妙な気分だった。
それにしてもなんで俺はこの女と一緒にいるとこんなに笑ってられるんだ?
こいつとの同居生活なんて落とし穴だらけだと思っていたがこの女との関係は何かが変わった。
あの日、こいつの意味不明の論理を聞かされているうちに胸の奥にわけのわからない感情が沸きあがってきた。
この感情をなんと言うのかわからないが、初めての経験であることは確かだ。
「ねえ、ど、どう?」
司はつくしに声を掛けられてまごつきながら彼女に焦点をあわせた。
「あ?ああ・・不味くは・・・ねぇな」
「けど、これは何なんだ?」
司が箸の先でつまみ上げたそれはきくらげだった。
つくしはニンマリとして言った。
「司坊ちゃんがお嫌いなものです・・」
「なんだよ!なんでおまえがぼ、坊ちゃん呼ばわりするんだよ!」
「え?食材を配達してきてくれたお邸の人から聞いたから」
「だって嫌いなんでしょ?坊ちゃんはこの食材がお嫌いで小さい頃からよく残されていました~ってね。だから小さく刻んでみたの。あまり食べないからわからない?」
黒くて・・・艶があってちょっと皺がよっててね・・
水につけて戻すと大きくなるんだけど、ちょっとヌルっとしてて・・
無味無臭で・・噛むとコリコリするの。
おい、おまえその表現、なんか卑猥じゃねぇか?
まさかわざとそんなこと言ってるんじゃねぇよな?
「ヒントはビタミンDが豊富!ビタミンDは免疫反応にも関与するのよ?」
また始まったぞ免疫学に関する講義が・・
この学者センセーは本当に真面目だよな。
「さあ!なんでしょうか?これは簡単でしょ?」
こいついつも俺に対して嬉しそうに問題を投げかけてくるよな・・
目なんかキラキラさせやがって・・・
そんなに俺をやり込めたいのか?
この前なんか免疫抑制剤のなんとかがなんとかで?
ラットに注射したらゲージの中でクルクル走り回り出してびっくりした・・とか。
わかるわけねぇだろうが・・・
俺は研究者じゃねぇぞ!企業経営者だ!
でもこいつの話すことは何故か可笑しい。
その点は疑問がない。
ちょっと生意気だが微笑ましい気分にさせてくれる。
「・・わかったらなにか褒美でも出るのか?」
「えっ?」
「褒美だよ、ご褒美!」
「なに?ご、ご褒美って?」
激しい欲求とは違い穏やかな飢えが司を襲った。
司はつくしをじっと見つめながら笑い声ともうめき声ともいえないような声を漏らしていた。
・・どうするかな・・この学者センセーを・・・
「な・・なにが・・ご褒美って・・」
司の端正な顔に女ごころを溶かすようなけだるい微笑みが広がった。
そしてその目がじっとつくしの目を見つめてくることでつくしは焦った。
どうしてそんな目であたしのことを見るの?
な、なんか変?
あ、なにか顔に付いてるの?
つくしは慌てて自分の口元に米粒がくっついていないか手を伸ばして確かめてみた。
大丈夫・・なにもついてない・・と思うけど?
二人の間には先ほどまでの騒がしさが嘘のように沈黙が広がっていた。
今夜は機会あるごとに二人の関係に楽しさが加わってきたかのように思えた。
だからつくしもわざとからかうように話しかけていた。
それでもつくしは司に対して冷静でいようと心がけていた。
二人の関係がこれ以上進むなんてことは考えてはいなかったから。
でも、この男が自分に向ける明るい微笑みには逆らえないような気がしていた。
ど、どうしてそんなふうにあたしを見つめるの?
そのとき、つくしの耳は湯呑が転がる音をとらえた。
「あっ・・」
テーブルのうえに若草色が濃い液体が扇状に広がった。
つくしは慌てて布巾を取りに行くとテーブルに広がったお茶をせっせと拭き始めた。
「ご、ごめんなさい。だ、大丈夫だった?」
「あ、あたしったらおっちょこちょいだってよく言われて・・」
「ほ、本当にごめんなさい・・」
あたしがぼんやりと考えごとなんてしていたから・・・つくしは心からすまなく思っていた。
「ああ・・まずいな・・」
「おまえ派手に転がしたな・・」
「ご、ごめんなさい。そっちまで濡れちゃった?ちょっと待ってて!」
つくしは急いで浴室から新しいタオルを手に取ってくると司の傍へと近づいた。
「本当にごめんなさ・・」
言葉が尽きたとき、司のからかうような表情が消えそのまなざしが危険な熱を帯びてきた。
男が片手を伸ばしてきたのでつくしはてっきりそのタオルを寄こせと言うことかと思っていた。
気ばかり焦っていたつくしは男の表情が変わったことなど気がつきもしなかった。
あっと思った次の瞬間、つくしの手に握られていたタオルはいつのまにか宙を舞ってどこかへ落ちた。
そのかわり男の手がつくしの手を包んでいて、気づいたときは引き寄せられていた。
そして温かい唇がつくしの唇を覆ったとき、おまえに恋する予定はなかったけど・・
と低い声で囁かれた。
それは短く甘いくちづけだった。

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それにしてもなんで俺はこの女と一緒にいるとこんなに笑ってられるんだ?
こいつとの同居生活なんて落とし穴だらけだと思っていたがこの女との関係は何かが変わった。
あの日、こいつの意味不明の論理を聞かされているうちに胸の奥にわけのわからない感情が沸きあがってきた。
この感情をなんと言うのかわからないが、初めての経験であることは確かだ。
「ねえ、ど、どう?」
司はつくしに声を掛けられてまごつきながら彼女に焦点をあわせた。
「あ?ああ・・不味くは・・・ねぇな」
「けど、これは何なんだ?」
司が箸の先でつまみ上げたそれはきくらげだった。
つくしはニンマリとして言った。
「司坊ちゃんがお嫌いなものです・・」
「なんだよ!なんでおまえがぼ、坊ちゃん呼ばわりするんだよ!」
「え?食材を配達してきてくれたお邸の人から聞いたから」
「だって嫌いなんでしょ?坊ちゃんはこの食材がお嫌いで小さい頃からよく残されていました~ってね。だから小さく刻んでみたの。あまり食べないからわからない?」
黒くて・・・艶があってちょっと皺がよっててね・・
水につけて戻すと大きくなるんだけど、ちょっとヌルっとしてて・・
無味無臭で・・噛むとコリコリするの。
おい、おまえその表現、なんか卑猥じゃねぇか?
まさかわざとそんなこと言ってるんじゃねぇよな?
「ヒントはビタミンDが豊富!ビタミンDは免疫反応にも関与するのよ?」
また始まったぞ免疫学に関する講義が・・
この学者センセーは本当に真面目だよな。
「さあ!なんでしょうか?これは簡単でしょ?」
こいついつも俺に対して嬉しそうに問題を投げかけてくるよな・・
目なんかキラキラさせやがって・・・
そんなに俺をやり込めたいのか?
この前なんか免疫抑制剤のなんとかがなんとかで?
ラットに注射したらゲージの中でクルクル走り回り出してびっくりした・・とか。
わかるわけねぇだろうが・・・
俺は研究者じゃねぇぞ!企業経営者だ!
でもこいつの話すことは何故か可笑しい。
その点は疑問がない。
ちょっと生意気だが微笑ましい気分にさせてくれる。
「・・わかったらなにか褒美でも出るのか?」
「えっ?」
「褒美だよ、ご褒美!」
「なに?ご、ご褒美って?」
激しい欲求とは違い穏やかな飢えが司を襲った。
司はつくしをじっと見つめながら笑い声ともうめき声ともいえないような声を漏らしていた。
・・どうするかな・・この学者センセーを・・・
「な・・なにが・・ご褒美って・・」
司の端正な顔に女ごころを溶かすようなけだるい微笑みが広がった。
そしてその目がじっとつくしの目を見つめてくることでつくしは焦った。
どうしてそんな目であたしのことを見るの?
な、なんか変?
あ、なにか顔に付いてるの?
つくしは慌てて自分の口元に米粒がくっついていないか手を伸ばして確かめてみた。
大丈夫・・なにもついてない・・と思うけど?
二人の間には先ほどまでの騒がしさが嘘のように沈黙が広がっていた。
今夜は機会あるごとに二人の関係に楽しさが加わってきたかのように思えた。
だからつくしもわざとからかうように話しかけていた。
それでもつくしは司に対して冷静でいようと心がけていた。
二人の関係がこれ以上進むなんてことは考えてはいなかったから。
でも、この男が自分に向ける明るい微笑みには逆らえないような気がしていた。
ど、どうしてそんなふうにあたしを見つめるの?
そのとき、つくしの耳は湯呑が転がる音をとらえた。
「あっ・・」
テーブルのうえに若草色が濃い液体が扇状に広がった。
つくしは慌てて布巾を取りに行くとテーブルに広がったお茶をせっせと拭き始めた。
「ご、ごめんなさい。だ、大丈夫だった?」
「あ、あたしったらおっちょこちょいだってよく言われて・・」
「ほ、本当にごめんなさい・・」
あたしがぼんやりと考えごとなんてしていたから・・・つくしは心からすまなく思っていた。
「ああ・・まずいな・・」
「おまえ派手に転がしたな・・」
「ご、ごめんなさい。そっちまで濡れちゃった?ちょっと待ってて!」
つくしは急いで浴室から新しいタオルを手に取ってくると司の傍へと近づいた。
「本当にごめんなさ・・」
言葉が尽きたとき、司のからかうような表情が消えそのまなざしが危険な熱を帯びてきた。
男が片手を伸ばしてきたのでつくしはてっきりそのタオルを寄こせと言うことかと思っていた。
気ばかり焦っていたつくしは男の表情が変わったことなど気がつきもしなかった。
あっと思った次の瞬間、つくしの手に握られていたタオルはいつのまにか宙を舞ってどこかへ落ちた。
そのかわり男の手がつくしの手を包んでいて、気づいたときは引き寄せられていた。
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コメント
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た*き様
道明寺家の使用人希望ですか?(笑)
市原さんにも松島さんにもならず?
坊ちゃんのお傍に控える為には厳しい基準があるような気がします。
見ざる聞かざる言わざるは当然だと思いますが
空気のような存在になれてこそ使用人の鏡でしょうね(笑)
あの曲、シナトラのバージョンで聞かれたのですね?
あの曲が主題歌の映画はご覧になられましたか?
あれもラブコメですが、二人のやり取りが楽しくて好きです。
なにしろ主役はラブコメの女王と言われた女優さんですものね。
コメント有難うございました(^^)
道明寺家の使用人希望ですか?(笑)
市原さんにも松島さんにもならず?
坊ちゃんのお傍に控える為には厳しい基準があるような気がします。
見ざる聞かざる言わざるは当然だと思いますが
空気のような存在になれてこそ使用人の鏡でしょうね(笑)
あの曲、シナトラのバージョンで聞かれたのですね?
あの曲が主題歌の映画はご覧になられましたか?
あれもラブコメですが、二人のやり取りが楽しくて好きです。
なにしろ主役はラブコメの女王と言われた女優さんですものね。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.19 21:58 | 編集

as***na様
はい。やっと自分の気持ちに気が付いたようですね(笑)
さあ、ここからが司坊ちゃんの真骨頂です!
がんばれ、坊ちゃん!と言うことで明日に続きます(笑)
コメント有難うございました(^^)
はい。やっと自分の気持ちに気が付いたようですね(笑)
さあ、ここからが司坊ちゃんの真骨頂です!
がんばれ、坊ちゃん!と言うことで明日に続きます(笑)
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.01.19 22:34 | 編集
