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2016
01.21

恋の予感は突然に 28

司はマンションの入り口でオートロックを解除しながら考えた。
女と親しくなる手段として思い浮かぶものはなんだ?
それも手っ取り早く・・・
女と言っても相手は名目上では妻だ。
となればやっぱりセックスだよな?
何故かって?やっぱり気持ちいいはずだろ?
あいつあのとき気持ちよかったのか?


誰もいないロビーは静かで空調が効いており暖かかった。
司はエレベーターが到着するまでのあいだ、靴の踵に重心を乗せ点滅を繰り返しながら変わっていく階数表示をぼんやりと眺めていた。
ただ、俺たちの出会いはセックスで始まってるけどあいつは気持ちいい的なことは度外視した目的の為だった。
あくまでも目的は子供を作ることで、俺には興味がなかった女だぞ?

それも人生で初めての経験が俺。決して自惚れるわけじゃないけど初めてが俺でよかったよな?女にとっての初めては大事なものなんだろ?
あの女がスレた女なら誘惑して身体の関係に持ち込むという手もあるが、あいつはそんな女じゃないから迂闊にそんなことして・・・また関係をこじらせたくない。
その気にさせて、いい気持にさせてってのはいいと思ったんだが無理だな。
二人の出だしは散々だったが俺の気持ちは意図せずしてあいつに傾いていった。
まったく34にもなるってのに女のことで不安を持つなんておかしいよな。

考えてみれば今まで付き合った女とはどこか距離をおいて付き合ってきた。
それ以上踏み込むなと言う目に見えないラインがどこかに引いてあったはずだ。
それは若い頃から女に追いかけ回され、新聞、雑誌にあることないこと書かれれば他人と距離を置きたくなるってもんだろ?
けど、あの女はその目に見えないラインなんて関係ないって感じで踏み込んできた女だ。
ある意味自分の信じる道を突き進んでくる女だよな・・・
なんだ、そんなところは俺と似てるんじゃねぇか?
ちょっと、いや大分常識から外れていると思うが、あの女の常識なんてわかったもんじゃねぇしな。

おい、もしこれからあいつといい感じになったとき妊娠してるけどヤッても大丈夫なのか?
あいつの腹の中にいるのは俺の子供だぞ。
そんなことしてもしものことがあったら俺は一生悔やむ。
当然だが俺は妊婦なんて相手にしたことがねぇからな。
俺の倫理観からいけば人のモノに手を出すなんてことは考えられねぇ。
それに他の男と女を共有するってのも考えられねぇ。
そうか!その道の専門がいるじゃねぇか。
あきらに聞きゃあいい・・・あきらは妊婦とやったことがあるのか?


けど、なんて聞けばいいんだ?
俺があいつと結婚したなんてことは言ってない・・
誰にも言ってないからな・・・
あの日、俺の誕生日プレゼントと言う触れ込みでやって来た女。
勇気があると言うか、無謀と言うか恐怖心が欠如しているというか・・
見知らぬ男に抱かれて、それも目的は自分だけの子供が欲しいからだなんてこと普通の人間ならまず考えないはずだ。
それも初めての経験を見知らぬ男に身を任せてなんてやっぱり普通じゃない。
それでもまだ自分の親友に男を紹介してもらうなんて考えるところは、堅物の学者センセーらしいと言うか・・・そうでなければ男なんてどこでも見つけることも出来ただろうに。

あの大きな目を見開いて自分の得意分野の話をするときの表情は率直だ。
たしかにあの女は美人じゃないが、恥ずかしそうにすぐ顔を赤らめるところなんて少女のようだ。あの恐るべき行動力と比例するのは頭の良さだが、それ以外は意外とぼんやりとしているところもあるな。ぼんやりと言うか浮世離れと言うか・・。

そんなつもりじゃなかったけど、あいつに恋したんだから仕方がない。
この見せかけの結婚をどうやったら本物に近づけていくかが俺に課された問題だ。
あいつの話しに耳を傾ける努力をしてやることが大切だってことは理解した。
よくわかんねぇ研究についても聞いてやることがあいつにとっては嬉しいってことだよな。
確かに人は自分のことに興味をもって頷いてくれる人間には自ずと心を開いていくものだ。


玄関を開錠しながら司は大きなため息をついた。
あと結婚生活のいろはってのもあるらしいな・・
どうやらそのひとつってのは便座を下ろすか下ろさないとかで揉めるらしい。
なんだよそりゃ?
便座の上げ下げ?意味がわかんねぇな・・・
なんでそんなちっちぇえことで揉めるんだ?
それに俺たちはそんなもん共有してねぇし・・
ってことはこの事では揉めることはねぇよな?
これで世間がいう結婚生活の問題点のひとつは解決したな。

司はつくしの部屋の前で立ち止まった。
さて、なんと言って声をかける?
起きてるか?
ただいま?

司は意を決してつくしの部屋のドアのノックした。
が、返事はなかった。
風呂でも入ってるのか?


司は水でも飲むかとキッチンへと足を向けた。
この結婚について、司が考えていたのは不本意だが自分の倫理観と姉の椿に対する思いといった感情しか抱いていなかったのだ。
司は冷蔵庫から取り出したミネラルウオーターを口もとに運ぶと苦笑いしたいような気持になっていた。
まさか自分に子供が出来て、そして結婚してるなんてことは誰も考えもしないはずだ。
これは罠なのかそれとも運命なのかと考えてもみた。恋愛に関して言えば長いあいだ勝手気ままに過ごしていただけに戸惑いもあった。
結婚するはめになった女は頭のいい女で、だが大嘘つきで生意気でそれでもどこが憎めないチビだった。
そんな女に対して恋に落ちるとどうなるか。
まさかあいつらに聞くのか?


そんなことを考えていた司の目に映ったのはリビングのソファで寝ているつくしの姿だった。
あいつ、なんでこんなところで寝てるんだ?
司は部屋の真ん中で横になっている女の傍まで近づいた。
つくしは死んだようにぐっすりと眠っていた。
どうしてこの場所で眠っているのかは分からないが胸にはしっかりとクッションを抱えている。そして規則正しい寝息が聞こえてきている。
このままここで寝かせておいていいものか?
いやダメだ。こんなところで眠らせて風邪なんかひかれたら大変だ。
やっぱり起こすべきか?
司は両手を持て余していた。
まったくこの女は・・・
俺に向かって風邪をひかないようにしないとね、とかお互いに気を付けないとね、なんてこと言っといて自分はどうなんだよ。
人の身体のことを考える暇があるなら自分のことをもっと考えろよ!
おまえの身体はおまえだけの身体じゃねぇんだぞ!
司はいったい自分は何に足を突っ込んでしまったのかと自問しながらもつくしを見下ろしていた。

それに既婚の男が法律上の妻の前で解放されることのない欲望を抱えているなんて・・
いったい俺はどうしたいんだ?
滑稽だよな・・
こんな俺の姿は誰にも見せられねぇな・・・

「しょうがねぇな・・・」
司は小さな声で呟いた。

司は片手をつくしの肩の下に差し入れ、身体をそっと起こすと抱き上げた。
つくしの片方の腕だけが抱きかかえられた司の腕の中からこぼれ落ちてゆらゆらと揺れている。
この女、一度眠ったら二度と目が覚めないんじゃないかってくらい寝ていやがる。
いや。
でもあのとき、ホテルで目が覚めた時にはこの女は俺の前から消えていた。
どうやら自己防衛本能だけは持ち合わせているのか?
逃走能力は人一倍か?

けど、おまえもう逃げられねぇと思え。
俺は少なくとも自分が愛している者に対しては愛情深い男だ。
その代わり愛していない者に対しては非情だぞ?

司はつくしを部屋まで運び込むとベッドへ横たえた。
彼は指先でつくしの頬を突いてみた。

「う・・ん・・・」
お?気が付いたか?
「おなか・・」
どうした!どっか具合が悪いのか?
司はお腹の子供に何かあったのかと言う思いで慌てた。
・・・なんだよ寝言か?

無邪気そうに寝てるよな・・この女。
俺がどんな気持ちでいるかわかってんのかよ?

俺はそのとき、いいことを思いついた。








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