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2021
03.14

Transit 5

Category: Transit(完)
かつて道明寺の広告会社で働いていた女性は、今は下着屋の店長。
そして彼女は昔の男がアメリカから帰国してくるから、会社を辞めて東京を離れることにしたのだと言った。
その言葉から彼女と男の間に何かがあって顏を合わせたくないからと察することが出来る。
だがいくら昔の男が東京に戻って来るからといって、何故会社を辞める必要があるのか。
しかし、彼女とその男が同じ会社に在籍しているなら、そしてとんでもなく気まずい別れ方をしたなら、顏を合わせたくないというのも分からないでもない。
たとえばそれは、男が社内で他の女に手を出して修羅場を演じたとかだが、それでも、ふたりともいい年をした大人なのだから、分別をつけてそういったことは飲み込んで仕事をしてもいいはずだ。
いや、だがそれは他人がそう思うだけで、彼女にすれば耐えられる状況ではなかったのかもしれない。

「あの。昔の男ってことは昔の恋人ってことですよね?でもその人が海外から戻って来るからって何故会社まで辞める必要があったんですか?」

私は芸能レポーターよろしく訊いていた。

「あったの。だってその男。私と結婚したいって言うんだもの」

女性は昔付き合っていた男から求婚された。
だが彼女はそれを拒否して東京を離れてここにいる。
そうしたのは彼女がもう男を愛しておらず、男の行動が迷惑だからで、つまり男はストーカーで結婚したくないと言う元恋人を追い回しているのか。

「嘘みたいな話だけどこれから話すことは本当のことだから」

そう言った女性は、「まずね、その男は三足千円の靴下は履かない男なの」と前置きをして男との関係を話し始めた。

彼女と男は同じ高校に通っていた。高校2年のとき、ひとつ年上の男が彼女に告白をして付き合い始めた。だが二人の恋は波乱万丈の恋。男は裕福な家の息子で彼女はそうではない家の娘。だから男の母親は価値観が違うとふたりの交際を反対して別れるように仕向けた。
そして母親は高校生だった彼女に容赦がなかった。彼女の父親の仕事を邪魔し、彼女の友人の家族までも巻き込みふたりの仲を裂こうとした。
だが、ふたりはそんな母親の反対を押し切って付き合いを続けた。男はこの恋は運命の恋だと言った。
だが、交際途中で男は暴漢に刺され、目が覚めた時には彼女のことを忘れていた。
しかし男は思い出した。そして男は高校を卒業するとニューヨークの大学へ進学をした。
それからふたりは太平洋とアメリカ大陸を挟んで付き合いを続けた。男は大学を卒業したら日本に帰国するつもりでいた。
だが、男はそのままニューヨークに残った。それは男の母親が、息子が日本に帰国するのを許さなかったから。けれど男は大学を卒業するとき、彼女をニューヨークに呼んでふたりで祝った。
これから先もずっと一緒だ。時間はかかるかもしれないが、必ずお前を迎えに行くから待っていて欲しいと言った。だから、ふたりは1万キロ離れた場所で愛を育んだ。次に会えるまでの長い月日を指折り数えて過ごした。しかし8年前。彼女と男の恋は唐突に終わりを告げた。

「その男がアメリカ人と結婚するって噂が流れたの」

「アメリカ人と結婚?でもその人は牧野さんと付き合っていたんですよね?」

「ええそうよ。でも周りは言ったわ。それは私たちが付き合い始めた時から散々言われていたことだけど、どんなにあの男と付き合ってもあなたは彼とは結婚出来ない。人生を共にすることは出来ない。たとえ結婚出来たとしてもすぐに別れる。だってあなたは彼とは不釣り合いだってね。もちろん私も分かってた。恋愛と結婚は違うってことはね」

「それで、男性はどうしたんですか?」

「彼?アメリカ人と結婚したわ」

それは裕福な家の息子と、そうでもない家の娘の恋は10年目で終わりを迎えたということ。だが何故男がアメリカ人と結婚したのかは話されなかった。

「でも確かに10年も付き合っても結婚出来ない男と女は運命じゃなくてただの腐れ縁だったのよ。だから私もスパッと忘れることにしたの」

それから彼女は仕事に没頭したと言った。
好きで入社した会社だ。だから倒れる寸前まで仕事をしたと言った。
そして月日が流れ、アメリカで暮らしている元恋人が離婚したことを訊いた。
そしてある日。男と別れた後に変えた電話番号に「結婚してくれ」と男から電話がかかってきた。
だから早く会社を辞めて東京を離れようとした。
電話がかかって来た翌日、会社に辞意を伝えた。だが引き留められすぐに辞めることは出来なかった。そして退職出来るのは2ヶ月後になった。
だからそうこうしているうちに、帰国して来た男は花束を持って彼女の前に現れると再び「結婚してくれ」と言った。
だが彼女はそんな男に「今度こんなことをしたら警察に通報する」と言った。
すると今度は頻繁に電話がかかってくるようになった。だが無視した。
すると今度はメールが届くようになった。見慣れぬアドレスからの送信に誰かと思って開けば男からで、それ以来そのアドレスを登録すると迷惑メールに振り分けることでメールを開くことなく無視した。すると男は送信者が自分だと分かると開いてもらえないことを悟り、会社名で送って来るようになった。
そしてその会社は仕事の関係先の名前だったから、開かないわけにはいかなかった。
だが開いたが返信は一切しなかった。

そして彼女は、アメリカ帰りの元恋人と縁を切るために東京を離れることにしたと言うが、彼女のその頑なさの裏には何かがあるように思えた。
それに10年間付き合ったのは腐れ縁だったと言ったが、私には彼女が裕福な家の息子である男の立場を気遣って身を引いたように思えた。

「あの。その男性は他の女性と結婚しましたけど、結婚してからもずっと牧野さんのことが好きだったんじゃないですか?男性もそう言ったんじゃないですか?」





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