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2016
02.29

第一級恋愛罪 1

「牧野さん!急いで下さい早く!早く!」

つくしは慌ててデスクの上の携帯電話を掴むとスーツのポケットに突っ込んだ。
必要な荷物をかき集めて無造作に鞄に放り込むと部屋を飛び出して行った。
若い女性でチャコールグレーのスーツを着ている。
髪の毛は今どきの女性には珍しく真っ黒できちんと整えられていた。
特別な特徴があるわけでもない平凡な顔立ちだったが、大きな黒い瞳が魅力的だった。
目を疑いたくなる程の高さのヒールの靴を履いているわけではなかったが、それでも走るのは辛かった。この格好は言わば彼女のユニフォームだった。つくしの仕事は信頼性が求められる職業と呼ばれていた。
信頼性とか信用性とかそれはつくしにとって正義感にも相当するものだった。
つくしは自分が正義感に重きを置く人間だと思っていた。

「ご、ごめん。お待たせ!」
車はつくしを待ってアイドリングしていた。
「遅いぞ!もっと早く走る訓練をしておけ!」ドライバーが怒鳴った。
「は、はい。でも逃げ足だけは昔から早いって言われていたんですが・・」
車はつくしが乗り込むとすぐに加速した。

「いいか、牧野。今日は絶対にコメントを取れ!」
「お色気作戦でも何でもいいから喰らい付け!と言ってもおまえにそれを期待するのは無理だな」声を高らかに笑われた。



つくしは認めたくはないが、自分にお色気作戦など絶対に無理だとわかっていた。
恋愛は大惨事になる前に早々に退却していた。だけどいちいちそんなことをここにいる男達に教えてやるつもりはない。
仮に、もしもだが大惨事になる前の時間を取り戻せるなら恋愛以外のことに目を向けるだろう。
苦学して大学を卒業した身で在学中はバイトと勉強に明け暮れたが無事4年で卒業した。
学友たちが青春時代を謳歌していると思われた同時期につくしはせっせとバイトをしていた。だが、そのバイトも今の職業に役立つと思ったから引き受けた。
ゼミの教授から紹介されたバイト。
それは新聞社での資料整理だった。
そのバイトを経験したおかげで今の職業についた。
本を読んで学ぶことは知識として頭には残るが、実践して得たことは身になると言う思いだった。
まさに自分の持つ正義感を生かせる仕事がしたいと思っていたつくしにとってこの仕事につけたことは願いが叶ったと言う思いだった。
「いいか牧野。相手は道明寺ホールディングスの次期社長だ。どんなコメントでもいいからとってこい!」


つくしはため息をついていた。
あんな大物があたしの質問に答えてくれるわけがない。
今まで何人もの先輩記者がインタビューを申し込んでも取材には応じてもらえなかった。

やっと記者として一人前・・とは言い難いが単独で取材に出させてもらえるようになった。
今までは雑用半分、手伝い半分と言ったところだった。
頼まれればなんでも引き受けた。
使い走り、お茶くみ、コピーにと何でもありだった。
あるときは先輩記者の子供のお迎えとして保育園まで行ったこともある。
いくら知り合いです。子供の親に頼まれましたと言われても見ず知らずの人間にはいどうぞ、と子供を引き渡す施設は無かった。
だが、あまりにもお迎えに行くことが多かったため、つくしの身分を明らかにするIDカードまで作られる程だった。子供と接する機会のなかったつくしにとっては戸惑うことも多かったがそれも経験のひとつだった。

夜討ち朝駆けと呼ばれる政治家担当の記者について走り回ったこともある。
だから体力には自信があった。
何しろ政治は夜中のうちにどこかの料亭で決められることがある。
大物政治家は何故か深夜の料亭が好きだ。
高い壁で囲まれたなかでどこかの古株大物政治家が次期総裁候補を決めるなんてこともあるのだろう。
歴史は夜作られる・・まさにそうだと思った。
だが、この夜というのは本当の夜ではないということを後から知った。
夜とは、要は見えない、公に記録されないという意味の暗喩だということを。
数人の大物政治家が集まって決める。
決して表に出ることのないよう秘密裡に決められ人の目に触れる事がない、要はマスコミの目が届かない所で重要事項は決められるということだ。
そしてそのとき決定されたことが今後の政治に影響を与えてくることがある。



だがこれから向かう先は深夜の料亭ではなかった。
空港の国際線ターミナル到着ロビーだ。
帰国して来るのは道明寺ホールディングス次期社長、道明寺司氏だった。








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新連載始めましたのでまた宜しくお願いします。作者都合で申し訳ないのですが「Collector」だけを書くと気持ちが沈んでしまいますので、こちらはラブコメ風味です。←多分・・(笑)
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.02.29 06:42 | 編集
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dot 2016.02.29 12:18 | 編集
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dot 2016.02.29 21:00 | 編集
た*き様
長嶋さん、奥様との出会いがそうだったんですね。
自分になびかない、興味がないそんな女性に対して
男としての狩猟本能。攻略したいという思いもあったのでしょうか?
強烈なアタック!!いいですね!
ひと目惚れから始まる恋。いいですね。
この司とつくしはどうなるのか・・(笑)
お楽しみ頂けるようにしたいと思います。
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.02.29 23:05 | 編集
vi**o様
はい、連載スタートしました(^^)
二本の連載ですが、もうひとつが暗いので明るいお話を書かねばと思い始めました。こちらはラブコメ風味で行く予定です。
労いのお言葉有難うございます。
少々忙しくなり、更新をお休みする日もあると思いますがまた覗いてみて下さいませ。
拍手コメント有難うございました(^^)

アカシアdot 2016.02.29 23:18 | 編集
ま**ん様
新作始めました。←冷やし中華始めましたと同じ感じでお願いします(笑)
新聞記者設定は無い・・?と私も思いましたがどうでしょうか?
何しろ司にとってマスコミは敵みたいなものではないでしょうか?
ですがタブロイド新聞ではありませんので(笑)
まだ始めたばかりでして・・色々考え中なのです。
楽しんで頂けるといいのですが・・・(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.02.29 23:26 | 編集
も*様
はじめまして(^^)
すみません、間違っていたら申し訳ないのですがサイトの管理人様ではないでしょうか?
コメント、ご訪問有難うございます(^^)
恋の予感~をお楽しみ頂けたとのこと、有難うございます。
作家様からのコメントに面はゆい思いです(´Д⊂ヽ
こちらのお話も好みの予感ですか?おお!嬉しいです。
も*様のご期待に添えるよう頑張ります!
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.02.29 23:37 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.03.02 01:12 | 編集
セ*ジ様
はじめまして(^^)
はい、お恥ずかしながら拙宅は他の王道つかつくの皆様とは趣が違うかと思います。
それでも読みに来て頂けるなんて有難いお話でして、ご訪問有難うございます。
このようなサイトでも面白いと言って頂けるセ*ジ様を始めとする皆様のおかげて
営業させて頂いています(´Д⊂ヽ
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
コメント有難うございました(^^)

アカシアdot 2016.03.02 22:53 | 編集
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