午後10時、類は長いことこの部屋で待たされていた。
「どうぞ、なかへ・・」
使用人たちには個性のないことを求められる。
それが忠実に実践されているのがこの邸だと思った。
類がこの邸へと足を踏み入れるのは司がニューヨークへと旅立って以来だった。
いつも父親に代わり表舞台に顔を出すのは母親の方だった。
その母親が帰国したと聞いて類は彼女に会おうとしていた。
司と連絡を取ろうとしても電話に出ることもなく、人を介して会おうとしても会えなかった。
確かにこの10年、司とは事業での協力が必要となる案件以外は連絡を取ることは無かった。特に牧野のことがあって以来、司は変わってしまったから。
しかし、今は一陳情者が訪れたように門前払いを食らわされそうになっていた。
訪ねて来た相手が花沢物産の専務だったとしてもこの扱いだろうか?
類はあくまでも個人的な要件での面会を楓に求めていた。
歳を重ねていても司の母親はすらりとした体型でかつては真っ黒だった髪は上品なグレーへと変えられていた。決して加齢による変化ではなく、人工的に手が加えられた色だった。
同年代の女性なら老いを感じさせるような色でもこの女性だとその色合いも気品を感じさせた。
人を待たせて気を揉ませる・・・。
相変らずドラマティックな登場の仕方をする女性だ。
類は楓に近づいた。
「花沢さん、お約束した以上の時間は取れませんの。ですから用件だけをお願いしますわ」
この人は相変わらず威厳のある喋り方をして他人を威圧する人だと感じていた。
その楓の後ろでは秘書と思われる男が直立の姿勢で立っている。
そして貴重な時間が無駄になることに腹を立てるかのように眉間にしわを寄せて類を見た。
それならば、早速本題に入らせてもらおうと口を開いた。
「おばさん、牧野つくしを知ってるよね?」
「むかし司が好きだった女性」
「ええ、勿論。それがなにか?」
「牧野がいなくなった」
類はそこまで言うと楓の顔に逡巡する何かを見ようとした。
「それがわたくしに関係あるのですか?」
「司は・・」
「あの子に何か関係があると?」
類が言いかけた言葉を遮るように楓の口から出た言葉にはこれ以上この話しをする意味があるのかと言いたげだった。この人は言葉を飾ることなどしない。
少しの隙も見せようとしないのはさすが道明寺夫人だ。
「 奥様 」
そのひと言で時間がないことを伝えてきた秘書には話しを遮るためらいはなかった。
類の視線は楓の顔から秘書に移った。その視線を受けた男は頬がぴくりと動いていた。
類は楓の心が読めないし、この人が何か知っていたとしても口になど出すはずがないとわかっていた。
散々待たされた挙句、司の母親との面会時間はたったの15分だった。
牧野がいなくなった・・・・
あの人はその言葉に反応を示しはしなかったが、後ろに控えていた男は違ったようだ。
「何かおかしいな」
類は道明寺邸をあとにしながら呟いた。
司の母親ならいくらニューヨークにいたとしても、絶対に何か知っているはずだ。この邸が今は司の物として代替わりしたとしても、ここのことはあの人が一番よくわかっているはずだ。
この邸に流れる空気は昔と少しも変わらない。まるで旧世界のような雰囲気だ。
そう言えば、あの老齢のお手伝いさんはどうしたのだろうか?牧野とはそれなりの付き合いをしていたと思っていたが・・
もし、ここで何かが起こっているならあのお手伝いさんは知っているのでは?
あの当時の二人のこともよく覚えているはずだ。
高校生の牧野に対して司の両親は容赦なかった。
ただの女子高生相手によくもあんなことが出来たものだと思っていた。
所詮子供の戯れなどと高を括ることなどなく、悪い虫は早いうちに捻り潰すに限るとの行動だったのだろう。
事実、英徳学園に在籍する子供達の親は我が子にどこの馬の骨かわからないような輩が
近寄ることを懸念してこの学園に入学させる。
子供達は決して成金には手に入れることが出来ない上流社会への切符を手にこの学園に入学してくる。そしてこの学園には身分による秩序が存在していた。その頂点にいたのが司で、俺もそのひとりだった・・・
上流社会には上流の、下流には下流の生き方があるように区別されて生きる。
区別された社会の中で差別を受けたのは牧野つくしで、それでも司は牧野つくしのことを好きになった。間違った時に間違った場所にいたのが彼女だったのかもしれない。
もしも牧野が司や俺たちと出会わなかったらこんなことにならなかったのかもしれない。
牧野が司との別れを決めざるを得なかったのは自分達家族の為だったと進から聞いた。
両親は娘の気持ちを金に換えた。司の父親からの提案を呑むと言うことはそう言うことだったのだろう。
牧野はどんな親でも親は親。 子供は親を選んで生まれてくるの・・・
わたしが・・・両親のもとに生まれたのはわたしがこの人達を選んだから・・
牧野はそう言って両親を責めることはしなかったらしい。
だが、そんな牧野の両親が夢見た生活は長くは続かなかった。
牧野と連絡が取れないと進から連絡をもらったとき、すぐに司のことが頭をよぎった。
なぜかと言われてもわからないが俺にはそれ以外考えられなかった。
一瞬警察に行ってみようかとも考えたが警視総監でさえ顎で使えるようになった男に係わる問題を取り合ってくれるなんて考えてない。警察に行くなんて愚の骨頂だ。
道明寺HDの代表者が女性を監禁しているなんて失笑を買うだけだろう。
そして、恐らくだが、司の名前が出ただけで迷宮入りにされそうだ。
でも行方不明者届だけはきちんと提出したい。
俺は他人だから届を出すことは出来ないけど、進から届け出を出すように言わなくては。
類の頭に浮かんだのはこの邸の全ての部屋を回りつくしを探したいと思ったことだ。
どこかで牧野が泣いているような気がする・・この邸のどこかで。
明かりの灯る部屋のひとつにいるはずだ・・・
それは昔、遠い昔からいつも感じていたことだ。牧野はひと前では絶対泣くことなんてない人間だけど、あいつの本心はいつも涙で濡れていたはずだ。
何も俺に遠慮して花沢の邸を出ることなんて無かったのに・・・
牧野がひとり暮らしを始めた途に行方不明になるなんておかしいよ。
仕事だって新しく任された部門はやりがいがあって給料も上がったって喜んでいた矢先に自ら姿を消すなんてことは考えられなかった。
牧野の会社の人間に何か知っているかと問い合わせてはみたが、会社の業務とは関係ないことで個人的な事は分からないと杓子定規の答えだった。
牧野の会社についてもっと詳しく調べてみるべきなのか?
後悔しても遅いけど司が帰国したことを知っていた俺が牧野を邸から出したのが悪かったとしか言いようがない。一度司が俺の邸の前から電話をしてきたことがあった。
あの電話の意味を深く捉えなかった自分を殴ってやりたいくらいだ。
牧野と一緒に語り合えていた頃が懐かしい。あの日々はもう帰ってこないかもしれない。
他ならぬ自分のせいで。
またあの父親が何かしたとして今の俺に何が出来るか考えておくべきかもしれないね。
高校生の俺に出来ることは限られていたけど、今の俺には牧野を守るための力はあるつもりだ。ただ、本当に怖いのは司の方だけど・・・
類は車に乗り込む前に邸を振り返るともう一度呟いた。
「やっぱり変だよ・・」
楓は類の車が邸を出て行くところを窓から見送った。
司の母親がニューヨークから帰国してきたのは息子の
・・・昔の恋人に会うためだった。
どうしてこんなことに?
あの娘は花沢邸で暮らしていたはずなのに何故?
今までは司の目に決して触れることなどなかったはずだ。
あの子はニューヨークであの娘は東京。
10年たってどうしてまた・・当然だがこのことは司の父親の耳にも入っている。
東京の動向は例えニューヨークにいたとしても耳にすることができた。
まるで何かに取り憑かれたかのように司の様子が変わったと・・・
内密に調べさせたその結果、あの娘を偶然に見つけた息子はこともあろうか事業取引の名を借りてあの娘を拉致したということだ。
融資をした会社の債権を放棄する代わりにあの娘をよこせなど、どこの世界にそんな経営者がいるのか。常軌を逸しているとしか言いようがない。
今の世の中でそんなことがあるなどとは信じたくはないが、事実として起こってしまったのだから楽観することなど出来ない。
息子が未成年者の頃起こした罪は親の責任でどうとでもなった。
だが今の息子が起こしたことに対して自分達が何か出来るなんてことを思う程常識がないわけではなかった。
思い出したくはなかったが司があの娘に夢中になり始めたとき、あの娘を初めて見た時のことを思い出していた。
息子の18の祝いの席に連れて来られていたあの娘。
『 俺の大事な女 』
あの子は確かそう言った。
どこかの令嬢ではないことなどひと目でわかった。例え着飾っていたとしてもその存在は異質だった。どこの野良猫が紛れ込んだのかと訝ってみれば招き入れたのが我が子だったことにも驚いた。
惚れた女。こいつ以外は考えられないと言ったあの子。
悪い虫は潰してしまえと手を回したがあの時はそれも出来ずにいた。
然りとて手をこまねいてただ見ていただけではなかった。
だが私の力が足りなかったのか、あの子はあの娘との交際を続けていた。
しかし遅かれ早かれ別れるはめになることだけはわかっていた。あの子の父親が黙っているはずがない。私の力で排除できなければあの娘は司の父親が排除に乗り出す。
あの娘は真実の一部を司に語ることになるだろう。なぜ姿を隠し、花沢家で生活をしていたか。いや、語らないかもしれない。
息子があの娘を閉じ込めている。それはあの場所しか考えられない。
この邸は代々受け継がれてきた土地にあり、戦後の一代成金とは違い由緒正しい道明寺家の本家だった。
外周はすべてを高い塀で囲まれ、あちらこちらに監視カメラが設置されている。
決して外から中を覗き込むことができないような作りになっている。
以前は違った。鋳鉄で出来た瀟洒な柵が巡らされ、美しい庭が外からでも見て取れた。
だが息子の代になってから監視カメラを備えた高い塀が造られていた。
今では上空から望むことが出来れば美しい庭とそれに生える荘厳な建物とが見て取れることだろう。
今でも昔の面影を残している道明寺邸の旧居住区画。
この権威を示す建物は帝国ホテルの設計に携わったアメリカ人が設計したと言われていた。
今は使われることはないが、建物自体に文化財的な価値があるためそのままの状態で残されていた。
それこそが司の祖父が戦時中につくらせた地下道のある旧道明寺邸だった。
あの娘に会うことは不可能だった。
セキュリティ装置を施してある扉は息子と信頼のおける使用人以外開くことが出来ない。
開錠されればその報告があの子に届く。使用人など自分の裁量でなんとでもなると考えていたがその使用人とはSPのことだった。
息子の為の特別なSPがあの娘への訪問を拒んでいた。
だが、これで司も母親である私と父親がこのことを知ったということは理解するだろう。
やはりとは思っていたが息子はあの娘に対して異常な程の執着を見せていた。あの場所に閉じ込めて何をしようとしているのか。一生閉じ込めておくことなんて出来るわけがない。それにあの娘の後ろには花沢家の息子の存在がある。
ああ見えて花沢家のひとり息子はしぶとい。簡単には引き下がらない。
面会を求められたときは、やはりこの邸に来たかと感心もしてみた。だがその思いとは別にどうしてあの娘を花沢家にとどめておいてくれなかったのかと。そうすれば息子は犯罪に手を染めることにはならなかったはずだ。道明寺家の後継者として考え方を改めさせなければならない。あの子は道義にもとる行為を繰り返すような人間になってしまったのか。
息子が高校生の頃、あの娘の為なら屈辱的なことも甘んじて受けたと聞いた。
一度踏み外した道を元に戻すことが出来るのはやはりあの娘にしか出来ないのだろうか。
エレガントなスーツに包まれた女性は窓の傍から離れると息子の動向を必ず知らせるようにと秘書に伝え、足早に立ち去った。
***
男は自分の容貌が人目を引くのは知っていた
間違いなく注目の的であるのはいつものことだった。
彼が人目をひくのはモデル並の身長とスタイル、それに際立って美しい顔だけではなかった。男が持っているのは富、権力、豪奢な生活。
そんな男に引き寄せられる人々がいつも感じているのはそのオーラを無視することが出来ないということだ。
司が一緒にいるのは・・誰だろうこの女は。
司が牧野と離れることになって以来生活は荒んで行く一方だったけど、もし牧野が司の傍にいるならこんな女を連れているはずがないよね?
それとも・・?
「なに見てるんだ?」
司はいらついて尋ねた。
「いつかの葬儀以来だと思って」
類はそう言うと司の隣にいる女に目をやっていた。
女は黒く長い髪に大きな瞳をしていた。
誰かに似てるね・・
「類、俺になにか言いたいことがあるなら早く言ってくれ」
「うん。俺、気になってることがあるからおまえに聞くけど・・」
類は司の隣に立つ女に再び視線をやった。
「なんだよ。早く言ってくれ。俺は忙しいんだ」
「以前司に牧野つくしのことを聞かれたけど、あれから・・彼女見つかったの?」
類が目を合わせると司も睨み返してきた。
「類、俺は別にあの女を探していたわけじゃない。興味なんてねぇよ」
「そう・・・」
司はそう言い切るけど俺はその話を信じないよ。
類は正面切って司の顔を見据えた。

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それが忠実に実践されているのがこの邸だと思った。
類がこの邸へと足を踏み入れるのは司がニューヨークへと旅立って以来だった。
いつも父親に代わり表舞台に顔を出すのは母親の方だった。
その母親が帰国したと聞いて類は彼女に会おうとしていた。
司と連絡を取ろうとしても電話に出ることもなく、人を介して会おうとしても会えなかった。
確かにこの10年、司とは事業での協力が必要となる案件以外は連絡を取ることは無かった。特に牧野のことがあって以来、司は変わってしまったから。
しかし、今は一陳情者が訪れたように門前払いを食らわされそうになっていた。
訪ねて来た相手が花沢物産の専務だったとしてもこの扱いだろうか?
類はあくまでも個人的な要件での面会を楓に求めていた。
歳を重ねていても司の母親はすらりとした体型でかつては真っ黒だった髪は上品なグレーへと変えられていた。決して加齢による変化ではなく、人工的に手が加えられた色だった。
同年代の女性なら老いを感じさせるような色でもこの女性だとその色合いも気品を感じさせた。
人を待たせて気を揉ませる・・・。
相変らずドラマティックな登場の仕方をする女性だ。
類は楓に近づいた。
「花沢さん、お約束した以上の時間は取れませんの。ですから用件だけをお願いしますわ」
この人は相変わらず威厳のある喋り方をして他人を威圧する人だと感じていた。
その楓の後ろでは秘書と思われる男が直立の姿勢で立っている。
そして貴重な時間が無駄になることに腹を立てるかのように眉間にしわを寄せて類を見た。
それならば、早速本題に入らせてもらおうと口を開いた。
「おばさん、牧野つくしを知ってるよね?」
「むかし司が好きだった女性」
「ええ、勿論。それがなにか?」
「牧野がいなくなった」
類はそこまで言うと楓の顔に逡巡する何かを見ようとした。
「それがわたくしに関係あるのですか?」
「司は・・」
「あの子に何か関係があると?」
類が言いかけた言葉を遮るように楓の口から出た言葉にはこれ以上この話しをする意味があるのかと言いたげだった。この人は言葉を飾ることなどしない。
少しの隙も見せようとしないのはさすが道明寺夫人だ。
「 奥様 」
そのひと言で時間がないことを伝えてきた秘書には話しを遮るためらいはなかった。
類の視線は楓の顔から秘書に移った。その視線を受けた男は頬がぴくりと動いていた。
類は楓の心が読めないし、この人が何か知っていたとしても口になど出すはずがないとわかっていた。
散々待たされた挙句、司の母親との面会時間はたったの15分だった。
牧野がいなくなった・・・・
あの人はその言葉に反応を示しはしなかったが、後ろに控えていた男は違ったようだ。
「何かおかしいな」
類は道明寺邸をあとにしながら呟いた。
司の母親ならいくらニューヨークにいたとしても、絶対に何か知っているはずだ。この邸が今は司の物として代替わりしたとしても、ここのことはあの人が一番よくわかっているはずだ。
この邸に流れる空気は昔と少しも変わらない。まるで旧世界のような雰囲気だ。
そう言えば、あの老齢のお手伝いさんはどうしたのだろうか?牧野とはそれなりの付き合いをしていたと思っていたが・・
もし、ここで何かが起こっているならあのお手伝いさんは知っているのでは?
あの当時の二人のこともよく覚えているはずだ。
高校生の牧野に対して司の両親は容赦なかった。
ただの女子高生相手によくもあんなことが出来たものだと思っていた。
所詮子供の戯れなどと高を括ることなどなく、悪い虫は早いうちに捻り潰すに限るとの行動だったのだろう。
事実、英徳学園に在籍する子供達の親は我が子にどこの馬の骨かわからないような輩が
近寄ることを懸念してこの学園に入学させる。
子供達は決して成金には手に入れることが出来ない上流社会への切符を手にこの学園に入学してくる。そしてこの学園には身分による秩序が存在していた。その頂点にいたのが司で、俺もそのひとりだった・・・
上流社会には上流の、下流には下流の生き方があるように区別されて生きる。
区別された社会の中で差別を受けたのは牧野つくしで、それでも司は牧野つくしのことを好きになった。間違った時に間違った場所にいたのが彼女だったのかもしれない。
もしも牧野が司や俺たちと出会わなかったらこんなことにならなかったのかもしれない。
牧野が司との別れを決めざるを得なかったのは自分達家族の為だったと進から聞いた。
両親は娘の気持ちを金に換えた。司の父親からの提案を呑むと言うことはそう言うことだったのだろう。
牧野はどんな親でも親は親。 子供は親を選んで生まれてくるの・・・
わたしが・・・両親のもとに生まれたのはわたしがこの人達を選んだから・・
牧野はそう言って両親を責めることはしなかったらしい。
だが、そんな牧野の両親が夢見た生活は長くは続かなかった。
牧野と連絡が取れないと進から連絡をもらったとき、すぐに司のことが頭をよぎった。
なぜかと言われてもわからないが俺にはそれ以外考えられなかった。
一瞬警察に行ってみようかとも考えたが警視総監でさえ顎で使えるようになった男に係わる問題を取り合ってくれるなんて考えてない。警察に行くなんて愚の骨頂だ。
道明寺HDの代表者が女性を監禁しているなんて失笑を買うだけだろう。
そして、恐らくだが、司の名前が出ただけで迷宮入りにされそうだ。
でも行方不明者届だけはきちんと提出したい。
俺は他人だから届を出すことは出来ないけど、進から届け出を出すように言わなくては。
類の頭に浮かんだのはこの邸の全ての部屋を回りつくしを探したいと思ったことだ。
どこかで牧野が泣いているような気がする・・この邸のどこかで。
明かりの灯る部屋のひとつにいるはずだ・・・
それは昔、遠い昔からいつも感じていたことだ。牧野はひと前では絶対泣くことなんてない人間だけど、あいつの本心はいつも涙で濡れていたはずだ。
何も俺に遠慮して花沢の邸を出ることなんて無かったのに・・・
牧野がひとり暮らしを始めた途に行方不明になるなんておかしいよ。
仕事だって新しく任された部門はやりがいがあって給料も上がったって喜んでいた矢先に自ら姿を消すなんてことは考えられなかった。
牧野の会社の人間に何か知っているかと問い合わせてはみたが、会社の業務とは関係ないことで個人的な事は分からないと杓子定規の答えだった。
牧野の会社についてもっと詳しく調べてみるべきなのか?
後悔しても遅いけど司が帰国したことを知っていた俺が牧野を邸から出したのが悪かったとしか言いようがない。一度司が俺の邸の前から電話をしてきたことがあった。
あの電話の意味を深く捉えなかった自分を殴ってやりたいくらいだ。
牧野と一緒に語り合えていた頃が懐かしい。あの日々はもう帰ってこないかもしれない。
他ならぬ自分のせいで。
またあの父親が何かしたとして今の俺に何が出来るか考えておくべきかもしれないね。
高校生の俺に出来ることは限られていたけど、今の俺には牧野を守るための力はあるつもりだ。ただ、本当に怖いのは司の方だけど・・・
類は車に乗り込む前に邸を振り返るともう一度呟いた。
「やっぱり変だよ・・」
楓は類の車が邸を出て行くところを窓から見送った。
司の母親がニューヨークから帰国してきたのは息子の
・・・昔の恋人に会うためだった。
どうしてこんなことに?
あの娘は花沢邸で暮らしていたはずなのに何故?
今までは司の目に決して触れることなどなかったはずだ。
あの子はニューヨークであの娘は東京。
10年たってどうしてまた・・当然だがこのことは司の父親の耳にも入っている。
東京の動向は例えニューヨークにいたとしても耳にすることができた。
まるで何かに取り憑かれたかのように司の様子が変わったと・・・
内密に調べさせたその結果、あの娘を偶然に見つけた息子はこともあろうか事業取引の名を借りてあの娘を拉致したということだ。
融資をした会社の債権を放棄する代わりにあの娘をよこせなど、どこの世界にそんな経営者がいるのか。常軌を逸しているとしか言いようがない。
今の世の中でそんなことがあるなどとは信じたくはないが、事実として起こってしまったのだから楽観することなど出来ない。
息子が未成年者の頃起こした罪は親の責任でどうとでもなった。
だが今の息子が起こしたことに対して自分達が何か出来るなんてことを思う程常識がないわけではなかった。
思い出したくはなかったが司があの娘に夢中になり始めたとき、あの娘を初めて見た時のことを思い出していた。
息子の18の祝いの席に連れて来られていたあの娘。
『 俺の大事な女 』
あの子は確かそう言った。
どこかの令嬢ではないことなどひと目でわかった。例え着飾っていたとしてもその存在は異質だった。どこの野良猫が紛れ込んだのかと訝ってみれば招き入れたのが我が子だったことにも驚いた。
惚れた女。こいつ以外は考えられないと言ったあの子。
悪い虫は潰してしまえと手を回したがあの時はそれも出来ずにいた。
然りとて手をこまねいてただ見ていただけではなかった。
だが私の力が足りなかったのか、あの子はあの娘との交際を続けていた。
しかし遅かれ早かれ別れるはめになることだけはわかっていた。あの子の父親が黙っているはずがない。私の力で排除できなければあの娘は司の父親が排除に乗り出す。
あの娘は真実の一部を司に語ることになるだろう。なぜ姿を隠し、花沢家で生活をしていたか。いや、語らないかもしれない。
息子があの娘を閉じ込めている。それはあの場所しか考えられない。
この邸は代々受け継がれてきた土地にあり、戦後の一代成金とは違い由緒正しい道明寺家の本家だった。
外周はすべてを高い塀で囲まれ、あちらこちらに監視カメラが設置されている。
決して外から中を覗き込むことができないような作りになっている。
以前は違った。鋳鉄で出来た瀟洒な柵が巡らされ、美しい庭が外からでも見て取れた。
だが息子の代になってから監視カメラを備えた高い塀が造られていた。
今では上空から望むことが出来れば美しい庭とそれに生える荘厳な建物とが見て取れることだろう。
今でも昔の面影を残している道明寺邸の旧居住区画。
この権威を示す建物は帝国ホテルの設計に携わったアメリカ人が設計したと言われていた。
今は使われることはないが、建物自体に文化財的な価値があるためそのままの状態で残されていた。
それこそが司の祖父が戦時中につくらせた地下道のある旧道明寺邸だった。
あの娘に会うことは不可能だった。
セキュリティ装置を施してある扉は息子と信頼のおける使用人以外開くことが出来ない。
開錠されればその報告があの子に届く。使用人など自分の裁量でなんとでもなると考えていたがその使用人とはSPのことだった。
息子の為の特別なSPがあの娘への訪問を拒んでいた。
だが、これで司も母親である私と父親がこのことを知ったということは理解するだろう。
やはりとは思っていたが息子はあの娘に対して異常な程の執着を見せていた。あの場所に閉じ込めて何をしようとしているのか。一生閉じ込めておくことなんて出来るわけがない。それにあの娘の後ろには花沢家の息子の存在がある。
ああ見えて花沢家のひとり息子はしぶとい。簡単には引き下がらない。
面会を求められたときは、やはりこの邸に来たかと感心もしてみた。だがその思いとは別にどうしてあの娘を花沢家にとどめておいてくれなかったのかと。そうすれば息子は犯罪に手を染めることにはならなかったはずだ。道明寺家の後継者として考え方を改めさせなければならない。あの子は道義にもとる行為を繰り返すような人間になってしまったのか。
息子が高校生の頃、あの娘の為なら屈辱的なことも甘んじて受けたと聞いた。
一度踏み外した道を元に戻すことが出来るのはやはりあの娘にしか出来ないのだろうか。
エレガントなスーツに包まれた女性は窓の傍から離れると息子の動向を必ず知らせるようにと秘書に伝え、足早に立ち去った。
***
男は自分の容貌が人目を引くのは知っていた
間違いなく注目の的であるのはいつものことだった。
彼が人目をひくのはモデル並の身長とスタイル、それに際立って美しい顔だけではなかった。男が持っているのは富、権力、豪奢な生活。
そんな男に引き寄せられる人々がいつも感じているのはそのオーラを無視することが出来ないということだ。
司が一緒にいるのは・・誰だろうこの女は。
司が牧野と離れることになって以来生活は荒んで行く一方だったけど、もし牧野が司の傍にいるならこんな女を連れているはずがないよね?
それとも・・?
「なに見てるんだ?」
司はいらついて尋ねた。
「いつかの葬儀以来だと思って」
類はそう言うと司の隣にいる女に目をやっていた。
女は黒く長い髪に大きな瞳をしていた。
誰かに似てるね・・
「類、俺になにか言いたいことがあるなら早く言ってくれ」
「うん。俺、気になってることがあるからおまえに聞くけど・・」
類は司の隣に立つ女に再び視線をやった。
「なんだよ。早く言ってくれ。俺は忙しいんだ」
「以前司に牧野つくしのことを聞かれたけど、あれから・・彼女見つかったの?」
類が目を合わせると司も睨み返してきた。
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as***na様
お待ち頂き有難うございます!
類君いい仕事していますか?(笑)
これから類君が活躍してくれるのかどうか?
楓さんの動向はどうなのか?
探り合いはまだあるかもしれません。
コメント有難うございました(^^)
お待ち頂き有難うございます!
類君いい仕事していますか?(笑)
これから類君が活躍してくれるのかどうか?
楓さんの動向はどうなのか?
探り合いはまだあるかもしれません。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.24 20:54 | 編集

いよ様
沸いて頂き有難うございます!(´Д⊂ヽ
お誉め頂き光栄です!
会話が少なく文章がだらだらと長くなってしまいました(笑)
次回はなるべく早くアップ出来るように頑張ります。
その時はまた読みに来て下さいね(^^♪
拍手コメント有難うございました(^^)
沸いて頂き有難うございます!(´Д⊂ヽ
お誉め頂き光栄です!
会話が少なく文章がだらだらと長くなってしまいました(笑)
次回はなるべく早くアップ出来るように頑張ります。
その時はまた読みに来て下さいね(^^♪
拍手コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.24 21:07 | 編集

サ*ラ様
こんにちは。
そうです。そうです。類君は司と対極にいるいい男です。今後も活躍します。
こんな司に対抗できるのは類君しかいないと思います。
天性の勘の鋭さがつくしを探して道明寺邸を訪れました。
道明寺家と花沢家、タイプの異なるお宅だと思います。
道明寺家はGHQの財閥解体も免れたお家柄で保守的な感じがしますが
花沢家はそうでもなさそうです。
このお話はある意味、司とつくしと類の三人が主役かもしれません。
楓さん、自分の息子可愛さであんな発言をしたのでしょう。
本当に子育て失敗したのは自分達なのにぃ(笑)
はい。怖~い司父、原作には殆ど出て来ませんでしたがこちらのお話ではまだ出てきます。
続きを楽しみにして頂き有難うございます。
コメント有難うございました(^^)
こんにちは。
そうです。そうです。類君は司と対極にいるいい男です。今後も活躍します。
こんな司に対抗できるのは類君しかいないと思います。
天性の勘の鋭さがつくしを探して道明寺邸を訪れました。
道明寺家と花沢家、タイプの異なるお宅だと思います。
道明寺家はGHQの財閥解体も免れたお家柄で保守的な感じがしますが
花沢家はそうでもなさそうです。
このお話はある意味、司とつくしと類の三人が主役かもしれません。
楓さん、自分の息子可愛さであんな発言をしたのでしょう。
本当に子育て失敗したのは自分達なのにぃ(笑)
はい。怖~い司父、原作には殆ど出て来ませんでしたがこちらのお話ではまだ出てきます。
続きを楽しみにして頂き有難うございます。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.24 21:38 | 編集

の*様
なんだか悲しい思いをさせてしまったようで申し訳ないです。
罪を犯してしまいました。その罪が許されるものなのかどうか・・
助けてあげたいのは司とつくしの両方だと思われます。
司の心に人として何かが残っていればいつか必ず・・だと思います。
こちらのお話はゆっくり目になりますが、なるべく早くと思っています。
意味不明な文言で申し訳ないです(笑)
コメント有難うございました(^^)
なんだか悲しい思いをさせてしまったようで申し訳ないです。
罪を犯してしまいました。その罪が許されるものなのかどうか・・
助けてあげたいのは司とつくしの両方だと思われます。
司の心に人として何かが残っていればいつか必ず・・だと思います。
こちらのお話はゆっくり目になりますが、なるべく早くと思っています。
意味不明な文言で申し訳ないです(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.24 21:47 | 編集

た*き様
続きが気になりますか?有難うございます。
こんなお話ですのでスラスラとは進みませんが色々と想像して頂き有難うございます。
つくしちゃん可哀そうで申し訳ないです。
ですが、つくしちゃんもいつまでもこの状況でいるとは思っていません。
類君の活躍があるといいのですが(笑)
コメント有難うございました(^^)
続きが気になりますか?有難うございます。
こんなお話ですのでスラスラとは進みませんが色々と想像して頂き有難うございます。
つくしちゃん可哀そうで申し訳ないです。
ですが、つくしちゃんもいつまでもこの状況でいるとは思っていません。
類君の活躍があるといいのですが(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.24 21:56 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

マ**チ様
こんばんは。
そうでしたか!有難うございます!
こちらの司もお好きでしたか!(´艸`*)
今回の「金持ち~」は二人ともこんな感じになってしまいまして・・(笑)
本当に昇天しないようにして頂かないといけませんよね(^^♪
司の運転技術に負うところが大きいです!
中学から無免許で転がしていたようですので大丈夫でしょうか?(笑)
そしてマ**チ様に祈って頂いているので大丈夫かと思います。
こちらの屈折した司の今後を気にして頂き有難うございます。
「金持ち~」とは全くタイプの異なる司です。
こんな二人のお話も頑張ります!
「金持ち~」は一応シリーズでして続編を考えていますので
こんな司を見かけたら呆れながらもお読み頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
こんばんは。
そうでしたか!有難うございます!
こちらの司もお好きでしたか!(´艸`*)
今回の「金持ち~」は二人ともこんな感じになってしまいまして・・(笑)
本当に昇天しないようにして頂かないといけませんよね(^^♪
司の運転技術に負うところが大きいです!
中学から無免許で転がしていたようですので大丈夫でしょうか?(笑)
そしてマ**チ様に祈って頂いているので大丈夫かと思います。
こちらの屈折した司の今後を気にして頂き有難うございます。
「金持ち~」とは全くタイプの異なる司です。
こんな二人のお話も頑張ります!
「金持ち~」は一応シリーズでして続編を考えていますので
こんな司を見かけたら呆れながらもお読み頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.24 22:49 | 編集
