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2016
04.11

第一級恋愛罪 28

2週間ほど前、これから必要な物を買いに行くからとつくしは司に連れられてある場所を訪れていた。それはベケット夫妻が来るというパーティーで必要な物だからと言われた。
せっかくの日曜日で掃除とか洗濯とか日ごろ出来ないことをと考えていたのに道明寺に連れ出されたつくしはこれも仕事のひとつだと諦めた。昨日は地方で行われた財界人が集まる会議の取材から帰ったばかりでまだ家のことがほったらかしなのにとひとりごちた。

それを耳にした男に俺だってこれから出張に出るから今しか時間がないんだと言われた。
日曜から出張・・忙しいことで。聞けばこれからロンドンに行くので例のパーティーまで会えないと言われれば、かりそめの恋人としての行事参加のための業務命令だと思えば付き従う以外なかった。

最近ではこの男との関係もまるでビジネスパートナーとでも言えるような付き合いが出来るようになって来た。なんとも曖昧な表現かもしれないが節度ある隣人とでも言えばいいのだろうか?でもそれもなんだか気持ち悪かった。

朝、マンションの下に降りればまるで見越したかのように車が待っていて送ってやると言われるし、遅くに帰宅すればメシは食べたかと聞かれる始末だ。
これは節度ある隣人ではなく、お節介な隣人か?
それとも道明寺司はストーカーか?人妻ストーカーに狙われる男が別の人間のストーカーに?
まさかね。道明寺司だって暇な男じゃないはずだ。

リムジンが止められたのは厳重な警備に守られた有名宝石店の正面だった。
そこはとても庶民が気軽に入れるようなところではなく客を選ぶような店だったが道明寺司のような人物なら気軽に入るには丁度いいのかもしれない。

「ここで何か買い物でもあるの?」つくしは思ったことをそのまま口にした。
買う物がないのに冷やかしで入れるような店では無いだけにいったい何を買うのかとの興味もあった。
「えっと、あたしは車の中で待っていてもいい?」

宝石か・・・
つくしには全く縁のない世界のものだった。だからお姉さんから使いなさいと手渡された宝石類は未だに管理するのが怖かった。ベルベッドのケースに収められ、マンションの部屋に備え付けられた金庫の中に収められていても盗難にあったらと思うと気が気じゃなかった。とてもじゃないけど弁償なんて出来る値段ではない。
そんなことを話せば「あら。大丈夫よ?保険がかけてあるし、このマンションに盗みに入るような泥棒なんているわけないじゃない?」と一笑に付された。

言われてみれば確かにそうだ。超高級マンションの管理体制は異常とも言えるほどだった。
道明寺の若き社長が住むここの警備は「警察官立寄所」の防犯ステッカーこそ貼られてはいないがそれ以上の場所だろう。どちらにしてもこのマンションにあのステッカーは似合わない。
マンションの前に要人警護のためのポリボックスがあるなんて思いもしないけど、要職にある政治家のそれに匹敵しそうな警備だと思った。
これならストーカー女がいきなり部屋を訪ねてくるなんてことはなさそうだ。
だからお姉さんはあたしにあのマンションへ引っ越すように言ったのだろうか?

道明寺家の所有するマンションにいったいどれだけの住人が住んでいるかは不明だが、つくしは他の住人に会ったことがなかった。まさかこの棟全てを道明寺家で使っているなんてことは・・あり得るかもしれないと思った。超高級マンションの最上階だけを使う男。
そしてその隣に住むあたし。まあ、あたしは短期契約者だしかりそめの恋人契約が終わればここを去る身だ。あまり深くは考えないことにしよう。

それにしても道明寺はこの店でカフリンクス(カフス)かネクタイピンでも買うつもりなのか?ビジネスシーンで男性が身につけることが出来る数少ないアクセサリーと呼ばれるカフリンクス。腕時計との相性も気になるところではあるが道明寺がつけているカフリンクスはいつも高価そうでエレガントなものが多い。さすがニューヨーク帰りの男はおしゃれだ。
買い物があるならひとりでどうぞとばかり車内で待つことに決めたつくしは鞄の中からタブレット端末を取り出すと昨日の取材メモをまとめようとしていた。
だが司はそんなつくしに向かって、

「なに言ってんだ。おまえも来い」と声をかけた。
「あ、あたしも?」

いったいあたしに何の用があるの?カフリンクスを一緒に選べとか?
まさかね。この男がカフリンクスを女に選んでもらうとはとても思えなかった。

上着の袖口から覗くカフリンクスは黒だった。ブラックオニキスだろうか?
成功の象徴と呼ばれるオニキスはオクタゴナルと呼ばれる八角形にカットされ周囲をダイヤモンドが取り囲んでいた。それだけでひと財産ありそうだ。それに会う度にいつも違うカフリンクスだった。いったいこの男はいくつ持っているのだろう?

「カフスなんて買わねぇ」
「えっ?聞こえてた?」
「おまえは感情が開けっぴろげな女だからな。聞こえてくるんだよ」
司は早く来いとばかりにつくしの手を掴むと車を降りた。

待たされることに慣れていない男のため、あらかじめ連絡が行っていたのだろうか。
待ってましたとばかりに店の二重扉の施錠が解かれ、うやうやしく扉が開かれ出て来たのは仕立ての良いダークスーツを着た中年の男性だった。

「いらっしゃいませ、道明寺様。お待ち申し上げておりました」
「どうぞこちらへ」

ガラスのショーケースの間を抜けて案内されたのは奥まったところにある小さな部屋だった。ある特定の顧客のみが案内されるこの部屋にあるのは中央のテーブルとその両側にある革の椅子だけだった。つくしは座るように促されて腰をかけた。


「なにかお召し上がりになりますか?」男性が声をかけてきた。
コーヒーか紅茶でもということだったのだろう。

「いや。いらねぇ」
「ダイヤの指輪が欲しい。一番いいやつを持ってこい」

この店は道明寺家の御用達なのだろうか。多くを語らなくても物事は進ようだ。
「すぐにご用意いたします」と答え、男性は姿を消した。
間もなく戻ってきた男性は大きな黒い箱を携えていた。

つくしは神経質にならざるを得なかった。箱から引き出された四段のトレーには何種類もの大きなダイヤモンドが輝きを放っていた。黒のベルベッドの上に並べられた無色透明な石の塊は全てが同じように光り輝いていたが普段街角のショーウィンドウで見かけるものとは違って見えた。一体全体ここに並んだ宝石は価値にすればどのくらいの金額になるのだろうか?つくしは思わず息を呑んだ。

勘違いをしたくはないのだが、もしかしたらこのダイヤモンドは自分に用意されたものではないかと思い始めていた。

司は沢山の指輪の中から一番上の段にあるひとつの指輪を手に取った。
それはキラキラと頭上の照明の光りを反射していた。真剣な眼差しで石を見ている男に店側は何も言葉をかけず黙っていた。

つくしは複雑な表情で司と指輪を見ていた。
道明寺司いわく、俺とおまえが恋人同士に見える為にはダイヤモンドの指輪が必要だということだった。

なぜ?つくしは司にその疑問をぶつけてみることにした。
「ねえ、本当にこんな・・ダイヤの指輪が必要なの?」
「必要なんだよ。あの女におまえを印象付けるためには」
「で、でも・・これって・・凄く高いんじゃない?」
「牧野、おまえは黙って言う通りにしてりゃいいんだ」
「インパクトが大事なんだからな。インパクトが。物事は第一印象で決まるもんだ」
司は偉そうに言った。
値段なんて見て買い物をしたことがないと思われる男の返事は簡単だった。
つくしはよっぽどあんたの第一印象は最悪だったと言おうと思ったが言わなかった。

「あの女は自分より良い物を持ってる女には生意気を言わないような女だ」
「ようは俗物なんだよ」

こいつの開けっ広げで隙だらけの性格から言えばこれから自分の身に起こることをひとりで乗り切るなんてことが出来るかと思ったが、なにやらこの前のパーティーのあとから俄然やる気になったようで司はほくそ笑んでいた。
いよいよストーカー女との対決だ。この女本気でやるつもりか?
だが今はそれより気になることがあった。気になって仕方がなかった。
この女がこの指輪を嵌めたときどんな顔をするのかが見たかった。やはり金目当ての女がするように目を輝かすのか、それとも・・・

司は隣に座るつくしの手を取った。その手は小さな手で指は細かったがボールペンのインクがしみ付いているのがおかしかった。取材記事でも書いていたのかと思わずほほ笑みそうになった。手を取られたつくしは驚いて司の手から自分の手を引き抜こうとしていたが、彼はその手を放すことなく左手の薬指に手にしていた指輪を嵌めた。

「いったいなんのつもりなの?」
「ねえ、これって普通恋人が嵌めるものじゃなくて婚約者が嵌めるんじゃないの?」
「こ、こんなものつけれるわけがないじゃない!」

つくしは慌てて指輪を引き抜こうとした。
「いいじゃねぇか。恋人でも。嵌めてて何がおかしい?」
指輪は司の手でもとの位置に戻された。

たとえ宝石に縁がない生活を送っていてもその輝きと大きさを見ればわかる。
どう考えても普通の宝石じゃない。だが値段を確かめようにも値札がついているわけでもなくつくしは自分の勘だけで価値を推し量ることなど出来なかった。
財界のパーティーに参加するような女性は皆きらびやかな宝石を身に付けて来るのがセオリーだ。今まで身に付けていた宝石が決して見劣りがするわけではなかったがその指輪の意味するところは大きかった。
例の人妻ストーカーが来るというパーティーにはこの指輪を嵌めて出ろと言われた。
世間一般にその指輪が嵌められた指の意味するものはただ一つしかない。
エンゲージリング?
この男の考えていることが益々わからなくなってきた。

つくしは左の薬指に嵌められたまばゆい輝きを放つ石を驚きの表情で見つめていた。
その顔は嬉しさと言うよりも好奇心にあふれた顔で、まるでこの大きな鉱物は地殻変動が生みだした脅威の産物ではないかと言う目で見ていた。




だが・・・・

それは本当の自分の気持ちを隠すための表情だったのかもしれない。
感情が開けっ広げだと言われてはいてもつくしも年頃の女性だ。
他人には決して見せない、決して表には出さない思いがあることも確かだ。

この男にも本当の意味でこの指輪を受け取る女性がいつか現れるのだろう。
本当の恋人にはどんなふうに愛を囁くのだろうか・・・
本当の婚約者を愛するときはどんなふうなんだろうか・・・
つくしは一瞬だがこの男に選ばれたいという思いにかられていた。
だがそんな思いは打ち消した。
今更そんな思いを持ってしまったなんて言えるわけがない。
現実と理想は違う。あたしはこの男のかりそめの恋人であって本当の恋人にはなれない。
つくしはぎこちなく笑って見せるしかなかった。
このダイヤモンドの指輪はあくまでも借り物であって決して自分のものではない。


「恋人だろうが婚約者だろうがそんな細かいことは気にしなくていいんだ」
と司は何の筋も通らない説明をした。
司はベルベッドに並んだ石のうちでおそらく一番高価なものを選んだのだろう。

「さすが道明寺様。お目が高い」
「この石はどこの石だ?」
「南アフリカの鉱山で採れた石でございます」気取った声で返された。
「アメリカ宝石学会でも一級品の認定を受けた最高級ダイヤでございます」
「カットはブリリアントで・・」
「そのくらい見ればわかる」
「これをもらおう」

それを聞いたつくしはまさかこのダイヤモンドを買うの?
これひとつで家が買えるでしょうと言わんばかりの顔で司を見た。




司はそのとき絶対に感情が表に出ないようにしていた。
指輪をこいつの指に嵌めたとき湧き上がった感情は紛れもない独占欲だったから。
自分になびかない女を落とそうと躍起になっていた気持ち、気になってはいたがどこか遊び半分だと思われていた自分の気持ちがこいつに向かっていると確信したのは女の左手に嵌められた指輪を見た時だ。
それまでは本気かと聞かれたならどう答えただろう?冗談めいた口調で本気だと答えていたかもしれない。
だが今言えるのは心の底からこの女が欲しいという思いだった。

そのことに気づいた司はこれから先どうすればこの女を自分だけのものに出来るかと考えた。何しろ牧野は処女だ。辛抱強く進めた方がいいのかもしれない。
こう見えても俺は辛抱強い男だ。時間はまだまだたっぷりある。そう思えば優しい気持ちにもなれると言うものだ。








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コメント
H*様
おはようございます!
「警察官立寄所」の防犯ステッカー。
いつも思うのですがあれは抑止力として効果があるのでしょうか?
実際には立ち寄りなんてしませんものね(笑)
拙宅はつかつく以外は書けませんので、こんな感じで少しずつ近づいて行く二人を暖かい目で見守ってやって下さいませ。
拍手コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.11 23:19 | 編集
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