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2022
07.21

夏はドラマチック 7

王女であるつくしは、生きるために働くことはないが王室の唯一の後継者となったことから、こなさなければならない多くの公務を抱えていた。
昨日の午前中は慈善団体や教育関連団体の代表者との面会。
午後からは宮殿に迎えた外国からの賓客をもてなすため常に笑顔でいた。
そして夜は晩餐会だったが、それらの公務はこれまで何度も繰り返してきたこと。だから慣れていた。それに公務に対しては国民の幸せのためという信念をもって臨んでいる。だから苦ではなかった。だが最近側近の西田に結婚しろと執拗に言われウンザリしていた。
だからこそ、王女としての公務のないこの日が来るのを心待ちにしていた。
それはお気に入りの喫茶店でパフェを食べること。それが今のつくしにとってリフレッシュが出来る唯一の時間。疲れには甘い物というが、まさにその通りであり、長いスプーンですくい取る生クリームの甘さは脳に幸せを運んでくれる。だからもうすぐ運ばれてくるはずのパフェを心待ちにしているのだが、そんなつくしのテーブルの前にひとりの男が立った。

つくしは変装までとはいかないが、この店に来る時は黒いフレームの丸眼鏡をかけ外見の印象を変えていた。だからこれまで、つくしがこの国の王女だと気づかれることはなかった。それに王女がひとりで街中を……..厳密にはボディガードが近くにいるのだが、喫茶店で呑気にパフェを食べているなど誰が思うだろう。
けれど、もしかすると目の前に立った男性はつくしが誰であるか気が付いたのかもしれない。だから慎重に感情を押し殺した顏を上げ男性が口を開くのを待った。

「つくし王女」

つくしは名前を呼ばれ返事をすべきかどうか迷った。
それは、まやかしの微笑みを浮べ人違いだと言い切ることも出来るからだ。
だが男性はつくしが口を開く前に言った。

「俺の名前は道明寺司」

つくしは名前を名乗られ、その名前に心当たりがあるか思い出そうとした。
だが心当たりがない。それに記憶にない。

「覚えていなかもしれないが俺たちは過去に会っている」

過去に会っていると言われたが、やはりその名前に心当たりもなければ顏も見覚えがない。
だが王女であるつくしは非礼な態度を取ることは出来ない。だから相手が会っているという以上、何とか思い出そうとした。しかし思い出すことは出来なかった。

「会ったのは10年前だ」

「10年前?」

「ああ」

つくしは10年前と言われて、ますます思い出すことが出来なかった。
何しろ10年前からこれまで大勢の人間に会ってきた。それは言葉を交わした相手から、ただ挨拶を交わしただけの相手まで含まれる。だから余程強い印象を与えた人物でなければ覚えていない。

「ごめんなさい。申し訳ないのだけど覚えていないわ」



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