司は金も権力もある家に生まれた男だ。
母親は元華族の家に生まれ家柄も申し分がない。
そんな男が望んで叶わないことはない。実際子供時代から今までそうだった。
稀に自分の意思に反する人間がいれば、低い声で凄みを効かせれば良かった。
だがそんな男は心の底に眠っている本当の欲望を口に出して言ったことはない。
しかし祖父が自分の趣味のために使っていた部屋の机の引き出しの中を見たとき、影にのまれたようなこの洋館が自分の欲望を叶えてくれる場所だと確信した。
そしてこの部屋には祖父が描き上げた絵が壁際にずらりと並んで残されていたが、それらの絵は人の心が休まる風景画や静物画ではない。
それならどんな絵なのか。ひと言で言えば陰鬱。そして偏執的という言葉が相応しい絵。
恐怖に歪んだ女の顏や上半身が血まみれの裸の女の姿。切りつけられた白い背中やカッと見開かれた目が赤い涙を流している様子が描かれているが、それらの絵は一様に暗く、見る者にとっては気味が悪いだけでは済まされない、おぞましくて暴力的であり嫌悪感を抱く光景で作者の精神状態を疑ってしまうような絵だ。
だがそんな病的と言える絵も見る角度を変えれば魅力的な絵だと思えたのは、身体の中に流れる祖父の血がそう思わせたのかもしれない。
だがそんな絵の中に明らかにそれまでの絵と違うものを見つけた。
それは厳重に包装された5枚のキャンバス。
描かれているのは他の絵と同じでどれも女性だが、それはこれまで見た暗くおぞましい光景ではなく明るい絵の具が使われた若い女性の肖像画。描かれている女性はどれも同じ人物。一瞬だがブルーのドレスを着たその女性は祖父の妻。つまり司の祖母ではないかと思った。
だが記憶の片隅にある祖母とは違う。それはその女性の髪が赤毛で瞳の色は緑で描かれているからだ。
女性の絵は椅子に腰かけた上半身の構図や横顔のものがある。
それに後ろ姿や帽子を被ったものもあった。だが、これらの絵はどれもモデルを前にして描かれたものではないと思えた。
何故なら真正面を向いている女性の目には強さが感じられない。人間の顏の中で一番感情が現れるはずの目に光がないからだ。それに絵の女性は、こちらを見ているように思えるが輪郭は微妙にずれていて祖父を見ていない。
だが司は気付いた。この女性は祖父が恋をした相手だ。
それはたとえ視線が祖父を見ていないとしても、明るい絵の具で描かれた女性の肖像画には優しさが感じられたからだ。
若い頃イギリスに留学したことがあるという祖父。恐らくそこでこの絵の女性と恋におちたのだろう。だがその恋が実ることはなかった。その理由は推し測るまでもない。祖父も司と同じで道明寺の跡取りだ。だから親が決めた相手と結婚することは留学前から決まっていたはずだ。許嫁として祖母の存在はあったはずだ。
そして帰国した祖父は女性のことを思いこの絵を描いた。だからこの絵には怖く、冷たいと言われた道明寺財閥の総帥だった祖父の隠された一面を見ることが出来た。
しかし祖父は厳重に包装していたこれらの絵を日の当たる場所に出すことはなかった。
その代わりおぞましく暴力的な光景の絵を描くようになった。
だが何故そうなったのか。それは愛していた人と結ばれなかった反動なのか。
そしてそれらの絵とは真逆の優しい筆使いで描かれた絵は緑の目をした女性への思慕だと思った。
司は机の引き出しに几帳面に並べられている道具を手に取った。それは祖父が暴力的な絵を描くことを始めるために揃えたもの。
だから司も、これまで口に出すことがなかった欲望を叶えるためそれを使うことにした。

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母親は元華族の家に生まれ家柄も申し分がない。
そんな男が望んで叶わないことはない。実際子供時代から今までそうだった。
稀に自分の意思に反する人間がいれば、低い声で凄みを効かせれば良かった。
だがそんな男は心の底に眠っている本当の欲望を口に出して言ったことはない。
しかし祖父が自分の趣味のために使っていた部屋の机の引き出しの中を見たとき、影にのまれたようなこの洋館が自分の欲望を叶えてくれる場所だと確信した。
そしてこの部屋には祖父が描き上げた絵が壁際にずらりと並んで残されていたが、それらの絵は人の心が休まる風景画や静物画ではない。
それならどんな絵なのか。ひと言で言えば陰鬱。そして偏執的という言葉が相応しい絵。
恐怖に歪んだ女の顏や上半身が血まみれの裸の女の姿。切りつけられた白い背中やカッと見開かれた目が赤い涙を流している様子が描かれているが、それらの絵は一様に暗く、見る者にとっては気味が悪いだけでは済まされない、おぞましくて暴力的であり嫌悪感を抱く光景で作者の精神状態を疑ってしまうような絵だ。
だがそんな病的と言える絵も見る角度を変えれば魅力的な絵だと思えたのは、身体の中に流れる祖父の血がそう思わせたのかもしれない。
だがそんな絵の中に明らかにそれまでの絵と違うものを見つけた。
それは厳重に包装された5枚のキャンバス。
描かれているのは他の絵と同じでどれも女性だが、それはこれまで見た暗くおぞましい光景ではなく明るい絵の具が使われた若い女性の肖像画。描かれている女性はどれも同じ人物。一瞬だがブルーのドレスを着たその女性は祖父の妻。つまり司の祖母ではないかと思った。
だが記憶の片隅にある祖母とは違う。それはその女性の髪が赤毛で瞳の色は緑で描かれているからだ。
女性の絵は椅子に腰かけた上半身の構図や横顔のものがある。
それに後ろ姿や帽子を被ったものもあった。だが、これらの絵はどれもモデルを前にして描かれたものではないと思えた。
何故なら真正面を向いている女性の目には強さが感じられない。人間の顏の中で一番感情が現れるはずの目に光がないからだ。それに絵の女性は、こちらを見ているように思えるが輪郭は微妙にずれていて祖父を見ていない。
だが司は気付いた。この女性は祖父が恋をした相手だ。
それはたとえ視線が祖父を見ていないとしても、明るい絵の具で描かれた女性の肖像画には優しさが感じられたからだ。
若い頃イギリスに留学したことがあるという祖父。恐らくそこでこの絵の女性と恋におちたのだろう。だがその恋が実ることはなかった。その理由は推し測るまでもない。祖父も司と同じで道明寺の跡取りだ。だから親が決めた相手と結婚することは留学前から決まっていたはずだ。許嫁として祖母の存在はあったはずだ。
そして帰国した祖父は女性のことを思いこの絵を描いた。だからこの絵には怖く、冷たいと言われた道明寺財閥の総帥だった祖父の隠された一面を見ることが出来た。
しかし祖父は厳重に包装していたこれらの絵を日の当たる場所に出すことはなかった。
その代わりおぞましく暴力的な光景の絵を描くようになった。
だが何故そうなったのか。それは愛していた人と結ばれなかった反動なのか。
そしてそれらの絵とは真逆の優しい筆使いで描かれた絵は緑の目をした女性への思慕だと思った。
司は机の引き出しに几帳面に並べられている道具を手に取った。それは祖父が暴力的な絵を描くことを始めるために揃えたもの。
だから司も、これまで口に出すことがなかった欲望を叶えるためそれを使うことにした。

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