FC2ブログ
2021
03.25

Transit 最終話

Category: Transit(完)
私は他人の秘密を覗き見ているような気持になりながら、ふたりが見つめ合っている姿を見ていた。
男性が笑うと女性も笑うが、女性が嬉しいと男性も嬉しいようだ。
今ふたりは記憶の糸を引き寄せ、共に過ごした過去を思い出していた。
それにしても何故女性は私にここに居て欲しいと言ったのだろう。それに何故このふたりは私の前でこんな話をしたのだろう。いくら誰かに訊いて欲しかったとしても、赤の他人に自分達のプライバシーを赤裸々に語ることはいいとは言えないはずだ。
それに男性が会社を経営する立場にいるなら尚更のこと自分のプライバシーには気を遣うはずだが、ふたりは気にしていなかった。

「ねえ。あなたは恋人がいるの?」

「え?」

それは聞き役だった私に向けられた問い掛け。
まさかついさっきまでレポーターよろしく訊いていた自分が、今度は訊かれる立場になるとは思いもしなかった。

「あなたは古本の間に挟まれて使われなかった切符の行先が気になってここに来たと言ったわね?それに広告のデザインの仕事をしているあなたは気分転換が必要だったと言った。でも本当はそれだけじゃない。違う?」

私に向けられているのはふたりの人間の視線。
ひとりは私と同じ年頃の女性。
そしてもうひとりは彼女よりひとつ年上の男性。
そんなふたりの視線は優しく問い掛けていた。

そうだ。本当はそれだけではない。
まず私に恋人がいるかについてだが2ヶ月前にはいた。
相手は私が広告のデザインを手掛けている老舗醤油会社で広告を担当している同じ年齢の男。5年付き合った。
その男は私がデザインした広告が個性的過ぎるから色を抑えろと言った。
そしてその男はその会社の一人息子。会社は老舗という名に相応しく長い歴史を持つが、今では醤油だけではなく和風醸造調味料の販売に力を入れている一部上場の大手企業で、男はいずれ社長になると言われていた。

「恋人はいました。でも2ヶ月前に別れたんです」

「そう…..何が原因なの?」

「考え方が古いんです。分からず屋なんです」

「考え方が古い?分からず屋?」

「ええ。その人。私が仕事を続けることが嫌なんです。私、その人から結婚して欲しいって言われたんです。でも結婚したら仕事は辞めて欲しいって言ったんです。だけど私は仕事が好きなんです。だから辞めたくないんです。それに結婚したら奥さんは家庭に入れだなんて時代遅れ過ぎて言葉が出ませんでした」

私は男からマンションの部屋の鍵を渡されていた。だがその鍵は別れを決めた日に宅配便で送った。それにしても恋人があそこまで頭の古い男だとは思いもしなかったが、あの時のことを思い浮べると今でも頭に来る。

「そう……..結婚したら仕事を辞めて家庭に入って欲しいって言われたのね?でもあなたはそれが嫌だった」

「はい。だからその人と別れたんです」

「話し合いはしなかったの?」

「しませんでした。だって価値観が違い過ぎます。だから話し合いをしても解決できないと思ったんです」

「でも5年付き合った彼でしょ?何か理由があるから仕事を辞めて家庭に入って欲しいって言ったんじゃない?だから少し話し合えば?」

女性はそう言って話し合いをすることを提案した。
だが男性はそうは言わなかった。

「俺は別れて良かったと思う。好きな女に好きなことをさせない男は度量が狭い。そんな男とは別れた方が正解だ。なにしろ人生は長いようで短い。この先また別の誰かと出会う事を考えた方がいい。それに地球は自分のために回っていると考えるような男とは別れた方がいい」

その言葉に私は笑いそうになった。
それはこの男性こそ、地球は自分の周りを回っていると考えるタイプに見えるからだ。
だが、男性はそうではなかった。すぐ傍で訊いていた男性の好きな人を大切に思う気持は別れた恋人とは比べものにならない。
しかし女性は「そう?」と疑問を呈した。
だが男性は女性の言葉を否定した。

「ああ。そんな男は捨てて正解だ」

「あのねえ。アンタは捨てて正解だなんて簡単に言うけど妥協点を見つけることも必要だと思うけど?一歩でもいいから立ち止まって考えることも必要だと思うわ」

と、言ったところで女性は言葉を途切らせた。
そしてふたりとも私の顏をじっと見ると、女性が口を開いて、「ねえ。他人の足りないものはよく見えるけど、自分の足りないものは見えないって言うわ。それにあなたはまだその人のことを気にしているんじゃない?私にはそう思えるの」と言うと微笑んだが、次の瞬間、私の目の前は白くなった。
そして訊こえて来たのは女性の声だ。

「杏子!聞こえる?杏子?ねえ分かる?しっかりして!」

その声はやけに大きく頭に響いた。

「杏子!ねえお願い目を開けて」

だから私は目を開けた。
するとそこにいるのは母親で心配そうに私を見ていた。

「良かった!もう目が覚めないんじゃないかと思ったわ」

私は、ぼんやりとし頭で母親の顏を見ていた。
そんな私に母親は躊躇ないながら訊いた。

「ねえ。杏子。私が誰だか分かる?」

「分かるわよ。お母さんでしょ?」

「ああ、良かった。そんな顏してるから私のことを忘れたのかと思ったじゃない」

と母親は言ったが私は今のこの状況が呑み込めずにいた。
だが、白い壁に囲まれたここが病院であることに気付いた。
しかし何故自分がここにいるのか分からなかった。
だから、「お母さん、私?」と不思議そうに訊いた。
すると母親はそんな私に状況を説明した。

「直哉さんから連絡があったの。あなたが階段から落ちて意識を失って目を覚まさないって。だからお母さんもお父さんもすぐに帰国したのよ。私たちは今朝アメリカから着いたばかりなの。あ、お父さんは今先生の話を訊きに行ってるわ。
それから私たちが帰ってくるまであなたの傍にいたのは直哉さんよ。会社を休んでずっと傍に居て下さったの。ついさっき会社から呼び出されて会社に行ったけど、あなたたち喧嘩をしたそうね?直哉さん、そのせいであなたが階段を踏み外したと思っているのよ?だから自分のせいだって自分を責めていたわ。それにしても、どんな喧嘩をしたのか知らないけれどあなたはパパに似て…..つまりあなたはおじい様に似て頑固で一度言い出したら訊かない子だから、直哉さんの言葉を突っぱねたんでしょ?いい杏子?ちゃんと話をして仲直りしなさい。分かった?ねえ、杏子?訊いてるの?」

母は今だに自分の両親のことをパパとママと呼ぶ。
そして直哉とは杏子の恋人だ。
いや。喧嘩をして杏子の方から別れると言った恋人だ。
その喧嘩をした場所は会社の非常階段の踊り場。
そして頭に血が上った私は階段を降りていて足を滑らせた。
だから、私は旅になど出ていない。
どこかの駅前商店街の下着屋でお茶を飲んではいない。
自分と同じ年頃の女性と会ってもいない。そして彼女の恋愛話とそこに現れた男性のやりとりも見ていない。
つまり私は、これまで夢を見ていたことになる。
だがそれを夢で片付けるにはリアルな気がした。

「ねえ。お母さん。私の鞄ある?」

「え?あなたの鞄?あるわよ。ここに」

そう言った母親は近くの椅子の上に置かれている鞄を見やった。

「お母さん。鞄の中に本があるの。カバーがかけられた単行本。その本を取ってくれない?」

「いいわよ?でもまさか今読むつもりじゃないわよね?」

「違うの。ちょっと気になることがあって」

私は母親から単行本を手渡された。
それは古本屋で買ったあの本だ。そしてその中に買った時と同じように挟んである切符を見た。
すると母親は言った。

「あら。懐かしい地名ね?この場所。パパとママ….杏子のおじい様とおばあ様がよく旅行で行っていた場所なのよ?」

「おじい様とおばあ様が?」

「そうよ。パパとママは紆余曲折の末に結ばれたんだけど、ママ。昔そこに住んでたことがあるの。だから時々思い出したようにふたりでその場所に行ってたわ。でもパパもママもあなたが小さい頃に亡くなったから、あなた自身ふたりの記憶が殆どないから話したことがなかったの。あなたのおじい様とおばあ様は若い頃ジェットコースターのような恋をしたの。でも私も直接聞いたわけじゃないの。だけど、お兄ちゃんはパパの友達から散々聞かされたそうよ。お前の父親はストーカーだった。ママに相手にされなくても諦めなかったってね?一歩間違えば犯罪者だって言ってたそうよ」

私の母親は祖母と祖父の三番目の子供。
祖母は33歳で長男。35歳で次男。そして38歳で母を産んだ。
そして母親は29歳で二番目の子供の私を生んだ。だから私が生まれたとき祖母は67歳で祖父は68歳。
そして祖父は72歳で亡くなった。だから当時4歳の私に祖父の記憶は殆どなく、祖父は写真でしか顏を知らない人。そして祖母が亡くなったのは75歳で私が6歳の時だが、そんな私が覚えている祖母は、「杏子はお祖父ちゃんに似てるわね」とよく言っていたこと。
そして庭の片隅で育てた野菜を持って帰りなさいと母に持たせていたことだ。
そんな母の実家は世田谷の大豪邸。父親は道明寺ホールディングスの社長と会長を務めた人で若い頃から非常に女性にモテたと言う話だが、私は仏壇の傍に飾られている写真の祖父を思い出した。するとその顏は夢に出て来た男性に似ていた。そして夢に出てきた女性の名前が牧野つくしだったことを思い出した。

「ねえ。お母さん。おばあ様の名前って、つくしだったけど名字は?」

夢の中ではその名前を変わった名前だとは思わなかったが、それは祖母と同じような名前の人もいるのだ程度だったからかもしれない。

「ママの旧姓?」

「そう。おばあ様の旧姓って?」

「牧野。牧野よ。ママの旧姓は牧野よ」














そんなことがありえるだろうか。
だが世の中には不思議なことがあるという。
だから私の手の中にある使われなかった切符は、祖父と祖母が人生の通過点を間違えるな。
祖母にも私と同じような時代があった。つまり一緒に人生を歩む人との色々はどの時代にもある。だから一歩立ち止まって考えろ。自分の行く道を間違えるなと末っ子の母が産んだ一番末の孫である私に自分達の若い頃の姿を見せようと用意したのかもしれない。

それにしても、三人の子供がいる祖母がかつて妊娠しにくいと言われていたのは驚きだ。
それにあのふたりが若い頃に床を掃除するロボットはいなかったはずだが、そこは夢だからのご愛嬌なのかもしれない。
そして、祖母の言う通りで他人の足りないものはよく見えるが、自分の足りないものは見えないものだ。
だから、私は鞄の中から携帯電話を取り出し恋人ともう一度ちゃんと話をすることにした。


「もしもし直哉?今いい?__うん。意識が戻ったの。___うん。大丈夫。心配かけてゴメン。___え?うん。それから話し。ちゃんとしたいの」





< 完 > *Transit* 
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2021.03.25 08:12 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2021.03.25 20:17 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2021.03.25 21:20 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2021.03.26 07:41 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2021.03.27 07:18 | 編集
ま**ん様
不思議な話でしたか?(^^ゞ
そして現代人の寿命からすると、ふたとも人生が短い(笑)
そうですねえ。全てのことに全力投球だったので短かったのかもしれませんね。
そんなふたりですが天国で仲良く暮らしていると思いますよ~。
それに司が先に逝きましたが、あまり時を空けることなくつくしも空へ上ったのは、お前も早く来いと司がつくしを呼んだことは間違いない!そんな気がしています。
こちらのお話を楽しんでいただけて良かったです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.03.28 21:23 | 編集
s**p様
え?まさかの結末?(笑)
孫のために出て来たじいじと、ばあばは、自分達のように間違えるなと言いに来たようです。
わたくし、足が浮腫みやすいのでゴム口がゆったりとしたものを選んでいるのですが、そういった靴下は種類が少ないのが不満です。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.03.28 21:27 | 編集
ふ**ん様
アンビリバボーな話(笑)
皆さんそう仰るのですが、ふたりは天国から孫のために駆け付けたのです。
え?長生きしろ?それもやはり皆さん仰るのですが、アカシアの父は平均寿命よりもかなり早くに亡くなりましたので、その影響なのでしょうか。短命に書いてしまいます(笑)
シリーズ名が「天国から夫婦でご出演シリーズ」(笑)
そして司のカタツムリ靴下をソファの下に押し込むルンバが好きだった(≧▽≦)
もしルンバに意志があるなら、それはそれで面白いですね!
え?シニア杉本の紫のブラがどこかに関係している?どうなんでしょう.....
もしかするとシニア杉本は、姿を変えて現れたタマさんなのかもしれません!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.03.28 21:42 | 編集
司******E様
衝撃のラストだった!皆さんそう仰るんですよねえ(^^;)
しかもふたりは杏子の祖父と祖母だった。
そうです。天国にいるふたりは孫のひとりが仕事や恋人との関係に疲れていたので心配して出て来たようです。
杏子さん。恋人と上手くいくといいですよねぇ。

それにしても今年は桜の開花が早いですねぇ。
まだ3月なのにこんなに早く咲いてしまうと入学式の頃には葉桜ですね。
そして今年も立ち止まってのお花見は出来ませんが、愛でることは出来ます。
日本の春はやはり桜!遠くからでも満開の桜を楽しめるといいですね^^

あちらのお話ですね?またお待たせしてしまい申し訳ございません。
が、がんばります(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.03.28 21:50 | 編集
ふ*******マ様
え?期待を裏切らない?(笑)
予想を裏切る展開にやられた~だったんですね?
いや、多分結果的にこうなってしまっているんですね(笑)
そして皆さん仰るのは、ふたりとも平均寿命より人生が短い。
それはアカシアの父の寿命が平均よりも短かったことが影響しているのかもしれません。
それに杏子の母親はつくしの末っ子で、杏子も末っ子。だから祖父母である司とつくしが杏子と触れ合う時間が短かったのは仕方がないのかもしれません。
それに他に孫もいます。きっとその孫たちは、ふたりのことをしっかりと記憶しているはずです。
そして、空の上から家族を見守るふたりですが、きっと、いつも一緒ですよ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.03.28 22:06 | 編集
と****マ様
意表を突く結末だった。皆さんそう仰るので、そうなんですね(笑)
はい。パパの友達は類、あきら、総二郎です。
え?司がつくしよりも先に天国に逝って、もしそのとき類が存命なら司はイヤだったはず?
と、なると司は類に憑いて、未亡人になったつくしに近づかないように牽制していたかもしれませんね(笑)

「休日」もお楽しみいただけたようで良かったです。
西田さん未婚でした。私生活が全く見えない男の色々を想像するのは楽しいです。
ドラマではまさに名脇役でしたので、恐らくまた登場すると思います。

そして桜の季節になりましたが、今年も自粛の春です。
来年がいつもの春であることを願って、今自分が出来ることを気を付けたいと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.03.28 22:22 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top