
哲也は魅力的な男性になったと思う。きっと女にモテるんだと思う。
あの頃から女性にはモテたと思う。だから今はこんなに自信過剰な男になったんだ。
多分自分が知らなかっただけであの時の女性以外ともつき合いはあったはずだ。
今思えばどうしてこんな薄っぺらい男を好きだなんて思ったのか不思議だった。

早く帰らなきゃ・・

帰りたい・・

あいつのところへ。

こんな取材なんて放り出して帰りたい・・
苛立つ気持ちを抑えながら聞きたいことだけは聞いた。ここには仕事で来たんだからあくまでもビジネスライクを通すべきだと思った。だが木田は根ほり葉ほりとつくしの今のことを知りたがった。いったいあたしの今を知って何がしたいのか理解に苦しんだ。

つくしはこれ以上この男と同じ部屋の空気を吸うのは耐えられない、と思ったとき木田の携帯電話が鳴った。どうやら緊急の呼び出しを受けたようだ。
取材は予定の時間よりも短かったが聞きたいことは聞けたのでもう充分だった。
つくしは挨拶を済ませるとさっさと応接室を後にした。

木田と別れエレベーターの前へ来たとき、後ろから声がかかった。
「つくし!俺たちもう一度つき合わないか?」
自分に自信がある自意識過剰男はつくしがつき合うとでも思ったのだろうか?
自身満々の声だった。

つくしは後ろを振り返らなかった。
そのかわりに前を向いたまま思いっきり中指を立てて侮蔑してやった。




***





化粧室の鏡は自分の顔を映し出していた。
26歳の今の自分だ。
つくしは20歳の時のことを思い出していた。
あの頃は今よりももっと髪が長く背中の真ん中くらいまであった。
大学生のつくしはひとつ年上の木田からつき合おうと言われた。
きっかけは些細なことだった。図書館でレポートの仕上げをするために参考文献を探しているとき、近くにいた男性が手を伸ばした先にあった本がつくしと同じだったから。
出会いはまるでテレビドラマか映画の一場面のようだった。と当時は思った。
経済学部3年のつくしと4年の木田。専攻が同じということで会話が弾んだ。
普段から人見知りをしないつくしはいい先輩が出来たという程度でいたので正直つき合おうと言われたときは悩んだ。あたしは他の学生に比べたら地味でぱっとしないと言われる部類だったと思う。
つくしは顔を横に向けると改めて鏡を見た。
どこをひいき目に見ればきれいだなんて言えるのか?
どの角度を見てもやっぱり大したことはない顔だ。
それなのに、何故また今更あたしとつき合いたいだなんて言ったんだろう・・
男はプライドが高いのが定説だ。自分から女性をフルのは良くても、フラれることはプライドが許さないのかもしれない。

つくしは鏡の前から一歩後ろへ下がり体全体を映してみた。
20歳の頃と比べれば少し体重は落ちた。かといって、そんなにみすぼらしく痩せているとは思わない。
ダメだ。あの頃と変わらずに胸は小さいままだ。
道明寺が今までつき合ってきた女性は多分みんな胸が大きい女性だったに違いない。
思わずため息をついた。
ありのままのあたしが好きだと言ってくれたけど、やっぱり胸が小さいのはコンプレックスだった。そんなことが次へと進むことを躊躇させているのかもしれない。
胸を大きくするにはどうしたらいいの?
つくし、何か通販で買う?
うちの新聞広告にそんなものが掲載されたことはないわよね?

今日哲也に会ったけど何も感じなかった。
あの頃は恋に恋焦がれていたのかもしれない。
今のあたしは恋に恋焦がれるような年齢じゃない。
何しろ本気の恋をしようとしてるんだから。

取りあえず今日の取材をまとめなければ締め切りに間に合わなくなる・・
つくしは壁に掛かる時計に目をやると原稿を書くことに集中した。

「まきの~!おまえに電話だぞー!」誰かの声が飛んだ。
「は、はい!すみません!」
「お電話かわりました。経済部牧野です」
まだまだ仕事は終わりそうになかった。


***


随分と遅くなってしまった。
書いた記事は経済部デスクに書き直せと言われなんとか書き上げた。
デスクは原稿を出す最終責任者だ。デスクがいいと言わなければ何度でも書き直さなければならない。

社を出たつくしは地下鉄の駅へと急いでいた。
駅までの道はほんの10分ほどでそれほど遠くはなかった。
疲れ果て夜道をひとり歩く女。
道明寺に出会う前ならこんな時でも自分で自分を盛り立てていた。

でも・・・

好きな人が出来るとその人に寄り掛かって話を聞いてもらいたいなんて思うようになった。 一度自分のものだと思っていたものが離れてしまったとき、人は失ったものに対しての悲しみを乗り越えるまでどのくらいかかるのだろう・・

それは失恋を意味する・・
哲也と別れたとき、あれは失恋だったのだろうか・・
失った悲しみを感じただろうか・・
多分違う。今ならはっきりと言える。あれは恋なんかじゃなかった。
今日は思わぬ人物に会い疲れていた。早く帰ってゆっくりとお風呂に入りたい。
こんな日に道明寺に会えたらいいのに・・
そんなことを考えてしまったあたしはもう完全に恋に落ちた処女(おとめ)だ・・




「牧野!」
この声!闇の中から突然自分の名前が呼ばれたことに驚いて振り返った。
え?道明寺?

黒塗りのリムジンが路肩に止められ、男が後部ドアにもたれ掛るようにして立っていた。

「ど、道明寺?」そんなばかな!
「ど、どうしたの?こんな時間に?」時計の針は夜の11時を回っていた。
「迎えに来てやったぞ」
司は車から離れるとつくしの傍に来ていた。

司はつくしが出て来るのを待っていた。
夕方こいつが子会社にあたるアパレル部門に来たことを耳にした。
トップ人事に対する新聞記者の関心は高い。
あの部門のトップが代わると聞いて取材に来たんだろう。
今朝はそんなことは言ってなかったよな?
なら急に決まったということか?
あいつが来ることを知っていればスケジュールを無理にでも都合をつけて会いに行くものを。

「疲れたろ?おまえも随分遅くまで仕事してたんだな?」
「うん・・予定外の取材に行くことになって、色々と忙しくなって・・」

どうでもいい男に会ってしまったことが思い出され少しだけ考え込むような顔をした。

「おまえ、眉間にしわが寄ってるぞ?」
「早く乗れ。帰るぞ!」そう言って自らドアを開けてくれた。

乗り込んだ車は朝と同じ匂いがした。
それは道明寺の匂い・・
いつからこの場所で待っていてくれたのだろう・・
長い時間待たせたのではないかと思った。
だって車内に乗り込んで革のシートに腰かけたとき、生暖かさが感じられた。
それは人が座っていたからのこその温かさだった。人間の温もりが感じられる温かさだ。


「きれいだ」低い声が耳元で囁いた。
仕事帰りで疲れ果てたあたしを見てそんなことを言うなんてこの男は目が悪いんじゃないの?
そう言えば哲也にも同じことを言われた。だけどその時はまったく嬉しくなかった。
でも道明寺に言われると素直に嬉しいと思える。
好きな人から囁かれる言葉の重みを感じた・・

手を握られもう片方の手を重ねられると道明寺の熱が伝わってきた。

やっぱりあたしはこの温もりが好きだ。
道明寺の温もりが・・・


「帰ろう・・一緒に・・」

つくしはゆっくりと頷いた。







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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.04.19 15:19 | 編集
H*様
だんだんと近づいてきました!もう少しです!(笑)
本当に羨ましいです。
司、リムジンで迎えに来て!と言いたいですが
あの車長では近所のカーブが曲がれません(笑)
日本の道路事情には適合しない車ですよねぇ。
拍手コメント有難うございました(^^)


アカシアdot 2016.04.19 22:22 | 編集
さと**ん様
昔の男にケリを付けました。そうですよねぇ。プライドがエベレスト級な男がいますよね・・
中指立てて侮辱するつくし。でも木田には見えないように気を使ったんです。
大人ですので、自意識過剰男を挑発しても意味がないと思ったのでしょうね。
つくしの帰りを待つ司。マンションに帰ってみたけど隣がまだだと気づきお迎えに行きました。
一時間は待ったような気がします。後部座席に座り窓の外を気にする司。
シートが温かいのは彼の体温のおかげ・・革のシートならではです。
最近はシートヒーターの完備された車も多いですがリムジンはどうなのか・・
池中さん!懐かしいですね!もしもピアノが~♪好きです。がっつり昭和ですね(笑)
えーキャップはそうなるとキャップのままかもしれません・・(笑)
いかした名前←(笑)このフレーズが昭和ですよ、さと**ん様(≧▽≦)
私は若い子にアベックって何ですか?と言われました(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.19 23:06 | 編集
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