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2016
02.02

恋の予感は突然に 36

元恋人の存在があたしを脅かす・・・
気のせいか男の胸元に飛び込んできた女の香水の残り香が感じられた。

車の中は重い沈黙が広がっていた。

価値のない争いをしてもどうしようもないと思った。
だけどどういう訳かあの時は頭に血が上ってしまっていた。

「あたしは男を見る目がないのね・・」
つくしは小さな声で呟いていた。

「確かにそうかもな」
司にあっさりと同意されてつくしはなんだか悲しくなった。
何か棘を含んだような言葉でも言い返してやりたかったがそれも出来ずにいた。

でもこの男の言う通りなのかもしれない。
所詮この結婚は子供のため、それもたまたま自分の血を別けた子供が出来たと知ったからで、そこへお姉さんのことが重なっただけの偶然の賜物だったんだもの。
もし子供のことを気にも留めなければ結婚なんてしてなかったはずだ。
この男にとっては全くの予定外の結婚だ。
つくしは先ほどまでの怒りもどこかへ消え去ったようにうなだれていた。

「おまえは俺を見つけるまで時間が掛かり過ぎだ」
司がにやりとした。

つくしは仕事柄論理的に物事を考える人間だ。
だからその言葉の真意を探るために司を見つめていた。

自らの立場が「夫」だと名乗った男が元恋人と目の前でキスをしているのを見たとき
つくしの脳裏に浮かんだ言葉はとてもではないが口になど出して言えなかった。
だが今なら言えそうな気がする。


あんたなんか死んじゃえ!
倒れても人工呼吸なんかしてなんてあげないんだから!


「結婚なんか・・・こんな結婚なんか偽善なんだから・・・」
「いいや、もう偽善なんかじゃねぇぞ?」
「あのひと・・あの女性が・・あんたは子供なんて欲しくないって言ってた・・」
「なあ、聞いてくれ。あの頃は・・確かにそう思っていた。それには理由がある」
司はすかさず否定の言葉を継いでいた。
「俺は小さい頃から親と一緒になんて暮らしてきてない。俺を育ててくれたのは姉ちゃんだったんだ」
「俺が子供の頃は寂しい思いばっかして、バカなことばかりしてきた・・」
「俺は父親がどんなものだったかの記憶が殆どない。父親らしさってのがどうゆうものなのか・・何も知らねぇんだ・・」
その声は低く苦々しさに満ちていた。
司はいったん話し始めた以上最後まで自分の気持ちを伝えるべきだと思った。
「それに・・・俺はそんな環境で育ったから自分が・・いい親になれるかどうかなんて・・考えたこともなかった」


そして司はつくしの目を見つめたまま歯を食いしばるようにして言った。
「だから自分が親になるなんてことは考えたことなんて無かった」


つくしは男の告白について考えてみた。
言葉の感じからいけば多分本当のことなんだろう。
親になるつもりがなかったのに勝手に親にされて今でこそあたしの身体のことを心配してくれるようになってはいるが、同居生活がスタートした頃なんて言葉に温かさなんてなかった。

「話してくれてありがとう」
「結婚生活は・・気持ちを正直に伝えることが大切なのよ・・」
「だから、嘘はつかないで欲しいの」
つくしはそこまで言うと司の目を見つめ穏やかに聞いた。
「・・ねえ、あんたはあたしの・・」
「 夫 」ときっぱりとした口調で言われた。


「でもどうして?」
「どうしてあたしなの?」
「あたしじゃなくても、あんたの子供を産んでくれる人なんて幾らでもいるでしょ?」
「それにあんたと結婚したいと思っている人だっていっぱいいるはずよ?」
「どうして・・」
つくしは矢継ぎ早に質問を繰り返していた。

「言ったはずだ。俺はおまえが好きだ。」
「他の女は必要がない。おまえがいればそれでいい」
即座に返された言葉につくしはほんのりと頬を染めた。
二人は同じ気持ちでいる・・そう信じてもいいのだろうか?
単なる情がわいてそんな気持ちになっていると考えるのが穿った見方なのではないだろうか。
本物の結婚生活だと考えてもいいのだろうか?
あたしには考える時間が必要だ。

「嘘はつかないでね・・・質問に答えてくれる?」
「あたしの脚は・・・前の彼女みたいに長くないわよ?ごく一般的だとは思うけど・・」
「それで充分だろ?」
司は即座に言った。

「それに・・胸だって大きくない・・そりゃ今は少し大きくなりつつあるけど・・」
「俺は別に大きさで選んでるわけじゃ・・」
いや、そうとも言えないか・・司はうっすらと笑みを浮かべた。

「顔だって人並みだし・・・でも頭脳なら負けないかも・・」
「顔の良さなら俺が持ってるからおまえには必要ない」
「な、なによ!あんたなに気に酷いこと言うのね?」
「なんだよ、本当のこと言って何が悪い?」
司は意地悪くつくしをからかった。

「おまえだって警官の前で俺のこと色情狂とか変質者とかろくでなしとか言いやがって!」
「あ、あれはつい・・。まあ、ひとつ屋根の下に・・色情狂も変質者もろくでなしも・・そんな人間は三人も要らない・・そんな人間はひとりで充分だけど・・」
「じゃあ聞くけど俺はその中のどれだよ?」
「へ、変質者?」
司の眉間にしわが寄った。
「だ、だって下着売り場で・・あ、あんた・・」
「そんなもん今更だろ?」
「・・おまえだって俺の下着見て喜んでたときがあったじゃねぇかよ?」
「それに俺たちは裸で抱き合ってる仲だろ?」
「は、裸になっても、あ、頭の中まで見てるわけじゃないんだから何考えてるかなんてわからないでしょ?いやらしい事ばっかり考えているかもしれないじゃない?」
「てめぇ・・」
「なによ!」
二人は互いに向き合って暫く睨み合っていた。
つくしは司の力強い視線に思わずくらっときそうになっていた。
そしてその視線から目をそらすことが出来なかった。
だがふと男の口元を見れば笑みを含んだように優しく歪んでいるのが見て取れた。


「ねえ・・」
「なあ・・」
どちらからともなく口を開いた二人は何かを言いかけて止めた。
そして先に口を開いたのはつくしだった。

「お、お腹すかない?」
「はぁ?おまえよくこんなときにそんな・・」
「だ、だってお腹空いたの・・お腹の中で・・」
つくしの胃は食べ物を求めて鳴った。
「・・ああ。そ、そうか。そうだよな」
「よし、メシにしよう。メシ喰ってから落ち着いて話をしよう。腹減ってるとイライラして身体に悪いしな」

二人が乗った車はいつのまにかマンション近くのカーブした道を曲がっていた。
つくしは落ち着かない気持ちのまま車の窓を流れていく景色を眺めていた。








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