彼女が息子に雑誌を買いに行かせたのは、司とふたりきりの時間を作るためだと分かっている。
そして息子もそれを承知した様子なのは、「分かった。もしその雑誌が売店になかったら外の本屋に行ってくる。だからすぐには戻れないと思う」と言ってから司に目配せしたから。
だから司は病室のドアが閉まると言った。
「あいつ。俺がどれだけ心配したか分かって__」
「ごめんなさい。駿の態度は許してやって」
司の言葉を遮るように発せられた言葉は丁寧だ。
「あの子はただ場を和ませようとしただけ。だからあんなこと言ったの」
彼女はそう言ったが司は死に至る病だと思っていた。
だから軽い冗談だとしても息子が返した言葉に笑うことが出来なかった。
笑い返せない冗談だと思った。だが司には負い目がある。それは彼女のことを忘れたこと。
息子の存在を知らなかったこと。そのことがあるから司はそれ以上強く言えなかった。
それに突然現れた司が母と子が生きてきた世界を壊すことは出来ない。
ふたりにはふたりだけで生きてきた人生の歴史がある。大切に育ててきた暮らしというものがある。それを尊重しなければならないことは司にも分かっている。
だがきっと母と子は、いや母親になった彼女はもともと甘えたり甘えられたりすることが苦手。だから生きるのに一生懸命で息もつがずに走り続けたはずだ。脇目もふらず息子の母としての人生を生きてきたはずだ。だがこれからは母親としての人生だけを送らせるつもりはない。それは、これからは司が彼女にもだが息子にも係わっていくつもりでいるからだ。
その証拠に、気ままなひとり暮らしは記憶を取り戻した瞬間に止めた。深夜、寝るだけのために戻っていた邸は、これから彼女と息子の家になる。そして司は、そのことを彼女に伝えるつもりだ。それはこれから先の生涯を共に過ごして欲しいということを。
だが彼女はイエスと言ってくれるだろうか。だがもし言ってくれないのなら何度でも繰り返すだけだ。
そしてベッドの上の彼女は司を見つめているが、言葉を探しているのか。
それとも司が口を開くのを待っているのか。黙ったままだ。
だから司は言った。
「牧野。お前は俺がお前のことを忘れたことを怒っても怨んでもないと言ったが、それなら俺と一緒になってくれ。俺はお前のことを思い出した瞬間からお前を愛している。だから俺をお前の夫にしてくれ。俺を駿の父親にしてくれ。お前と駿に俺の苗字を名乗って欲しい。本当ならもっと昔に俺の人生はお前と共にあった。だが過去を振り返ったところで取り戻すことは出来ない。だからこれからのお前の一生を俺にくれ。俺が責任を持ってお前の一生を幸せにする。駿も….駿はもう大人だが駿には、これまで寂しい思いや不憫な思いを沢山させたはずだ。だからあの子のこれからの人生にも係わることを許して欲しい」
彼女は答えなかった。
だから司は彼女が口を開くのを待った。
すると暫くして、「あの子が、駿がアンタと係わることを望むなら、あたしは反対しない。反対できない。自分の父親とどう接するかは、あの子が自分で判断ですることだから。それに子供は親の持ち物じゃないもの」と言った。
そして少し置いて言葉を継いだ。
「でもアンタはいきなり来年二十歳になる子供の親になるけど、本当にそれでもいいの?」
司には迷いも躊躇いもない。
高校生だった頃に命を授けた息子の存在が恥ずかしいなどこれっぽっちも思いもしない。
「いいに決まってる。それにお前は手術を受ける前に言ったよな?もし自分に何かあった時は駿のことを頼むと。それに勝手なことを言っていると分かってはいるが言わせて欲しい。俺は幸せになりたい。そして俺の幸せはお前と駿が俺の傍にいることだ。だから周りが何を言おうと関係ない。誰にも俺たちのことに口を挟ませない。それに誰にも俺たちのことを邪魔する権利はない」
自分の人生をとやかく言われる年齢はとっくに過ぎた。
それに、彼女のことを思い出したことで二度目の人生が訪れたと思っている。
そして、これまで苦労をかけた彼女を幸せにしたい。
「俺は家族三人の生活を送りたい。ああ、分かってる。駿がこの街の大学に通ってることは。だから厳密にいえば三人が東京で一緒に暮らすことが無理だと分かっている。それでも俺たち三人は家族になるべきだ。だから牧野。俺と結婚してくれ」

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そして息子もそれを承知した様子なのは、「分かった。もしその雑誌が売店になかったら外の本屋に行ってくる。だからすぐには戻れないと思う」と言ってから司に目配せしたから。
だから司は病室のドアが閉まると言った。
「あいつ。俺がどれだけ心配したか分かって__」
「ごめんなさい。駿の態度は許してやって」
司の言葉を遮るように発せられた言葉は丁寧だ。
「あの子はただ場を和ませようとしただけ。だからあんなこと言ったの」
彼女はそう言ったが司は死に至る病だと思っていた。
だから軽い冗談だとしても息子が返した言葉に笑うことが出来なかった。
笑い返せない冗談だと思った。だが司には負い目がある。それは彼女のことを忘れたこと。
息子の存在を知らなかったこと。そのことがあるから司はそれ以上強く言えなかった。
それに突然現れた司が母と子が生きてきた世界を壊すことは出来ない。
ふたりにはふたりだけで生きてきた人生の歴史がある。大切に育ててきた暮らしというものがある。それを尊重しなければならないことは司にも分かっている。
だがきっと母と子は、いや母親になった彼女はもともと甘えたり甘えられたりすることが苦手。だから生きるのに一生懸命で息もつがずに走り続けたはずだ。脇目もふらず息子の母としての人生を生きてきたはずだ。だがこれからは母親としての人生だけを送らせるつもりはない。それは、これからは司が彼女にもだが息子にも係わっていくつもりでいるからだ。
その証拠に、気ままなひとり暮らしは記憶を取り戻した瞬間に止めた。深夜、寝るだけのために戻っていた邸は、これから彼女と息子の家になる。そして司は、そのことを彼女に伝えるつもりだ。それはこれから先の生涯を共に過ごして欲しいということを。
だが彼女はイエスと言ってくれるだろうか。だがもし言ってくれないのなら何度でも繰り返すだけだ。
そしてベッドの上の彼女は司を見つめているが、言葉を探しているのか。
それとも司が口を開くのを待っているのか。黙ったままだ。
だから司は言った。
「牧野。お前は俺がお前のことを忘れたことを怒っても怨んでもないと言ったが、それなら俺と一緒になってくれ。俺はお前のことを思い出した瞬間からお前を愛している。だから俺をお前の夫にしてくれ。俺を駿の父親にしてくれ。お前と駿に俺の苗字を名乗って欲しい。本当ならもっと昔に俺の人生はお前と共にあった。だが過去を振り返ったところで取り戻すことは出来ない。だからこれからのお前の一生を俺にくれ。俺が責任を持ってお前の一生を幸せにする。駿も….駿はもう大人だが駿には、これまで寂しい思いや不憫な思いを沢山させたはずだ。だからあの子のこれからの人生にも係わることを許して欲しい」
彼女は答えなかった。
だから司は彼女が口を開くのを待った。
すると暫くして、「あの子が、駿がアンタと係わることを望むなら、あたしは反対しない。反対できない。自分の父親とどう接するかは、あの子が自分で判断ですることだから。それに子供は親の持ち物じゃないもの」と言った。
そして少し置いて言葉を継いだ。
「でもアンタはいきなり来年二十歳になる子供の親になるけど、本当にそれでもいいの?」
司には迷いも躊躇いもない。
高校生だった頃に命を授けた息子の存在が恥ずかしいなどこれっぽっちも思いもしない。
「いいに決まってる。それにお前は手術を受ける前に言ったよな?もし自分に何かあった時は駿のことを頼むと。それに勝手なことを言っていると分かってはいるが言わせて欲しい。俺は幸せになりたい。そして俺の幸せはお前と駿が俺の傍にいることだ。だから周りが何を言おうと関係ない。誰にも俺たちのことに口を挟ませない。それに誰にも俺たちのことを邪魔する権利はない」
自分の人生をとやかく言われる年齢はとっくに過ぎた。
それに、彼女のことを思い出したことで二度目の人生が訪れたと思っている。
そして、これまで苦労をかけた彼女を幸せにしたい。
「俺は家族三人の生活を送りたい。ああ、分かってる。駿がこの街の大学に通ってることは。だから厳密にいえば三人が東京で一緒に暮らすことが無理だと分かっている。それでも俺たち三人は家族になるべきだ。だから牧野。俺と結婚してくれ」

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コメント
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s**p様
ついにプロポーズ。
早く三人で幸せに.....
あとはつくし次第デス!(笑)
コメント有難うございました^^
ついにプロポーズ。
早く三人で幸せに.....
あとはつくし次第デス!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2022.02.06 21:01 | 編集
