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2021
04.12

最愛 1

Category: 最愛(完)
「お父さんどこ?ねえ、お父さん!」

司は自分を呼ぶ声に「ここだ!ここにいる!」と言って声を上げた。
すると、バタバタと走る足音が聞え部屋の扉が開いた。
そして「ただいま!お父さん!」と言う声と共に自分に向かって走って来た我が子を受け止めた。

「お帰り。暁子」

「ただいま。お父さん」

司にしがみついた娘は父親の匂いを吸い込むと、「お父さんの匂いって子供の頃からずっと変わらない。私ね、ゆりかごの中でもこの匂いを感じていたと思う。だからこうしてお父さんの匂いを嗅ぐと凄く安心する」と優しい声で言った。

そして司から離れた娘は長い黒髪をサッと肩の後ろへ払うと、「それにしても今日は日曜だっていうのに仕事してるんだから、お父さんって本当に仕事の虫ね」と言って笑い、「やっぱり日本の春はいいわよね。もう桜の花は散りかけてるけど街がピンク色に染まる景色はパリじゃ見れないもの」と言った。

22歳の娘は高校を卒業するとパリの大学へ進学した。
それは本人の希望であり、父親の司も留学したいという娘の意志を尊重してそれを認めた。
そして、今年大学を卒業する娘は日本に戻って働くことが決まっているが、就職先は司が経営する会社だ。

娘は高校生の頃から道明寺で働きたいと言っていた。
それは兄ふたりと同じ道を歩みたいという意思の表れだが、10歳上と6歳上の兄たちは、ふたりとも司の会社で働いていた。
だが親のコネで入社することは嫌だと言った。ちゃんと試験を受ける。その結果を見て入社を許すかどうかを決めて欲しいと言った。そして娘は母親の旧姓で入社試験に臨むことを希望した。そうしなければ、司の娘だとすぐに分かってしまうからだ。だから司は、そのことを秘書に伝えた。すると秘書は娘が身分を隠して入社試験を受ける手筈を整えた。
だから採用を担当した人間は暁子が司の娘だとは知らない。

「ねえお父さん。初めてお給料を貰ったらお父さんに何か買って贈るからね」

「無理しなくていいぞ。それより自分のために貯金した方がいい」

司は娘には甘いと言われているが、娘の母親から金銭感覚がおかしくなるようなことはしないでと言われていた。
だから娘には毎月決まった小遣い以外を与えることはなかった。
そして、幼い頃の娘は母親の言いつけを守り小遣い帳なるものをつけていた。
だが司は、「お母さんには内緒だぞ」と言ってこっそりと小遣いを渡したことがあった。

「大丈夫よ。お父さんに贈り物をすることをお母さんは反対しないはずよ」

「そうか?それなら楽しみにしよう。だが結婚資金も自分で貯めるんだろ?それなら無駄使いはしない方がいいんじゃないか?」

「その点なら心配しないで。だって私、玉の輿に乗るんだから」

と言って娘は笑ったが、それは明らかに冗談だ。
何しろ暁子は司の娘だ。その娘が玉の輿に乗るとすれば、相手は余程の金持ちということになるが、まずそんな相手はいない。だから娘と結婚する男の方が玉の輿に乗ることになる。

そして今回の帰国は、『これから帰るから』と、まるで近くの店に買い物に出かけたような気楽さで告げられたが、司は娘の帰国が嬉しかった。




こちらのお話は短編です。
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