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2015
08.17

いつか見た風景17

類は約束の時間に現れた。
待ち合わせとなったメープルのトップラウンジは、NYの風景が一望できる。
類は昔から自分の周りで何が起きたとしても、動じることのないマイペースな男だ。だがここ数年、自分の置かれた立場を自覚したのか、仕事に対していたく前向きだ。

「どうしたの司。何か用?」
「ああ、類。 ちょっと話が聞きたいと思ってな」

「牧野のこと?それ以外でお前が俺を呼び出すなんてことは考えられないからね」
「・・・・」
「で、なに?」
「俺と牧野が高校時代に短い間だったが付き合いがあったと聞いている」
「それで?」
「どうして俺はあいつの事だけ忘れちまったんだ?」
司の問いかけに対しての類の返答は至極簡単な答えだった。

「司がバカだから?」
類は答え、暫く口をつぐんだまま司の顔を見ていた。
やがて、口元が緩み、話を継いだ。

「・・・と、いう話もある」
「あ?」
「だから、司が牧野の事を強く思い過ぎて、その想いが大きすぎて忘れたって話」
「そんな事があんのかよ?」

類は司の顔をじっと見つめると、話を継いだ。
今までどんなことがあろうと、自ら9年前のことを話そうとはしなかった男だが、初めて司の口から牧野つくしのことを聞かれたのだから、話すことにした。


「おまえと牧野がつき合ってたのは9年前だ。忘れた事情はもうわかってると思うけど、本当のところ、どうして牧野のことだけ忘れてしまったのかは、医者にもわからないんだ。それに、あの頃のおまえにどんなに牧野のことを説明しても、受け入れるはずがないとわかっていたからね。誰もあいつのことをおまえには話さなかったんだ。だから、いつかまたおまえが牧野のことを思い出すまで待つつもりでいた。でもおまえに大河原との結婚の話が出たとき、大河原が牧野を担ぎ上げた。だからこの結婚のことで牧野を責めるのは・・やめてくれないか?どうせおまえは、いつか誰かと結婚することになる。それなら、牧野が相手でもいいだろ?」




司はバーボンをもう一杯オーダーした。
思いが強すぎて、大きすぎて忘れる?
ちくしょう、俺はそんなにあいつのことを思ってたのか?



夜も更けていた。
メープルからまっすぐに帰宅する予定だったが、オフィスへと戻っていた。
東京からの電話を待っていた俺は、ここで待つ方が賢明だと思った。

ネクタイを緩め、シャツのボタンを外して柔らかな革の椅子に深く腰掛ける。
両脚をデスクの上に投げたし、目を閉じた。
手にしたクリスタルのグラスには気に入りのバーボンが注がれている。


牧野・・・グラスを握る指に力が入る。
その中身をいっきに飲み干すと深い吐息をつく。
俺は心に忍び込んだ牧野のことを思う。
類から聞かされた事実。

今まで誰も牧野の事を語ろうとしなかった。
俺が追いかけまわし、心の底から欲しいと思っていた女。

艶やかな黒髪が美しい牧野の姿が心に忍び込み、瞼の裏にその姿を焼き付けた。
下半身がよじれるように感じられる。

すでにあの夜から幾日も過ぎていた。

牧野はバージンだったが俺の野獣は強烈な欲望を発揮して、あいつを求めた。
過去の俺が求めて止まなかった女を抱き、みだらな行為に耽る。
どうやら俺の中の野獣は嫉妬深いらしい。類の話しを聞き、俺の知らない牧野を類が知っていることに、嫉妬している自分がいた。
嫉妬は卑劣で残忍だ。俺はそんなに嫉妬深い人間だったか?
今までの人生で執着を見せることなどなかったはずだ。
だが俺は、牧野に対して嫉妬深さと執着が芽生えたようだ。




***




つくしはベッドの端に腰を下ろし想いに耽る。
道徳感など無くしたように道明寺に触れ、キスを繰り返した。思い出すだけで、恥ずかしさに頬が熱くなる。はじめて間近に触れた道明寺の体に、純粋に喜びを感じていた。

つくしは深く息を吸い込むと、はじめての経験に鼓動が早くなり、身体の奥がぞくぞくとしていたことを思い出していた。これまでどんな男性が傍にいても、感じることがなかった胸の高まり。そして体の奥深くに潜んでいた熱を感じていた。

ふとドアの傍にスーツケースがあるのに気が付く。
その時、部屋の向こうからきちんとスーツを着た男が現れた。
馴れ馴れしさはなく、どこか制御されたような慎重な態度につくしは戸惑った。

「ど、どこか行くの?」
「ああ、東京だ。急に決まった」
「そ、そうなんだ」
「・・・お前も来るか?」
つくしは司の言葉に微笑んだ。
「一緒に行っていいの?」
「ああ。だが急いでくれ、午後には出発するからな」

司の態度には、自分の女に対する所有欲が現れているかもしれない。
親指で何かを舐めとるように、つくしの唇を優しくなぞっていた。






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