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2015
12.26

恋の予感は突然に 12

念のため。


それはチビで嘘つきの女が持ってきたコンドームについてだった。
床に撒かれた状態で残されていたコンドーム・・・あの女いったいいくつ持ってきたんだ?
あの時は気にもとめなかったが、普段の俺は自分が用意したものでなければ信用していなかった。
簡単に他人を信じるもんじゃねぇということはよくわかっていた。
他人に気を許すということが俺の一生のなかで何度あるだろうかと自問してみた。
俺くらいの立場になると世間から攻撃の対象にもなるし、羨望の的にもなる。
金と地位と名誉とを欲しがる女の餌食にならねぇように注意を払っていたはずなのに・・
なのにあん時はその余裕さえなかった。
大体が自分の部屋に女を連れ込んだことなんてなかった。
バスルームに大量に置かれていたコンドームは・・あれは置かれていたと言うよりも放置されていたものだ。
財布の中には用意していたが、それを準備する余裕もなくあの女が持ち込んだものを使っていた。

嫌な予感がしていた。

残されたそれらはきちんと密封はされていたが、どこか怪しげな気配が感じられていた。

そんな懸念を抱きながらNYへと向かう機内のなかであの女を見つけていた。
それはある経済誌のなかのほんの小さな記事だった。


『 人間の3万個の遺伝子からどうやったら膨大な数の抗体を作れるのか?
抗体を作る遺伝子は成長するに従いダイナミックに動いて100億種もの抗体を作っていた。 T研究所 牧野つくし Ph.D 』




***







つくしはカフェテリアで休憩を取っていた。
いつものようにお気に入りの席に座り、丸いテーブルを前に豆乳を飲んでいた。


「ここ空いてるよな?」

まだ昼休みには少しだけ時間が早いし他にも席は空いているはずだと思ったが
返事をするためにうつむいていた顔を上げた途端ぎょっとして豆乳の入ったカップが斜めになった。
つくしの返事を待つことなく、男は向かいの席に座るとこちらを睨みつけた。

「俺のこと覚えているよな?」
つくしは挑戦的に言われて思わずひるんだ。
な、なんでこの男がここにいるの?

「おまえの本当の名前を知ってるぞ?ま・き・の・つ・く・し?」
司が滑らかな声で言った。

つくしは黙って立ち上がるとテーブルを離れようとした。
教えていないのに知られた名前・・
いつかはばれる日が来るだろうとは思っていたが、まさかこんなに早くばれるとは!
つくしは飲みかけのカップを乗せたトレーを手にすると返却口へと向かおうとした。
だが男はトレーを取り上げると再びテーブルのうえへと戻した。

「まあ座れよ。まだ全部飲んでねぇだろ?」
「俺に遠慮する必要はねぇぞ?」
むっつりとした口調で言われた。

立ち去ろうとしていたところで腕を掴まれたつくしは咄嗟に言った。
「な、なんのことでしょうか?ど、どなたかとお人違いをされているのではないでしょうか?」
と背の高い男にむかってほほ笑んでみせた。

「何すかしてんだ。バレてんぞ」
「ずいぶんと余裕だな、月子さん」
軽く笑われた。
「あ、あたしは月子などという名前ではありません」


し、しまった!!


つい・・否定してしまった!
否定したと言うことは、あれが偽名だと認めたようなものだ。
とぼけるべきだった!

つくしは掴まれた腕を振りほどこうとしていた。
が、逃がすものかと万力のような力で掴まれていてはどうしようもなかった。
こんなところに現れるなんて、この男はどういう立場の人間なんだろう。

ここまで入ってこれる人間なんて・・・
ここは施設の中でも一番重要な研究棟で一般の人間が入れるエリアでは・・


「これはこれは、道明寺さん。ようこそお越しくださいました」
その声に司は掴んでいたつくしの腕を離した。

つくしはその隙にさっと飛びのいた。
「あ、あの・・り、理事長?」
つくしは咳払いをしてどうしてこの男がここにいるのか聞きたかった。
ああ、本当になんでこんなところにいるのよ!

恰幅のいい男性が二人の近くまで来ると立ち止まった。
「牧野くんは道明寺さんとはお知り合いかな?」あっさりと言われた。
つくしは名前を呼ばれて万事休すだと思った。

「この度はご訪問を頂き有難うございます。道明寺さんがうちの研究施設に興味をお持ちだとは有り難いことです。もう中はご覧になられましたか?」
理事長と呼ばれた男は親しげに話し掛けていた。

「いや。先ほど着いたばかりですので」
司はつくしを見下ろしながら言った。
「こちらの女性は?ご紹介を頂けると有難いですね」
この女のことについては調べはついてはいたが、正式に紹介を受けることが重要だ。

「ああ、彼女は牧野つくし君です。うちの研究施設で分子生物学の研究をしています」
「分子生物学とは?」
司は興味ありげな顔で聞いてきた。

「生物や生命の仕組みを分子レベルでとらえて物理や化学の手法を持いて解明しようとする分野です。遺伝子組換えもこの分野のひとつなのですが、彼女の専門は免疫学で主に抗体の研究をしています」
説明する男はゆったりとした口調で話し、この場に流れている空気がどんなものかなど気づきようもなかった。

「そうですか。素晴らしいご研究をされていらっしゃるようですね?」
丁寧な口調とは異なりつくしを見る司の目は鋭かった。

「牧野君は将来性がある女性です。ゆくゆくはノーベル賞候補にでもなってくれたらうちの研究所も鼻が高いですな」
司は口元を緩めながらそんな話を聞いていたがそれは表面上だけのことだった。
最後に『ではどうぞごゆっくり』と言われたのでそうさせて貰うことにした。





「牧野つくし、座れ。話しがある」
つくしは仕方なく先ほどまで腰かけていた椅子へと座りなおすと男もテーブルを挟んで正面に腰を下ろしてきた。

「な、なにしに来たのよ!」
「あ、あたしたち・・一夜限りでしょ!」
つくしはきっぱりと言った。



「おまえ・・どっかずれてるんじゃないか?」
男は指先でトントンとテーブルを叩いていた。
「な・・・なにが、ず・・ずれてるっていうのよ?」
「おまえ、・・・学者バカだろ?」
「な、なによ!あんたみたいなバカ男に学者バカ呼ばわりなんてされたくないわよ」
つくしは歯をくいしばって言った。
「なんだと!開き直りやがってこのチビ女!」


つくしははっとして気持ちを抑えた。
バカ男に付き合って同じペースで話してこっちまでバカになる必要はない。
「あ、あの・・そ、それであたしに何か・・・?」
焦る気持ちを抑えながら言った。

「おまえに・・ひとつ聞きたいことがあって来た」
男は上着の内ポケットを探っていた。
「これはなんだ?」
テーブルのうえに投げ出された色とりどりの小さな四角いパッケージの数々・・
「こ、これって?」
「見覚えがあるよな?」
男はこちらを睨んでいる。


ある・・確かにある・・
滋さんが用意してくれてあの時あたしが持って行ったものだ。
あの朝、慌てて帰ったから拾う余裕なんてなくてそのままだった。

「そ、それが・・何か?」
つくしは唾を飲み込みたかったが唾は出てこなかった。
さっきまで飲んでいた飲みかけの豆乳が飲みたかった。
なんだか雲行きが怪しくなってきた気がした。
「これ・・細工がしてあるだろ?」
司は冷やかに睨んだ。






沈黙をすると言うことは肯定の返事になるのだろうか?
「な、なにを言うかと思ったら!そ、そんなことあるわけないでしょ?」
「に、妊娠なんかしたらこ、困るから使うもので・・・」



「これ、調べさせたら・・穴が開いてた」
「それも見事に全部だ!」
「おいおまえ、この意味がわかるよな?」
「知っててやったってことだよな?」
「説明しろ!牧野つくし!!」
男の言葉はどんどん不機嫌になってきた。
そしてテーブル越しにどんどんと上体が近づいてくる。
つくしは言い返す暇もなかった。


「な、なんのこと?そ、そんなこと知るわけない・・・」
つくしは男の迫力に身体がのけぞってくる。

「てめぇ、いい加減にしろよ?」
「わかってんだよ!」
男は噛みついてきた。いや文字通りではなく噛みつくように言ってきた。
まるで捕食動物のような目つきで怖かった。
そしてもうすぐ手が出て来そうな雰囲気だ。
「な、なにが・・」
つくしは押し殺したような声で言った。


「もうバレてんだよ!滋とおまえの企みは!」
と吠えられた。


・・・バレてる?
うそ!!
つくしは絶句した。








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コメント
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dot 2015.12.26 07:31 | 編集
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dot 2015.12.26 11:29 | 編集
た*き様
楽しかったですか?有難うございます(^^)
えっ!大真面目に検索されたんですね?
司の**は生命力が強そうですので苛酷な環境での生存競争も頑張るような気がします。
そうなんです。色々とムカつくことはあるようですが、気になるんです。
今まで自分の周りにはいないタイプのつくしに魅かれているのではないでしょうか?
この俺様をおもちゃにしたな?ってこともあるのかもしれません。何しろ種馬扱いですので。
逃げれは追う・・このパターンでしょうか?
真相を理解する能力といいますか、企業トップとなると自分の身に降りかかる危機管理
も必要でした。罠にかけられた!と気がついてやってきました。
が、つくしの今後の態度が気になります。
本気で子供を授けてくれるなんて!その努力過程に重きを置くべきでしょうか?(笑)
こちらこそいつもコメントを有難うございます(^^)
アカシアdot 2015.12.26 22:59 | 編集
つか***ちゃん様
そうですよ、滋さんが用意してくれたんですから滋さんがフォローしてくれなきゃ!と私も思うのですがあの人の子供が欲しいいと言ったのはつくしちゃんですから(笑)
友情に熱い二人ですからお互いにお互いを庇いそうですね。
つわりに悩まされるようになるのかつくしちゃん!
司もどんな態度に出て来るのか・・(笑)
いきなり意図しない子供が出来たらどうするでしょうね?
あの方が出て来ると予想されている方が多いです。
そのうち現れそうな気配がします。
跡取り息子に子が出来た!と喜ぶのかそうでないのか?
そうなんです、そうするとつくしの人生計画が・・(泣)
色々妄想大歓迎です!
拍手コメント有難うございました(^^)

アカシアdot 2015.12.26 23:13 | 編集
R***o様
早々に見つかってしまいました。
さずが司です。
つくしの勤務先へと現れ状況に応じて自分の立場をアピールしました。
研究費でも寄付しそうな感じです。
金を出すから口も出すって感じで乗り込んで来そうです。
つくしちゃん、ピンチです!
どうするつくしちゃん!
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2015.12.26 23:24 | 編集
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