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2016
04.14

第一級恋愛罪 31

仕事に集中しようとしても無理だった。さっきからパソコンで原稿を書いているが
タイプミスばかりだ。文字の変換が思い通りに行かなくてイライラした。
道明寺の顔が思い出されて仕方が無かった。黒い瞳で見つめられるとまるで捕らわれ、虫ピンで留められた蝶のような気分にさせられる。
抱き寄せられたとき、あまりに突然の出来事で驚いたあたしを怖がらせまいとしたのか、それ以上のことはしなかった。
それでも・・道明寺にキスされてもいいと思ったあたしがいたはずだ。
マンションまで帰る車内は静かで二人とも黙って前を見つめているだけだった。
好きだと言われ、なんと答えたらいいのかと考えあぐねているうちに目的地へ着いていた。
今夜は迷惑をかけた。ゆっくり休んでくれとだけ言われ互いの部屋へと帰って行く。
互いの部屋の扉と扉の距離はどのくらいあるのだろう。その距離で見つめ合ったときに言われたのは決しておまえを傷つけることはしないからだった。




今朝もマンションの下に降りたとき道明寺が待っていた。

「おまえには休養が必要だ」
「昨日の騒動で精神的にまいっているはずだ」

そんなことを言われたが今日は朝からどうしても外せない約束がある。
昨日は眠りたいのになかなか寝付けずにいた。ベッドの中で天井を見つめまんじりともせず朝を迎えた。それは多分怖い思いをして神経が高ぶっていたからだろう。
そう思いたかったが本当は違うと思う。
道明寺に言われたせいだ。
道明寺に抱き寄せられて好きだと言われたからだ。

あいつの体の温もりを初めて感じたのは空港で転びそうになったあたしを抱き留めてくれた時だ。アメリカから帰国した道明寺のインタビューを取るために空港で待ち構えていた時だ。
あの時は冷やかで鋭い眼で見られたっけ。
でも昨日は違った。あたしを見つめる眼は優しかった。
決して遊びなんかじゃない。そんなことを耳元で囁かれ体中に道明寺の熱が伝わってきた。

つくしはあの時どうしたらいいのか分からなかった。
頭の中は真っ白になり何も考えられなくなって、自分の鼓動だけが聞えていた。
床に座り込んだあたしを優しく抱きしめてくれた大きな手の温もりに安堵したのは事実だ。
嫌なら押しのけるとか出来たと思うがそれもしなかった。
昨日は二人がどんな立場の人間で、今どこにいるかなんて関係がなかった。例え二人がかりそめの恋人だとしても、例えその場所が女性用の化粧室だったとしても。
そこに座り込んだ女を優しく抱きしめているのが世界中の女性が恋人にしたいと望む男性だとしても・・
あの時はまるで時間の流れが止まったように感じられた。

『おまえが好きだ』

これまで何人の女性にその言葉を囁いてきたのだろうか。
何人の女性が道明寺を愛してきたのだろうか。
道明寺はあたしの手には余る男だ。

でも・・・
あたしは道明寺が好きなんだと思う。


つくしはパソコンに『道明寺 司』と入力してみた。
たった漢字四文字だが、その名前が意味するものは大きい。名前だけでも富のオーラを感じさせる。あいつは道明寺ホールディングスの社長だ。

「おい、牧野、なんか浮かない顔してるな?」
後ろを通りかかった経済部のキャップが声をかけて来た。
「そ、そうですか?」
「そう言えばおまえの彼氏はまたひとつ会社を買ったんだな?」
つくしは机の上に置かれている朝刊を見つめた。一面トップには道明寺ホールディングスがイギリスの企業を買収した記事が出ていた。経済面ではなく一面トップを飾るなんてさすが世界の道明寺ホールディングスだ。
この買収はリチャード・ベケットの会社を仲介として手に入れたのだろう。
だがもうあの会社との関係はこれまでだと言っていた。
それもそうだろう。いくらビジネスに私情は挟まないと言ってもやはり付き合いにくいはずだ。
キャップはつくしのパソコンに目をやるとにやりとした。
「なんだ?おまえ自分の彼氏の名前を打ちこんだりして?」
「おまえも案外かわいいところがあるんだな?」意外だとばかりに言った。
「けど、そのまま原稿に載せるなよ?」

つくしはハッとしてパソコンの画面上に映し出されている名前を慌てて消すと否定した。
「ち、ちがいます!これは記事の中で・・」
「いいんだ。言い訳なんてしなくても。わかるぞ?おまえの気持ちは。恋人の名前を打ちこんでその人に想いを寄せる・・おまえも随分と女らしくなってきたな?」と微笑まれた。
つくしはキャップの言葉にただ顔を赤らめるしかなかった。
女らしくなった・・そういえば道明寺におまえは女じゃない。なんて言われたこともあった。今はどう思ってるんだろう・・

「そういえば、広告局の人間が言ってたけど、なんでも道明寺の系列会社からデカい広告をもらったらしいぞ?」
「代理店もびっくりってやつだ。何しろ広告営業は代理店経由が多いのに直で電話があったらしいぞ?今まで何度企画立案をしても蹴られてたのにだ。それも他社で決まるかってところがうちの社でだったらしいぞ?」
「やっぱり彼女がいる新聞社でドーンとデカいのを出してやろうなんて男前の彼氏だよなぁ」
つくしは何か言おうと口を開いたがそのままで固まった。
まさか?道明寺があたしの為に企業広告を?
確かに広告掲載は新聞社にとっては有難い話だ。記事はお金にはらないが広告収入は新聞社にとっては大きな収入だ。それでも新聞には購買料が支払われるのだから記事も重要だ。
記事がちゃんとしていなければ新聞自体が売れない。
まさか記事を書くなとか圧力をかけてその見返りの広告掲載とかってわけじゃないわよね?
だめだ、あいつのことばかりが頭の中を過る。パソコンの文字が簡単に消せるみたいにあの男のことも頭の中から消せるといいんだけど多分今日は無理だ。
それに今夜食事をしようと誘われている。

大学生のとき酷い恋愛経験をしたせいか、あれから親しくなった男性はいない。
また恋をしようなんて考えてもいなかったけど・・あの男といると胸が苦しくなる。
あたしはどの時点であいつに惹かれるようになったんだろうか?

昨日あいつに好きだって言われるまでは自分の気持ちを誤魔化している部分もあったのかもしれない。かりそめの恋人を演じられればそれでいいと思っていたから。
二人の立場はあまりにも違い過ぎるけどあいつと向き合ってみるつもりだ。
普段何気なく過ごしていた時間があいつの色んなところを見せてくれた。
どんなに劇的な場面なんかより、ほんの些細なことで恋に落ちるものなんだと思った。
かたくなだったあたしの心を解きほぐしてくれたのは道明寺だ。

あたしにまた恋ができるだろうか?
また恋をしてもいいの?





****






俺はこの歳になるまで真剣な恋をしたことがなかった。
ニューヨーク時代はそれなりに親しい間柄の女もいた。
それは27歳の男としてはごく普通の関係だった。
将来の保障など求めないという女たち。まあ何人かは求めて来る女もいたが気楽な関係を好んでいたからそんな女とは長続きはしなかった。
だが、牧野つくしは違う。あいつとは決して気楽な関係など求めてはいない。
気楽どころか重みのある付き合いがしたいしきちんとした関係を持ちたいと思っている。
だからあの指輪を選ぶ時も真剣だった。
あいつはあの指輪は借り物の指輪だと思っているようだが、俺はいずれ本物の指輪にするつもりだ。そう・・本当の意味での指輪に・・
ストーカー女も片付いたことだし本格的にことを進めるには丁度いいはずだ。
俺の気持ちは伝えた。俺の気持ちへの返事が欲しいとは言わなかったが二人のかりそめの恋人関係が終わるまでまだ時間がある。それまではあいつも俺から離れることは出来ないんだから、その間に時間をかけて俺のものになればいい。何事も急いては事を仕損じる。

だが、ひとつだけ確認しておくことがある。



ホテルメープルのレストランに着いたのは午後8時少し前だった。
「いただきます」
といって美味そうに食べ始めたつくしを見ながら司は感心していた。
しかしこいつはよく食うよな。今までも何度かディナーには行ってはいたがこんなに美味そうに食ってるこいつを見るのは初めてだ。
なら、今までは俺に対してどこか遠慮があったってことだよな?
その遠慮が無くなったってことは俺に対しての親密度も上がったということだよな?
ハードルが下げられたと思っていいわけだよな?
司はこれだけは確認しておきたいと思っていたことがあるのを思い出した。
彼は向かいの席で美味しそうにメインディッシュを頬張っているつくしをじっと見つめると探るように聞いた。

「おまえ・・今・・好きな男がいるわけじゃないよな?」

名前だけで富のオーラを感じさせる男はつくしの答えを待っている。
確かこいつは男なんて必要ないっていう女だったが、女の気持ちなんて移ろいやすいからな。一方的に好きだなんて言ったはいいが、他に好きな男がいるなんてことになればゆっくり時間をかけてなんて言ってはいられない。

「い・・いない・・」恥ずかしそうに言った。
「あの・・お願いがあるんだけど・・」
「なんだよ?」
おまえの願いなら何でも聞いてやる。
「道明寺といるとじ、じ、自制心が揺らぐの・・」
おい、いいじゃねぇか。なんの自制心だか知らねぇがもっと揺らいでくれ!
「だから・・」頬を染め恥ずかしそうに言葉を継いだ。
「あんまり見ないで・・」とうつむいた。

あほかこいつは!好きな女を見ないでどこを見ろっていうんだよ!
司はつくしの話を聞くふりをしながら頭の中では別のことを考えていた。
頭を占めるのはこいつと裸になって愛し合うことだ。
それから俺たち二人は永遠の愛を誓う。
よし!
ガタン、と音を立てて司がいきなり椅子から立ち上がった。
「ど、どうしたの?道明寺?」つくしは驚いた様子で立ち上がった司を見た。
「いや。な、なんでもない・・」司は慌てて椅子に腰を下ろした。
いきなり妄想が過ぎてやばいことになるところだった。
牧野が不思議そうな顔をして見ているが、俺の望みを実現させるために俺は精いっぱいこいつをくどくだけだ。







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コメント
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dot 2016.04.14 14:49 | 編集
さと**ん様
経済部のキャップ、いつも通りすがりなんです。
名前もありませんが脇役で出ています。通行人Aと言う感じでしょうか(笑)
パソコンに名前を打ちこんで画面を眺めるつくし。
恋に落ちた感が出てましたでしょうか?
恋なんて久しぶりでどうしたらいいのか分からないつくしは女の子になってしまいました!
インタビューしか頭になかった少女A(*女A)だったのに・・
あほかこいつは!←ダメですか?え?漫才師ですか?
よし!と立ち上がって何をしたかったのか・・
本当ですね、エロ曹司化してますよね(笑)クールな司はどこへ行ったのか・・
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.14 23:28 | 編集
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