「これは…..」
男性はその箱に見覚えがあるようだ。
手に取ると懐かしそうに眺めてから楓に視線を向けた。
「楓さん。あなたはおじい様から、この箱を元の持ち主届けるように言われたそうですが、理由は教えられましたか?それから中を見ましたか?」
「いいえ。祖父は何も言いませんでした。それに祖父から直接言われたのではなく、執事から言われたのです。それに中は見ていません」
箱の中が何であるか興味はあった。
好奇心から開けて中を見たいという気になった。
だが、預かった以上、勝手に中を見ることはしなかった。
「そうですか。中を見ていない。それにおじい様はこの箱について何もおっしゃらなかった….」
「はい。執事から届け先の住所が書かれた紙を渡されただけで祖父からは何も。
ですからこちらにお伺いするまで誰に届けるのか私は知らなかったのです。
でも突然訪ねてきた私を、あなたがこうして快く迎え入れてくれたのは、祖父が私のことを話しているからだと思いました。つまりあなたと祖父の関係は友人かなにかではないかと思いました。でも思ったのです。友人なら祖父は私に託るのではなく直接あなたに箱を届けているはずだと」
楓は、そこまで言うと言葉を切った。
「楓さん。失礼ですがあなたは今お幾つですか?」
「二十歳になりました。女子大に通っています」
「そうですか。二十歳ですか」
道明寺亘は微かな笑みを浮べると、「二十歳と言えば大人だ。それにこうして話をしていて分かりましたが、あなたは聡明なお嬢さんだ。だからあなたに私の小さな思い出を話しましょう」と言った。
そして、「楓さん。あなたがお持ちになられた箱の中身は、私が敦子さんのためにパリの宝石商に作らせたものが入っています」と言って箱を開けた。
すると中からブローチが出てきたが、男性の手のひらに乗せられた小さな鳥は、ブルーやイエローのサファイアを身にまとっていた。
男性の小さな思い出というのは、楓の祖母敦子が今の楓と同じ二十歳の頃の話。
道明寺亘と楓の祖母敦子は許嫁関係にあった。
結婚が決まっていた。
そして道明寺亘は楓の祖父とは友人関係にあった。
だから道明寺亘は友人である祖父に許嫁である敦子を紹介した。
三人で会うことも度々あったと言う。
すると、ふたりは____祖父と敦子は恋におちた。
静かな声で淀みなく語られる祖父母と道明寺亘の関係。
楓は初めて訊く話に驚いた眼で男性を見た。
楓の知る祖母敦子は穏やかで優しい女性だった。そんな祖母の敦子が祖父と結婚したということは、祖母は婚約者だった道明寺亘を裏切ったということになるが、祖母はそういったことをする人間には思えなかった。だが、男性の話が本当にそうなら祖母には意外な過去があったということになる。と、なると祖父と道明寺亘の友人関係は終わりを迎えたのではないか。交友を絶ったのではないか。それに両家の間に不和が生じたのではないか。
だが楓の家と道明寺家の関係が悪いといった話は、これまで聞えてこなかった。
しかしそれは楓が知らないだけなのかもしれない。
何しろビジネスの世界は魑魅魍魎がうごめく世界だ。そんな世界の住人たちは世間に見せる顏とは別の顏を持つと言われている。だから楓が知らない世界があっても不思議ではない。
それにしても何故祖父は亡くなった妻の持ち物の中から、かつての婚約者から贈られたブローチを元の持ち主である道明寺亘に返すことにしたのか。
長い年月を経た今、亡き妻の持ち物をわざわざ返す必要があるとは思えないが、ふたりの男の間には楓が知らない何かがあるのかもしれなかった。

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男性はその箱に見覚えがあるようだ。
手に取ると懐かしそうに眺めてから楓に視線を向けた。
「楓さん。あなたはおじい様から、この箱を元の持ち主届けるように言われたそうですが、理由は教えられましたか?それから中を見ましたか?」
「いいえ。祖父は何も言いませんでした。それに祖父から直接言われたのではなく、執事から言われたのです。それに中は見ていません」
箱の中が何であるか興味はあった。
好奇心から開けて中を見たいという気になった。
だが、預かった以上、勝手に中を見ることはしなかった。
「そうですか。中を見ていない。それにおじい様はこの箱について何もおっしゃらなかった….」
「はい。執事から届け先の住所が書かれた紙を渡されただけで祖父からは何も。
ですからこちらにお伺いするまで誰に届けるのか私は知らなかったのです。
でも突然訪ねてきた私を、あなたがこうして快く迎え入れてくれたのは、祖父が私のことを話しているからだと思いました。つまりあなたと祖父の関係は友人かなにかではないかと思いました。でも思ったのです。友人なら祖父は私に託るのではなく直接あなたに箱を届けているはずだと」
楓は、そこまで言うと言葉を切った。
「楓さん。失礼ですがあなたは今お幾つですか?」
「二十歳になりました。女子大に通っています」
「そうですか。二十歳ですか」
道明寺亘は微かな笑みを浮べると、「二十歳と言えば大人だ。それにこうして話をしていて分かりましたが、あなたは聡明なお嬢さんだ。だからあなたに私の小さな思い出を話しましょう」と言った。
そして、「楓さん。あなたがお持ちになられた箱の中身は、私が敦子さんのためにパリの宝石商に作らせたものが入っています」と言って箱を開けた。
すると中からブローチが出てきたが、男性の手のひらに乗せられた小さな鳥は、ブルーやイエローのサファイアを身にまとっていた。
男性の小さな思い出というのは、楓の祖母敦子が今の楓と同じ二十歳の頃の話。
道明寺亘と楓の祖母敦子は許嫁関係にあった。
結婚が決まっていた。
そして道明寺亘は楓の祖父とは友人関係にあった。
だから道明寺亘は友人である祖父に許嫁である敦子を紹介した。
三人で会うことも度々あったと言う。
すると、ふたりは____祖父と敦子は恋におちた。
静かな声で淀みなく語られる祖父母と道明寺亘の関係。
楓は初めて訊く話に驚いた眼で男性を見た。
楓の知る祖母敦子は穏やかで優しい女性だった。そんな祖母の敦子が祖父と結婚したということは、祖母は婚約者だった道明寺亘を裏切ったということになるが、祖母はそういったことをする人間には思えなかった。だが、男性の話が本当にそうなら祖母には意外な過去があったということになる。と、なると祖父と道明寺亘の友人関係は終わりを迎えたのではないか。交友を絶ったのではないか。それに両家の間に不和が生じたのではないか。
だが楓の家と道明寺家の関係が悪いといった話は、これまで聞えてこなかった。
しかしそれは楓が知らないだけなのかもしれない。
何しろビジネスの世界は魑魅魍魎がうごめく世界だ。そんな世界の住人たちは世間に見せる顏とは別の顏を持つと言われている。だから楓が知らない世界があっても不思議ではない。
それにしても何故祖父は亡くなった妻の持ち物の中から、かつての婚約者から贈られたブローチを元の持ち主である道明寺亘に返すことにしたのか。
長い年月を経た今、亡き妻の持ち物をわざわざ返す必要があるとは思えないが、ふたりの男の間には楓が知らない何かがあるのかもしれなかった。

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