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2021
03.22

Transit 8

Category: Transit(完)
「ここに居てちょうだい」と言われた私は腰掛けていた場所から少し離れた場所で立っていた。
そしてかつて恋人同士だったふたりは目を合わせ、男性は女性が口を開くのを待っていた。



「ある日、生理がこないことに気付いたの」

「お前…..もしかして…..」

「訊いて。違うから。アンタが考えているようなことじゃないから」と、女性は男性の言いかけた言葉を遮ると言った。
「アンタに会うため最後にニューヨークに行った後、ちゃんと生理は来た。だけどその後、3ヶ月たっても生理が来なかった。でも元々不順で前にもそんなことがあったし、またそうなんだろうって気にしてなかった。仕事が忙しくてホルモンのバランスが乱れてるだけだと思った。だけど流石に半年になると心配になって病院に行った。そこで検査を受けて言われたの」

女性はそこで言葉を切ってから、意を決した調子で、こう言った。

「結論から言うわね。私は妊娠しにくい身体だそうよ。ねえ。分かったでしょ?だから私はアンタと結婚できない。一緒に人生を歩むことは出来ないの」

私は、これまでの話の内容から、男性の母親が自分の家に相応しくないと彼女の事を認めないこともだが、男性の家が大きな会社を経営していることも知った。
そしてそういう家は後継者が必要とされるが、男性はその立場にある。
だから女性は、妊娠しにくい身体だと言われ男性との子供を持つことが出来ないと考えた。だからそんな女は男性に相応しくないと身を引くことを決めた。そしてちょうどその頃、アメリカ人女性との結婚話が持ち上がったが、それは会社の存続をかけた結婚。だから女性は男性を遠ざけた。別れた。
そして今も、妊娠しにくい女性は男性に相応しくない。ふたりが別々の道を行くことが男性のためになると言っていた。
だが男性は女性のそんな思いを断ち切るように言った。

「牧野。お前はバカだ」

そして怒った。

「一緒に人生を歩むことが出来ない?お前は俺のお前に対する思いを分かってない。何が俺にとって本当の幸せかお前には分かってない」

男性はそこまで言うと、一緒に人生を歩むことは出来ないと言った女性の本心を覗き込もうとするように彼女の目を見つめた。

「それに昔、言ったはずだ。地獄の底まで追いかけてやるってな。いいか?あのとき俺は人生の果てまでお前の傍にいると決めた。俺はお前に会って自分の生きる道を決めた。雨が降ろうが槍が降ろうが嵐が来ようが俺はお前を放さないと決めた。
だから俺たちの間に別れるって言葉は無かった。あの女と結婚していた時も心はいつもお前の元へ飛んでいた。俺は牧野つくしとの絆を握り続けていた。それにお前は俺と別れたつもりでいただろうが、お前は俺の中にいた。俺の身体には牧野つくしの影が染み付いていた。つまり俺の心も身体も牧野つくしのものだった。だからお前以外の女と結婚していたとしても、端から抱くつもりなんぞなかった。
そんなお前は俺が帰国すると東京を離れてこの町で暮らし始めた。だがな。俺は同じ国にいるなら、どんなに遠い場所で暮らしていても自分の思いを届け続けることを止めないと決めた。だから何度同じ返事を聞かされてもここに来ることを止めるつもりはなかった。
それからよく訊け。俺たちの間に子供が出来ようが出来まいが、周りが何を言おうが俺とお前の人生は家のものでも会社のものでもない。俺たちの人生は俺たちふたりのもので俺とお前の人生に損得勘定が入る余地はない」

私は、男性の真摯な言葉を聞きながら女性の顏を見ていたが、彼女の視線は男性の表情と言葉を反論することなく訊いていた。
だが男性は、「俺はお前が頑固な女だってことは十分理解している。だから俺がこうして話しても、ああだ、こうだと言って反論するんだろうよ」と言って女性が素直な性格ではないと言っていた。
だから私は女性が男性に対して口にする言葉を待っていた。
すると、彼女は、「…..傲慢なのよ」とポツリと言った。
そしてそこから先は靴下の話の時とは打って変わって静かな口調で語られた。

「アンタは昔からそうだけど傲慢なのよ。俺たちの人生はふたりのものだって言うけど、そうじゃないことはアンタが一番よく知ってるはずよ?いい?よく訊いて。さっきも言った通り私は妊娠しにくい身体なの。先生は直接的な言葉は使わなかったけど私は子供を産むことが出来ない。それはアンタにとって重要なことなの。だってアンタはあの家の後継者だもの。それに社会人として生活し始めてはっきり分かった。人には持ち場があって、その持ち場を守る必要があるってことをね。
それからアンタはそうじゃないって言うけど、アンタの人生はアンタだけのものじゃない。それはアンタも分ってる。大勢の人間の人生がアンタの肩にかかってるってことを。それに大勢の人間がアンタを頼りにしてる。だから自分の立場を投げ出しちゃダメなのよ……だから帰って。もう二度とここには来ないで。それに私はもうアンタのことは好きじゃない」

そう言うと、女性は男性に背中を向けたが、目元に光るものが見えたような気がした。
そんな女性に男性は語りかけた。

「牧野……大勢の人間の人生が俺の肩にかかってる。俺を頼りにしてるって言うが、それなら俺は誰を頼りにすればいい?俺だってひとりの人間だ。誰かに頼りたくなることもある。
それにどんな人間も誰かに支えられて生きていく。助けられ愛されて生きていく。俺がここまで生きてこれたのは、心の中にいつもお前の姿があったからだ。
それにガキの頃、俺の周りにいた人間は誰ひとりとして俺をひとりの人間として見ることはなかった。だがそんな中で出会ったお前は俺のことをただの男として見た。それ以来、俺の頭はお前のことしか考えられなくなった。そんなお前は俺の前から消えたことがあった。あの時は傷ついたのは俺だと思っていた。だがお前は誰よりも一番自分を傷つけて俺の前から消えた。そして今もそうだ。お前は傷ついている。俺にはそれが分かる。何しろ俺は昔お前に犬みたいだって言われた。だから犬並の嗅覚でお前の気持ちを感じとっているつもりだ。それに俺はお前との絆を握り続けている。だからお前の本心は違うはずだ。まだ俺のことが好きなはずだ」

その言葉に後に暫く沈黙が流れた。
そして振り向き口を開いた女性は言った。

「アンタが握り続けている私との絆って何よ?」

「知りたいか?」

「ええ」

「それなら今もここにある。俺の財布の中にはいつもそれが入ってる」

そう言って男性は上着の札入れから小さな紙を取り出した。

「覚えてるか?北海道に旅行したお前が俺にくれた愛国から幸福行きと書かれた切符だ」

男性の手のひらの上にあるのは紙の切符。
だがそれは本物の切符ではない。何故なら愛国も幸福も今は存在しない駅なのだから。
だからそれは土産物として売られている切符だ。

かつて北海道には帯広から十勝平野を南下して広尾へと至る広尾線という鉄道路線があった。
そしてその路線に愛国という名前の駅と幸福という名前の駅があり、駅名の縁起の良さから乗車券や入場券が有名になり日本中から注目されるようになった。と、同時に恋人たちの聖地として全国にその名が知られるようになった。
そして線路が廃線となった今も幸福という名の駅は、願いを叶えたいと多くの観光客が訪れる帯広観光には欠かせない場所となっていた。

「いいか?この切符にはこう書かれている。下車前途無効。つまり改札を出た後は目的地に着いていなくても切符は無効になるってな。俺は幸福になりたいから改札を出るつもりはない。それに出た覚えもなければ他の列車に乗り換えるつもりもない。だからこの切符は無効になってない。今も有効で俺はお前と幸せになりたいからこの切符を大切にしてきた。
それにこれは遠い場所にいる俺とお前を繋ぐ絆だ。だからたとえどんなに小さな紙切れだとしても、これは俺にとって命の次に大切なものだ」

私は最近紙の切符を手にしたばかりだから知っているが、その切符には下車前途無効以外に発売当日限り有効の文字もあるはずだ。だが男性はそれについては無視しているようだ。
そしてそんな男性の思考の中にあるのは、ただただひたすら女性を思う気持だ。
そして女性の方はと言えば、遠い昔に自分が送った小さな切符を大切にしていた男性に心を動かされたようで、男性の目をしっかりと見て言った。

「諦めの悪い男ね」

すると男性は、「諦めもなにも初めから諦めるつもりはなかった。何しろ俺たちは同じ人生を歩くって決まってる」と感慨を込めて答えた。
そして女性が、「それに切符が命の次に大切だなんて大袈裟ね」と言えば男性は、「大袈裟と言われるのは心外だ。この切符が命の次に大切ってのは嘘偽りのない俺の気持ちだから仕方がない。こう見えて俺は信心深い人間だ」と言って笑みを浮べた。




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