式が終わり、詰め寄る司に、つくしは滋から預かった手紙を手渡した。
『ごめん、司。あたし、好きなひとがいるの。だから司とは結婚できない。でも事業統合の事は心配しなくても大丈夫だから』
手紙を読み終えた男が、つくしの方へと視線を向けてきた。
「そう言うことだから、ヨロシク!」
つくしはウエディングドレスのまま、仁王立ちし、ビジッと右手の人差し指を道明寺に突き付けた。
「はあ?何がそう言うことだ! てめえ、どう言うつもりだ!」
怒号とも言えるような声を上げるのは、つくしが結婚した相手。道明寺司だ。
「そ、そこに書いてある通りよ!滋さん好きな人がいて、どうしても諦めることが出来ないからアンタとは結婚できないそうよ。 ま、まさか教会で花嫁に逃げられた花婿なんて、アンタもイヤでしょ? だから、あたしが花嫁になったの」
だが、そんな言葉を真に受ける人間がいるはずないとわかっている。
でも本当のことは言えない。本当はアンタのことが好きだから結婚したのと口に出すことは出来ない。それに今はだめ。あたしのことを覚えていない男に何を言ったところで聞く耳なんて持たないはずだ。
「お前、わかってんだろうな? 俺と結婚するってことの意味が。それに俺と、仮にもだ。式を挙げておいて何も無かった事には出来ねぇんだぞ?」
手近なテーブルからグラスをとった男は一気に中身を飲み干すと、捲し立ててきた。もちろん言いたいことは理解出来る。相手が滋さんだと思ってベールを上げてみれば、見も知らない女がそこにいるんだから、怒って当然だ。
「世間体って事でしょ?わかってるわよ。アンタのプライドの高さはエベレスト級で・・」
「へぇーそうか? お前が誰だか知んねぇけど、そんなに俺と結婚したいってことか?」
ばか言わないで。冗談じゃないわよ。とは言えずにいた。
「いいか?俺は!今日!ここで!仮にもだ!お前と式を挙げた。この事実はすでに真実となって世間に公表されてるんだ。 いいか、こうなった以上お前にも責任をとってもらうからな!」
司は言うとつくしに対峙するように、仁王立ちして睨みつけていた。
タキシード姿の男とウエディングドレス姿の女は浅草寺の仁王像かと思わずにはいられないほど滑稽だ。だが、それはもっともな話かもしれない。何しろ結婚相手が思っていた人間と違うという事態に怒るなというほうが無理だ。
「ちょっと司も牧野もおもしろ過ぎ。タキシードとウエディングドレスで仁王立ちして睨み合ってるって・・・」
新郎のベストマンを務めた花沢類はひとり笑いが止まらないようだ。二人の睨み合いに口を挟んでいた。
「類!うるせぇぞ!」
「花沢類!笑わないでよ!」
と、司とつくしの夫婦初めての共同作業が声を揃えて類をなじる事だった。
***
司は自分のおかれた状況が理解できなかった。
結婚式で隣に現れた女は見ず知らずの女。
結婚するはずだった大河原滋から受け取った手紙には、駆落ちするから司とは結婚出来ないと書かれていた。だが事業統合の分野については、問題なく締結されたという話。
それなら別にこの女と結婚する必要などないはずだが、何故か滋から押し付けられた女。
本来ならこんな状況を許すはずのない彼の母親も
『別にお相手が変わったところで構わないわ。それに相手が牧野さんなら、知らない間柄でもないわ。今の司はお相手が誰であろうと気にしないでしょう』
椿も同じような言葉を返してきた。
『司、念願が叶ってよかったわね!あんた、つくしちゃんに酷い事するんじゃないわよ』
と、司にとっては意味不明の言葉を残した。
酷いことをされたのは俺の方だと司は言いたかった。
大河原は好きでもなんでもない女ではあるが、ビジネス契約の婚姻として、互いの関係を束縛することなく、自由に暮らしていけるはずだとわかっていたからだ。
それなのに司の周りの人間は、突然彼の前に現れ、花嫁となった女に好意的過ぎる。
『良かったな司、これでおまえの人生は明るいぞ』
『おまえ、今日の事一生忘れんなよ?』
『滋に感謝しろよ』
一体どう言う意味かと誰かに問いただしたい気持ちで一杯だった。
司の目の前にいる小柄な女。牧野つくし。
いや、結婚したなら道明寺つくしか?
滋に押し付けられた女は、総二郎、あきら、そして三条まで仲がいい。
この女はあいつらとも知り合いか?
類にいたっては、この女の頬を抓ったり、髪を撫でたり、やけに親しい。そればかりか、この女の心配までしている。司にしてみれば、どこの誰か全く知らない女と結婚した自分の方を心配してくれと言いたいほどだ。
「司、おめでとう。良かったね、牧野と結婚できて」
「類、お前あの女と知り合いか?」
司は総二郎やあきら達と話すあの女に視線を巡らせながら、類から差し出されたシャンパンを口にした。
「何言ってんの、司。牧野は・・って言っても今の司には分かんないよね? でもね、司、お前にとっての牧野は絶対に手放しちゃいけない女なんだよ?」
類はそう言いながら牧野つくしに視線を向けていた。
「類、お前の言ってるコト、意味分かんねぇな。俺にとっては人生最悪の悪ふざけとしか考えられねぇよ。滋の野郎も何考えてるんだ?あいつとの結婚なら最初っからビジネスとしての結婚って事で話がついてたのによぉ」
司にしてみれば、滋とのことは、あくまでもビジネスと割り切った上での結婚だ。
結婚というものが人生で最低の出来事だとしても、それはそれで構わないと思っていた。
どうせ滋も自分も家業の駒のひとつとして育てられたようなものだとわかっていた。
それに女なんてどうでもいい。そんな思いがあったのも事実だ。
「はは。大河原も結構大胆な事するよね? でもね、司、みんなお前の事を思ってした事なんだ。いつかきっと感謝する時が来る。それは明日かもしれないし、1ヵ月後かもしれない、もしかしたら1年後かもしれないよね。あ、まぁ一生感謝する事もなく終わっちゃうなんて事もあるかもしれないけどね。とにかく、今日は良かったね。おめでとう、司」
と類は司の肩をぽんと軽く叩いて去って行った。
司は道明寺ホールディングス ニューヨークの副社長として世界経済の最前線にいる。
毎日が生き馬の目を抜く世界で、魑魅魍魎どもを相手にしながらこの世界で生きてきた。
彼は道明寺としての生き方を否定しようなんて思っていない。
世界のビジネス社会のトップで生き続ける、これは司にとっても願っていた事だ。
自らの考えひとつで、世界経済を自由に操れる。目の前の駒を右から左へと動かす。
それだけでどこかの国の経済が破綻するかもしれない。仮にそんなことになったとしても関係ない。マネーは生き物、経済はゲーム、チェスと同じ。
どれだけ先を読むか、読める人間だけがその勝負に勝つことが出来る。
刻々と過ぎて行く時間の先を読むとこが、ビジネスを成功させるためには必要だ。
そんなゲームを楽しんでいる司が、何故か突然放り込まれたのは結婚と言う新しいゲームだった。

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『ごめん、司。あたし、好きなひとがいるの。だから司とは結婚できない。でも事業統合の事は心配しなくても大丈夫だから』
手紙を読み終えた男が、つくしの方へと視線を向けてきた。
「そう言うことだから、ヨロシク!」
つくしはウエディングドレスのまま、仁王立ちし、ビジッと右手の人差し指を道明寺に突き付けた。
「はあ?何がそう言うことだ! てめえ、どう言うつもりだ!」
怒号とも言えるような声を上げるのは、つくしが結婚した相手。道明寺司だ。
「そ、そこに書いてある通りよ!滋さん好きな人がいて、どうしても諦めることが出来ないからアンタとは結婚できないそうよ。 ま、まさか教会で花嫁に逃げられた花婿なんて、アンタもイヤでしょ? だから、あたしが花嫁になったの」
だが、そんな言葉を真に受ける人間がいるはずないとわかっている。
でも本当のことは言えない。本当はアンタのことが好きだから結婚したのと口に出すことは出来ない。それに今はだめ。あたしのことを覚えていない男に何を言ったところで聞く耳なんて持たないはずだ。
「お前、わかってんだろうな? 俺と結婚するってことの意味が。それに俺と、仮にもだ。式を挙げておいて何も無かった事には出来ねぇんだぞ?」
手近なテーブルからグラスをとった男は一気に中身を飲み干すと、捲し立ててきた。もちろん言いたいことは理解出来る。相手が滋さんだと思ってベールを上げてみれば、見も知らない女がそこにいるんだから、怒って当然だ。
「世間体って事でしょ?わかってるわよ。アンタのプライドの高さはエベレスト級で・・」
「へぇーそうか? お前が誰だか知んねぇけど、そんなに俺と結婚したいってことか?」
ばか言わないで。冗談じゃないわよ。とは言えずにいた。
「いいか?俺は!今日!ここで!仮にもだ!お前と式を挙げた。この事実はすでに真実となって世間に公表されてるんだ。 いいか、こうなった以上お前にも責任をとってもらうからな!」
司は言うとつくしに対峙するように、仁王立ちして睨みつけていた。
タキシード姿の男とウエディングドレス姿の女は浅草寺の仁王像かと思わずにはいられないほど滑稽だ。だが、それはもっともな話かもしれない。何しろ結婚相手が思っていた人間と違うという事態に怒るなというほうが無理だ。
「ちょっと司も牧野もおもしろ過ぎ。タキシードとウエディングドレスで仁王立ちして睨み合ってるって・・・」
新郎のベストマンを務めた花沢類はひとり笑いが止まらないようだ。二人の睨み合いに口を挟んでいた。
「類!うるせぇぞ!」
「花沢類!笑わないでよ!」
と、司とつくしの夫婦初めての共同作業が声を揃えて類をなじる事だった。
***
司は自分のおかれた状況が理解できなかった。
結婚式で隣に現れた女は見ず知らずの女。
結婚するはずだった大河原滋から受け取った手紙には、駆落ちするから司とは結婚出来ないと書かれていた。だが事業統合の分野については、問題なく締結されたという話。
それなら別にこの女と結婚する必要などないはずだが、何故か滋から押し付けられた女。
本来ならこんな状況を許すはずのない彼の母親も
『別にお相手が変わったところで構わないわ。それに相手が牧野さんなら、知らない間柄でもないわ。今の司はお相手が誰であろうと気にしないでしょう』
椿も同じような言葉を返してきた。
『司、念願が叶ってよかったわね!あんた、つくしちゃんに酷い事するんじゃないわよ』
と、司にとっては意味不明の言葉を残した。
酷いことをされたのは俺の方だと司は言いたかった。
大河原は好きでもなんでもない女ではあるが、ビジネス契約の婚姻として、互いの関係を束縛することなく、自由に暮らしていけるはずだとわかっていたからだ。
それなのに司の周りの人間は、突然彼の前に現れ、花嫁となった女に好意的過ぎる。
『良かったな司、これでおまえの人生は明るいぞ』
『おまえ、今日の事一生忘れんなよ?』
『滋に感謝しろよ』
一体どう言う意味かと誰かに問いただしたい気持ちで一杯だった。
司の目の前にいる小柄な女。牧野つくし。
いや、結婚したなら道明寺つくしか?
滋に押し付けられた女は、総二郎、あきら、そして三条まで仲がいい。
この女はあいつらとも知り合いか?
類にいたっては、この女の頬を抓ったり、髪を撫でたり、やけに親しい。そればかりか、この女の心配までしている。司にしてみれば、どこの誰か全く知らない女と結婚した自分の方を心配してくれと言いたいほどだ。
「司、おめでとう。良かったね、牧野と結婚できて」
「類、お前あの女と知り合いか?」
司は総二郎やあきら達と話すあの女に視線を巡らせながら、類から差し出されたシャンパンを口にした。
「何言ってんの、司。牧野は・・って言っても今の司には分かんないよね? でもね、司、お前にとっての牧野は絶対に手放しちゃいけない女なんだよ?」
類はそう言いながら牧野つくしに視線を向けていた。
「類、お前の言ってるコト、意味分かんねぇな。俺にとっては人生最悪の悪ふざけとしか考えられねぇよ。滋の野郎も何考えてるんだ?あいつとの結婚なら最初っからビジネスとしての結婚って事で話がついてたのによぉ」
司にしてみれば、滋とのことは、あくまでもビジネスと割り切った上での結婚だ。
結婚というものが人生で最低の出来事だとしても、それはそれで構わないと思っていた。
どうせ滋も自分も家業の駒のひとつとして育てられたようなものだとわかっていた。
それに女なんてどうでもいい。そんな思いがあったのも事実だ。
「はは。大河原も結構大胆な事するよね? でもね、司、みんなお前の事を思ってした事なんだ。いつかきっと感謝する時が来る。それは明日かもしれないし、1ヵ月後かもしれない、もしかしたら1年後かもしれないよね。あ、まぁ一生感謝する事もなく終わっちゃうなんて事もあるかもしれないけどね。とにかく、今日は良かったね。おめでとう、司」
と類は司の肩をぽんと軽く叩いて去って行った。
司は道明寺ホールディングス ニューヨークの副社長として世界経済の最前線にいる。
毎日が生き馬の目を抜く世界で、魑魅魍魎どもを相手にしながらこの世界で生きてきた。
彼は道明寺としての生き方を否定しようなんて思っていない。
世界のビジネス社会のトップで生き続ける、これは司にとっても願っていた事だ。
自らの考えひとつで、世界経済を自由に操れる。目の前の駒を右から左へと動かす。
それだけでどこかの国の経済が破綻するかもしれない。仮にそんなことになったとしても関係ない。マネーは生き物、経済はゲーム、チェスと同じ。
どれだけ先を読むか、読める人間だけがその勝負に勝つことが出来る。
刻々と過ぎて行く時間の先を読むとこが、ビジネスを成功させるためには必要だ。
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