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2016
04.04

Collector 17

Category: Collector(完)
この場所を訪れるのは久しぶりだった。都内の一等地に立つ道明寺ビルにはいつも緊張感が漂っているように感じられる。類は受付が社長室に自分の来訪を知らせるのを待っていた。
乗り込んだエレベーターは直通で類以外に客はいなかった。


社長室があるビルの最上階でエレベーターの扉が開いたとき、類はひとりの男の出迎えを受けた。その男の仕事は社長の秘書で彼は忠実にその仕事を成し遂げてきていた。

「花沢物産の花沢です。5時に道明寺社長とお約束があるのですが」

名乗らなくても自分のことは知っているはずだが礼儀として名乗った。
今までどれだけ面会の申し入れをしても受けてはもらえなかったが、こうすんなりと行くと何かあるのではと勘ぐらずにはいられない。
類とて花沢物産の専務としてグローバルに働いてきていた身であり、司の忙しさがどれほどのものであるか理解はしていた。
ニューヨークと東京を頻繁に行き来し、最近では北村商事の買収といい司の仕事ぶりは相変わらず派手だ。

「花沢様どうぞお入り下さい。社長がお待ち申し上げております」

杓子定規な言葉で案内されたが司は俺のことなんて待っていないよ。この面会を受けたのは恐らくだが俺の動向が知りたいとでも思ったからだろう。要は腹の探り合いか・・

類は机に向かって書類に目を通している司の前まで進んだがすぐに言葉はかけなかった。
司は顔を上げると応接セットの置かれたほうを顎で示した。
そこで座って待てと言う意味だろう。

「類、目の前に立たれちゃ鬱陶しい」

だが類はその場から動かなかった。
司はうつむき書類になにやら書き込みながら時々煙草に手を伸ばしていた。
部屋のドアを開け中に足を踏み入れたときすぐにわかった。
この男が自分との面会を受け入れた理由を。
一瞬だが司が自分を認めたその眼だ。
今や怖れを知らぬと言われるほどの権力を身につけた男の眼には強い憎しみが感じられた。
どうやら司は相変わらず俺が憎いようだ。それに司の方でもやっぱり俺に用があるってことか。類はいつまでもここに立ちつくしているわけにもいかず司が顎で示したソファに座った。出された緑茶には手をつけなかった。


「司、北村商事を買ったそうだね」
司が目の前に腰かけたとき、類は話始めた。
「ああ。案外安い買い物だった」
「酷い親会社を持った子会社を助けてやったさ」
「そう。でもその子会社以外は全て切り捨てるつもりだろ?」
「なんだ?花沢で欲しい事業部門でもあんのか?」
「いや。ない」
「あの会社はうちが出資してやろうかと言ったとき断ってきたことがある。あんとき金を受け取っておけばなんとかなったかもしれねぇが・・。いや無理だな。あんな放漫経営で持つわけがないか」
「あの子会社が欲しかったから司がそう仕組んだんじゃないの?」
「結果的にそうなっただけだろ?別に乗っ取ったわけじゃない」
「司はマーマーニズムの申し子だな」
「拝金主義ってか?マネーイズベストだ。価値を測る尺度は金以外にはないだろ?実際人の心も金で買えるんだからな」
「で、類。今日はなんの用だ?」司の顔が歪んだ。


いよいよ本題に入るってことか。
「牧野つくしが働いていた会社のことなんだけど」
「類、おまえまだあの女を探してんのか?」
「悪い?」
「女が欲しいならいい女を紹介するぜ」
「なにもひとりの女に執着しなくてもいいだろうが。女なんて乗り物と同じだ。いくらでも替えがきく」
「司、聞くけど牧野が働いていた会社はいつ潰れてもおかしくなかった会社だ。
それをわざわざ買い取るってのは金が全てというお前からすればおかしくないか?」

類は司があの会社を買ったのは牧野ありきと考え話をしていた。
牧野のことは知らないと言い切っても信じてはいなかった。
司が帰国してきてからすぐに牧野がいなくなったことだけは確かでそのことに関しては疑わしいというのではなく疑いの目で見ることが出来る。いや確信を持って言える。

「類、俺はあの女がどこで何をしているかなんて知らない」
「そう・・」でも司は知ってる。
「倒産寸前の会社ならいったん整理されたあとに買えばいいんじゃないか?」
今の司にとってそんな会社の買収は北村商事以外ひとつしかないはずだ。
全て引き受けてまで欲しかったものがあの会社にあったから買ったんだろ、司。

「ああ、あの会社か・・景気の落ち込みだなんて言って満足に仕事もしてない会社だったが中・長期的にみればこれからなんとかなるんじゃねぇの?化学メーカーなのに本業以外に手を広げ過ぎてんだよ。あそこも無能な経営者だ。そのうち辞めさせるが」
「本当は買い取るつもはなかったぜ?けどな、結局どうにもこうにもやっていけなくなったから最後はうちで面倒みることにした。あの会社はうちで再建する」

化学メーカーか・・・。牧野が働いていた会社だ。
ひとりの女に執着するな。いくらでも替えがきく・・その言葉をそっくりそのままおまえに返すよ、司。やっぱりおまえはあの会社ごと牧野を買ったんだね?つなぎ融資をして債務保証までしたんだろう。倒産寸前の会社を買うなんてよっぽど牧野が欲しかったんだ。
再建するか・・。司が買った会社で再建しようなんて考えたところが過去にあっただろうか?
倒産させない、解体しない、従業員を解雇しないが約束だったんだろう。
まあ、あの会社にしてみれば牧野が犠牲になったおかげで命拾いをしたわけだ。
牧野は昔から自己犠牲精神の強い女だったけど、まさかこんなことになるなんてあいつの人生はある意味凄いな。


類は自分が見逃すかもしれない心理的な手がかりがあったのではないかと思ったが幾重にも防衛されてしまった司の感情はわかりそうになかった。
この男から本音を聞き出すということは無理だろう。今の司は昔の司とは違う。ひと前では感情を制御するということを学び他人を出し抜き、平気な顔をして出まかせを言えるような男になっているのだから二人は腹の内を探り合っているようなものだ。
それにしても司は何を考えているのだろうか?自分の運命に仕返しをしたいのか?
牧野を隠すと言うことで俺に対して復讐でもしているつもりなのか?
確かに俺にとっては牧野は大切な人間だし守ってやらなければならない人間だ。
だがこの男は自分の周りが見えていない。どうやら牧野のこととなると今も昔と同じように正気を失ってるようだ。

司はきつい視線を類に向けた。
「で、類。おまえ何しに来たんだ?」
「おまえの顔を見に来たんだよ、司」
「類、まわりくどい言い方は止めてはっきり言え」
「じゃあ言うよ。牧野はどこ?」

二人の男は静かだが敵意に満ちた視線を交わしていた。

居場所を突き止めるには様々な方法があるが、よほど地下深くに潜ったのか手がかりがなかった。警察なら普通の人間が存在すら知らないような情報も手に入れることが出来るはずだが進からは何の連絡も無かった。警察だけを頼りにしているわけではなかったからもちろん自分でも探している。
携帯電話は繋がらない状態だ。警察は犯罪に巻き込まれたという形跡が見当たらず、自らの意志で失踪したと思われる人間の通話記録は調べてはくれない。
電源が入っていれば一番近くの基地局が電波を拾い居場所も特定できるがおそらく電話は処分されていると考えるのが妥当なところだ。

沈黙のなか司は黙って煙草を吸い続けていた。

「類、不愉快だ」嫌悪に満ちた顔が歪んだ。
「いい加減俺に牧野の話をするのは止めてくれないか?俺はあんな女なんて知らねぇな」
拒絶の意志は伝えたと司は類の退室を促すかのようにソファから腰をあげた。

「司、金を稼ぐのに忙し過ぎて大切なものを忘れないようにね」
「今の司には自分が知らないことはないと思っているかもしれないけどそれはどうかな?」
「忙しいところ悪かったね。俺帰るよ」
「もし牧野が司のところにいるなら周りに気を付けてね」類はこの言葉を司がどう捉えるか考えたが今の司は俺の言う言葉なんて耳にするのも嫌かもしれないと思った。だが次に司に会うのがいつになるのかと考えればやはり今しかないと思った。

10年前も二人の人生は牧野を間に密接に絡みあった時があった。ただあの時と違うのは二人とも大人になって仕事の上ではライバルだと言うことだ。
さすがに互いの会社を潰し合うことまでしないと思うが今の司は何を仕出かすかわかったものじゃない。類はもうこれ以上話をしても無駄かと思い帰ろうとした。

「おい待てよ類。おまえは狩をするか?」
その問は唐突だった。
「狩?」
「そうだ」
「そういえば昔のおまえは狩に出かけてたよね?」
「最近また始めた」
「ふうん・・何を狩るの?猪でも狩ってるの?」
類はさして興味もなさそうに聞いた。

「カモシカだ」
「カモシカって天然記念物じゃなかった?」
「そうか?あれは狩り出すのが難しいんだ。急斜面でじっとしているが意外に敏捷だ」
「時によっては何時間も追うはめになるが、仕留めた獣は綺麗だ」

「そんな難しい狩をする時間が今の司にあるなんて不思議な気がするよ」
「で、その狩ったカモシカってどうするの?首から上を剥製にしてハンティングトロフィーとして壁に飾るわけ?」

狩猟文化が根付いている国ではよく見かけるが日本の家で飾られているところは少ないはずだ。だが道明寺邸になら飾ってあっても不思議ではない。
昔の司は残酷な面を持ち合わせていたが今でもその傾向があるのだろうかと類は考えた。
動物を剥製にするということは考えてみれば残酷な話だ。

「剥製か・・美しい生き物は生来寿命が短いが俺は殺さない」司の表情が一瞬だが翳ったような気がした。
「でも撃つわけでしょ?」
「ああ。撃つが足もとを狙う。あとは崖から滑り落ちてくるのを待つ」
「あいつは滑り落ちても毅然とした様子で銃口を見てるな」
その声は満足気にも感じられるが嘲りも感じられた。
「類、おまえも一度狩に行くか?」
司はかすかに面白そうな顔をして類を見た。

「血を見ると吐き気がするからいい」
「ところで司、最近自分の顔を見たことがある?」
類はその言葉を残し部屋をあとにした。


類が出て行ったあと司はさして歪んでもないネクタイを直した。
あいつは相変わらず落ち着き払った様子で表情を読むのが難しいが昔のように口が重いというわけではなさそうだ。
今までは順調にいっている。類があちこち走り回って牧野を探している様子を想像していい気味だと思った。自分がかつてあいつを探していた時のように類も探してみればいい。
だがこの期に及んであいつになんか邪魔をさせるものか。これまでの人生で唯一の誤りは自分が欲しかったものを手放してしまったことだ。
だからその誤りは正さなければならない。あいつは俺のものだ。永遠に。
司は社長室の奥にあるバスルームまで行くと鏡を見た。
顔を見ろだと?いったい何が言いたい?

クソいまいましい類の野郎。

司は手元にあった灰皿を掴むと振りかぶって叩きつけた。それは自分の顔めがけてだったのか、それともさっきまで自分の目の前にいた男に対してだったのか。鏡は大きな音と共に割れ、いくつかの破片が洗面台に飛び散った。
鏡を割ると7年間不幸が続くというが今更だ。俺の不幸は生まれたときから続いている。
この家に生まれたときからずっとだ。
司は洗面台で煙草をもみ消しバスルームを出た。
デスクまで戻り、電話を掴むと秘書を呼んだ。








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コメント
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dot 2016.04.04 16:48 | 編集
さと**ん様
カモシカ=つくしです。
12話に「アオの寒立ち」の話があるんですがそのカモシカはつくしです。
司の中では崖に佇むカモシカがつくしに見えたんです。
今回の司も決してとどめは刺さず落ちてくるのを待ったんです。
つくしの勤務する会社を買い取って自分の手の中に落ちてくるのを待つようにです。
類の言葉の意味はもう少し先で解ると思います(^^)
鏡の話ですが英語圏の人々の間にある迷信です。日本ではあまり言わないのかもしれませんが縁起は悪いですね。
鏡には持ち主の魂の一部を取り込む力があって割れるとその中に捕らわれると考えられているようです。合わせ鏡もよくないと言われますね。見なくていい世界が見えてしまうとか・・。色んな物を壊している司です。車とか花瓶とか他人にはあたりませんが物に対しては躊躇ないようです。
拝金主義者です。つくしに出逢う前は金が全てと考えていましたので、そのスタンスのようです。
はい。地獄に追いかけるんじゃなくて地獄に引きずり込みました。こんな司ですみません。多分週に一度の登場となると思います。コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.04.04 22:49 | 編集
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dot 2016.04.04 23:23 | 編集
as***na様
この司の気持ちはまさにコレクターなんです。
つくしは自分の獲物です。狩ったんです。
本当に求めるものは何か?そのことに気づくのはいつの日なのでしょうか。
類を狩に誘ったのは、類は決してその誘いには乗らないとわかっていて敢えて誘いました。
司の顔はどんな顔だったのか、鏡を割りたくなるほどのものを見たのかもしれません。
鏡には心は映りませんが顔は歪んでいたと思います。
類への対抗心だけは相変わらずのようです。先はまだ長そうです。
コメント有難うございました(^^)

アカシアdot 2016.04.04 23:45 | 編集
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