言葉がその人の人生を支え続けることがある。
苦難の日々も、その言葉があれば乗り越えることができると言うが、司が最愛の人に言った愛してる言葉は彼女を支え続けた。
それなのに、その言葉を口にした当の本人は不覚にも生涯に一度きりの恋を忘れてしまった。
だから心臓の手術をするという彼女のため、どんなことでもするつもりでいた。
だが医者から「ご安心下さい。手術は成功です。牧野さんの心臓はこの先も問題なく鼓動を刻み続けています」と言われると、司は神が自分の願いを聞き入れてくれたのだと思った。
だがしかし、胸を開いてみないと分からないと言っていた腫瘍は何だったのか。それに手術は成功したと言ったが今後、彼女の身体にかかる負担があるのではないか。それは薬を飲み続けなければならないのではないか。月に何度も通院する必要があるのではないかということ。
だから司は訊いたが医者の答えは思いもしないものだった。
「薬を飲み続けることはありません。それに通院したとしても始めの1年は3ヶ月に一度程度であり、その後は半年後。そして1年後といったところでしょう。そしてまた1年後。その後は必要ないでしょう」
白衣を着た男は、そこまで言うと言葉を切った。
そして怪訝な顏をした司に、こう告げた。
「それが…….牧野さんの心臓の近くにあった腫瘍は脂肪の塊だったのです」
「脂肪の塊?」
「はい。ただの脂肪の塊です。術前の検査ではそれが何であるか分かりませんでしたが、開いてみればそれは脂肪だったのです。いえですが勿論その塊を病理に回しました。それは詳しい検査をするためです。しかし恐らく……いえ、それは脂肪の塊以外にないと思われます」
「でも母さん。良かったね。母さんの心臓の近くにあったのが、ただの脂肪の塊で」
「ねえ本当に、ただの脂肪の塊なの?」
「うん。本当にただの脂肪の塊。だからもう何も心配はいらないよ」
「嘘じゃないのね?悪いものじゃなかったのね?」
「うん。大丈夫。嘘じゃない。本当だよ。母さんの胸にあったのは、ただの脂肪の塊だ。ね、父さん?」
「あ、ああ…」
司は息子の駿と一緒に麻酔から目覚めた彼女に会ったが、医者は、じきに普通の生活に戻れると言った。
「でも笑っちゃうよね。僕はてっきり良くない物だと思っていたけど、出てきたのはタラの白子みたいな脂肪の塊だってさ。母さん白子好きでよく買って来るけど、もしかして食べ好きた?」
駿は鱈(タラ)の白子は北海道では寒くなるとスーパーで当たり前のように販売されていて、真鱈(マダラ)の白子は高いがスケソウダラの白子は安く買えると言った。
そして母親が鍋にもだが味噌汁にも白子を入れることから食べ好きだと言って笑ったが、司は息子の言葉に笑うことは出来なかった。
すると駿は「やだな。父さんそんな顏して。ここは笑うところだよ」と言ったが、今の自分は一体どんな顏をしているのか。
「父さん?」
駿は何も言わない司に再び声をかけた。
だが司は返事をしなかった。
それは彼女が手術を受けている間、彼女が永遠に目が覚めない可能性を考えていたから。
彼女のことを忘れて過ごした人生を悔い己を責めていたから。それに彼女が居ない世の中なら生きていく意味はあるのかと考えていたから。
そして手術が無事終わったとしても、彼女が置かれるこの先のことを考えたとき、どうすれば彼女が幸せになれるか。いやどうすれば彼女を幸せにしてやれるか。そればかりを考えていた。
だから腫瘍がただの脂肪の塊だったからと言われても、息子が言ったように笑えなかった。
ほほ笑むことは出来なかった。
そんな司の口から出たのは「笑えねえ」
それは20年近い空白の時間を超えて再会した最愛の人にかける言葉ではないと分かっている。それでも再び司の口をついたのは「笑えるわけねえだろう……」
「道明寺…..」
「父さん…..」
母親と息子は呼び方は違っても声を揃えて司を呼んだ。
しかし司は黙って母親の方を見ていた。
すると母親は息子に言った。
「ねえ駿。悪いんだけど、売店で買ってきて欲しいものがあるの」
「母さん。何か食べたいものがあるの?」
「うんうん。違う。食べ物じゃないの。ええっと…….雑誌.....ガーデニングの雑誌を買ってきて欲しいの」
「ガーデニング?」
「そう。ほら。ポインセチアの育て方とかが載ってたガーデニングの雑誌よ。悪いんだけどあの雑誌を買ってきてくれない?」

にほんブログ村
苦難の日々も、その言葉があれば乗り越えることができると言うが、司が最愛の人に言った愛してる言葉は彼女を支え続けた。
それなのに、その言葉を口にした当の本人は不覚にも生涯に一度きりの恋を忘れてしまった。
だから心臓の手術をするという彼女のため、どんなことでもするつもりでいた。
だが医者から「ご安心下さい。手術は成功です。牧野さんの心臓はこの先も問題なく鼓動を刻み続けています」と言われると、司は神が自分の願いを聞き入れてくれたのだと思った。
だがしかし、胸を開いてみないと分からないと言っていた腫瘍は何だったのか。それに手術は成功したと言ったが今後、彼女の身体にかかる負担があるのではないか。それは薬を飲み続けなければならないのではないか。月に何度も通院する必要があるのではないかということ。
だから司は訊いたが医者の答えは思いもしないものだった。
「薬を飲み続けることはありません。それに通院したとしても始めの1年は3ヶ月に一度程度であり、その後は半年後。そして1年後といったところでしょう。そしてまた1年後。その後は必要ないでしょう」
白衣を着た男は、そこまで言うと言葉を切った。
そして怪訝な顏をした司に、こう告げた。
「それが…….牧野さんの心臓の近くにあった腫瘍は脂肪の塊だったのです」
「脂肪の塊?」
「はい。ただの脂肪の塊です。術前の検査ではそれが何であるか分かりませんでしたが、開いてみればそれは脂肪だったのです。いえですが勿論その塊を病理に回しました。それは詳しい検査をするためです。しかし恐らく……いえ、それは脂肪の塊以外にないと思われます」
「でも母さん。良かったね。母さんの心臓の近くにあったのが、ただの脂肪の塊で」
「ねえ本当に、ただの脂肪の塊なの?」
「うん。本当にただの脂肪の塊。だからもう何も心配はいらないよ」
「嘘じゃないのね?悪いものじゃなかったのね?」
「うん。大丈夫。嘘じゃない。本当だよ。母さんの胸にあったのは、ただの脂肪の塊だ。ね、父さん?」
「あ、ああ…」
司は息子の駿と一緒に麻酔から目覚めた彼女に会ったが、医者は、じきに普通の生活に戻れると言った。
「でも笑っちゃうよね。僕はてっきり良くない物だと思っていたけど、出てきたのはタラの白子みたいな脂肪の塊だってさ。母さん白子好きでよく買って来るけど、もしかして食べ好きた?」
駿は鱈(タラ)の白子は北海道では寒くなるとスーパーで当たり前のように販売されていて、真鱈(マダラ)の白子は高いがスケソウダラの白子は安く買えると言った。
そして母親が鍋にもだが味噌汁にも白子を入れることから食べ好きだと言って笑ったが、司は息子の言葉に笑うことは出来なかった。
すると駿は「やだな。父さんそんな顏して。ここは笑うところだよ」と言ったが、今の自分は一体どんな顏をしているのか。
「父さん?」
駿は何も言わない司に再び声をかけた。
だが司は返事をしなかった。
それは彼女が手術を受けている間、彼女が永遠に目が覚めない可能性を考えていたから。
彼女のことを忘れて過ごした人生を悔い己を責めていたから。それに彼女が居ない世の中なら生きていく意味はあるのかと考えていたから。
そして手術が無事終わったとしても、彼女が置かれるこの先のことを考えたとき、どうすれば彼女が幸せになれるか。いやどうすれば彼女を幸せにしてやれるか。そればかりを考えていた。
だから腫瘍がただの脂肪の塊だったからと言われても、息子が言ったように笑えなかった。
ほほ笑むことは出来なかった。
そんな司の口から出たのは「笑えねえ」
それは20年近い空白の時間を超えて再会した最愛の人にかける言葉ではないと分かっている。それでも再び司の口をついたのは「笑えるわけねえだろう……」
「道明寺…..」
「父さん…..」
母親と息子は呼び方は違っても声を揃えて司を呼んだ。
しかし司は黙って母親の方を見ていた。
すると母親は息子に言った。
「ねえ駿。悪いんだけど、売店で買ってきて欲しいものがあるの」
「母さん。何か食べたいものがあるの?」
「うんうん。違う。食べ物じゃないの。ええっと…….雑誌.....ガーデニングの雑誌を買ってきて欲しいの」
「ガーデニング?」
「そう。ほら。ポインセチアの育て方とかが載ってたガーデニングの雑誌よ。悪いんだけどあの雑誌を買ってきてくれない?」

にほんブログ村
スポンサーサイト
Comment:4
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ま**ん様
白子の食べ過ぎが原因か!(笑)
そんなことあるはずないですよねえ(笑)
さて。やっと司の記憶が戻ったのだから、親子3人の生活を!
ふたりの話し合いはどうなるのでしょうねえ。
ふたりは父と母という立場ですからねえ。
コメント有難うございました^^
白子の食べ過ぎが原因か!(笑)
そんなことあるはずないですよねえ(笑)
さて。やっと司の記憶が戻ったのだから、親子3人の生活を!
ふたりの話し合いはどうなるのでしょうねえ。
ふたりは父と母という立場ですからねえ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2022.01.24 21:50 | 編集

ふ**ん様
駿の白子ジョークに笑えねぇと言った司。
確かに笑えないですよね。
そして心臓に脂肪。これアカシアの身近な人に実際にありました。
開いてみるまで分からなくて、開いてみれば...脂肪だったんです。
白子!実はアカシアも得意ではありません(笑)
それなら書くなよ!と言われそうですね(;^ω^)
そしてアカシアもたらこが好きです。でも塩分とコレステロールが高い!
年を重ねた身体にはどちらも危険です。
本当におっしゃる通りで、何でもですが、年をとったら食べ過ぎに注意です。
毎年健康診断の結果をドキドキしながら待っています(^^;)
そして健診の前になると急に甘い物を控えるアカシアでした(笑)
コメント有難うございました^^
駿の白子ジョークに笑えねぇと言った司。
確かに笑えないですよね。
そして心臓に脂肪。これアカシアの身近な人に実際にありました。
開いてみるまで分からなくて、開いてみれば...脂肪だったんです。
白子!実はアカシアも得意ではありません(笑)
それなら書くなよ!と言われそうですね(;^ω^)
そしてアカシアもたらこが好きです。でも塩分とコレステロールが高い!
年を重ねた身体にはどちらも危険です。
本当におっしゃる通りで、何でもですが、年をとったら食べ過ぎに注意です。
毎年健康診断の結果をドキドキしながら待っています(^^;)
そして健診の前になると急に甘い物を控えるアカシアでした(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2022.01.24 22:19 | 編集
