あれから暫くして、東京支社での仕事が忙しくなった道明寺は、邸に帰ってくる回数が減った。社の近くのメープルに泊まる事が増え、会うことが少なくなった。結婚し、好きな男性と一緒にいるチャンスを得たというのに、それもままならなくなった。道明寺が妻のために貴重な時間をさくとすれば、いったいいつなのだろう。ただでさえ多忙な男の邪魔をしてはいけないとわかっているが、会いたいという気持ちが湧き上がってくる。
道明寺に抱かれ、抱かれる刺激と情熱を知った。図々しく妻の座へ収まったが、正直な話、あたしの行動は迷惑なのではないだろうか。道明寺にはあたしより、相応しい女性がいることはわかっている。昔はやんちゃな男だったとしても、今は完璧な人生を歩んでいる男だ。
そんな男に思い出してとばかり、押しかけたあたしの行為をどう思っているのだろう。
″あたしのことをどう思う?″
一度、そんな言葉を口にしそうなことがあった。
でも、それを口にしたばかりに、聞きたくない答えを返されることが怖かった。
「奥様」
まだそう呼ばれる事に不慣れなつくしは、西田の呼びかけにすぐに反応することが出来なかった。
「奥様、申し訳ございませんが、わたくしと一緒にご足労をお願いできますでしょうか?」
つくしは西田を伴い、都内の一等地にあるホテルメープルへと向かった。
***
司は目の前の光景をぼんやりと見つめていた。
メープルにある自室に牧野そっくりの女が立っていたからだ。
「お疲れ様。道明寺」
高熱で幻覚でも起こしているのだろうと思いながらその女に目を凝らすが、見た目も声も牧野のものだ。
「何しに・・・来たんだ?」
言った途端、頭に鋭い痛みを感じ、眩暈がする男の声は掠れていた。
「どうしたの?大丈夫?」
つくしは司の元へと歩みを進める。
「帰れ!仕事中だ」
司は目の焦点が合わず、ふらつく身体を支えようと手を伸ばすが、その手を支えるようなものに触れるはずもなく、倒れそうになる。
「道明寺!しっかりして!」
つくしは慌てて司の元へ駆け寄り手に触れてみて分かった。
ただでさえ体温の高い男なのに、焼けつくような熱さが感じられた。
「道明寺、熱があるんじゃない? 身体が熱いわ」
「帰れ!誰が寄こした!」
「いいから道明寺、腕を回して!」
司は腕を取られ、つくしの肩に回しかけられると、抵抗する気が無くなりいう通りにした。
「しっかりして!ほら、寝室へ行こう」
なんとか寝室までたどり着いた司は、ぐったりとした様子でベッドへと横になるも苦しそうに呻いた。それが合図となったかのように、つくしは司の衣服を脱がせることにした。
苦しそうにしている司に話し掛けながら、何とか着ている物を脱がそうとするが、相手は大きな男だ。思うようにはいかない。
「ねえ、お医者様には診てもらったの? 薬は? 飲んだの?」
せわしなく問うつくしに司は苦しそうに返事をする。
「・・ああ」
「ねえ、薬はいつ飲んだの?」
つくしは司のネクタイを緩め外し、シャツのボタンを上から順番に外していく。
汗が凄い。このままでいるのはどう考えてもいいとは言えないはずだ。つくしはなんとかして服を脱がそうとしていた。
「・・うるさい、耳元で騒ぐな・・・。耳は遠くない・・」
かすれた声でそう言いながらも息遣いが荒い。
「死にはしない・・・」
「本当に?」
「・・ああ」
やはり苦しそうにしている。
こんなに汗をかいていてはだめだ。
早く着替えさせなくては。
「ねえ道明寺、しっかりして。汗をかいているから着替えないといけないの」
スラックスに手を掛け一瞬躊躇するも、バックルに手を掛けなんとかベルトを外す事が出来た。
「ねえ聞こえてる?ズボンを脱がないといけないの、だから・・その・・」
「ああ、脱がせてくれ・・・」
男のスラックスのジッパーをおろそうとするが、なかなか上手くいかない。
脱がせてくれと言われても、どうやったら脱がせられるのかわからない。
だがいまここで肝心なのは、男の体に怖気づかないことだ。こんなとき、躊躇してる場合じゃない。相手は病人だ。看護師さんになったと思ってやるしかない。それに今さらだ。つくしは妻だ。それにつくしは司の体を知っている。
なんとかスラックスを脱がせ、ひと息おく。シャツをどうすればいいかと考えていたが、司の体を転がすしかないと結論を出す。
「お、おまえ・・絶対ナースにはなれねぇ・・・」
司は自ら起き上がると、ゆっくりとシャツを脱いだ。
つくしはその様子に、もしかすると司は自分でスラックスを脱ぐことが出来るのではないかと疑った。
「・・・ローブがそこに入ってっから取ってくれ」
「う、うん」
つくしは慌ててバスルームからローブを持ってくると司に渡す。
「ねえ、寝てなくちゃ・・」
言う前にすでに司はベッドに横たわっていた。
余程辛かったのだろう。眉間には皺が寄っている。こうして司に寄り添うことが出来るのは、つくしが妻という座にいるからだ。今はこうして寄り添える。それだけでいい。ただ、それだけで。
「ゆっくり休んで」
つくしは灯りを消し、寝室を後にした。
「奥様、大変ご足労をおかけ致しました。司様はご無理がたたったようで、昨日より体調を崩されています。申し訳ございませんが本日はこのままこちらへお泊り頂いて、司様のご看病をお願いしたいと思っております」
つくしは秘書の言葉に頷くと暫くぼんやりとしていた。
突然押しかけ妻となったが、今までもずっとそうだったように、自分を忘れられたあの頃と同じで心は傷付きやすい。だが見るからに傷ついたといった態度は見せないようにしていた。
だが夫となった男が病気だというのに、そのことを知らない自分が情けなかった。
やはり騙し討ちのような結婚をした人間は、信頼が出来ないということなのだろうか。冷たく拒否されたことに傷ついていた。
つくしが司の様子を見に寝室へと入っていったとき、薬が効いたのか少し呼吸が楽になったように思えた。なんとか浅く規則正しい寝息が聞こえた。だが、額に手を添えてみると依然として熱っぽい。
どうしよう・・・。
取りあえずタオルを濡らし額にあてがい、ベッドの傍らの椅子を移動させ、司の顔を見つめた。こんな時でもないとゆっくりと顔を眺める機会はない。
そういえば昔、熱を出した道明寺と一晩を過ごしたことがあった。
あの頃のあたし達はまだまだ子供で、お互いに意地っ張りだった。
「あれからもう随分と年月が流れたね」
つくしは司の額に落ちた髪にそっと触れた。

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道明寺に抱かれ、抱かれる刺激と情熱を知った。図々しく妻の座へ収まったが、正直な話、あたしの行動は迷惑なのではないだろうか。道明寺にはあたしより、相応しい女性がいることはわかっている。昔はやんちゃな男だったとしても、今は完璧な人生を歩んでいる男だ。
そんな男に思い出してとばかり、押しかけたあたしの行為をどう思っているのだろう。
″あたしのことをどう思う?″
一度、そんな言葉を口にしそうなことがあった。
でも、それを口にしたばかりに、聞きたくない答えを返されることが怖かった。
「奥様」
まだそう呼ばれる事に不慣れなつくしは、西田の呼びかけにすぐに反応することが出来なかった。
「奥様、申し訳ございませんが、わたくしと一緒にご足労をお願いできますでしょうか?」
つくしは西田を伴い、都内の一等地にあるホテルメープルへと向かった。
***
司は目の前の光景をぼんやりと見つめていた。
メープルにある自室に牧野そっくりの女が立っていたからだ。
「お疲れ様。道明寺」
高熱で幻覚でも起こしているのだろうと思いながらその女に目を凝らすが、見た目も声も牧野のものだ。
「何しに・・・来たんだ?」
言った途端、頭に鋭い痛みを感じ、眩暈がする男の声は掠れていた。
「どうしたの?大丈夫?」
つくしは司の元へと歩みを進める。
「帰れ!仕事中だ」
司は目の焦点が合わず、ふらつく身体を支えようと手を伸ばすが、その手を支えるようなものに触れるはずもなく、倒れそうになる。
「道明寺!しっかりして!」
つくしは慌てて司の元へ駆け寄り手に触れてみて分かった。
ただでさえ体温の高い男なのに、焼けつくような熱さが感じられた。
「道明寺、熱があるんじゃない? 身体が熱いわ」
「帰れ!誰が寄こした!」
「いいから道明寺、腕を回して!」
司は腕を取られ、つくしの肩に回しかけられると、抵抗する気が無くなりいう通りにした。
「しっかりして!ほら、寝室へ行こう」
なんとか寝室までたどり着いた司は、ぐったりとした様子でベッドへと横になるも苦しそうに呻いた。それが合図となったかのように、つくしは司の衣服を脱がせることにした。
苦しそうにしている司に話し掛けながら、何とか着ている物を脱がそうとするが、相手は大きな男だ。思うようにはいかない。
「ねえ、お医者様には診てもらったの? 薬は? 飲んだの?」
せわしなく問うつくしに司は苦しそうに返事をする。
「・・ああ」
「ねえ、薬はいつ飲んだの?」
つくしは司のネクタイを緩め外し、シャツのボタンを上から順番に外していく。
汗が凄い。このままでいるのはどう考えてもいいとは言えないはずだ。つくしはなんとかして服を脱がそうとしていた。
「・・うるさい、耳元で騒ぐな・・・。耳は遠くない・・」
かすれた声でそう言いながらも息遣いが荒い。
「死にはしない・・・」
「本当に?」
「・・ああ」
やはり苦しそうにしている。
こんなに汗をかいていてはだめだ。
早く着替えさせなくては。
「ねえ道明寺、しっかりして。汗をかいているから着替えないといけないの」
スラックスに手を掛け一瞬躊躇するも、バックルに手を掛けなんとかベルトを外す事が出来た。
「ねえ聞こえてる?ズボンを脱がないといけないの、だから・・その・・」
「ああ、脱がせてくれ・・・」
男のスラックスのジッパーをおろそうとするが、なかなか上手くいかない。
脱がせてくれと言われても、どうやったら脱がせられるのかわからない。
だがいまここで肝心なのは、男の体に怖気づかないことだ。こんなとき、躊躇してる場合じゃない。相手は病人だ。看護師さんになったと思ってやるしかない。それに今さらだ。つくしは妻だ。それにつくしは司の体を知っている。
なんとかスラックスを脱がせ、ひと息おく。シャツをどうすればいいかと考えていたが、司の体を転がすしかないと結論を出す。
「お、おまえ・・絶対ナースにはなれねぇ・・・」
司は自ら起き上がると、ゆっくりとシャツを脱いだ。
つくしはその様子に、もしかすると司は自分でスラックスを脱ぐことが出来るのではないかと疑った。
「・・・ローブがそこに入ってっから取ってくれ」
「う、うん」
つくしは慌ててバスルームからローブを持ってくると司に渡す。
「ねえ、寝てなくちゃ・・」
言う前にすでに司はベッドに横たわっていた。
余程辛かったのだろう。眉間には皺が寄っている。こうして司に寄り添うことが出来るのは、つくしが妻という座にいるからだ。今はこうして寄り添える。それだけでいい。ただ、それだけで。
「ゆっくり休んで」
つくしは灯りを消し、寝室を後にした。
「奥様、大変ご足労をおかけ致しました。司様はご無理がたたったようで、昨日より体調を崩されています。申し訳ございませんが本日はこのままこちらへお泊り頂いて、司様のご看病をお願いしたいと思っております」
つくしは秘書の言葉に頷くと暫くぼんやりとしていた。
突然押しかけ妻となったが、今までもずっとそうだったように、自分を忘れられたあの頃と同じで心は傷付きやすい。だが見るからに傷ついたといった態度は見せないようにしていた。
だが夫となった男が病気だというのに、そのことを知らない自分が情けなかった。
やはり騙し討ちのような結婚をした人間は、信頼が出来ないということなのだろうか。冷たく拒否されたことに傷ついていた。
つくしが司の様子を見に寝室へと入っていったとき、薬が効いたのか少し呼吸が楽になったように思えた。なんとか浅く規則正しい寝息が聞こえた。だが、額に手を添えてみると依然として熱っぽい。
どうしよう・・・。
取りあえずタオルを濡らし額にあてがい、ベッドの傍らの椅子を移動させ、司の顔を見つめた。こんな時でもないとゆっくりと顔を眺める機会はない。
そういえば昔、熱を出した道明寺と一晩を過ごしたことがあった。
あの頃のあたし達はまだまだ子供で、お互いに意地っ張りだった。
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