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2016
04.16

第一級恋愛罪 33

同じマンションの隣同士に住む男と女。
関係は友達以上恋人未満?

いや。俺たちはつき合ってる。ただ次のステップへと進むことが出来ないだけだ。
無理強いしようだなんて思わないが、俺も男だから正直に言えばあいつが欲しい。
けどあいつは奥手だ。それは十分わかってる。

俺は出来るだけ牧野との時間を持ちたいと考え、よほどのことが無い限り毎朝の出勤は一緒だった。いつもマンションの前で迎えの車に無理矢理押し込んでいる。送り先はもちろんあいつの勤務する新聞社だ。だがこの車で社まで行くことは嫌がるのでいつも近くで降ろしていた。確かにこの車は目立つからあいつが恥ずかしがるのも分かるような気がする。
一度社の正面玄関へ車を横付けにしてみれば、ビルの中から数名の人間が慌てて飛び出してきた。新聞社という仕事柄、政財界の大物が出入りする機会もあるのだろう。黒塗りの大きな車を見れば条件反射のように飛び出してくるようだ。

飛び出して来たオヤジ達が出迎えた車から降りて来たのは経済部の若い記者で、皆、はたと気が付いた。姿こそ見せないがこの車が道明寺司の車で、中に乗っているのは恐らく本人だ。
と言うことは見なかったことにしろ。と言うことだ。社の不文律、暗黙の了解とも言える俺と牧野の交際。なにしろ社主のオヤジが騒ぐな、記事にするなと喚いたんだからある意味独裁政権的な社主の言うことを聞かないわけにはいかないからな。

この新聞社の社主は俺のオヤジとはゴルフ仲間で仲がいい。そんな縁もこの際は有効活用させてもらってる。その代わり広告なら幾らでも掲載してやるさ。
新聞紙面は縦15段で作られている。紙面15段全てを使う一面の広告掲載料は全国紙で四千万ほどだったが口止め料になるなら安いもんだ。
牧野が俺とつき合ってることで不利益を被るようなことがあると困る。それに社内で色々と言われてるんじゃないかと思うと、何かあいつの為にならないかと考えるのが彼氏の役目だからな。今後の広告はなるべく牧野の社に集中掲載させることにする。


こうして牧野を社まで送ることについて本人の同意を取り付けているわけではないが、そんなことは気にしちゃいられない。
何しろ会える時間が限られる。隣に住んでるんだからいつでも会えると思ったら大間違いだ。俺の出張、牧野の出張と意外にすれ違いが多い。
俺の会社と牧野の社は方向が違うからと送らなくてもいいと言うが、いちいちこいつの言うことに従ってたら会うチャンスがなくなっちまう。
出来れば帰りも一緒がいい。そんなことを考えてはみるが到底無理だということはわかっている。
毎朝こいつの顔を見たあと、自然と微笑みが浮かぶようになった俺を見て西田が言う。

「最近お顔の色つやがよろしいようで」

なんだよそりゃ?俺はジジイか?
確かに毎朝覗く鏡の中の俺は顔色がいい。
煙草の本数も少なくなって心なしか体も軽い気がする。

二人で同じ車で仕事に出かける。
まさに平凡な毎朝の光景だ。
それはまるで結婚生活のように代わり映えしない光景のように見える。
だが、普通の結婚生活では考えられないことがある。
それは俺たちにはまだ肉体関係がないと言うことだ。

俺の隣で今日の取材予定を確認するためにうつむいて手帳を見ている牧野。
今日は黒い髪をまとめているがおくれ毛が妙に色っぽい。
まったく、この女は自覚がない。色っぽいところもあるのに本人はまったくその自覚がない。
うなじが綺麗なんだよな・・こいつ・・

「道明寺、そんなにじろじろ見ないでくれる?」
出たよ、自分を見るな発言。
いま見なくていつ見るんだよ!
ただでさえ会える機会が少ねぇってのに。
なら聞くがいつなら見ていんだ?

つくしは顔を赤らめた。
「だって・・慣れないんだもの。あんたの顔・・」
つくしは脈が速くなりうろたえた。
いつ見ても男のきれいな顔には圧倒される。考えてみれば初めて会ったときからこの男を相手に冷静に対処出来たことがあっただろうか?

「慣れないってなんだよそれは!」
そうは言っても司の口調は決してつくしを非難しているわけではなく、楽し気に聞こえた。
世界中の女が俺の顔を見てうっとりすると言われているが、慣れないだなんて言われたのは初めてだ。おまえ、これから一生俺の顔を見て過ごすんだから早く慣れろよ?朝起きて一番に目にするのは俺の顔なんだからな。

つくしは司を見つめたままだ。
「わかってる・・あたしが・・なかなか・・その・・」

ああ、こいつの言いたいことは分かってる。つき合ってるのになかなか進まない二人の関係に俺がイラついてるとでも思ってるんだろ?俺に悪いなんてことを考えてるのも分かってる。
つき合ってる女がいるのに未だにキスさえしてない関係。世間は信じないだろうが完全なるプラトニックな関係。
26まで処女の女だ。もしかしたら過去に何かあったんじゃねぇかと思ってる。
男なんて必要ない、人生にはセックスよりも有意義なものがあるだなんて言ってたが、何かあったんだよな?それを俺に話す気にはならないか?何があったかは知らねぇが予想は出来る。おおかた男にこっぴどくフラれたんだろう?なんならその男、俺が始末してやってもいいぞ?
おまえはその男にフラれてから傷つくのが怖いから欲望に自制心という蓋をしてるってことだろ?
けどいつまでも欲望に蓋をして人生を過ごすわけにはいかないだろ?
それともおまえは自分で踏み出す勇気がないってことか?

「なあ牧野。俺のこともっと知りたいと思わないか?」
「道明寺のこと?」
「ああ」

俺を見ろ、牧野。
俺はいつまでも待つつもりでいるけど、おまえが自分の殻に閉じこもっているのを見るのはいい気分じゃない。仕事は出来るが恋愛には臆病で踏み出す勇気がない女。
おまえはいつまでも自制心ってやつで自分の欲望に蓋をしていくのか?それでいいのか?
それでも勇気を出して俺の手を取ってくれたんだからここから先は俺がおまえを新しい世界へ連れて行ってやるよ。

「今のおまえはなんかの骨が喉に刺さったみてぇな感じがする」
「出会ったころのおまえは、言いたい事は言ってた女だったと思うが・・」
「俺たちがこうしてつき合うようになる前のおまえは平気で俺に立ち向かうっていうのか? そんな女だったよな?」
「けど、どうも最近のおまえはおかしい。今のおまえはつき合う前のおまえとは違う女みてぇだ。俺は・・まあ、今の牧野も嫌いじゃねぇけど・・・」
「やっぱ俺は・・俺に歯向かうくらい威勢のいいおまえが好きだ」

つくしは司をじっと見つめていた。道明寺の言いたいことは分かる。よく分かってる。
あたし達はつき合うことになったけど、どうしたらいいのかよくわからなかった。
男性とつき合うこと自体が6年ぶりで、その時つき合っていた男にはいい思い出がない。
あれから6年たってつき合い始めた男は世界的な企業の社長で、あたしはブンヤと呼ばれる新聞記者だ。ブンヤ(聞屋)は文字通り聞くことを生業としている職業でその呼び名はあまり尊敬を集める呼び名ではない。どちらかと言えば馬鹿にした呼び名だ。
そんな女が大企業の経営者の恋人だなんて・・

どこかのパーティーに連れられて行ったとき、化粧室で噂の種にされたことを思い出していた。かりそめの恋人だと思ってつき合っている時は何を言われてもたいして気にならなかったけど、本当につき合うとなるとあたしなんかでいいのだろうかという思いが頭の中を過る。 そんな思いがあたしを委縮させたのかもしれない・・だから道明寺は今のあたしを見てつき合う前と違うと感じたのかもしれない。

「おまえ、余計なこと考えてるな?」
「おまえがどんな仕事をしてたとしても俺が何か言うと思うか?」

聞えてるぞ、おまえの声は。
おまえ自分の仕事に誇りを持ってるんじゃねぇのか?
使命に燃える女がおまえじゃないのか?自分の署名入りの記事が書きたいんだろ?
俺は自分の気持ちに正直なおまえが好きだ。
言いたいことははっきり口にするおまえが好きだ。
何に対して変な気を使ってるんだ?おまえは自分に正直に生きたらいいじゃねぇか!
でもって素直になって俺に向かって踏み込んで来てみろよ?


「なあ牧野。キスしてくれないか?」

どうしてもおまえが嫌ならいつまでも待つつもりではいるけどよ・・
そろそろ俺たちの関係をひとつ前に進めてはみないか?

司はつくしをじっと見つめていた。車内は静かでまるで互いの息遣いが聞えてきそうなくらいだ。つくしを見つめてくる瞳は曇りのない眼で自分の顔がその瞳に映り込みそうなくらいだ。きれいな切れ長の瞳がつくしだけに向けられていた。

つくしは身じろぎもせず大きな目を見開らいて司を見ていた。
いつもの通勤なのに急に空気が変わったような気がした。
自分に向けられた瞳の奥に見えたのは欲望の炎なのかもしれない。
でもどうして道明寺は急にキスしろなんてことを言って来たんだろう?

司は息をつめて待った。
つくしの視線が自分の眼から唇へと移ったのがわかった。
重苦しい期待に胸が疼いていた。

「勇気がないか?」


つくしは美しい男性の唇を見ていた。
男らしく引き締まっている唇。時に憎たらしいことを言う唇。
どこにいても他人の眼を引き付ける人物。
そんな魅力的な男があたしのことを好きだと言ってくれてる。ありのままのおまえが好きだと言ってくれる。
最初に出会った頃の反応はドンくさい女だったはずであたしのことなんて雑草以下だったはずだ。あの頃のあたしは何を飾るわけでもなかった。
そういえば、最近のあたしは道明寺に対してどこか愛想笑いをするような人間になってはいないだろうか?本当の自分を無意識のうちにどこかへ隠しているのではないかと思った。
あたしは二人の立場の違いに遠慮をしてるの?つき合う前ならそんな遠慮なんてしなかったはずだ。



勇気がない・・?
あたしが?
ううん。違う。あたしには勇気があるはず・・
今の仕事だって勇気を持って飛び込んだ。
恋だって・・・

新しい恋にだって勇気を持って飛び込んでみせる。
キスなんて十回でも二十回でも・・・

「どうした牧野?やっぱり勇気がないか?」

司の顔にいたずらっぽいほほ笑みが浮かんだのが見えた。

つくしは自分の体が熱くなるのを感じた。
からかっているのか、それとも本気なのか?
道明寺の顔から真意は読み取れなかった。


しょうがねぇな・・
こいつやっぱり勇気が出ねぇか?
またどうでもいいことで頭ん中がいっぱいじゃねぇのか?


つくしは手にしていた手帳をわき置くと司の方へと向き直った。
恐る恐る顔を上げると司の眼を見た。
ただのキスよ!
でも自分からキスをしたことなんてなかった。
たいした経験がないだけに不安だった。
相手は中学生の頃から挨拶代わりにキスをしていたという男だ。
あたしに男性経験がないことを知っている男には多分見抜かれている・・・
キスの経験も乏しいということを。
こんなあたしとキスして楽しめるの?

「ど、道明寺・・あたし・・あんまり経験がないの・・」
「と、いうか・・ほとんど経験がないの・・」
「だから・・」

やっぱりな・・
そうだと思ったが・・
要するに男が怖いってことか?

司はこれ以上つくしを困らすことがだんだんと悪趣味のように思えていた。
これじゃあガキのイジメじゃねぇか?
好きな女を困らせてどうすんだよ?

司はつくしのうなじに手を添えると優しく引き寄せた。
まとめられていた髪を解けば彼の手を隠すように覆ってきた。
つくしの髪を優しく撫でつけながら整える大きな手は、そのまま彼女の頭の後ろに広げられていた。
司の眼に映る大きく見開かれた瞳は期待と不安を映し出して揺れ動いている。

おまえに不安な思いなんかさせねぇよ・・
俺がおまえのことは一生守ってやるから・・



だから・・

「俺にキスさせてくれないか?」


その言葉につくしの大きな瞳はゆっくりと閉じられた・・・









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コメント
H*様
ア―なところで終わってしまいました?(^^)
ゆっくりと近づいて来た二人です。
明日はもっと近づいてくれると思います。
拍手コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.16 23:07 | 編集
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