「つくしさんですか?今日はお休みなんですよ」
司は久し振りに彼女に会えると思っていた。
前回この店を訪れた後、ニューヨークで問題が起きて日本を離れることが多くなり、その時間も長くなった。
そして2ヶ月ぶりに帰国した司は店を訪れたが、いつもカウンターの中にいるはずの彼女がいないことに落胆した。
そんな司にアルバイトの女の子は言った。
「社長さん」
司は、その呼びかけに、まだ社長ではないが、いずれそうなることが決まっている自分が何者か知られてしまったのかと思った。
「やだ、社長さんって言われて驚きました?私ニックネームを付ける癖があるんです。
だからお客さんには社長さんってニックネームを付けさせてもらいました」
自分が何者か知られてしまっているという思いは杞憂だった。
だが、どうして司に社長というニックネームを付けたのか興味があった。
だから訊いた。
「社長さんか…..でもどうして私が社長さんなんだ?」
すると女の子は内緒話をするように言った。
「実は私、お店の近くで社長さんが高級外車から降りて来るところを見たんです。
それも運転手付きの大きな黒い車。それに黒いスーツを着たボディガードのような人も一緒にいて…….だけど社長さんはいつものようにスーツじゃなくて。だから社長さんは起業家とか青年実業家って呼ばれる人なんじゃないかって思ったんです。だってそういった人たちってスーツ着てないことが多いでしょ?つまり社長さんは青年実業家の社長さんってことかな?私の見立て。当たってませんか?」
まさか自分の姿を見られていたとは思わなかったが、その状況に心当たりがあった。
いつもは店から遠く離れた場所で車を降りるのだが、その日は激しく雨が降っていた。
だから運転手が気を利かせて店に近い場所で車を止めた。
司は女の子が見立てた青年実業家とは違うが、それでも立場はそれに近い。
そして司は自分が何者であるかを知られたくはなかった。
「ああ、あの日のことか。あの日は友人の車でここまで送ってもらった。友人は会社を経営しているから、ああいった車に乗っている。だから社長は友人で私はただの会社員だ」
「なあんだ。そうなんですね。社長さんって普通の人だったんですね?でも良かった。
もしかするとヤバイ職業の人かもしれないって考えたこともあるんですよ?
だって運転手付きの黒い高級外車にボディガード風の男でしょ?つまり社長さんじゃなくて組長さんとか…..でも組長さんにしては若いし、なんとなくそんな雰囲気じゃないし、だから社長さんって呼ぶことにしたんですけど、私凄く興味を持っちゃいました。
だって社長さんってどこか謎めいてるし。でもつくしさんに言われたんです。ここに来るお客さんはくつろぎに来てるの。だから、お客さんのことを詮索しちゃダメだって。いくら常連さんでも自分から話さないことを訊いてはダメだって。でも少し前だけど、つくしさんと社長さん来ないですねって話していたんですよ。それにつくしさん。社長さんはもしかして病気じゃないかって心配していたんですよ」
これまで司が立場のある人物だと知った人間たちは、誰もが司に興味を抱いたが、どうやらアルバイトの女の子もそのようだ。だが司がただの会社員だと訊くと興味を失ったようだ。
そして女の子と雇い主である彼女は司のことを語り合っていたようだが、女の子が見た光景に彼女は何を思ったのか。だが彼女が司に何かを訊くことはなかった。
これまでは、何も訊かない彼女の態度が好ましかった。
だが彼女が何も訊かなかったのは、単に司に興味がないからだとすれば、それを喜ばしいとは言えなかった。けれど、女の子の話から彼女が顏を見せない司のことを心配していたことを知り嬉しいという気持が湧き上がった。
そして彼女が休んでいる理由が気になった。
もし病気なら見舞いたいという思いがあった。
「それで牧野さんはどこか具合でも悪いのか?」
司は、あっけらかんとした表情をしているアルバイトの女の子に訊いた。
「え?つくしさんは元気ですよ。お休みしているのは病気だからじゃありません。実はつくしさん今日お見合いなんですよ。伯母様、つまりここのオーナーの方ですけど、その方の紹介でお見合いすることになったんです」

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司は久し振りに彼女に会えると思っていた。
前回この店を訪れた後、ニューヨークで問題が起きて日本を離れることが多くなり、その時間も長くなった。
そして2ヶ月ぶりに帰国した司は店を訪れたが、いつもカウンターの中にいるはずの彼女がいないことに落胆した。
そんな司にアルバイトの女の子は言った。
「社長さん」
司は、その呼びかけに、まだ社長ではないが、いずれそうなることが決まっている自分が何者か知られてしまったのかと思った。
「やだ、社長さんって言われて驚きました?私ニックネームを付ける癖があるんです。
だからお客さんには社長さんってニックネームを付けさせてもらいました」
自分が何者か知られてしまっているという思いは杞憂だった。
だが、どうして司に社長というニックネームを付けたのか興味があった。
だから訊いた。
「社長さんか…..でもどうして私が社長さんなんだ?」
すると女の子は内緒話をするように言った。
「実は私、お店の近くで社長さんが高級外車から降りて来るところを見たんです。
それも運転手付きの大きな黒い車。それに黒いスーツを着たボディガードのような人も一緒にいて…….だけど社長さんはいつものようにスーツじゃなくて。だから社長さんは起業家とか青年実業家って呼ばれる人なんじゃないかって思ったんです。だってそういった人たちってスーツ着てないことが多いでしょ?つまり社長さんは青年実業家の社長さんってことかな?私の見立て。当たってませんか?」
まさか自分の姿を見られていたとは思わなかったが、その状況に心当たりがあった。
いつもは店から遠く離れた場所で車を降りるのだが、その日は激しく雨が降っていた。
だから運転手が気を利かせて店に近い場所で車を止めた。
司は女の子が見立てた青年実業家とは違うが、それでも立場はそれに近い。
そして司は自分が何者であるかを知られたくはなかった。
「ああ、あの日のことか。あの日は友人の車でここまで送ってもらった。友人は会社を経営しているから、ああいった車に乗っている。だから社長は友人で私はただの会社員だ」
「なあんだ。そうなんですね。社長さんって普通の人だったんですね?でも良かった。
もしかするとヤバイ職業の人かもしれないって考えたこともあるんですよ?
だって運転手付きの黒い高級外車にボディガード風の男でしょ?つまり社長さんじゃなくて組長さんとか…..でも組長さんにしては若いし、なんとなくそんな雰囲気じゃないし、だから社長さんって呼ぶことにしたんですけど、私凄く興味を持っちゃいました。
だって社長さんってどこか謎めいてるし。でもつくしさんに言われたんです。ここに来るお客さんはくつろぎに来てるの。だから、お客さんのことを詮索しちゃダメだって。いくら常連さんでも自分から話さないことを訊いてはダメだって。でも少し前だけど、つくしさんと社長さん来ないですねって話していたんですよ。それにつくしさん。社長さんはもしかして病気じゃないかって心配していたんですよ」
これまで司が立場のある人物だと知った人間たちは、誰もが司に興味を抱いたが、どうやらアルバイトの女の子もそのようだ。だが司がただの会社員だと訊くと興味を失ったようだ。
そして女の子と雇い主である彼女は司のことを語り合っていたようだが、女の子が見た光景に彼女は何を思ったのか。だが彼女が司に何かを訊くことはなかった。
これまでは、何も訊かない彼女の態度が好ましかった。
だが彼女が何も訊かなかったのは、単に司に興味がないからだとすれば、それを喜ばしいとは言えなかった。けれど、女の子の話から彼女が顏を見せない司のことを心配していたことを知り嬉しいという気持が湧き上がった。
そして彼女が休んでいる理由が気になった。
もし病気なら見舞いたいという思いがあった。
「それで牧野さんはどこか具合でも悪いのか?」
司は、あっけらかんとした表情をしているアルバイトの女の子に訊いた。
「え?つくしさんは元気ですよ。お休みしているのは病気だからじゃありません。実はつくしさん今日お見合いなんですよ。伯母様、つまりここのオーナーの方ですけど、その方の紹介でお見合いすることになったんです」

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Comment:1
コメント
H*様
今晩は。お久しぶりです(^^)お元気ですか?
こちらのお話を楽しんでいただけて嬉しです。
そして、いつもお読みいただきありがとうございますm(__)m
今晩は。お久しぶりです(^^)お元気ですか?
こちらのお話を楽しんでいただけて嬉しです。
そして、いつもお読みいただきありがとうございますm(__)m
アカシア
2021.05.08 23:39 | 編集
