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2016
02.18

恋の予感は突然に 48

人のいない部屋は空っぽな箱だった。
司は玄関ホールのテーブルに鍵を投げた。
ほの暗い常夜灯の明かりでリビングルームまでいくとソファへと座り込んでいた。
テーブルのうえには昨夜から置きっぱなしにされていたデカンタがそのままの状態で残されていてその中にある琥珀色の液体が常夜灯の明かりで確認出来た。

そうか、今日は邸の者は誰もこなかったか。
調理する人間がいないのに食料品だけが溜まっていくのは困るからと配達は止めていた。
司は近くのキャビネットからクリスタルのグラスを取り出すと指二本程の幅に液体を注いでいた。


花屋は配達したか?

あいつ礼のひとつも言わねぇつもりか?
あの頭でっかちのチビめ。

司はあの花束を贈ることで自分の気持ちがわかってもらえるだろうかと考えていた。
あの花に込められた意味を理解してくれただろうか?

彼は手にしたグラスの中身を飲み干すとぼんやりとしていた。
あのとき謝ろうと思っていたが素直にその言葉が言えずにいた。
どういうことかと説明を求められたから事実を話したら泣かれた。
けどちゃんと否定しただろ?今は違うって・・
今の思いはあんときとは違うんだって・・
俺が下手に出てやろうと思ってたらあの女、これ以上話なんか聞きたくないなんていう態度で向かってきやがった・・

けどやっぱり俺が悪いんだよな・・全般的に。
事態は膠着状態のままであれから話はしていないが成り行き任せにすることは出来ない。
あの花、まさか受け取ってねぇってことはねぇよな?
他の女だったら真っ先に花束の間に何か別の物を探すだろうし、チューリップみたいな貧乏くせぇと思われるような花より豪華な薔薇の花なんかの方がいいに決まってる。
けどあの女、薔薇の花って感じの女じゃねぇんだよな・・
まさに球根植物って感じだ。土の下にひっそりと隠れてて踏まれることがあってもその分根性が座ってて芽を出すやいなや実力発揮って感じだ。
どうよ、あたしはここにいるわよって感じだよな。
茎をシャンと伸ばしてるとこなんかチビそっくりだよな。
でもって頭がデカい。
風に吹かれて揺れてるとこなんか頭が重くてふらふらしてるみたいだよな。
やっぱチューリップも頭でっかちか?

司はため息をつくと手にしていたグラスをテーブルへと戻した。

革張りのソファのうえには不似合な花柄のクッションが置かれていた。
それはあいつが自分のマンションから持ち込んだ愛用品で、いつだったかこのソファのうえでこのクッションを抱え込んで眠り込んでいたことがあった。
司はあの時のつくしと同じようにクッションを抱え込んでソファに転がってみた。
窓から射す月の光りと常夜灯の明かりだけで部屋は薄暗かった。



「あのチビ・・・」





「あのチビってあたしのこと?それともお腹の子供のこと?」


司はその声に慌てて身体を起こすとリビングの入口に立つ人影を認めていた。
「帰ってきたのか?」
「違うわよ、帰ってたのよ。あんたが帰ってきた時は自分の部屋にいた」
つくしは部屋の明かりをつけた。
そこにいた女は床に落ちていたネクタイを拾い上げ、無造作に投げられていた上着を皺になるといって眉根を寄せていた。

「今日も遅かったみたいね?」
「夕食はちゃんと食べたの?」

「あ?ああ・・食った・・」
「そう?会食だったんだ・・」
司の視線はつくしの頭の先からつま先までを眺め回していた。
だが特別なにか変わった様子もなさそうで安心していた。

「なあ・・」
「なに?」

司はソファに腰かけたままで、つくしは少し離れた場所に立っていた。
その距離は互いにとって最低限必要な距離だとつくしは感じていた。
なぜならば互いの表情の細かい変化を観察出来る距離だった。
もし自分を拒絶するような表情を認めることが出来たならこれ以上は近寄らないほうがいいと思っていた。
つくしは動くことなくじっとして司の顔を見つめていた。



口火を切ったのは司だったが、どう話をすればいいのか考えていた。
また迂闊なことを言って怒らせたくなかった。

だが再び口を開いたのはつくしだった。
「わ、悪いんだけど荷物・・あたしのスーツケース・・マンションまで取りに行ってくれない?」
「手がふさがってたから持って帰れなかったの・・」
「今のあたしには、あれ持って帰るだけで精一杯だったから・・」

つくしが示したのはダイニングテーブルのうえに飾られている赤いチューリップだった。

「お花・・ありがとう・・」
司の表情は何も変わらなかった。
まるで初めて会った時のように冷たく感じられていた。
どうしよう・・つくしはこのまま話を続けていいものかと考えた。
彼の視線が冷たく感じられていた。

「う・・嬉しかった・・こんなふうにお花を貰うなんて初めてだったし・・」
「それに・・あんたの気持ち・・」
「あたしが考えていることがもし間違いなら言って欲しいの・・」
「あたしのこと・・本当に・・今は・・」
つくしはそこまで言うと下唇を噛みしめるようにしていた。
その仕草は意地っ張りなのか、強情なのかわからないが少しだけへの字に曲げられた口元が愛らしかった。

時間が過ぎるのが遅いと思った。
つくしは司が何か言葉をかけてくれないかと待っていた。
だがどんな言葉をかけられるのだろうかと考えてみれば心臓がばくばくとしてもうこれ以上自分からは何も言えないとうつむいた。


司は立ち上がるとうつむいているつくしの前で少しだけ背中を丸めた。
そして彼女の頭のうえに手を乗せると逃げ出した小動物が戻ってきたことに安堵した。
鼻をすする小さな音がする。
この小動物は喉を鳴らすことはしないが泣くことは出来るようだ。
こいつなに泣いてんだよ・・
これじゃあ自分が悪かったって言ってるようなもんだろ?


つくしは両目に涙が滲むのを感じていた。

「なに泣いてんだよ・・」
「な、泣いてなんかない!」
「そうか?」
司は益々うつむくつくしの顔を下から覗きこもうとしたが髪の毛で隠れて見えなかった。

意地っ張りめ。

と思うが早いか司はつくしを抱え上げるとソファへと運び、自分の膝のうえへと鎮座させると背中を預けるように促した。

つくしはこの姿勢なら自分の泣いた顔を見られることも無いとされるがまま大人しくしていた。

「なあ・・」
と、つくしの背中から聞こえる声は優しかった。
「悪かった・・」
「色々と・・」
司は自分の腕の中にいるつくしの反応を見ながらゆっくりと話をはじめた。

「あの報告書は本当にどうでもいいものなんだ。そりゃ知り合った頃はお互い・・
当然だけど相手のことなんて何にもわかんねぇし、おまけに妊娠目的で俺に抱かれたなんて話されたらどんな男だって驚くだろ?」
つくしはじっとして動かぬままでいるのは辛かったが大人しく話を聞いていた。

「それにおまえは・・子供だけ欲しくてなんてこと言う女だし、けど俺は・・立場上色々とある人間だからな。自分の子供がいることが後々問題視されることはわかってた。だからはいどうぞご自由にってわけにもいかないんだ。金目当てなのか、後継問題が絡んでいるのか、おまえの身体でまさかとは思ったけどハニートラップとか・・」
つくしは最後の言葉に反応を示したのか少しだけ居心地が悪そうに司の膝のうえでもぞもぞと動くと座り直していた。

「・・なにもわざわざ結婚までと思ったけど・・姉ちゃんのこともあったし・・俺の倫理観としても自分の子供がどっかにいるのに放ったらかしになんて出来ねぇ・・」

「別に・・あたしはあんたがお金持ちだから・・そんな関係になったわけじゃない・・」
つくしは小さな声で呟いた。

「知ってる。俺のことバカだと思ったからだろ?見た目がバカっぽいからって滋に言ったそうだな」

「・・うん。そう・・」
「だってあたしは・・あたしみたいに頭がいいと言われる子供は欲しくなかったの。
そんな子供は勉強ばかりさせられるに決まってる。平凡で普通と言われる生活を送らせてあげたかったから・・それに男は要らないと思ってたから・・」

つくしは常々疑問に感じていることを口にした。
「ねえ、なんであたしと・・結婚したのよ・・」
「別にあたしと結婚しなくても・・子供は他の人と作ればいいじゃない」
「それにあたしはあんたに迷惑なんてかけるつもりは一切なかった。認知も要求しないし、将来の後継問題とか金銭的な援助とかも全く心配なんて無かったのに・・」

「結婚相手なら・・・滋さんみたいにお金持ちで名家の人とか、財界にはそんな人が沢山いるでしょ?」
「それに若くて胸が大きくて、脚なんて凄く長い人だって・・」
司は大きく息を吐いた。
「その話は前にもしたよな・・」
「確かに・・・」
と言いかけたとき、腕の中でつくしの身体がびくっとしたのが感じられた。
司はそんなつくしの背中に語りかけた。
「そんな女は世の中に履いて捨てるほどいる。けどおまえは世の中にひとりしかいない」
「俺はおまえがいい」
「おまえじゃないと俺が困る」
背中越しにつくしに語りかけていたが、その背中が小さく頷いたように司には思えた。

「もういいじゃねぇか・・出会いなんて・・今が良ければそれでいいんだよ」
司は低く真剣な声でつくしに語りかけていた。








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.02.18 05:49 | 編集
さ*り様
頭でっかちで意地っ張りで不器用なつくしちゃん。
素直になって司の元に戻り仲直りしました。
戻らなかったら「あのちび~」って思いましたか?(笑)
こんなつくしを好きになった司くん、これから責任もって
幸せにしてあげて欲しいですよね?
チビとチビッコを幸せにしてあげてね司!
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.02.18 22:00 | 編集
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