私の記憶はあるところで止っていた。
だから私は彼女が誰なのか分からなかった。
だが私の周りにいる人間は口を揃えて言った。
「思い出せ。そうしなければお前は一生を暗闇の中で過ごすことになる」と。
だが私は彼らの言葉に耳を貸さなかった。
そして彼女を思い出さなかった。
だから私の人生は彼らの言う通り暗闇の中で終った。
「ご主人様。ご用ですか?」
「ええ。悪いけど、あそこの電球を取り替えて欲しいの。私じゃ手が届かないから」
「かしこまりました」
私は女性から電球を受け取ると、天井近くにある照明器具に手を伸ばした。
「ありがとう。家の中に背の高い人がいると助かるわ」
と女性は私に礼を言った。
そして「ねえ。せっかく壺から出て来てもらったことだし、お茶でも飲まない?」と言った。
だから私は「ではご一緒させていただきます」と答えた。
この世での人生を終えた私は壺の中に入り込んだ。
だが何故、壺の中に入ることになったのかは分からなかった。
そして今の私は背が高いことは別として、以前とは全く違う別の容姿をしていた。
壺の持ち主の女性の名前は牧野つくし。
そう。私が思い出すことが出来なかった女性だ。
彼女は私が彼女を思い出さなかったことで数年後に他の男と結婚した。
しかし5年後に離婚した。
そしてそれから独身のまま会社勤めを続けたが、来年の春に20年勤めた会社を辞め地方に移住する。
そんな彼女が休暇を取って旅に出た。そして旅先の骨とう品が並ぶ店で、ひとつの小さな壺に興味を持った。
「お客さん。この壺にご興味があるようですね?この壺は、ある旧家の蔵に眠っていたもので立ち姿が美しい逸品です。こういった物は出会いです。一期一会です」
店主はそう言って壺を勧めたが、ただ安定感があるだけの古い飾壺だ。
その壺を彼女は見つめていた。
「いかがですか?お安くしておきますよ?」
そう言われて彼女はその壺を買った。
そして、彼女は家に帰ると壺の汚れを取るため布で擦った。その瞬間、私は煙と共に壺の中から外へ出た。すると彼女は悲鳴を上げた。そして壺から離れ「あなた誰よ!いったい何なのよ!」と言った。だから私は「ヤマモトモトヤです」と咄嗟に呪文のように答え、お辞儀をした。
すると彼女は少しだけ間を置いたが、壺の中から男が現れるという怪奇と呼べる事態に動じることなく「ええっと、ヤマモトさんね…..ところであなたどうして壺から出てきたの?」と言った。
私はそう言われても何故自分が壺の中に……こういった境遇におかれているのか分からなかった。だから彼女の質問に答えることが出来なかった。
すると彼女は「ま、いいわ」と言って会話はそれで終わった。
そして1週間が過ぎ、2週間が経った。
始めこそ質問する者と、それに答える者だったが、あまりにも私が彼女の質問に答えることが出来ないことが分かると、彼女は何も聞かなくなった。
そんな私は壺を擦られると壺から出ることができるが、また壺を擦られると壺に吸い込まれる。だから夜になると彼女は壺を擦って私を壺の中に戻す。
だが人がいないときに限り、勝手に壺から出ることができる。
だから彼女が部屋を出て仕事に向かうと壺から出たが、この部屋から外に出ることは出来なかった。
そんな私の役目は壺の持ち主に仕えることのようだ。
そして私は家事が得意らしく、することがないので部屋の掃除をして料理をした。ただ洗濯は止めて欲しいと言われた。
「ねえ、ヤマモトさん。今晩の御飯はなに?」
彼女は私と視線を合わせて訊いた。
「クリームシチューを作りました」
私がそう言うと、「わあ。シチューなのね!嬉しい!私の大好物よ!」と言って「一緒に食べましょうよ」と言った。
彼女はおいしい、おいしいと言って私が作った料理を口にしてくれる。
今の私はそれが嬉しかった。そして私たちは一緒に夕食を食べることが当たり前のようになった。
しかし、私は何故彼女が会社を辞めてこの街を去るのかが知りたかった。
だからある夜、私は彼女に訊いた。
「私が勤めている中堅どころの化学素材の会社が買収されることになったの。そこで起こったのが事業縮小。私のいる部署は派手な部署じゃなくて早期退職者を募ったの。だから応募したの」
会社を辞める理由は分かった。
だが何故東京から離れることにしたのか。
私が知る限り彼女は生まれも育ちも東京で地方で暮らしたことがない。
それなのに何故?
「東京を離れる理由?なんとなく......かな?」
彼女はそう言って小さく笑い、私はそれ以上聞かなかった。

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だから私は彼女が誰なのか分からなかった。
だが私の周りにいる人間は口を揃えて言った。
「思い出せ。そうしなければお前は一生を暗闇の中で過ごすことになる」と。
だが私は彼らの言葉に耳を貸さなかった。
そして彼女を思い出さなかった。
だから私の人生は彼らの言う通り暗闇の中で終った。
「ご主人様。ご用ですか?」
「ええ。悪いけど、あそこの電球を取り替えて欲しいの。私じゃ手が届かないから」
「かしこまりました」
私は女性から電球を受け取ると、天井近くにある照明器具に手を伸ばした。
「ありがとう。家の中に背の高い人がいると助かるわ」
と女性は私に礼を言った。
そして「ねえ。せっかく壺から出て来てもらったことだし、お茶でも飲まない?」と言った。
だから私は「ではご一緒させていただきます」と答えた。
この世での人生を終えた私は壺の中に入り込んだ。
だが何故、壺の中に入ることになったのかは分からなかった。
そして今の私は背が高いことは別として、以前とは全く違う別の容姿をしていた。
壺の持ち主の女性の名前は牧野つくし。
そう。私が思い出すことが出来なかった女性だ。
彼女は私が彼女を思い出さなかったことで数年後に他の男と結婚した。
しかし5年後に離婚した。
そしてそれから独身のまま会社勤めを続けたが、来年の春に20年勤めた会社を辞め地方に移住する。
そんな彼女が休暇を取って旅に出た。そして旅先の骨とう品が並ぶ店で、ひとつの小さな壺に興味を持った。
「お客さん。この壺にご興味があるようですね?この壺は、ある旧家の蔵に眠っていたもので立ち姿が美しい逸品です。こういった物は出会いです。一期一会です」
店主はそう言って壺を勧めたが、ただ安定感があるだけの古い飾壺だ。
その壺を彼女は見つめていた。
「いかがですか?お安くしておきますよ?」
そう言われて彼女はその壺を買った。
そして、彼女は家に帰ると壺の汚れを取るため布で擦った。その瞬間、私は煙と共に壺の中から外へ出た。すると彼女は悲鳴を上げた。そして壺から離れ「あなた誰よ!いったい何なのよ!」と言った。だから私は「ヤマモトモトヤです」と咄嗟に呪文のように答え、お辞儀をした。
すると彼女は少しだけ間を置いたが、壺の中から男が現れるという怪奇と呼べる事態に動じることなく「ええっと、ヤマモトさんね…..ところであなたどうして壺から出てきたの?」と言った。
私はそう言われても何故自分が壺の中に……こういった境遇におかれているのか分からなかった。だから彼女の質問に答えることが出来なかった。
すると彼女は「ま、いいわ」と言って会話はそれで終わった。
そして1週間が過ぎ、2週間が経った。
始めこそ質問する者と、それに答える者だったが、あまりにも私が彼女の質問に答えることが出来ないことが分かると、彼女は何も聞かなくなった。
そんな私は壺を擦られると壺から出ることができるが、また壺を擦られると壺に吸い込まれる。だから夜になると彼女は壺を擦って私を壺の中に戻す。
だが人がいないときに限り、勝手に壺から出ることができる。
だから彼女が部屋を出て仕事に向かうと壺から出たが、この部屋から外に出ることは出来なかった。
そんな私の役目は壺の持ち主に仕えることのようだ。
そして私は家事が得意らしく、することがないので部屋の掃除をして料理をした。ただ洗濯は止めて欲しいと言われた。
「ねえ、ヤマモトさん。今晩の御飯はなに?」
彼女は私と視線を合わせて訊いた。
「クリームシチューを作りました」
私がそう言うと、「わあ。シチューなのね!嬉しい!私の大好物よ!」と言って「一緒に食べましょうよ」と言った。
彼女はおいしい、おいしいと言って私が作った料理を口にしてくれる。
今の私はそれが嬉しかった。そして私たちは一緒に夕食を食べることが当たり前のようになった。
しかし、私は何故彼女が会社を辞めてこの街を去るのかが知りたかった。
だからある夜、私は彼女に訊いた。
「私が勤めている中堅どころの化学素材の会社が買収されることになったの。そこで起こったのが事業縮小。私のいる部署は派手な部署じゃなくて早期退職者を募ったの。だから応募したの」
会社を辞める理由は分かった。
だが何故東京から離れることにしたのか。
私が知る限り彼女は生まれも育ちも東京で地方で暮らしたことがない。
それなのに何故?
「東京を離れる理由?なんとなく......かな?」
彼女はそう言って小さく笑い、私はそれ以上聞かなかった。

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ふ**ん様
上から読んでも下から読んでも山本山!(≧▽≦)
そんなCMもありましたねえ。懐かしい~。
壺と言えばハクション大魔王!とアラジン。
呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪←合ってる?
懐かしいですよね~。
最終回。どうだったのか覚えていなくて調べて見たら、そうだったのか!(笑)でした。
そして、こちらのお話の結末はご覧の通りとなりましたが、軸はシリアスだったんです!
お返事が遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
上から読んでも下から読んでも山本山!(≧▽≦)
そんなCMもありましたねえ。懐かしい~。
壺と言えばハクション大魔王!とアラジン。
呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪←合ってる?
懐かしいですよね~。
最終回。どうだったのか覚えていなくて調べて見たら、そうだったのか!(笑)でした。
そして、こちらのお話の結末はご覧の通りとなりましたが、軸はシリアスだったんです!
お返事が遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
アカシア
2023.01.15 19:36 | 編集
