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2020
12.20

宝物 ~続・グランパ~

木枯らし1号が吹いた翌日だったが晩秋の東京は暖かかった。
祐は孫の巧が庭で遊んでいるところを眺めていた。
最近の巧は昆虫に興味があるらしく草むらの中を探していたが、見つからないのか、諦めて立ち上がると祐の方へ戻ってきた。そして言った。

「ねえグランパ?」

「なんだい?」

「グランパのポケットの中。何か入ってるの?」

「ポケット?」

「うん。だってグランパ。ポケットから手を出さないよね?ママが言ってた。ひと前でポケットの中に手を入れているのは失礼だって」

孫は祐の右ポケットを見ていた。いや。孫は祐の行動を見ていた。
そして母親に言われたことを気にしていて祐がポケットの中に手を入れている理由を考えていた。それは中に何か入っているのではないかということだ。

「そうか。ママにそう言われたか」

「うん。言われたよ」

「実はグランパのポケットの中には宝物が入ってるんだ。だから今それを握ってる」

「宝物?」

「そうだよ。グランパにとっては大切な宝物だ」

「わあ!グランパの宝物って何?見たいよ!見せて!」

「わかった。じゃあ見せてあげよう」

と言った祐がポケットの中から出したのは息子が英徳学園の初等部で着ていた制服のボタン。英徳の校章が入ったそれをタマが制服から外して祐に送って来たのは息子が中等部に入学した時だ。

「これは巧のパパが英徳の初等部の時の制服のボタンだよ。グランパはパパと離れていた時間が長かったからこのボタンをパパだと思って持っていたんだよ。その癖が今でも抜けなくて持ち歩いている。グランパにとってこのボタンはお守りみたいなものだよ」

「ふう~ん。じゃあ僕も初等部に入学したらパパにボタンをあげなきゃね!」

と言われた祐は慌てた。
孫は来年の春に初等部に入学する。
その孫が真新しい制服から早々にボタンをちぎって父親にあげてしまうと思ったからだ。
そしてそんなことをすれば巧は母親に叱られるだろう。

「巧。巧はそんなことしなくてもいいんだよ。巧のパパはいつもお家に帰って来るだろ?だからボタンをあげなくても大丈夫だ。さっきも言ったようにグランパはパパと離れて暮らしていたからパパの代わりになるものが必要だったんだよ」

「そっか。グランパはパパと離れて外国に住んでたからボタンが欲しかったんだね?でもパパは僕と一緒に住んでるから必要ないんだね?」

「そうだよ。巧のパパはグランパとは違う。巧と離れて暮らすことは絶対にしないからボタンは必要ないんだよ」


祐は去年の孫の誕生日以来、孫に会いに来ることが増えた。
祐にとって孫はビタミンで会えば元気を貰える。
自分を見つめる瞳はキラキラと輝き好奇心が旺盛だ。
そして年を取り人生の終わりが近づいてきた男は孫と息子を重ねて見ることが増え、孫の言葉を息子に置き換えることもあった。

息子というのは若い頃は父親に冷たい。だが年を取ると変わる。それは男として父親の気持ちというものが理解できるようになるからだと言われている。
けれど祐は親として大したことをしてこなかったが、親になった息子には、あの頃の祐とは全く違う親としての姿があった。

そしてニューヨークと東京を行き来するうちに、息子の口から語られたのは、数少ない祐と一緒に過ごした時のこと。
それは祐が東京での短い滞在を終えニューヨークに戻る日。当初関西方面に向かうと思われていた台風が進路を変え関東地方を直撃した。台風は思いのほか速度が遅く、予定時刻になってもジェットを飛ばすことが出来なかった。
そして東京が台風の暴風圏を抜けるのは明日で、勢力を増した台風によって邸は停電して暗闇に包まれた。だがすぐに自家発電で灯りは灯った。しかしそれは幼い息子にとって初めて経験する停電だった。
その話が出たとき、息子は言った。

「あのとき親父はこの邸は台風なんぞで吹き飛ぶことはないと言ったが、まだ小さかった俺はあのとき本気で心配した。けど台風のせいでジェットが飛ばなかったことが嬉しかったんだぜ」

子供は不安なとき真っ先に見るのは親の顏だ。
ろくに子育てをしてこなかった祐がそれを理解出来るようになったのは、孫とこうして一緒に過ごす時間が増えたからだ。
巧が祖父の祐と父親の息子と一緒にいるとき、どうしたらいいのか分からない時どちらを見るかと言えば、やはり父親である息子なのだ。だから親は傍にいて子供が向ける視線を受け止めてやるべきなのだ。だから台風で不安なとき、珍しく傍にいた父親の顏を見て安心したのだ。

そして息子は我が子を叱っても褒める。だから巧は父親を好きで尊敬している。
そんな息子の口癖は、「巧。大丈夫だ。俺がついてる。だから心配するな」
それは祐が一度も口にしたことがない言葉だが、息子は自然とその言葉を口にしていた。
そしてその言葉の前には、「どんな時も」という言葉が付く。そんな息子から感じられるのは、我が子をひとりにすることはしないという強い思い。
巧が大きくなって怖いものの種類が変わっても息子は我が子の傍にいるだろう。
そしてそれが本来の父親の姿なのだ。








「巧。昆虫はいたのか?」

「あ!パパ!ダメだよ。全然いないよ。やっぱり寒くなるとダメだね?」

「そうだな。昆虫も暖かい場所の方が好きだからな」

庭に出て来た息子はそう言って我が子の頭を撫でた。
そして巧はそんな父親を見上げ嬉しそうにしていた。

「巧。ママが呼んでるぞ。シェフが巧の好きなケーキを焼いてくれたそうだ」

「わあ!本当?やった!フロッケン…ザー……ええっと……ケーキの名前忘れちゃった」

「名前はいいから行きなさい。パパはおじいちゃんと話して行くから」

「うん!分かった!」

巧はそう言って邸の方へ駈け出そうとした。
だが振り向いて父親に言った。

「あ、そうだ。パパ知ってる?グランパはポケットの中に宝物を持ってるんだって!僕見せてもらったんだよ。パパの制服のボタンなんだって!」

ふたりは自分達親子の遺伝子を確実に受け継いでいる巧が邸の方へ駆けて行く姿を見つめていた。だがその足の速さは父親の司よりも母親に似ていた。

「巧はフロッケンザーネトルテが好きなのか?」

祐が言うと息子は「ああ。もともとシュークリームが好きだったが、今はシェフが作ったドイツのシュー菓子が気に入ってる。巧は俺と違って甘い物が好きだ」

「そうか。つくしさんに似て甘いものには目がないか。それで?話があるそうだが仕事のことか?」

「いいや。仕事の話じゃない。クローゼットの奥から懐かしい物が出て来たから親父に見せようと思ってな」

と言った息子がポケットの中から取り出し手のひらに乗せて祐に見せたのは、見覚えのある時計。タマから制服のボタンを貰うよりも前に、「タマ。これを卒業祝いに司に渡してくれないか」と言って渡したものだ。

「….まだ持っていたのか」

「ああ。それで?親父は俺の制服のボタンを持ってるそうだな?」

「これはわたしの宝物だ」

と言って祐はポケットの中からボタンを取り出すと息子と同じように手のひらに乗せると見せた。

「親父はこの時計をタマに渡したとき、時の船に流されるなと伝えてくれと言ったそうだな?」

「ああ。言った」

祐は確かにそう言った。
船は何も無くてもゆらゆらと揺れながら少しずつ前へ進んでいる。
だが何かがあれば、その船はあっという間に流され気が付けば知らない場所に運ばれている。そして何故自分はここにいるのかと思考を巡らせ、元の場所へ戻りたいと望む。だが時の船は前へ進むことは出来ても後ろへ下がることは出来ない。それは人生と同じ。
祐は既にあの頃の息子が荒れた思春期の真っただ中にいることは知っていた。
だが傍にいない父親は、そんな息子に対して何も出来なかった。
そんな祐は一度しかない青春時代を無駄にするなという意味を込め時計を贈った。
けれど、その時計が息子の腕に嵌められたかどうかを知ることはなかった。
だが今ふたりの男が見ているのは、互いがそれを受け取った時の情景。
ひとりは我が子の成長を喜びながらも、手のひらに乗せた小さなボタンに自分が一緒に過ごすことのなかった時を感じていた。
そしてもうひとりは、そっけない態度で箱から時計を取り出し一瞥したたけで、箱に放り込んだ。だが東の角部屋に戻ると再び箱を開け時計を取り出すと手首に嵌めていた。
そんなふたりだったが、あの頃は互いに気に掛けながらも歩み寄ることはなかった。



「親父。今夜一杯やらないか?」

「いいな。そうしよう」

親子の時間と孫との時間は、どちらも祐にとっては大切な時間。
それは息子にとっても同じ。
だから、ふたりはそれぞれの宝物をポケットの中に入れると肩を並べ邸へ向かったが、祐は小さな声で息子に言われた。

「長生きしてくれよ。親父」

だから祐は「ああ」と頷いた。




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コメント
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dot 2020.12.20 14:47 | 編集
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dot 2020.12.22 21:53 | 編集
ま**ん様
親子3世代。
父と息子と孫。
祐。司。巧。
3人ともアルファベットがTの男です。
道明寺家の男達は皆『T』が付くような気がします(笑)
お話を楽しんでいただけて良かったですm(__)m
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.23 21:02 | 編集
司*****E様
こんばんは^^
人は成長するにつれ、見えなかったものが見えてくる。
司も大人になりました。かつては理解出来なかったことも理解出来るようになる。そんな日が来たのでしょう。
親子でお酒を飲み交わす日が来た!(≧▽≦)
本当に大人になりました。
そしてこの親子。ふたりともザルのような気がします。
飲み過ぎないで下さいね!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.23 21:08 | 編集
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dot 2020.12.31 15:07 | 編集
ふ**ん様
グランパ。息子の制服のボタンを持っていた。
そして息子も父から贈られた時計を持っていた。
時が流れて振り返れば、そこには親子の絆があったようです。

マスク越しの会話。
もう一度言ってくれと言うには憚られることもありますよね?そんな時はスルー(笑)
わはは(≧▽≦)
喋った言葉がマスクに文字となって流れる!
いいですねえ。でも悪口言ったらすぐにバレる!(≧▽≦)
本当に昨年は大変な年でしたが、果たして今年はどうなるのでしょうか。
ふ**ん様もお気をつけてお過ごし下さいませ。
アカシアdot 2021.01.03 21:58 | 編集
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