招待客でいっぱいの今夜のパーティーは経済力がひとつのチケットと呼べるだろう。
この会場にいるのは何により財力がある人間ばかりだった。
まさにこのパーティーが今までこういう状況の場数を踏んできたことの本番大舞台かと思われた。相変らず司に秋波を送ってくる女性は大勢いるが彼は一切相手になどしなかった。
司は目の前にいる女性のことで頭がいっぱいだった。本当ならこんなパーティーなど蹴散らして帰りたい思いでいたが、ニューヨークから来た厄介な女を野放しにしておくわけにもいかず、早いことケリをつけて牧野つくしのことに専念したかった。
「いいか牧野。集中しろよ?あの女が真紀。例のストーカーだ」
つくしの隣に立つ男の体がこわばったような気がした。
「だ、大丈夫よ道明寺。こうなったらあたしが責任を持ってあんたを守ってあげる」
つくしはひと息つくと差し出された司の腕に手を置いた。
「ああ、頼むぞ牧野」
おい、まさか俺が本気でおまえに守ってもらおうと思ってるなんて考えていないよな?
司は思わず笑いそうになったがつくしに分からないように無表情を繕った。
漆黒の髪に肩をむき出しにしたコバルトブルーのドレスを着た女性が歩いてくるのが見えた。デコルテを飾る大粒の真珠のネックレスが艶やかだ。
椿さんの友人と言われた女性。ただ今は付き合いがないと聞いている。
「会いに来たわ。司さん」
はるばる日本まで会いに来たのだから感謝してねと言わんばかりの口調だ。
その女性は息を呑むほど美しい女性だった。歳はおそらくお姉さんと同じくらいだと思われた。女性は上流育ちの気品の良さが感じられ、成功した男性の妻として自信に満ちた態度でいた。
「これはどうもミセスベケット。お久しぶりです」司は礼儀から握手を交わした。
「本当にお久しぶりね。司さんが日本に帰ってしまってとても寂しかったわ」
女性はこぼれるような笑顔で微笑んでいた。
「今回は御主人の出張に同行されたとか」司は彼女の後方へ視線をやった。
「ええ。そうなの。暫く帰っていなかったし、少しこちらでゆっくりしようと思って主人にお願いして同行させてもらったの」
歳は50を過ぎたという印象の男性が少し遅れて来ると彼女のかたわらに立った。
つくしは司にベケット夫妻を紹介されひとつの結論を導き出していた。
それはミセスベケットについてだ。
彼女に対面した瞬間から悪意に満ちた何かを感じた。それは紛れもなく女としての対抗意識だと思われた。体全体から「私は上流階級よ」と声が聞こえてきそうだった。
夫の方は典型的なニューヨークのビジネスマンといった風貌だった。服装は白と黒の正装で薄くなり始めた髪の毛は紳士らしく整えられていた。つくしを見る目は一見優しそうだが、その目の奥には世界経済の動向を見極める力を備えているのだろう。インベストメントバングのCEOとしては道明寺ホールディングスと言う大口顧客の人間関係を見誤ってはいけないという思いからか、つくしの立ち位置はどう言ったものなのかと考えているようだった。
道明寺ホールディングスがM&Aを仕掛けるときのフィナンシャルアドバイザーとしての助言手数料は大きい。なにしろ狙う企業の規模が大きい。
最近買収を成功させた酒類製造会社の助言手数料は100億円を下らなかった。それは1兆6000億円で買収したメガディール(超大型案件)だった。
案件獲得競争が激しくなるなか、扱うのがメガディールばかりとなれば他のインベストメントバングをはじめとする金融機関も道明寺ホールディングスとの取引を望み、ベケットの会社が担っている役割を狙っているはずだ。リチャード・ベケットは顧客が求めているであろう言葉を口にした。
「ミスタードウミョウジ、こちらのお嬢様はとてもチャーミングですね」
「ありがとうございます」
司はつくしの肩に手をかけると引き寄せた。ベケットはそれを仲の良い恋人同士の行為と受け取ったようだった。
つくしはいきなり肩を引き寄せられ驚いたが、これは駆け出しの女優から主演女優と呼ばれるための練習だと思ってにっこりほほ笑んだ。
恋に臆病かもしれないけど演じる役の上なら何だって出来るじゃない?
それがかりそめの恋人だとしても、こうして道明寺と触れ合えるなら・・たとえ今だけでもこんなふうに触れ合えるならこのチャンスを楽しみたい。
まさか自分がこんな気持ちになるなんて思いもしなかったけど、人が人を好きになるきっかけなんて何かと聞かれても分からない。
今のあたしがいるのはまるで魔法にかかったような世界で本来の自分には全く縁のない世界。そんな世界にいるのはいつものドンくさいと言われる女だとは思われたくなかった。
決してこの男に相応しい女だとは思わないけど魔法にかけられた世界で最後まで演じ切ってみせる。
これがあたしの最後の恋だとしても・・・
「お、お会いできてうれしいです。ミスターベケット、奥様」
つくしは差し出されたリチャードの手をそっと握った。
礼儀から彼の妻である女性にも手を差し出したが、その手はすぐには取ってもらえず緊張に張りつめたような空気が流れ、つくしは自分の手は無視されるのかと思っていた。
ストーカーと思われる女性の手を握ることは正直怖かった。
そのとき司の手が肩から腰へと回されて来ると、つくしは自分の体が反応するのがわかったが平静を装っていた。その手はまるで心配するなと自分を守ってくれているような気がした。
本当ならあたしがこの男の盾になってあげるべきなのに反対に守られているなんて・・
司は真紀の視線がつくしの腰のあたりに落とされたのを見た。
それはつくしの腰に回された自分の手を見ているのか、それとも握手のために差し出されたつくしの手を見ているのか。
夫であるリチャードの大口顧客である司の恋人が差し出した手を取らないということが出来るはずもなく、真紀が仕方ないと言う感じでつくしの手を握ったのを見ていた。
「はじめまして。真紀ベケットよ」
真紀の顔は礼儀正しくほほ笑みを浮かべてはいたが言葉には刺々しさが感じられた。
「素敵な指輪をしてらっしゃるのね?つくしさん?」
「ねえ司さん?この人があなたの恋人なの?」女性は顔をしかめて司を見た。
「そうです」誇らしげに言うとつくしの腰に回した手に力を込めた。
司はこいつに手を出したら女だからと言っても容赦はしないという目で睨んでいた。
「そう・・随分と・・大切なのね・・」クスッと笑い声が聞えた。
***
つくしはほっと息をついた。
「なんだか拍子抜けした・・・」
「本当にあの人があんたのストーカーなの?」
二人はまるで先ほどまでの緊張が嘘のように話をしていた。
「本当だ。あの女妄想しすぎて俺と付き合ってるなんてことを言っていやがる」
「でも、御主人がいるのに?」
「あの男には愛人がいるらしいからな」司は手にしたグラスをあおった。
「そう・・可哀想な人なんだ・・」
「おまえ何を同情してんだよ。お人よし過ぎるんだよおまえは!」
「あんときだって・・」
司は眉をひそめてつくしを見たが何か面白いことを思い出したように口もとを緩めた。
「なによ?」つくしは挑戦的な顔で司を見た。
「俺の姉ちゃんになりすました時だよ・・」
「姉ちゃんのふりして女の話に付き合ってただろ?」
司は何でおまえみたいなチビが俺の姉ちゃんだなんて信じられたのか不思議だと呟いた。
「ああ!あのレストランで・・あの後すぐにお姉さんに会ってあたしとあまりにも違うから名乗ったことが恥ずかしかった・・」
「あの時のあんたは仕事の電話とかでなかなか戻って来ないし本当に困って・・」
つかの間、その場が静まり返り二人は見つめ合った。
が、どちらからともなく笑い出した。それは緊張の糸が切れた反動だったのかもしれない。
パーティー会場での対決は約30分というところだろうか。
今日は取りあえずの顔合わせと言ったところかもしれない。
不愉快だと思われたパーティーにこれ以上留まる必要もないとばかり、二人は会場をあとにすることにした。
「ご、ごめん。ちょっと・・・」
つくしは帰る前に化粧室に行ってくると言って駆け出していた。
「ああ。行ってこい。ここで待ってる」
またかよ・・
いつものことだがどうしてあいつはいつもトイレを我慢してるんだ?
***
こんな思いをしたのは初めてだった。つくしは化粧室で手を洗いながら排水口へと流れていく水の渦を目に映していた。
自分の気持ちが取返しのつかないところに行く前に引き返した方がいいのだろうか?
あのときの肩に回された手、腰に回された手の温もりを感じたとき、もっとこのままでいたいと思ってしまった。あのときは自分が守られていると感じた。
決して自分のものにはならないとわかっている大きな手の温もりが欲しいだなんて・・
そして感じた道明寺の匂い。ほのかに香る男らしい匂い。
もしかしたらあたしは自らに課してきたルールを破ろうとしているの?
恋なんてしないというルールを・・
「お邪魔かしら?」
後ろから聞こえた声は怒りが感じられた。
つくしは驚いて顔を上げると目の前の鏡に映る女性を見つめた。
「ま、真紀さん?」つくしは慌てて振り向いた。
いつからこの場所にいたのだろう。全く気配を感じなかった。
「あなた私を笑い者にする気なの?」
つくしは自分を責めるような口調に戸惑った。
「どういう意味でしょう?」
「何も知らないのね?」
「私と司さんは彼がニューヨークにいる時からずっとお付き合いをしてるの」
「あの、真紀さん?それは違うと・・」決して非難めいた口調では言わなかった。
「みんなが言うの。どうして真紀は司と別れたのかって・・」
「司は私と別れたくないって言ったのに・・」
まるでひとり言のように呟かれる言葉が怖かった。
つくしの存在は無視されたかのように話していた。
「ねえ、やっぱりニューヨークと東京の距離が悪いのかしら・・」
その声は痛々しさが感じられるほどだった。
「あの、真紀さん?どうみょ・・司はあたしと付き合って長いんですよ?」
つくしは優しく話かけた。
「それに・・」
「嘘よ!」真紀が叫んだ。
「嘘ばっかり言わないでよ!」
さっきまで消え入りそうな声で囁いていた真紀の態度が急変した。彼女の視線はつくしの左手に注がれている。
「みんなが話しているのを聞いたの。あなたと司が結婚するんじゃないかってね!」
冷たい口調で言うとまっすぐにつくしを見た。
「そんなこと・・許されないわ」
真紀はつくしのすぐ傍まで歩み寄ると足を止めた。
「その指輪を返してちょうだい。それは私のものだもの」
***
さて、どうするか・・
司は化粧室に行ったつくしを待ちながら煙草を吸っていた。
不思議なもんだな。司は胸の内で呟いた。
牧野があの女のせいで危険な目に遭うんじゃねぇかと思うと今すぐかりそめの恋人なんか止めちまえという思いがあった。けど、かりそめの恋人でいてくれる間は俺の傍にいてくれるわけだが・・・
危険だから傍に置きたくない。けど、傍にいて欲しい。
「司、悪い。遅れた」
「あきら!おまえ何やってんだよ、遅ぇんだよ!」
司は相手が人妻ということで人妻キラーの異名を持つあきらを呼んでいた。
「悪い。女と会ってたら時間間違えちまった」
「まあいい。今夜のところは終わった」
あんな迷惑女なんてさっさとニューヨークへ帰れ。俺と牧野の間の邪魔すんな。
司はどうやったらつくしの気持ちを自分に向けられるかと考えていた。
「そうか、良かったな。案外あっさり行くんじゃないのか?」
「ところでつくしちゃんは?」
「ああ、いま化粧室だ」
その言葉にあきらは考えこむような顔をして司を見た。
「おい司、言っとくがストーカーってのは被害者の関係者、つまりおまえの家族や親しい人間に危害を加えるってことが多いんだぞ」
「おまえは例のストーカー女がこの会場にいるってのにつくしちゃんをひとりにしたのか?」あきらの声は心配そうだった。
「その女、多分つくしちゃんを見て被害妄想・・つまりおまえをつくしちゃんに取られたと思っておかしなことになってんじゃねぇのか?」
司はあきらの言葉に心配と怒りで駆け出していた。

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「いいか牧野。集中しろよ?あの女が真紀。例のストーカーだ」
つくしの隣に立つ男の体がこわばったような気がした。
「だ、大丈夫よ道明寺。こうなったらあたしが責任を持ってあんたを守ってあげる」
つくしはひと息つくと差し出された司の腕に手を置いた。
「ああ、頼むぞ牧野」
おい、まさか俺が本気でおまえに守ってもらおうと思ってるなんて考えていないよな?
司は思わず笑いそうになったがつくしに分からないように無表情を繕った。
漆黒の髪に肩をむき出しにしたコバルトブルーのドレスを着た女性が歩いてくるのが見えた。デコルテを飾る大粒の真珠のネックレスが艶やかだ。
椿さんの友人と言われた女性。ただ今は付き合いがないと聞いている。
「会いに来たわ。司さん」
はるばる日本まで会いに来たのだから感謝してねと言わんばかりの口調だ。
その女性は息を呑むほど美しい女性だった。歳はおそらくお姉さんと同じくらいだと思われた。女性は上流育ちの気品の良さが感じられ、成功した男性の妻として自信に満ちた態度でいた。
「これはどうもミセスベケット。お久しぶりです」司は礼儀から握手を交わした。
「本当にお久しぶりね。司さんが日本に帰ってしまってとても寂しかったわ」
女性はこぼれるような笑顔で微笑んでいた。
「今回は御主人の出張に同行されたとか」司は彼女の後方へ視線をやった。
「ええ。そうなの。暫く帰っていなかったし、少しこちらでゆっくりしようと思って主人にお願いして同行させてもらったの」
歳は50を過ぎたという印象の男性が少し遅れて来ると彼女のかたわらに立った。
つくしは司にベケット夫妻を紹介されひとつの結論を導き出していた。
それはミセスベケットについてだ。
彼女に対面した瞬間から悪意に満ちた何かを感じた。それは紛れもなく女としての対抗意識だと思われた。体全体から「私は上流階級よ」と声が聞こえてきそうだった。
夫の方は典型的なニューヨークのビジネスマンといった風貌だった。服装は白と黒の正装で薄くなり始めた髪の毛は紳士らしく整えられていた。つくしを見る目は一見優しそうだが、その目の奥には世界経済の動向を見極める力を備えているのだろう。インベストメントバングのCEOとしては道明寺ホールディングスと言う大口顧客の人間関係を見誤ってはいけないという思いからか、つくしの立ち位置はどう言ったものなのかと考えているようだった。
道明寺ホールディングスがM&Aを仕掛けるときのフィナンシャルアドバイザーとしての助言手数料は大きい。なにしろ狙う企業の規模が大きい。
最近買収を成功させた酒類製造会社の助言手数料は100億円を下らなかった。それは1兆6000億円で買収したメガディール(超大型案件)だった。
案件獲得競争が激しくなるなか、扱うのがメガディールばかりとなれば他のインベストメントバングをはじめとする金融機関も道明寺ホールディングスとの取引を望み、ベケットの会社が担っている役割を狙っているはずだ。リチャード・ベケットは顧客が求めているであろう言葉を口にした。
「ミスタードウミョウジ、こちらのお嬢様はとてもチャーミングですね」
「ありがとうございます」
司はつくしの肩に手をかけると引き寄せた。ベケットはそれを仲の良い恋人同士の行為と受け取ったようだった。
つくしはいきなり肩を引き寄せられ驚いたが、これは駆け出しの女優から主演女優と呼ばれるための練習だと思ってにっこりほほ笑んだ。
恋に臆病かもしれないけど演じる役の上なら何だって出来るじゃない?
それがかりそめの恋人だとしても、こうして道明寺と触れ合えるなら・・たとえ今だけでもこんなふうに触れ合えるならこのチャンスを楽しみたい。
まさか自分がこんな気持ちになるなんて思いもしなかったけど、人が人を好きになるきっかけなんて何かと聞かれても分からない。
今のあたしがいるのはまるで魔法にかかったような世界で本来の自分には全く縁のない世界。そんな世界にいるのはいつものドンくさいと言われる女だとは思われたくなかった。
決してこの男に相応しい女だとは思わないけど魔法にかけられた世界で最後まで演じ切ってみせる。
これがあたしの最後の恋だとしても・・・
「お、お会いできてうれしいです。ミスターベケット、奥様」
つくしは差し出されたリチャードの手をそっと握った。
礼儀から彼の妻である女性にも手を差し出したが、その手はすぐには取ってもらえず緊張に張りつめたような空気が流れ、つくしは自分の手は無視されるのかと思っていた。
ストーカーと思われる女性の手を握ることは正直怖かった。
そのとき司の手が肩から腰へと回されて来ると、つくしは自分の体が反応するのがわかったが平静を装っていた。その手はまるで心配するなと自分を守ってくれているような気がした。
本当ならあたしがこの男の盾になってあげるべきなのに反対に守られているなんて・・
司は真紀の視線がつくしの腰のあたりに落とされたのを見た。
それはつくしの腰に回された自分の手を見ているのか、それとも握手のために差し出されたつくしの手を見ているのか。
夫であるリチャードの大口顧客である司の恋人が差し出した手を取らないということが出来るはずもなく、真紀が仕方ないと言う感じでつくしの手を握ったのを見ていた。
「はじめまして。真紀ベケットよ」
真紀の顔は礼儀正しくほほ笑みを浮かべてはいたが言葉には刺々しさが感じられた。
「素敵な指輪をしてらっしゃるのね?つくしさん?」
「ねえ司さん?この人があなたの恋人なの?」女性は顔をしかめて司を見た。
「そうです」誇らしげに言うとつくしの腰に回した手に力を込めた。
司はこいつに手を出したら女だからと言っても容赦はしないという目で睨んでいた。
「そう・・随分と・・大切なのね・・」クスッと笑い声が聞えた。
***
つくしはほっと息をついた。
「なんだか拍子抜けした・・・」
「本当にあの人があんたのストーカーなの?」
二人はまるで先ほどまでの緊張が嘘のように話をしていた。
「本当だ。あの女妄想しすぎて俺と付き合ってるなんてことを言っていやがる」
「でも、御主人がいるのに?」
「あの男には愛人がいるらしいからな」司は手にしたグラスをあおった。
「そう・・可哀想な人なんだ・・」
「おまえ何を同情してんだよ。お人よし過ぎるんだよおまえは!」
「あんときだって・・」
司は眉をひそめてつくしを見たが何か面白いことを思い出したように口もとを緩めた。
「なによ?」つくしは挑戦的な顔で司を見た。
「俺の姉ちゃんになりすました時だよ・・」
「姉ちゃんのふりして女の話に付き合ってただろ?」
司は何でおまえみたいなチビが俺の姉ちゃんだなんて信じられたのか不思議だと呟いた。
「ああ!あのレストランで・・あの後すぐにお姉さんに会ってあたしとあまりにも違うから名乗ったことが恥ずかしかった・・」
「あの時のあんたは仕事の電話とかでなかなか戻って来ないし本当に困って・・」
つかの間、その場が静まり返り二人は見つめ合った。
が、どちらからともなく笑い出した。それは緊張の糸が切れた反動だったのかもしれない。
パーティー会場での対決は約30分というところだろうか。
今日は取りあえずの顔合わせと言ったところかもしれない。
不愉快だと思われたパーティーにこれ以上留まる必要もないとばかり、二人は会場をあとにすることにした。
「ご、ごめん。ちょっと・・・」
つくしは帰る前に化粧室に行ってくると言って駆け出していた。
「ああ。行ってこい。ここで待ってる」
またかよ・・
いつものことだがどうしてあいつはいつもトイレを我慢してるんだ?
***
こんな思いをしたのは初めてだった。つくしは化粧室で手を洗いながら排水口へと流れていく水の渦を目に映していた。
自分の気持ちが取返しのつかないところに行く前に引き返した方がいいのだろうか?
あのときの肩に回された手、腰に回された手の温もりを感じたとき、もっとこのままでいたいと思ってしまった。あのときは自分が守られていると感じた。
決して自分のものにはならないとわかっている大きな手の温もりが欲しいだなんて・・
そして感じた道明寺の匂い。ほのかに香る男らしい匂い。
もしかしたらあたしは自らに課してきたルールを破ろうとしているの?
恋なんてしないというルールを・・
「お邪魔かしら?」
後ろから聞こえた声は怒りが感じられた。
つくしは驚いて顔を上げると目の前の鏡に映る女性を見つめた。
「ま、真紀さん?」つくしは慌てて振り向いた。
いつからこの場所にいたのだろう。全く気配を感じなかった。
「あなた私を笑い者にする気なの?」
つくしは自分を責めるような口調に戸惑った。
「どういう意味でしょう?」
「何も知らないのね?」
「私と司さんは彼がニューヨークにいる時からずっとお付き合いをしてるの」
「あの、真紀さん?それは違うと・・」決して非難めいた口調では言わなかった。
「みんなが言うの。どうして真紀は司と別れたのかって・・」
「司は私と別れたくないって言ったのに・・」
まるでひとり言のように呟かれる言葉が怖かった。
つくしの存在は無視されたかのように話していた。
「ねえ、やっぱりニューヨークと東京の距離が悪いのかしら・・」
その声は痛々しさが感じられるほどだった。
「あの、真紀さん?どうみょ・・司はあたしと付き合って長いんですよ?」
つくしは優しく話かけた。
「それに・・」
「嘘よ!」真紀が叫んだ。
「嘘ばっかり言わないでよ!」
さっきまで消え入りそうな声で囁いていた真紀の態度が急変した。彼女の視線はつくしの左手に注がれている。
「みんなが話しているのを聞いたの。あなたと司が結婚するんじゃないかってね!」
冷たい口調で言うとまっすぐにつくしを見た。
「そんなこと・・許されないわ」
真紀はつくしのすぐ傍まで歩み寄ると足を止めた。
「その指輪を返してちょうだい。それは私のものだもの」
***
さて、どうするか・・
司は化粧室に行ったつくしを待ちながら煙草を吸っていた。
不思議なもんだな。司は胸の内で呟いた。
牧野があの女のせいで危険な目に遭うんじゃねぇかと思うと今すぐかりそめの恋人なんか止めちまえという思いがあった。けど、かりそめの恋人でいてくれる間は俺の傍にいてくれるわけだが・・・
危険だから傍に置きたくない。けど、傍にいて欲しい。
「司、悪い。遅れた」
「あきら!おまえ何やってんだよ、遅ぇんだよ!」
司は相手が人妻ということで人妻キラーの異名を持つあきらを呼んでいた。
「悪い。女と会ってたら時間間違えちまった」
「まあいい。今夜のところは終わった」
あんな迷惑女なんてさっさとニューヨークへ帰れ。俺と牧野の間の邪魔すんな。
司はどうやったらつくしの気持ちを自分に向けられるかと考えていた。
「そうか、良かったな。案外あっさり行くんじゃないのか?」
「ところでつくしちゃんは?」
「ああ、いま化粧室だ」
その言葉にあきらは考えこむような顔をして司を見た。
「おい司、言っとくがストーカーってのは被害者の関係者、つまりおまえの家族や親しい人間に危害を加えるってことが多いんだぞ」
「おまえは例のストーカー女がこの会場にいるってのにつくしちゃんをひとりにしたのか?」あきらの声は心配そうだった。
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Comment:3
コメント
H*様
つくしちゃんを可愛く・・
どうしても仕事一辺倒の女性になりがちですよねぇ・・
だんだんと気持ちが可愛くなってきてると思っているのですがまだまだでしょうか・・。
これから女子力を高めて行きたいと思います(笑)
拍手コメント有難うございました(^^)
つくしちゃんを可愛く・・
どうしても仕事一辺倒の女性になりがちですよねぇ・・
だんだんと気持ちが可愛くなってきてると思っているのですがまだまだでしょうか・・。
これから女子力を高めて行きたいと思います(笑)
拍手コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.04.12 23:06 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

さと**ん様
司!助けに行きます!
あきらは役に立ちませんでしたが、助言だけは的確だったみたいです。
コメント有難うございました(^^)
司!助けに行きます!
あきらは役に立ちませんでしたが、助言だけは的確だったみたいです。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.04.13 23:42 | 編集
