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2021
12.06

記念日 最終話

Category: 記念日(完)
「おばあ様とおじい様の馴れ初めって、おばあ様のアプローチから始まったのね」

「ええ。そう。おじい様と顏を合わせたのはこの部屋。仕組まれたお見合いだったけれど、今のあなたと同じ年で大学生だったわたくしが、おじい様にひとめ惚れしたの。そして出会ったその日に結婚を前提とした話をしたわ」

孫の澪を前にした楓はそう言うとアルバムを捲った。

「それから昔のおじい様はキザだったわ」

「キザ?」

「ええ、そう。あなたのお父さんの司も、おじい様の骨格を受け継いでいてスーツがよく似合うわ。でもね。司と同じくらい背が高かったおじい様も欧米人と同じスーツの似合う稀有な日本人男性だったわ。それからこれは初めてふたりでニューヨークに行ったときの写真よ」

アルバムの中の男性は三つ揃いのスーツに中折れ帽を姿で若い楓の隣に立っていた。
そしてアルバムを捲るたびに思い出される情景。
楓は懐かしそうに昔の写真を見ていた。

二人は楓が大学を卒業するのを待って結婚した。そして楓は子供が出来るまで夫と共に海外を飛び回った。だが楓は妻という符号を首からぶら下げ、夫の後ろを歩くだけの人間にはなりたくなかった。だから夫のビジネスを支えることを決めると経済について勉強を始めた。夫の側近から経営や財務状況を学ぶことは勿論、講師を呼びビジネスの専門知識を学ぶと、道明寺に入社した。
そして暫くして道明寺家の跡取りである道明寺慶の妻として最も重要な役割を果たした。
それは子供を産むこと。華族の家に生まれた楓は代々続く家に嫁ぐ意味を知っている。
だから妊娠が分かった時は嬉しかったと同時にホッとした。

長女の椿が生まれた頃は暫く家にいた。だが長男の司が生まれて後、楓は早々に仕事に戻った。本当はもう少し息子の傍に居たかった。けれどビジネスは待ってくれない。
それは楓が道明寺家のビジネスに係わるようになり、能力が認められると、彼女を必要とする場面が増えたから。だから日本を離れることが増えた。
だが、帰国するたびに息子の成長した姿を心に刻んだ。

しかし、子供の成長は早い。
娘はあっと言う間に中等部に入学し、つい数年前まで、あどけない顏をしていた息子は初等部に入学した。
娘の椿は聡明だと言われ、周りの人間の手を煩わせることはなかった。
だが息子の司は____親の言葉に耳を塞ぐ時代は誰にでもあるとはいえ、手の付けられない少年になった。


やがて高等部に進んだ息子の前にひとりの少女が現れた。
そして息子はその少女に夢中になったが、どこにでもいる外見の少女の家庭は裕福ではなかった。
楓はその少女が気に入らなかった。
だから楓は息子と少女を引き離そうと画策をした。
だが少女は楓に刃向かった。人の心は金では買えないと言った。

楓は道明寺の将来を考えたとき、少女の存在が道明寺のためになるとは思えなかった。
しかし、あの当時病を患っていた夫は言った。

「幸い私は好きな女性と一緒になれたお蔭でここまで来ることが出来た。
だから司の人生にもそういった女性が必要だ。それに今は自由恋愛は貧乏人のすることだと言う時代ではない。政略結婚で名ばかりの夫婦でいるよりも、言いたいことを言い合える相手の方がいい。それに私は彼女に無限の可能性を感じている。私達の人生に則している女性よりも彼女のような女性の方が司には適しているように思える。苦労を苦労とも思わず前向きに生きてきた彼女は、この先何があっても司を支えてくれるはずだ」

楓は夫の言葉を信じることにした。
だから二人に条件を出した。
息子にはアメリカの大学を卒業すること。
そして道明寺の跡継ぎとして楓の下で学ぶように言った。
少女には息子と結婚するなら、道明寺家に相応しい人間になりなさいと言った。
するとふたりは楓の出した条件に従った。

結婚したふたりの間にはふたりの男の子とひとりの女の子がいる。
今、楓と一緒に古いアルバムを見ているのは女の子だが、その風貌は楓に似ていると言われていた。

「ねえ、それでおじい様は『では今から始めようか』って言ったのよね?」

孫の澪は祖母の楓が初めて話す夫との出会いに興味津々だ。

「ええ。そうよ」

楓は、あの日の事を昨日のことのように覚えていた。

「それで?何を始めたの?」

あの日。夫はあなたに恋をしたと言った楓を「今から始めよう」と言って引き寄せると車まで連れて行った。
そして、向かった先は思いもしない場所。

「あのここは……..?」

楓が怪訝な顏を向けると「空腹は身体に良くない」と言った。
恥ずかしいことだが、長い廊下で男の後を歩いているときお腹が鳴ったのだ。
だがまさか、前を歩く男の耳にその音が届いていたとは思いもしなかった。

息子の司は鍋が好きだというが、楓の夫の好物はすき焼きだ。
だから夫は楓を連れ、すき焼き店を訪れたが、店に入る前に「君はすき焼きが嫌いか?」と訊いた。
楓は好きだと答えた。すると「そうか。君と私の間には少なくともひとつは共通点があるようだ」と言って笑ったが、他にも共通点があることが分かった。
それはデザートとして出された和菓子。ふたりとも、きな粉の上に黒蜜がかけられた、わらび餅が好きだということが分かった。



「それにしても今から始めようって言って食事に連れて行くなんて、おじい様って面白いわね!」
澪はそう言って笑い、「だから今日はすき焼きなのね!」と言った。
その時、部屋の扉が開いた。

「楓。仕度は出来たのか?」

「ええ。出来ていますわ」

「それならそろそろ行こう。澪。行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。おじい様。おばあ様。記念日楽しんで来てね!」


誰にでもある記念日。
それは思い出の詰まった日。
今日はふたりが出会った日。つまり夫婦の記念日だ。
だから楓は、あの頃のふたりの姿が収められたアルバムを携え、思い出のすき焼き店に行く。
そして、ふたりでアルバムを捲りながらあの頃のことを話す。
それが、ここ数年のこの日の過ごし方だ。

「奥さん。どうぞ」

楓は夫が差し出した腕を見た。
銀色の髪にこげ茶色のツイードのジャケットを着た夫は知的な紳士だ。
楓はその人と一緒に人生を歩んできた。
そして、これからも一緒に歩んで行く。
だから楓は「ええ」と言って差し出された腕に腕を絡めたが、夫の腕はあの頃と同じで力強かった。





< 完 > *記念日*
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コメント
s**p様
楓さんのお話でしたが、最後のすき焼きに全てを持っていかれた!(≧▽≦)
それにしても楓の結婚は、楓からのアプローチだったとは!
鉄の女。流石です!
アカシアdot 2021.12.12 21:01 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2021.12.14 23:53 | 編集
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