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2016
02.04

恋の予感は突然に 38

「俺は薄いコーヒーは嫌いだ」
「で、どう?美味しい?」

司はブルーマウンテンの香を嗅いでいた。
同居を始めたばかりの頃、つくしの淹れたコーヒーのあまりの不味さに困惑したことがあった。
おまえの淹れたコーヒーは殺人的不味さだと言われていた。
そう言われ、あの時は真剣にこの男を殺してやろうかと思ったくらいだ。

司は黙ったままで何も言わずにひとくち口にすると言った。
「完璧だ」
「でしょ?」
「あたしはやれば出来る子なんだからね?」
「へぇー。そうかよ?ま、そうだよな。おまえあっちの方も色々と勉強してきたもんな」
にやりと口元を緩めた男につくしは思わず胸を高鳴らせてしまった自分を恥ずかしく思った。

研究者としての自分はいつもどこかで品位を保とうとしていた。
ある意味固定観念にとらわれていたのかもしれなかった。
ことセックスに関しては奥手で殆どと言っていいほど何も知らなかった。
昨日の夜は満足してくれたのだろうか?
まだまだそっちは完璧とは言ってもらえないかもしれないが初心者としてはこんなものだろう。
と言っても比較する相手がいないのだから何とも言えないんだけど。


これまで研究しか脳がなかった頭も今では別の分野にも意欲的だった。
つくしは男を愛していると気づいてからは迷いなど無く一歩を踏み出すことが出来た。
愛とか恋とかに臆病だったつくしには飢えたような目で見つめられると、胸の鼓動の高まりを止めることが出来なくなっていた。
つくしはキッチンで朝食の片づけをしながらほんのりとほほを染めて夕べのことを思い出していた。

人生最大の喜びのひとつ。
赤ちゃんがお腹にいてその父親と愛し合うということは真摯に愛を交わしていると言う気がした。

「おい?」
その声につくしが顔を上げると男がこちらを見て笑っていた。
「おまえ、さっきから何ひとりでにやにやしてんだ?」
「別ににやにやなんて・・」
「嘘つけ。にやにやしてたぞ?」
「それにおまえいつの間にあの黒い下着、買ってたんだ?」
つくしは戸惑いと恥ずかしさに顔を赤くするしかなかった。
あの黒い下着・・
これいいなと言われて何を言っているんだかと否定をしてみたもののどういう訳か衝動的に買ってしまっていた。




司が朝起きたとき、すでに妻はベッドにいなかった。
裸のまま部屋を出るわけにもいかず、クローゼットまで行くと目についたTシャツとスウェットパンツを履いていた。

愛とか結婚とか家族を持つとか、とにかくそう言ったものには興味がなかった。 
だが残念なことなのか、幸か不幸か、自分とつくしとの関係は彼女のいわく言い難い魅力によって成り立つようになっていった。
いわく言い難い魅力・・まさに言葉にして表せと言われても出来るものではなかった。
コロコロと移ろう表情は心の内そのままで、表裏のない人間だった。
目は口ほどにと言うが、この女の場合目も口も同時にものを言う。
人間30も過ぎればもう少しばかり自分を繕う術も持っていてもよさそうなものだか全くそんな気配はなかった。
司にとってこうなることは全くもって予期せぬ出来事で、今まで他人を心の中に受け入れたことがない自分にとってつくしの存在は欲望とは違っていた。
いつの間にか心の奥まで入り込んで来た女だった。


子供のいる本物の結婚生活がはたして自分に出来るのだろうか?
と言う思いと共につくしとならそれも出来るのではないかと言う自分に気づいたとき、つくしとの結婚が本物になっていた。

そしてそれは完全なものになったと言う思いがした。



司の顔つきが変わった。

夕べのことを思い出したのか黒い瞳が誘惑の色をなして来た。
そして親密な仕草で食事のあと片づけをするつくしの傍に来ると手を伸ばして来た。

つくしは泡だらけの手をどうすることも出来ずにいた。
司はつくしの頬にそっと手を添え、親指で優しく下唇をなぞっていた。

「なあ、昨日の続き・・」
つくしはその言葉に頬が熱を持ったように熱くなった。
「な、なに言ってるのよ・・仕事に遅れちゃうじゃない・・」
「全部キャンセルしておまえとこうして・・昨日の続きがしたい・・」
と低い声で呟いた。

そんなことを言われつくしはこれから起こることを察し股の間にじんわりとした熱を感じてしまっていた。
「だ、だめよ・・」
つくしは息をするのもやっとの思いだった。
「いいんだ」
やさしく耳元で囁いた。
身体を近づけられて頬に添えられていた手がゆっくりと傾けられたとき、つくしの目に映ったのは司の黒い瞳がより深い黒へと変わっていたことだった。
それは欲望の表れだった。









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コメント
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dot 2016.02.04 16:07 | 編集
as***na様
幸せそうな二人です。
こちらの二人の日常生活はこんなものではないかと思われますが
いかがでしょうか?(笑)
研究職といいますか、その道のプロフェッショナルの皆様は
突き詰めたからこそが自分の天職となった方が多いようです。
やはり何事も取り掛かり重要かと。
ですが真面目なつくしちゃんも学ぶべきことが増えたようです。
多分真剣に取り組んで行くのではないでしょうか(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.02.04 23:14 | 編集
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