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2016
02.24

恋の予感は突然に 52

「本当のこの子は優しい子なの。でも他人に対してどうも高い壁をつくる傾向があってね」
「その壁を取り払ってくれたのがつくしさんなのかもしれないわね」
「もう何年も前から司には結婚するように言い聞かせていたのよ?素敵な女性と早く結婚しなさいってね」
「別れるつもりなんてないわよね?そんなの許しませんからね!」

あれから司の母親と二人っきりになりこんな会話が交わされていた。
世間では司の母親のことを「鉄の女」と呼ぶらしいが、つくしに言わせれば「ブルドーザーのような女」だと思った。
よく喋る。人の話を聞かない。自分に都合の悪いことは聞いても話さない。
ある意味この人の立場になればそれはそれで当然のことなのかもしれない。
企業経営者とは孤独な職業で本音を語ることは少ない。ひと前では仮面を被り続けなければならない。なぜならその一言一句がその企業の株価や業績を左右しかねないからだ。
いちいち他人の言うことに耳を傾けていたら決断というものが出来ないのかもしれない。
だがこれだけつくしに対して本音で話をすると言うことは、すでに家族として受け入れてくれているということだろう。
ならばとつくしは攻勢に出るタイミングをはかっていた。

「あ、あのあたしの仕事なんですが、まだ続けてもいいんでしょうか。つ、司さんはあたしたちの結婚を公表するつもりなんですが・・」
「あなたにおまかせします」
「あなたがそうしたいならそうすればいいのよ」
どう答えればいいのだろう。
はいそうさせて頂きますと答えてもいいのだろうか。
だがいつかは自分の研究を離れて子育てに専念しなければならない日も来るとは思うが
財閥の奥様としてあたしなんかがやっていけるのだろうか?

「先ほども言いましたけど、あなたから何かを奪うつもりはありません」
「それにあなたには生涯を通して成し遂げたい研究があるのでしょ?」
「わたくしはステレオタイプ的な日本人女性を司の妻に迎えたいとは思っていませんでしたから、つくしさんのような方は大歓迎よ」
「あの子も古典的な女性とは上手く行くとは思えないわ」
率直な言葉でずばりと返されつくしは内心苦笑した。
古典的・・それは格式があるとか、風格があるとかと言う意味だろう。


「さあ、つくしさん。そろそろあなたを解放して差し上げるわ。あなたをいつまでも引き留めていては司もやきもきしているでしょうから」母親は静かに言った。
次はいつ東京に帰ってこられるかわからないけれど身体には気をつけなさいと言われた。

さすがに世界のビジネスシーンの最前線で働く女性は違う。
義理の母親となった女性は世間に見せる顔とは別の一面を持ち合わせていると言うことをつくしは理解した。それは世界を舞台に飛び回る女性には必要なことなのだろう。
人間だれだっていい面もあれば悪い面もあるものだ。あの男だっていけしゃあしゃあと
両親とは仲が悪いという印象をつくしに与えていた。あれはあいつの悪い面なの?
まあ、嘘にはついていいものとそうでないものがあるがこの場合どうなんだろう?

つくしは司を探して広い邸の中を探し回ることをせずとも本人を見つけ出すことが出来た。
親子関係にあることが歴然たる事実の男性たちは広い庭の隅で立ち話をしているかのように見えた。
何もあんなところでとつくしは思ったが何か理由があったのだろう。






松の木は庭師によって美しく剪定されていた。
「司、この松はおまえが生まれたときに植えた松だ」
縁起がいい木で昔から男子の誕生の記念にと植樹されてきた松。
松には広い敷地と手入れにお金がかかると言われるが道明寺家にはそのどちらも関係が無かった。
それにこの敷地ならどんなに大きく育っても問題はなかった。
34年前に植えられた松を前に今更何をと思いながらも父親として息子に話をしておきたいと思った。

「司、わたしとおまえの母親の結婚生活が破たんしそうになったことは知っているな?」
父親は息子の顔色を窺った。当時の司がどうだったかということを思えば心穏やかだとは言えなかった。つくしさんには過去のわだかまりなど一切なく今の親子関係は良好だと思わせるような発言をしていたが、今の息子が自分のことをどう考えているのかがはっきりとはわからなかった。

「ああ。もちろんだ」
「あれはおまえが中等部に入ったころだったな」

あの頃の司は暗い目をした少年に育っていた。父親不在の生活が長く続きまるで父親は最初からいないものだと認識しているかのようだった。
父親になりそこねたのが自分だと今なら言えるようだった。

「そう・・だったか?」
「知っておいて欲しいんだが、あれはわたしが悪かったんだ」
「仕事ばかりで妻にかまってやる・・椿とおまえにかまってやる時間が無かった。
いや、こんなことを言えばいい訳にしか聞こえないだろうが・・。無理にでも家族のための時間を作るべきだったと思う」
「いいか、司。妻の言うことにはきちんと耳を傾けて聞いてやるんだぞ?」
「決してなおざりになんてするな。その言葉の端々に感じられる何かがあるはずだ」
「それを感じ取れ」
それは取返しがきかないような事にはなるなとの気持ちを込めていた。
「まあ、つくしさんのような女性ならまわりくどい言い方なんてしないだろうが、女の気持ちは男のわたしたちには知りようがないんだよ」
その点について異論はないと司は思った。
女の気持ちはまるで山の天気のようにころころ変わる。
ころころ変わると言えばあいつの表情と同じだな。

「そう言えばおまえ煙草はやめたのか?」
「ああ。つくしの身体によくないからな」
「そうか・・」
ふたり並んだ体格はほぼ同じで後姿で見分けるなら髪の毛に混じる白いものを探すしかなかった。
司にとって父親といて何かが違うと感じたのは今日が初めてだったのかもしれない。
その何かというのは自分の心が満ち足りていると感じているからだろうか。
今が満ち足りていると感じられるなら、やはり以前はそうではなかったと言うことだろうか。


つくしは庭から邸内へと戻ってきた司の傍へと近づくと聞いた。
「ねえ、お父様と何を話していたの?」
「 あ? 」
「なんでもねぇよ」
司はつくしを胸に抱き寄せただけでそれ以上なにも言わなかった。










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