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2016
03.15

第一級恋愛罪 11

ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した男は頭がいいのだろう。
相変らずの上から目線でつくしのことを見下していた。
見た目と頭脳は超一流かもしれないけど、この男の性格は知れば知るほど嫌な男だった。

西田秘書にパーティーには正装でお越し下さいと言われた。
正装とは?と聞けばドレスコードがありますのでと言われた。
ドレスコード?つくしの不思議そうな顔を見た西田秘書はレーザー光線でも出しそうな目でつくしを見ると、こちらでご用意致しますのでご心配なくと言った。

つくしは司の視線がまるで値踏みするかのように自分の顔から下へ降りるのを感じた。
なによ!いやらしいわね!じろじろ見るの止めてよ!
司は視線をつくしの顔に戻し顔をしかめると言った。
「西田、子供服売り場で探した方がいいかもしんねぇな」
つくしは目があった瞬間、この男いつか酷い目に合わせてやると心に誓っていた。



あれから道明寺ホールディングスの車で社まで戻ったつくしは自分の机に置かれたICレコーダーと鞄を目にした。
今日は散々な一日だったと鞄の中から普段持ち歩いているノートパソコンを取り出し電源を入れた。
メールを開いてみれば見れば道明寺司氏と経済部牧野つくしとの件についての一文が目に入った。
N新聞は道明寺司氏と牧野つくしの件についての他社媒体への対応はしない。
N新聞は三流のタブロイド紙ではない。だからこの件に対して騒ぐことなかれ。と。
つくしはそれを読んで思わず安堵のため息をついていた。

時計を見れば夜の7時を回っていた。
つくしが社に戻って来たときキャップもデスクも編集局長の席も空席で、聞けばどうやら会議に入っているらしい。
こんな騒ぎを引き起こした詫びをと思っていたつくしは機を逸したような気がしていた。





つくしは何故か笑われている気がした。
編集局内に流れるこの空気・・
いや、確かに笑われている。
一緒に取材に出た先輩カメラマンが訳知り顔で近づいてきた。

「笑いたかったら笑えば?」つくしはむすっとして言った。
「いや。別に転んだことがおかしいと言うわけじゃなくて・・」
「じゃあ何がおかしいのよ!」
なによ!転んだことがおかしいって今言ったでしょ?
そのうちにゲラゲラと声をあげて笑われていた。

「だ、だって・・おまえが道明寺社長の恋人だなんて勘違いされてることがおかしくて・・」

確かにそうだ。
今日だって取材に出るとき、お前にお色気作戦は無理だとか言われるような女があの道明寺司の恋人だなんて、つくしをよく知る人間から言わせればバカも休み休み言えと言う感じだろう。

「なあ牧野。いい絵が撮れてるから見るか?」
「いい絵?」
「ほら、あそこ・・」
カメラマンの指先が向けられたのは経済部のミーティングでよく使うホワイトボード。

「なにこれ!」
つくしは駆け寄るとそこに貼られた写真をまじまじと見つめた。
貼られていたのはつくしが自分を抱きしめた男をうっとりとしたような表情で見上げているところだった。
それは切り取られた真実の一部でもあり、捻じ曲げられた事実かもしれない。
写真は見る人によって受け取り方が違う。
ほほ笑みひとつにしても心から嬉しそうに見えるものと、哀しみを隠すためにほほ笑むと言うこともある。
このときのつくしはうっとりなんてしていない。
切り取られた一瞬の表情がたまたまそう見えるだけだ。

「お似合いだな、牧野」
「本当だ。良かったな牧野。道明寺司みたいないい男に抱きしめられるなんて、孫の代まで自慢が出来るな」
ホワイトボードの前で固まっているつくしの背後を通過する男達からそんな声を掛けられた。それは皮肉めいた口調だった。
確かにネットにアップされていたどの写真よりも良く撮れていた。
何しろカメラマンはつくしのすぐ隣にいたのだからアングル的には一番綺麗にファインダーに収まったはずだ。

「牧野、その写真全部おまえにやるから老後まで大事に取っとけよ?」
「うちのカミさんも道明寺司の大ファンだからおまえのこんな写真みたら羨ましがるな」

つくしは貼られていた写真をかき集めると自分の鞄の中に突っ込んだ。
うちの社で記事になることはない写真だが他社でも似た様な写真が撮られていることには違いがないはずだ。これから発売される週刊誌にはどんな写真が使われるのだろう。
もうこうなったら少しでもいいから人権に配慮して目だけは隠して欲しいとしか言えなかった。



でも自分が何か悪いことをしたわけでもないのだから、堂々としていればいい。
独占インタビュー欲しさにかりそめの恋人役を引き受けたことは、まだ誰にも言えない。
と言うか言えない。かりそめだと分かるとそっちの方が大変な事態になりそうだから。

そう、それよ!とにかく愛人契約とか恋人契約をしてるとかそんなことが社に知れたら大変なことになる。本当は違うがそんなことが信じてもらえるほど、大人の世界は甘くない。
人は言葉通りに受け取らない。言葉の裏を読みたがる。
特に男女関係についての話を聞かされている人間はどういう訳だか、自分の都合のいいように脳内で変換して理解しているふしがある。
勝手に頭の中でドラマを作り上げる。世間はそれを妄想と言うのだろうけど。
それに恋は勘違いから始まると言うではないか。
ま、妄想も恋も頭の中だけにしておけばいいんだけど・・・

一度口をついて出た言葉はどんなに釈明しても誤解を解くのは難しい。
男女の別れ話で揉めるのはお互い相手に対してかける最後の言葉が悪いからだ。
と、つくしは思っていた。
日本語は最後まで聞かなければ意味が解らない。
ある意味日本語の曖昧さはその言葉を受け取る人間によってとらえ方が変わってくるのだから有難いこともある。だが、新聞紙面に載る言葉は万人が同じように受け止めてもらえるように書かなければならなかった。
それはあくまでも事実としてだ。


「おい!牧野は帰って来たのか!」
会議が終了したのかデスクの叫ぶ声が聞えた。




つくしはひたすら詫びた。
「おまえの取材方法は体当たり戦法か!」とキャップから怒られ、デスクからは「どうせならもっと派手にやればよかったんじゃないか?」と笑われた。
だが、最後に局長が呼んでいると言われつくしは、ああついにあたしは販売局に異動になって、販売所で配達をすることになるのね。と考えた。

編集局長のデスクはガラス窓に囲まれた個室にある。
音は外には漏れないが、今、誰がその部屋にいるのか外から一目瞭然だった。
つくしが部屋に呼ばれて入ったとき、局長は腕組みをして下を向き、何かを考えているようだった。

「あの、牧野です」
つくしが声をかけると男は顔を上げた。
「ああ。牧野君、今日は色々と大変だったようだね?」
男は大きなメガネを外すと右手で眉間を揉んだ。
「あの・・今日はとんだ失態をしてしまい申し訳ございません」
つくしは次に男の口からなんと言う言葉が出るかと気を揉んだ。
「牧野君、実は・・・」

ああ、やっぱり販売局か?拡販事業部か?それとも販売所か?
生涯一記者でいたいと言う思いは夜露のように消えて無くなるのか・・

「道明寺氏の秘書の方から連絡がありました。君はある提案を受けたらしいね?」
局長は外していたメガネをかけ直した。

「君は・・彼の・・道明寺氏とお付き合いをしているのは本当か?」

なんと答えたらいいのだろうか?
本当は付き合うことに決めたのは今日で、でもそれはかりそめの恋人としてで
本当のお付き合いではなくて・・・

待って!局長はあたしがある提案を受け入れたと言った。
ある提案って言うのはかりそめの恋人のことなんだけど、局長は知っているの?

「あの・・ご存知なんですか?」
「ああ。聞いたよ、秘書の西田さんからね」
なんだ、局長が知っているなら話は早い。
良かった。
かりそめの恋人役を無事務めたあかつきには独占インタビューが約束されていると言うことを伝える手間が省けた。

「きみ、道明寺氏と婚約しているそうだね?」

は? 

なに?

誰が?

「いや、知らなかったよ」









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