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2023
03.08

金持ちの御曹司~違う、そうじゃない~<後編>

パーティー会場から逃げ出した司は地下にある駐車場を目指し走っていた。
だがそんな司を女たちが追ってきた。

「ツカサ!どうして逃げるのよ!」
「ちょっと!私とのことは遊びだったの?!」
「ねえ!感謝祭の前の日の夜に言ったことは嘘だったの?!」
「一緒にジェットコースターに乗ったとき私のことを好きだと言ったじゃない!」
「ハワイで夕陽を見ながらクルージングしたとき愛してるって言ったわよね?!」
「シドニーのオペラハウスで一緒にオペラを見たとき私の手を握って永遠の愛を君に誓うって言ったわよね?」
「独立記念日の花火を見ながら二人の未来のためにってワインで乾杯したわよね!」
「サンモリッツのスキー場でゲレンデが溶けるほどの恋がしたいって言ったわよね!」
「カリブ海で海賊の船を撃沈させたとき、これで世界はふたりのものだって言ったわよね!」
「ツカサ!」
「ツカサ!」
「ツカサ!」
「ツカサーーーーー!!!」

叫びながら追いかけてくるパーティードレスの女たち。
そんな女たちの口から銃弾よろしく、ほとばしる言葉は全て嘘でそんなことを言った覚えもなければ、した覚えもない。大体ジェットコースターなどこれまでの人生の中で一度も乗ったことがない。いや、ジェトコースターのような恋ならしたことがある。そう、あの時は時のレールを走りながら恋人の手をしっかりと握りしめていた。
それに恋人とはハワイで夕陽を見ながらクルージングをしたことがある。シドニーのオペラハウスで有名オペラ歌手の舞台を見たこともある。アメリカ独立記念日の夜。ニューヨークで打ち上げられる花火を見たこともある。
だがカリブで海賊と闘ったことなどない。あの女は現実と映画を混同している。
それに誰かと闘わなくても、すでに世界は司のものだ。
だが司は振り返った時に見た女たちが髪を振り乱して追いかけてくる姿に恐怖を感じ、背中がゾクリとした。
それに今のこの状況は現実とは思えず、何か得体のしれない力が行使されているような気がしていた。

__もしかして神は何もかもを持つ司を憎んでいるのか。

もしそうだとすれば、これから地獄への転落が始まるのか。
だが司は地獄になど落ちたくはなかった。
だから女たちに掴まるわけにはいかなかった。
それにもし仮に地獄に落ちるのなら、それは恋人のためであって訳の分からない女たちのためであってはならない。

司は地下駐車場に降りてくると自分が乗ってきた車を見つけた。
運転手はいつでも車を出せるようにスタンバイしている。
だから車に向かって走って来る司を見た運転手は、後部座席のドアを開けて待っていた。

「出せ!」

司は座席に滑り込むと一秒も無駄にすることなく運転手に言った。
すると運転手はすぐに車を出した。

司は助かった。
落ち着こうと、大きく息を吐いた。
そして呟いた。

「けどマジでどうなってるんだ……」

すると運転手が言った。

「ツカサ様。これはもしかすると邪(よこしま)なものの仕業かもしれません」

「邪(よこしま)…..なもの?」

司はこの運転手は何を言っているんだという思いで言ったが、運転手は真剣な声で答えた。

「はい。イーブル・スピリットのせいではないでしょか」

「イーブル・スピリット?」

「はい」

イーブル・スピリットとは悪霊のこと。
司はますますこの男は何を言っているんだという思いで言ったが、運転手は神妙な口調で話し始めた。

「邪(よこしま)な力というものは聖なる力が失われたときにやってきます。ツカサ様は今、聖なる力を失っておられるのではないですか?ですからあのような災いが起きたのです」

司は、ばかばかしいと笑い飛ばそうとした。
だが何故か出来なかった。
それは司にとって生きる糧と言える恋人が司の浮気を疑い電話にも出ない。メールの返信もしないこの状況は、司の存在が無視されていることと同じであり、そのことによって聖なる力が失われていると言っても過言ではないからだ。

「ツカサ様。私はカトリックです。悪いものが憑いているときは司祭様にお願いしてお清めしてもらうのが一番です。今から私が通う教会の司祭様の元へ参りましょう」

と言うと運転手はハンドルを左に切った。
そして「冷たい飲み物をご用意してございますので、どうぞお飲みください」と言った。


***


信仰のない司は教会に行くのは気が進まなかった。
だが車を降りると運転手の後に続いた。
それは意志とは関係なく足が動いたから。
そして教会の中に入った運転手は恭しい態度で司祭に司を紹介した。
それから司の身の上に起こった災難について話をした。すると司祭は厳かな口調で「分かりました。清めを行いましょう」と言った。

キリスト教の基盤を持たない人間は教会で行われる清めがどんなものなのか知らない。
だから司は清めと訊いてオカルト映画の悪魔祓いのようなものを想像していた。
それは司祭が祈りの言葉を唱え十字架を掲げると、窓がガタガタと揺れて明かりが消え、バーンと部屋の扉が開いて部屋の中に風が吹き荒れる。ガラスが割れ、家具や調度品が揺れ始め置いてあるものが部屋の中を飛び回る。そして清めを受けている人間の首が360度回転すると白目を剥き出しにして不気味に笑い汚い言葉で司祭を罵る。
だから司は身体を硬くして自分の身に起こることに身構えた。
だが穏やかな祈りの声が続き、聖水が降りかけられても、そういったことは全く起こらなかった。やがて儀式が終ると、司祭は司に向かい真摯な表情で言った。

「心配しなくても大丈夫です。あなたに悪い霊は憑いていません」

司はホッとした。
だが「しかし」と司祭は言葉を継いだ。
そして「悪い霊は憑いていないのですが女性の生き霊が憑いています」と言った。

「い、生き霊?」

「はい。あなたは大切な女性を裏切ったのでは?だからその女性の生き霊が憑いています。自分を棄てて他の女の元に行くあなたに対して恨みを持っているようです」

「おい、待て。待ってくれ。俺は裏切ってなどいない。他に女はいない。それにあれは陰謀だ。誰かが俺を罠に嵌め__」

司はそこまで言ってから、自分は悪い夢を見ているのではないかと思った。
そうだ。これは夢だ。
これは夢の中の話で現実ではない。
何しろこれまでも何度かおかしな夢を見たことがあった。
つまりこれは夢で何も心配することはない。
目が覚めればそこに恋人がいて司のことを愛してくれている。
だから司は頬を叩いて目を覚まそうとした。
だがいくら頬を叩いても何かが変わることはなかった。
そんな司を見ていた司祭は驚いた様子で言った。

「いかん。彼は自分で自分を傷つけようとしている。そんなことをするのは悪魔が彼の中に入ったからだ。彼は女の生き霊に殺されようとしている」

司は「違う。そうじゃない!」と叫び声を上げた。だがそれはつもりであり声にならなかった。
そんな司に司祭は十字架を手にすると、その声で魑魅魍魎を退散させようとするように声を張り上げた。

「父なる神と子なるイエス・キリストよ。邪悪な力からこの男を守りたまえ!」
と言ったが、これはまさにオカルト映画の展開だ。
そして「イエス・キリストの名において汝に命じる。悪魔よ!この男から立ち去れ!ここを去り元の世界へ戻れ!」と叫んだ。

それにしても何故声が出ない?
司は口を開けたが浜に打ち上げられた魚のようにパクパクとするだけだ。
そんな司の様子に運転手は「司祭様。生き霊はツカサ様の声を奪ったようです」と言ってから祈りの言葉を口にすると大仰な仕草で十字を切った。
すると司祭は「悪魔というのは信ずるものを持たない人間の心をいとも簡単に乗っ取ることが出来ます。声が出ないというのは悪魔が彼の心に手を伸ばしている証拠です」と言った。
司は再び「違う。そうじゃない!」と言ったつもりだったが、ふたりの耳には届かなかった。
そして今度は身体が動かなくなった。
立っている場所から一歩も動くことが出来なかった。

「司祭様、大変です!生き霊はツカサ様の身体の動きを奪ったようです!」

運転手は司祭に向かって言うと今度は司に向かって、「ツカサ様、生き霊に負けてはなりません。頑張って下さい!」と励ました。
すると司祭は、「ご安心なさい。主(しゅ)は救いを求めてやってくる者を拒むことはしません」と司に言った。
そして運転手に向かい「私はあなたの主(あるじ)を助けます」と言った。
そして、やにわに懐からナイフを取り出した。

「いいですか?悪魔との闘いは時に死を覚悟しなければなりません」

そう言った司祭は運転手と視線を交わし、うなずき合った。
司は嫌な予感がした。それはもしかすると自分はあのナイフで刺されるのではないかということ。
つまりナイフを手に近づいてくる司祭は本当の司祭ではなく偽者。そして運転手もまたしかり。
これは司を亡き者にしようとしている誰かの陰謀で、車の中で運転手が飲むように言った飲み物には身体の自由を奪うものが入っていたということだ。
司は逃げようとした。
だが身体が動かないのだから、逃げようにも逃げることが出来なかった。












そこまで読み終えると、司はノートを置いた。

「いかがですか?私が書いた物語は?」

西田は小説を書いた。
それは趣味で書いていたもの。
西田は、そのノートを秘書室の自分の机の上に出しっぱなしにして化粧室へ行った。
秘書室に西田を探しにきた司は、不注意でそのノートを床に落とした。
そのとき開いたページに自分の名前を見つけたことから、西田が司を主人公に物語を書いていることを知った。

西田は物語を途中まで読んだ司に感想を求めた。
すると返ってきた言葉は、「西田。悪いがお前には小説家の才能はない」だった。
「何故でしょう」
西田は訊いた。
「言ったとおりだ。お前には才能がない」
「ですから何故でしょう」
「いいか、西田。お前の書いている話は荒唐無稽だ。はじめは恋愛かと思ったら次第にホラーの様相を呈してきた。そして今度はサスペンスに傾き始めた。一体お前はどんな分野の話を書こうとしている?それに何で俺が主人公なんだ?」

そう訊かれた西田は言った。

「はい。分野は別としても支社長が主人公であれば、どんな分野の話もヒーローとして成り立つと思ったからです。何しろ支社長はこれまでビジネスに於いても私生活に於いても様々な場面で様々な経験をされています。その経験値の高さから、どんな物語であっても主役に相応しい。そんな思いから支社長を主人公にしました」

それを訊いた司は嬉しい気持が湧き上がった。
そして「まあ、いい。俺が主人公でも構わないが、最後はハッピーエンドで終わらせてくれ。いいか?間違っても主人公が死ぬとか、恋人と別れるとかは止めてくれ」と言った。

西田は上機嫌で執務室を出て行く男を見送ったが、男の行先は分かっている。
そこは社内にいる恋人の部署だ。
西田は机の上に置かれたノートを手に取った。
そしてひとりごちた。

「司様。司様が主人公である本当の理由は、あなたが物語にしたいほど劇的な本物の人生を歩んでいるからです」

西田は男が少年の頃から男の傍にいた。
そして男の成長を見守ってきた。
だから男のある意味で波乱に満ちた人生を知っている。
自暴自棄になりかけた男の姿を知っている。
しかし、本当の幸せというものを知った男は人間が生きることの大切さを知った。

「さてここから先は危険なアクションシーンが満載なのです。もっとも、道明寺司ならどんなアクションシーンもそつなくこなすでしょうから心配しておりません。ですが、やはり最後は違う。そうじゃないと言われないように、あの方と結ばれる。そんな最後を執筆いたしましたのでご安心下さい」

そして司が読まなかった物語の続きが書かれているページを開いた。




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dot 2023.03.11 23:57 | 編集
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