玄関を出たつくしはエレベーターに乗ると一気に1階まで降りることが出来た。
まさかとは思いながらもきょろきょろと視線をめぐらせながらエントランスロビーを進んで行ったが少しだけ拍子抜けしたような気持になっていた。
「夫」が「待っていた」と待ち構えているのではないかと思っていた。
昨日は屈辱とショックに突き動かされるようにしてここに戻っていた。
あたしのことをこそこそ調べていたなんて信頼されていないと言うことだろう。
このマンションは今では自宅とは言いにくい場所へと変わっていた。
自分のお気に入りの小物も鉢植えもすべてが「夫」と同じマンションに移動されていたからだ。以前はこの部屋は特別な場所だった。自分の我が家であり、これから子供と一緒に生活を送る場所として購入したのだから。
だが室内を見まわしたところで、鉢植えの花もなく寒々とした印象を与えるだけだった。
今朝は食欲がなかった。
最近は変な時間に何かを食べたくなってしまうことがあった。
そして昨夜届けられた食事はつくしの腹の虫を刺激していた。
刺激したのは腹の虫じゃなくて赤ちゃんの方なんだろうけど。
今思い出しても失礼な男ね!
虫なんかお腹の中で飼うわけなんてないじゃない!
日本の公衆衛生は明治時代から比べたら進歩してるわよ!
あんたこそ「衛生教育」を受けた方がいいんじゃないの?
なんならその道の先生を紹介しましょうか?
それとも単に日本語が弱いの?
あの男はやっぱり馬鹿なの?
そんな男でも予定外の帰宅で自宅にいない妻に驚いてこの場所までやって来た。
それは多分あたしのことなんかよりきっと赤ちゃんが心配だからだったのよね・・
ひもじい思いをさせるななんて怒鳴ってたし・・
やっぱりあたしは男を見る目がなかったのね・・・
一緒に暮らしているのに信頼されていなかったなんて。
そんなことを考えたらストレスが溜まる一方だった。
互いに認め合えたと思ったのに・・・
だめよ、こんな暗いこと考えてたら!
あたしには仕事があるじゃない。
これからだって・・・赤ちゃんを産んでも仕事は出来る・・
もしこの研究所での仕事が出来ないなら国外の施設からの誘いに乗ってもいい。
以前スイスの研究所から誘いを受けたことがあった。
そう考えればつくしは悩んでなんていられなかった。
***
司は手にしていたファイルを執務デスクに投げ出した。
留守の間に溜まった未決書類の山を前にして苛々が止まらなかった。
一刻も早く妻に会いに行きたいと思ったが今すぐにと言うわけにはいかなかった。
研究所に出勤していることは確認がとれていた。
ちゃんとメシは食ったんだろうな?
あいつのことだ。言われなくても食ってるか?
全くどうして女はすぐに感情的になるんだ?
だが自分が妻を傷つけてしまったのには間違いがない。
あの封筒の中身を見たら誰だっていい気はしない。
それも結婚している相手が自分のことを調べていたなんて知ったらショックだろう。
ふたりの距離が広がってしまったかのように思えた。
いや。事実広がってしまっていた。
昨日はすぐにでも誤解を解きたいと思っていたがそれも出来ず仕舞いだ。
司は躊躇っていたがやはりこの問題を先送りにすることがいいとは思えなかった。
わだかまりは長引けば長引くほど大きな壁となって崩すことが困難になって来る。
壁が大きくなる前に話をしなければならない。
まさかあの封筒が俺の部屋にあったなんて考えもしなかった。
司は親指と人差し指で眉根を揉んでいだ。
胸の内ポケットから取り出した携帯電話の着信履歴を見たが、ずらりと表示された中に今一番気にしている女性の名前は無かった。
結構なことだ。
当然と言えば当然だろう。
腹を決めて電話をかけようと思ったが俺のような立場の人間と異なり、あいつは仕事中に自分の携帯に出る女じゃない。
仕事とプライベートはきっちりと線を引く女だ。
メッセージでも吹き込んでおくかと思いながらも残す言葉が思い浮かばなかった。
いつまでも手の中の小さな機械を眺めていても埒が明かないと思えば行動することにためらいは無かった。
会うのが早いに越したことはない。
「おい、これから少し時間を作ってくれないか?」
希望を伝えるような口調ではあったがその言葉は依頼ではなく命令だった。
言葉尻は丁寧ではあったがその意味を理解出来ない秘書ではなかった。
物事を冷静に処理することが秘書の役目であって決して主人のすることに口を出すことはしない。
司は一刻も早く自分の妻に会いに行くため、目の前に積まれた書類の処理に取かかっていた。

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「夫」が「待っていた」と待ち構えているのではないかと思っていた。
昨日は屈辱とショックに突き動かされるようにしてここに戻っていた。
あたしのことをこそこそ調べていたなんて信頼されていないと言うことだろう。
このマンションは今では自宅とは言いにくい場所へと変わっていた。
自分のお気に入りの小物も鉢植えもすべてが「夫」と同じマンションに移動されていたからだ。以前はこの部屋は特別な場所だった。自分の我が家であり、これから子供と一緒に生活を送る場所として購入したのだから。
だが室内を見まわしたところで、鉢植えの花もなく寒々とした印象を与えるだけだった。
今朝は食欲がなかった。
最近は変な時間に何かを食べたくなってしまうことがあった。
そして昨夜届けられた食事はつくしの腹の虫を刺激していた。
刺激したのは腹の虫じゃなくて赤ちゃんの方なんだろうけど。
今思い出しても失礼な男ね!
虫なんかお腹の中で飼うわけなんてないじゃない!
日本の公衆衛生は明治時代から比べたら進歩してるわよ!
あんたこそ「衛生教育」を受けた方がいいんじゃないの?
なんならその道の先生を紹介しましょうか?
それとも単に日本語が弱いの?
あの男はやっぱり馬鹿なの?
そんな男でも予定外の帰宅で自宅にいない妻に驚いてこの場所までやって来た。
それは多分あたしのことなんかよりきっと赤ちゃんが心配だからだったのよね・・
ひもじい思いをさせるななんて怒鳴ってたし・・
やっぱりあたしは男を見る目がなかったのね・・・
一緒に暮らしているのに信頼されていなかったなんて。
そんなことを考えたらストレスが溜まる一方だった。
互いに認め合えたと思ったのに・・・
だめよ、こんな暗いこと考えてたら!
あたしには仕事があるじゃない。
これからだって・・・赤ちゃんを産んでも仕事は出来る・・
もしこの研究所での仕事が出来ないなら国外の施設からの誘いに乗ってもいい。
以前スイスの研究所から誘いを受けたことがあった。
そう考えればつくしは悩んでなんていられなかった。
***
司は手にしていたファイルを執務デスクに投げ出した。
留守の間に溜まった未決書類の山を前にして苛々が止まらなかった。
一刻も早く妻に会いに行きたいと思ったが今すぐにと言うわけにはいかなかった。
研究所に出勤していることは確認がとれていた。
ちゃんとメシは食ったんだろうな?
あいつのことだ。言われなくても食ってるか?
全くどうして女はすぐに感情的になるんだ?
だが自分が妻を傷つけてしまったのには間違いがない。
あの封筒の中身を見たら誰だっていい気はしない。
それも結婚している相手が自分のことを調べていたなんて知ったらショックだろう。
ふたりの距離が広がってしまったかのように思えた。
いや。事実広がってしまっていた。
昨日はすぐにでも誤解を解きたいと思っていたがそれも出来ず仕舞いだ。
司は躊躇っていたがやはりこの問題を先送りにすることがいいとは思えなかった。
わだかまりは長引けば長引くほど大きな壁となって崩すことが困難になって来る。
壁が大きくなる前に話をしなければならない。
まさかあの封筒が俺の部屋にあったなんて考えもしなかった。
司は親指と人差し指で眉根を揉んでいだ。
胸の内ポケットから取り出した携帯電話の着信履歴を見たが、ずらりと表示された中に今一番気にしている女性の名前は無かった。
結構なことだ。
当然と言えば当然だろう。
腹を決めて電話をかけようと思ったが俺のような立場の人間と異なり、あいつは仕事中に自分の携帯に出る女じゃない。
仕事とプライベートはきっちりと線を引く女だ。
メッセージでも吹き込んでおくかと思いながらも残す言葉が思い浮かばなかった。
いつまでも手の中の小さな機械を眺めていても埒が明かないと思えば行動することにためらいは無かった。
会うのが早いに越したことはない。
「おい、これから少し時間を作ってくれないか?」
希望を伝えるような口調ではあったがその言葉は依頼ではなく命令だった。
言葉尻は丁寧ではあったがその意味を理解出来ない秘書ではなかった。
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コメント
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た*き様
その方高名な学者さんですよね。
植物学の父ですよね?
N*Kでその方のお話をしている番組を見たことがあります。
出身地の方は誰でも知っている有名な学者さんとか。
つくしちゃんも同じ苗字ということで頑張ってね(笑)
コメント有難うございました(^^)
その方高名な学者さんですよね。
植物学の父ですよね?
N*Kでその方のお話をしている番組を見たことがあります。
出身地の方は誰でも知っている有名な学者さんとか。
つくしちゃんも同じ苗字ということで頑張ってね(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.02.12 22:58 | 編集
