つくしは応答しなかった。
真夜中の訪問者が誰であろうとこんな時間に相手をする気にはなれなかった。
だが室内モニターで確認してみれば画面に映し出されていたのは自分の夫だった。
どうしてこの男がこんな時間にこの場所にいるのかと思ったが無視をした。
無視を決めたがあまりにもしつこく何度もインターフォンを鳴らされて仕方がなく応答した。
「いったいこんな時間に何の用?」厳しい口調で問いつめた。
もしも家に帰ろうと迎えに来たら・・・と思っていたら本当に来た。
それも今夜・・それこそ全く持って予定外だった。
予定では帰宅は明日のはずでは?
「おまえに食べ物を持って来た」
と宣言された。
はあ?なに言ってんのよこの男は!
こんな時間に何をしに来たかと聞いているのに何なのよその答えは!
あたしに食べ物を持って来たってそれはどういう意味なのよ?
それにあたしが食べ物につられるような女だと思ってるわけ?
まるで大昔の人間・・そう・・原始時代、まだ人間が洞窟の中で暮らしていたころと同じじゃない!狩を終えた男が洞窟で待つ女の為に獲物を持ち帰ってご機嫌をとる。
・・まるでそんな感じだ。
馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!
もっと他に言う言葉があるでしょう?
「何よそれ!本気でそんなこと言っているの?」
「食べ物であたしをつろうなんて本気で言ってるわけ?」
「本気だ」
インターフォンの画像は司が掲げてみせた荷物を映していた。
そこに映し出されたのはホテルの名前が入った紙袋だった。
多分その中にはつくしが好きそうな物が取り揃えられているのだろう。
「ねえ、何の用なのよ!」
「何の用じゃねぇだろ?とにかくここを開けろ」
「嫌よ!」
「嫌じゃねぇだろ?何があったんだ?何かあったからここに来たんだろ?」
「予定を早めに切り上げて帰ってみりゃ家にいねぇんだから心配するだろうが!」
「なあ、何かあったのか?」
「話したくない!」
「いいから話は中でゆっくり聞かせてもらう。とにかくここを開け・・」
「嫌よ!」
まったく頑固な女だな・・
「おまえ、そこ長いこと空き家みてぇな状態の部屋なんだろ?食いもんなんて置いてねぇだろ?」
インターフォン越しの返事は聞こえなかったが沈黙の向うにいるつくしに対して司は言った。
「おまえひとりの身体じゃねぇんだぞ!チビッコにひもじい思いをさせんのか!」
きつい調子で言われ、司を無視しようとしていたつくしは気を呑まれそうになっていた。
実際問題この部屋の中には食べ物はなかった。
長期留守宅にあるものと言えば缶詰くらいだった。
感情的になり、怒りに任せて飛び出してはきたものの、食べ物のことまで頭が回らなかった。
言われてみれば確かにそうだ。お腹の子供にひもじい思いはさせたくない。
明日の朝になればなんとかなると言う思いもあったが近くのコンビニでお腹の子供に栄養を与える為の食品群が摂れるとは思えなかった。
「なあ、何があったんだ?なんか嫌なことがあったのか?」
「別に!」
「なにぷりぷりしてんだよ。虫の居所が悪いのか?」
「あたしは虫なんて飼ってなんかないわよ!」
あほかこの女は。
それは冗談なのか?
おまえは日本語が不自由なのか?例えだよ、例え!
俺だって虫なんか飼ったことなんてねぇよ!
おまえの方がよっぽど虫飼ってんじゃねぇかって疑いたくなるくらい鳴いてるときがあるじゃねぇかよ。
「なあ、腹へってんのか?」
こいつのイライラの殆どはメシを食ってない時だからな。
「とにかくここを開けてくれ」
「嫌よ!」
「じゃあどうすんだよ、この食いもんは・・おまえが食わねえんなら捨てるか?」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ!なんでそんな粗末なことするのよ!」
「じゃあどうすんだよ・・」
司はインターフォンからの声に耳をこらしていた。
だが聞えてきたのは期待していた答えとは全く違う答えだった。
「そこに置いて帰ってよ」
「はぁ?」
「いいからそこに置いて帰って!」
数分後、つくしは出来るだけ早く部屋を飛び出すとエントランスロビーへと向かった。
エレベーターを降りロビーを真っ直ぐに進んだ先にある自動扉の向う側には大きな紙袋が置かれていた。
もしかしたらまだあの男がいるかもしれないからと辺りの様子をきょろきょろと覗っていた。だが男の影は見当たらなかった。
つくしはゆっくりとした足取りで扉の前まで近づくとそれでも回りを警戒しながら外に出た。
その姿はまるで小動物が草原で大きな獣に見つかりはしないかと警戒しているようだった。
やがて食べ物を手にした小動物は慌てて扉の向う側に引っ込むと今来た順路を戻っていた。
その姿は大きな紙袋を大切そうに抱えてどこか満足そうに見えた。
司は少し離れた場所に停車していた車の中からその様子を眺めていた。
無理矢理にでも連れて帰ろうと思えば出来ないことはなかった。
いっそのことオートロックなんかぶっ壊してSPを引き連れて乗り込んでもいいかとも考えた。
まったくこの展開はどういうことなんだ?
あいつがマンションを出て行った理由を言わない限りどう対処すればいいのかわからず仕舞いだ。昨日はごく普通の会話をして特段変わった様子は見られなかった。
「クソッ」
作戦Aは失敗か・・
なら次は作戦Bだな。
何があったんだか知らねぇけど、妻の家出ってのは世間ではよくあることなんだろうか?
チビッコが腹ん中にいるのにあの女は何考えてるんだ?
司が運転手に車を出すように合図を送ると車体はゆっくりと動き始めた。
マンションに戻ると喉の渇きを覚え冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していた。
そのとき目に止まったのは冷蔵庫にマグネットで貼りつけられた買い物リスト。
いつも決まった日に邸の人間が配達に来てくれる。
どうすんだよこれ。明日が配達日だろ?
司は手にしたミネラルウォーターを一気に飲み干すと自分の部屋へと移動していた。
おい、嘘だろ?
なんでこの封筒がここにあるんだ?
弁護士から渡されていた封筒が自分のデスクのうえにあった。
そしてその封筒の表に大きな文字での走り書き。
「人をバカにするのもいい加減にして!」
まさかあいつこれを見たのか?
司は心の中で呻いた。
そして妻が家出した理由にこれ以上の説明は必要がないと思われた。

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無視を決めたがあまりにもしつこく何度もインターフォンを鳴らされて仕方がなく応答した。
「いったいこんな時間に何の用?」厳しい口調で問いつめた。
もしも家に帰ろうと迎えに来たら・・・と思っていたら本当に来た。
それも今夜・・それこそ全く持って予定外だった。
予定では帰宅は明日のはずでは?
「おまえに食べ物を持って来た」
と宣言された。
はあ?なに言ってんのよこの男は!
こんな時間に何をしに来たかと聞いているのに何なのよその答えは!
あたしに食べ物を持って来たってそれはどういう意味なのよ?
それにあたしが食べ物につられるような女だと思ってるわけ?
まるで大昔の人間・・そう・・原始時代、まだ人間が洞窟の中で暮らしていたころと同じじゃない!狩を終えた男が洞窟で待つ女の為に獲物を持ち帰ってご機嫌をとる。
・・まるでそんな感じだ。
馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!
もっと他に言う言葉があるでしょう?
「何よそれ!本気でそんなこと言っているの?」
「食べ物であたしをつろうなんて本気で言ってるわけ?」
「本気だ」
インターフォンの画像は司が掲げてみせた荷物を映していた。
そこに映し出されたのはホテルの名前が入った紙袋だった。
多分その中にはつくしが好きそうな物が取り揃えられているのだろう。
「ねえ、何の用なのよ!」
「何の用じゃねぇだろ?とにかくここを開けろ」
「嫌よ!」
「嫌じゃねぇだろ?何があったんだ?何かあったからここに来たんだろ?」
「予定を早めに切り上げて帰ってみりゃ家にいねぇんだから心配するだろうが!」
「なあ、何かあったのか?」
「話したくない!」
「いいから話は中でゆっくり聞かせてもらう。とにかくここを開け・・」
「嫌よ!」
まったく頑固な女だな・・
「おまえ、そこ長いこと空き家みてぇな状態の部屋なんだろ?食いもんなんて置いてねぇだろ?」
インターフォン越しの返事は聞こえなかったが沈黙の向うにいるつくしに対して司は言った。
「おまえひとりの身体じゃねぇんだぞ!チビッコにひもじい思いをさせんのか!」
きつい調子で言われ、司を無視しようとしていたつくしは気を呑まれそうになっていた。
実際問題この部屋の中には食べ物はなかった。
長期留守宅にあるものと言えば缶詰くらいだった。
感情的になり、怒りに任せて飛び出してはきたものの、食べ物のことまで頭が回らなかった。
言われてみれば確かにそうだ。お腹の子供にひもじい思いはさせたくない。
明日の朝になればなんとかなると言う思いもあったが近くのコンビニでお腹の子供に栄養を与える為の食品群が摂れるとは思えなかった。
「なあ、何があったんだ?なんか嫌なことがあったのか?」
「別に!」
「なにぷりぷりしてんだよ。虫の居所が悪いのか?」
「あたしは虫なんて飼ってなんかないわよ!」
あほかこの女は。
それは冗談なのか?
おまえは日本語が不自由なのか?例えだよ、例え!
俺だって虫なんか飼ったことなんてねぇよ!
おまえの方がよっぽど虫飼ってんじゃねぇかって疑いたくなるくらい鳴いてるときがあるじゃねぇかよ。
「なあ、腹へってんのか?」
こいつのイライラの殆どはメシを食ってない時だからな。
「とにかくここを開けてくれ」
「嫌よ!」
「じゃあどうすんだよ、この食いもんは・・おまえが食わねえんなら捨てるか?」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ!なんでそんな粗末なことするのよ!」
「じゃあどうすんだよ・・」
司はインターフォンからの声に耳をこらしていた。
だが聞えてきたのは期待していた答えとは全く違う答えだった。
「そこに置いて帰ってよ」
「はぁ?」
「いいからそこに置いて帰って!」
数分後、つくしは出来るだけ早く部屋を飛び出すとエントランスロビーへと向かった。
エレベーターを降りロビーを真っ直ぐに進んだ先にある自動扉の向う側には大きな紙袋が置かれていた。
もしかしたらまだあの男がいるかもしれないからと辺りの様子をきょろきょろと覗っていた。だが男の影は見当たらなかった。
つくしはゆっくりとした足取りで扉の前まで近づくとそれでも回りを警戒しながら外に出た。
その姿はまるで小動物が草原で大きな獣に見つかりはしないかと警戒しているようだった。
やがて食べ物を手にした小動物は慌てて扉の向う側に引っ込むと今来た順路を戻っていた。
その姿は大きな紙袋を大切そうに抱えてどこか満足そうに見えた。
司は少し離れた場所に停車していた車の中からその様子を眺めていた。
無理矢理にでも連れて帰ろうと思えば出来ないことはなかった。
いっそのことオートロックなんかぶっ壊してSPを引き連れて乗り込んでもいいかとも考えた。
まったくこの展開はどういうことなんだ?
あいつがマンションを出て行った理由を言わない限りどう対処すればいいのかわからず仕舞いだ。昨日はごく普通の会話をして特段変わった様子は見られなかった。
「クソッ」
作戦Aは失敗か・・
なら次は作戦Bだな。
何があったんだか知らねぇけど、妻の家出ってのは世間ではよくあることなんだろうか?
チビッコが腹ん中にいるのにあの女は何考えてるんだ?
司が運転手に車を出すように合図を送ると車体はゆっくりと動き始めた。
マンションに戻ると喉の渇きを覚え冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していた。
そのとき目に止まったのは冷蔵庫にマグネットで貼りつけられた買い物リスト。
いつも決まった日に邸の人間が配達に来てくれる。
どうすんだよこれ。明日が配達日だろ?
司は手にしたミネラルウォーターを一気に飲み干すと自分の部屋へと移動していた。
おい、嘘だろ?
なんでこの封筒がここにあるんだ?
弁護士から渡されていた封筒が自分のデスクのうえにあった。
そしてその封筒の表に大きな文字での走り書き。
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Comment:4
コメント
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さ*り様
いえいえ自分でも硬質な文体だと思っていますので全然お気になさらずに(笑)
そうなんです。こちらのつくしちゃん頭でっかちなんです。
頭は良いのですが少しズレています。少しどころか随分とズレていますよね(笑)
アカデミックな世界に浸っていると世間の常識から若干ズレが生じるようでして・・(笑)
早く司くんと話し合いを持たなくてはすれ違ったままになってしまいそうです。
作戦の成功を祈って下さい(^^♪
連日のコメントを有難うございました(^^)
いえいえ自分でも硬質な文体だと思っていますので全然お気になさらずに(笑)
そうなんです。こちらのつくしちゃん頭でっかちなんです。
頭は良いのですが少しズレています。少しどころか随分とズレていますよね(笑)
アカデミックな世界に浸っていると世間の常識から若干ズレが生じるようでして・・(笑)
早く司くんと話し合いを持たなくてはすれ違ったままになってしまいそうです。
作戦の成功を祈って下さい(^^♪
連日のコメントを有難うございました(^^)
アカシア
2016.02.11 21:08 | 編集

さと**ん様
知ってます!そのマンガ見ていました(笑)
オープニングの歌も歌えます!(笑)
つくしちゃん小動物と化しています。
作戦Aは食べ物を餌にしましたが、司は遠くから見守るだけでした。
取りあえず様子見と言うことで強行な手段には出ませんでした(笑)
気が立ってる動物にむやみに手を出すと噛みつかれますので(^^)
作戦B!ど、どうしようかと・・・
はい、封筒の始末をしていなかった司が悪いんです。
弁明に努めてもらうしかありません!
連日のコメント有難うございました(^^)
知ってます!そのマンガ見ていました(笑)
オープニングの歌も歌えます!(笑)
つくしちゃん小動物と化しています。
作戦Aは食べ物を餌にしましたが、司は遠くから見守るだけでした。
取りあえず様子見と言うことで強行な手段には出ませんでした(笑)
気が立ってる動物にむやみに手を出すと噛みつかれますので(^^)
作戦B!ど、どうしようかと・・・
はい、封筒の始末をしていなかった司が悪いんです。
弁明に努めてもらうしかありません!
連日のコメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.02.11 21:33 | 編集
