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2021
12.26

花束に添えて 2

自分に子供がいる。
それも大学生の息子が。
司は暴漢に刺され記憶の一部を失っていると言われていた。
だが失われた記憶が何であるかは分からなかった。
ただ、時々夢の中にひとりの女性の姿を見ることがあった。
それは焼け付く陽射しの中で揺れる人影。
その人影が誰であるか認識したのは3日前。
そして姉の口から突然こぼれた言葉で、はじめて自分に子供がいることを知った。

「司。私もこの事実を知ったのは、つい最近よ。だけど今日まで言わなかったのは、記憶を取り戻していないアンタに言っても、他人事だといって耳を貸さないことが分かっていたからよ」

そう言われた司は確かにそうだと思った。
何しろ司は一度も結婚をしたことがない。
それに女を抱く時は細心の注意を払っていた。
だから血を分けた子供がいると言われても、何をバカなことをと一蹴しただろう。
だが今は一度も会ったことがない少年の影が頭をかすめた。
それは夢の中に現れた女性に似た姿。

「それからアンタの息子の名前は駿。牧野駿。分かるわよね?母親が誰か」

勿論だ。母親の名前は牧野つくし。
彼女は司の初恋の人。
高校生の頃、付き合っていたが、司が彼女のことを忘れたことで二人の仲は終わりを迎えた。
いや。司の方が一方的に彼女を棄てたと言っていい。
はじめは何も見えなかった恋。
だが付き合いを深めたふたりは、やがて未来を語るようになった。
愛を重ねはしたが注意していた。だから彼女が妊娠していたとは思いもしなかった。

「つくしちゃんはアンタがつくしちゃんのことを忘れたことで英徳を辞めて姿を消したの。
だから私は心配したわ。つくしちゃんを探したわ。だけど見つけることが出来なかった。
けれど何かあって姿を消したことは分かる。それでご両親に私で出来ることがあれば手助けしたいから、つくしちゃんの居場所を教えて欲しいと言ったの。でもご両親は、娘は親戚の元で元気に暮らしている。だから心配しないで欲しい。それから娘のことは探さないで欲しいと言ったの。だからそう言われた以上、私もそれ以上探すことはしなかった」

彼女の両親は娘が妊娠していることを知り驚いたはずだ。
そしてどうすればいいか考えた末、産むことを決めた娘を好奇の目から守るため、彼女に関心を払わない土地に転居させたのだろう。

「司。この子がアンタの息子よ」

姉はそう言うと、男の子が写った写真を司に渡した。
それは司が初めて見る我が子の姿。
ひと目見て彼女が産んだ子だと分かる面影があった。
だが切れ長の目は姉と自分に似ている。
それに癖のある髪の毛は自分と同じ。
道明寺家の人間は皆、背が高いが、どうやら我が子もそのようで、司と息子を結ぶ糸は確かにそこにあった。

「来年二十歳を迎えるそうよ。それからここがつくしちゃんのいる場所」

司は渡された紙に目を落とした後、顏を上げると姉に訊いた。

「姉貴…….ここは?」

「つくしちゃん、入院しているの」



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