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2016
03.29

第一級恋愛罪 20

「おまえは俺の恋人だろ?協力する気はあるのか?」
威嚇するような声が向かいの席から聞こえた。
「もちろん!」
つくしはメニューから顔を上げると男を見た。
「でもあたしたちの立場は対等よね?」

ホテルメープルのレストランの席につき、つくしはこの前の夜のことを思い出していた。
この男が言いたいのはあの夜のことだろうと察しはついた。
あのとき男が席に戻ってきたのは随分と時間が経ってからだった。
仕事の電話が長引いてしまって申し訳ないと詫びた男は何故かその場が和んでいることに不満な様子だった。
男が考えていたのは自分とつくしが一緒に現れることでこの食事は相手の女性が思い描いていたものとは違うということを暗に、いや直接伝えあわよくばその場から追い払おうという魂胆だったのだろう。
だから二人の女性がにこやかに、つくしにとっては顔が引きつる思いだったが、とにかく仲が良さそうに語りあっている様子は自分が望んだ状況ではなかったはずだ。

まさかつくしもこの男に群がる女性と直接対決するとは思ってもいなかった。
だってあくまでもあたしは虫除けであって虫を殺傷する能力まで持ち合わせてはいない。
そこを取り違えてもらっては困る。
それにこの男に群がる女性達と直接対決なんて望んでもいないし、したくもない。

「おまえのあの行動はなんだ?」
「なんの為におまえを同伴させたと思ってるんだ?」
「なんでおまえが俺の姉ちゃんになってあの女を俺に勧めて来るんだよ!」
司は鋭い視線をつくしに向けた。

「あたしって空腹だと妙な考えが頭に浮かんじゃって・・あたしにも弟がいるからつい姉ですって・・」
「それにいい子だったから・・かわいいし、頭も悪くなさそうだし姉という立場から言わせてもらえばあんないい子はいないと思うんだけど」

実際問題姉と名乗ったつくしを見て内心は驚いたことだろう。姉と弟だと言うのに似ているところが全く見当たらない。
道明寺司が180センチ以上の身長なのに自称姉は160センチそこそこと小柄。目鼻立ちがはっきりとしている弟に対して自称姉はどこにでもある平凡な顔立ち。もしかしたら腹違いとか種違いとかそんなふうに思ったかもしれない。

人は思いもよらないものを目にすると何か言わなくてはと思うのだろうか。
お姉さまって髪の毛がストレートで綺麗ですねとか、小柄でかわいいですねとか。
なにしろ相手は道明寺司の姉と名乗った女性だ。なんとか無理にでも褒めてあげようと思う気持ちが働いたようでえらく気を使わせてしまったような気がした。

「だって彼女、あたしが同席しても嫌な顔なんてしなかったでしょ?」

「それはおまえが俺の姉貴だなんて言ったから気を使ってんだよ!そのくらいわかれよ!」
事実としてはその通りだとつくしも思ったが言わなかった。

「けど、あんたみたいに失礼な態度をとる男にあそこまで陶酔するなんてよっぽど物好きな人間だと思うけど」

「誰が物好きなんだよ?言っとくが俺は昔から女には不自由したことがない」

「中坊の頃から女が寄って・・」

「知っています。英徳に在学中からよくもてたと言う話はあの女性から耳にタコが出来るほど聞かされました」
つくしは皮肉っぽく言ってみたが、どうやらこの男は世間の誰もが知るあたり前のことだと受け取ったようだった。

そんなに女と遊んだ経験があるなら今更自分の周りに群がる女をどうしてこんなことまでして、つまりあたしを虫除けにしてまで排除しようとするのか?
女の相手をするのが面倒だと言うけど適当にあしらえばいいじゃない?
今までだってそんなことはあったでしょう?
この男の女をバカにしたような態度をたしなめてやりたいと思ったが、半年後のインタビューを気持ちよく受けてもらえることが大切だ。
これ以上機嫌を損ねるべきではないと踏んだつくしは話題を変えることにした。

「それで、あの彼女とはどうして会うことになったの?」

「あの女の父親の会社がうちと取引がある。一度でいいから娘と会って食事をしてくれとしつこい男だ。けど俺は女と二人で食事なんて冗談じゃない」

「でもあんたこうしてあたしと二人で食事をするためにここにいるんでしょ?」

「おまえは論外だ。女じゃない」

「お、女じゃないだなんて失礼ね!あたしはれっきとした女です」

「おまえは女じゃなくて純然たる仕事相手だ」
「空腹なんだろ?また妙な考えを起こさないように食事をさせてやる」

不毛な論議は止めにしてとつくしは喜んでその提案に従った。





***





「いいか牧野。おまえの役目はわかってると思うが俺の周りに女を近寄らせないためにおまえがいるんだ」

つくしは司が注文した赤ワインを口にしていた。
わざわざメープルのレストランで食事をするのもパフォーマンスのひとつだ。
高級ホテルと言われるメープルのフレンチレストランはプレミアムレストランと呼ばれ人気がある。こだわりの空間と呼ばれる優美なダイニングルームは洗練されていた。
人気がある理由は当然ながら料理の美味さもある。だがそれ以外の理由もあった。
上流階級と称す若い女性達の間ではここで恋人からのプロポーズを受けることが夢でありステータスだ。
ようはロマンティックなデートスポットというわけで、ここで食事をするということは二人の仲がどれだけ親密なものかということを世間に知らしめるためだった。
何もそこまでしなくてもとつくしは思ったが黙って相手の言うことに従った。


サーモンピンクのテーブルクロスが掛けられた丸テーブルの中央には花が飾られ、キャンドルには明かりが灯されていた。
恋人同士の甘いディナーの演出としては申し分がないように思えた。
そして傍から見れば二人は紛れもなく恋人同士が愛を語らいながら食事を楽しんでいるように見えるはずだ。

真実は違うけど。

「せっかくこんなに美味しい料理を食べてるのにあんたと仕事の話なんて・・」
つくしはこのレストラン一押しの鴨料理を口に運びながら言った。
食欲が減退するなんてことは今までなかったがこの男を前にするとどうも食べ物が喉を通るスピードが落ちるような気がする。

「なんだよ?じゃあ仕事以外の話しでもするか?」
「なんならおまえのいう人生にはセックス以外にも素敵なことが沢山あるって話でも聞かせてもらうか?」
司はけだるいほほ笑みを浮かべてつくしを見た。
出た。キラースマイルだ!

「いい。仕事に徹して」つくしの口調は警戒をおびた。

「なんだよつまんねぇな。おまえの人生における素敵なことってなんだよ?」
「い、いいじゃない。なんでも!それより仕事の話をしてよ、仕事の」

この男はアメリカに恋人を残して来た身で寂しいはずなのにいったい何を考えているのかわからなかった。

「今後だがこの先もあんなふうにタヌキ親父が娘を寄こしてくるはずだ」
「あの女は大人しくておっとりした女だったしおまえが姉貴だなんて言っても信じるようなバカな女だからどうとでもなった」
「だが今度からはもっとおまえに色々と頑張ってもらわないと困ることになる」
「だからこそもっと親密さをアピールしなきゃな」
「は?」


気づけば目の前にはディナーの終わりを告げるコーヒーと小菓子が運ばれて来ていた。
二人が交わした会話は確かに日本語だったがつくしには意味がよくわからなかった。
もっと親密さをアピールする?
誰に対して?
群がる虫に対してと考えるのが妥当だろうが、それはあの男の周りに対象となりうる女性がいる場合だけと考えていいのだろうか?
親密さってなに?
親密さの説明を求めたいと思ったが聞くのが怖いような気がしてきた。


つくしは司に断ってトイレに立った。
今夜のあたしは飲み過ぎてなんてないはずだ。
レストルームの鏡に映った自分の顔を見て言葉の意味を考えたがやはりピンとくる思いはなかった。

テーブルに戻ったとき、さっきまでつくしが腰かけていた席にはひとりの女性が待っていた。








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コメント
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dot 2016.04.04 16:55 | 編集
さと**ん様
ホントに失礼ですよね(笑)女じゃないって。
でも司だから許せるのかもしれませんよね(笑)
今晩PCを立ち上げて見ればさと**ん様からの沢山のコメントが!
ありがとうございました(^^)
アカシアdot 2016.04.04 22:56 | 編集
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