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2020
12.15

グランパ <後編>

ノックの音がした。
いつもなら祐の返事を待ってから開けられる扉だが、待つことなく開かれた扉の向こうにいたのは妻の楓だ。

「あなた!大変です。今、東京のつくしさんから電話があって巧が、あの子が交通事故に遭って怪我をしたそうです!」

祐が短い沈黙を破って声を出したのと、妻が続けようとしていた言葉は重なったが、「怪我はどの程度なんだ?どこで事故に遭った?」と訊いた祐の張り上げた声が妻の言葉を遮った。

「横断歩道で信号が変わるのを待っていたとき持っていた風船が手から離れたの。その風船を追いかけて道路に出たところに車が来て跳ねられたそうよ。怪我の様子は詳しくは分からないけど命に係わるものではないって言ってるわ。あなた、つくしさんを責めないで下さい。つくしさんはちゃんとあの子の手を握っていたんですから。それにあの年頃の男の子は目の前の事に夢中になると周りのことが目に入らなくなるわ」

妻の話を訊いた祐は立ち上った。
そして、「東京に行く。出発の準備をするようパイロットに伝えてくれ」と言って部屋を出た。




どの国へ行こうと旅仕度を必要としない男はジェットに乗ると歯を噛みしめていた。
そして動転している自分を感じていた。だから目を閉じたが気持ちは落ち着かなかった。
そして頭の中に浮かんだのは、息子が刺され生死の境を彷徨った時のこと。あの時アメリカを離れることが出来なかった祐は妻に全てを任せたが、気丈でしっかり者の妻は、取り乱すことなく東京へ向かった。
だが果たして機内ではどうだったのか。自分の息子が重体で集中治療室にいることに平常心ではいられなかったはずだ。それにあの頃の妻はビジネスに徹していたとはいえ、その感情は母親としての方が大きかったはずだ。
そして祐は、我が子によく似た孫が事故に遭ったとの知らせに、居ても立っても居られなくなり東京に行くと言ったが、命に別状がないなら慌てることはないのだが、この思いは息子が重体になったとき駆けつけることが出来なかったことに対しての贖罪の気持ちなのかもしれない。
そうだ。あのとき、息子のことを母親だけに任せた自分は孫に息子の姿を重ねている。
そう思う祐は孫の命に別状がないとしても、ジェットが一分一秒でも早く東京に着く事を願った。







明け方の東京の空は鉛色の雲に覆われていたが、その雲の切れ間から機内に陽が差し込んで来た。
東京に着いた祐は迎えの車に乗った。
運転手は長年道明寺家に仕える木下という男で祐もよく知る男だ。
その男が運転する車で病院に向かうと思った。ところが車は世田谷の邸に行くという。

「木下。巧は邸にいるのか?」

「はい。巧坊ちゃまはお邸にいらっしゃいます」

「事故に遭ったんだぞ?病院にいなくても大丈夫なのか?入院は必要ないのか?」

「はい。わたくしは詳しくは存じませんが司様もつくし奥様もお邸にいらっしゃいます」

祐は孫の両親が共に子供の傍にいることにホッとした。
それはかつて息子が入院したとき、自分が息子のことを母親任せにして父親としての役割を果たさなかったのとは違うからだ。
つまりそれは息子が自分の親を反面教師にしているということ。息子は自分の両親がビジネスを優先して我が子を顧みなかったのとは違い、我が子に何かあれば全てを投げ打って傍にいる男なのだ。

子供は親がいなくても育つというが、それは身体だけだ。
心を育てるには親が傍にいてやる必要がある。それは優しさや自立心を養い、社会性を身に付けるには親が傍にいて身を持って教える必要があるということ。
だが親子の距離は1万キロ以上離れていることが当たり前となり、祐も楓もそれをすることはなかった。しかし、息子はそれを身に付けた。
それは好きな女性が出来たから。大切な人を守って生きていくために自分を変え、そして変わった。
だから祐はそんな息子を自慢に思うも、今の息子にとって父親とは一体どういった存在なのか。ほとんど傍にいることがなかった男は同じ血が流れているだけの存在とでも思っているのではないか。

だが遠い昔。
あれは夏だ。
息子が4歳の頃。
鎌倉にある道明寺の菩提寺からの帰り、家族四人で鎌倉の別荘へ行った。
広い庭を持つ別荘からは海が一望できる。姉の椿はまぶしい陽射しを浴びて、日に焼けるからと言って中に入ったが、司は外がいい。庭がいいと言った。だから祐は付き添って隣に立っていた。
そんな祐の隣で海を行く船を見ていた息子は、「大きいね!あれに乗ったらどこに行くんだろう?父さん、あんなに大きな船に乗ったことがある?」と言った。

息子が言った言葉は覚えている。
だが祐は自分がどんな言葉を返したかは思い出せずにいた。もしかすると、うちにも大きな船があるぞ。とでも言ったかもしれない。
けれど、日が沈むまでそこにいたのは覚えている。そして息子は海と船が好きだと言った。
あの時の息子は水平線の向こう、海に沈みゆく太陽に魅せられたのか、「あんな大きな太陽初めて見た!父さん。あの太陽が次に昇って来るまでここにいるんだよね?」と嬉しそう言ったが、あれが家族4人で出掛けた最初で最後の家族旅行だ。
いや、あれは墓参りであり旅行ではなかった。だが何故鎌倉の別荘に泊まったのか。記憶を巡らせていた時、車は交差点の赤信号で止まった。その交差点を曲がればすぐに邸だ。
その時だった。

『司。あの船の行先は地球の裏側だ。それに父さんは昔、船で遠い国に行ったことがある。いつかお前も世界中を旅する時が来るぞ』という声が聞こえた。

それは若い頃の自分の声。思い出せなかった我が子の問いかけに対する返事が頭の中に聞こえ、息子が幼少期の頃の風景が頭に浮かぶ。
そして何故鎌倉の別荘に泊まったのかを思い出した。
あの日は、祐と楓が子供たちを日本に残しニューヨークへ移る前日だったのだ。だから暫く訪れることが出来ない墓に参るため鎌倉を訪れ別荘に泊まることにしたのだ。
それは息子と過ごした数少ない思い出。
思い出したのだからもう二度と忘れることはない。
だが息子の心にはあの時の風景が今でもあるだろうか。
もしあるなら、あの風景の中には父親である祐がいる。だがあの日から幼い息子に抱えさせたものは期待ではなく義務。そして今なら分かるが背負わせたものの大きさに潰れてしまってもおかしくはなかったのだ。だから息子は潰れる代わりに荒れたのだ。
だがそんな息子も、いつの間にか人生を背負った男の顏になった。










車が邸の車寄せに着くと、すぐに後部座席のドアが開かれた。

「お帰りなさいませ。大旦那様」と言ったのは、今は亡きタマと同年代の執事。

そして聞こえて来たのは、バタバタと走る小さな足音と「おじいちゃん!来てくれたんだね!」の声。祐の目の前に現れたのは交通事故で怪我をしたはずの孫の巧。
その孫が「やったぁ!」と声を弾ませ祐の前でぴょんぴょん跳ねていた。
そして次に現れたのは孫の母親であり息子の妻。

「お父様、おはようございます。いらっしゃいませ!」

社交辞令ではなく心からの歓迎の言葉の後で申し訳なさそうな顏をして言ったのは謝罪の言葉。

「すみません。嘘をついて。ご覧のように巧は交通事故には遭ってません。すごく元気です」

「おじいちゃん!ママ謝ってるけど嘘ついたの?嘘つきはダメなんだよね?ママは僕には嘘ついたらダメだって言うけど自分は嘘ついてるんだね!」

祐は孫の顏と孫の母親の顏を見ながら全てを理解したが、まさか妻の楓が芝居をするとは思わなかった。

「親父。やっと来る気になったか」

「司…..」

祐の前に現れた息子は休みなのか。ラフな服装でそこにいた。

「おふくろは親父は忙しいから巧の誕生会には来れないって言ったが、何わだかまってんだ?俺はガキの頃のことをいつまでも引きずって生きる男じゃねえぞ。大体親父はいい年して昔のこと気にし過ぎなんだよ。おふくろを見てみろよ。あの変わり身の早さ。親父も知ってるだろうが、おふくろは反省とか後悔とかって言葉は絶対に言わない女だ。そんなおふくろは昔のことなんてとっくに忘れて今じゃつくしさん、つくしさんだ。なあつくし」

その言葉から分かるのは、祐が息子との間に距離を感じていたのと同じように、息子も父親との間に距離を感じていたということ。だが息子はそれを解消しようとしていた。
そしてニコニコと笑っている息子の妻は孫から「ママ、わだかまりって何?」と訊かれたが、5歳の子供に、わだかまりの意味が、こだわりだと説明しても分からない。
だから別の言い方をしていた。

「わだかまりっていうのはね、巧のおじいちゃんがパパとの思い出を大切にしてるってことなの。おじいちゃんとパパは親子だから考えてることは大体分かるんだけど、男の人はそれを伝えることが下手なの。それにパパもおじいちゃんのことをとても大切に思ってるの。
だからおじいちゃんとパパは今まで以上に沢山の思い出を作ることに決めたの。その思い出の中で一番大切なのは巧のことなのよ?だから巧。おじいちゃんとパパが楽しい思い出を沢山作るために助けて欲しいの」

巧は分かったような、分かっていないような顏をしたが、母親の言ったそれが幼稚舎のお遊戯会で桃太郎の役をやった時と同じくらい大切なことだと言われれば、すぐに理解出来た。

「親父。誕生会にはおふくろも来る。それからつくしの両親もな。だから巧のためにも楽しんでくれ」










人生の最後は死で終る。
それは誰もが平等に迎える最後。
そして人生というロウソクの長さは生まれた時に決まっている。
だから、したいことがあるならその炎が燃え尽きる前にしなければならない。
祐が今したいこと。それは孫に誕生日プレゼントを渡すこと。
だがその前に孫に頼みたいことがあった。
だからそれを口にした。

「巧、今日からおじいちゃんのことはグランパと呼んでくれないか?」

「グランパ?」

「そうだ。英語でおじいちゃんって意味だ」

「分かったよ。僕英語習ってるけど、その言葉はまだ習ってない。だけど覚えたよ、おじいちゃん!じゃなくてグランパ!」




< 完 > * グランパ *
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コメント
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dot 2020.12.15 18:46 | 編集
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dot 2020.12.16 14:27 | 編集
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dot 2020.12.17 09:16 | 編集
H*様
原作には全く登場しないと言っていい司の父ちゃんの話。
勝手にこんな人だと書いていますが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

コロナ。本当に怖いですよねえ。マスクで予防するしかないのですが、お互いに気を付けて過ごしましょうね。
アカシア。早々に年末年始の帰省を諦めました。
お返事が遅くなりましたがコメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.19 20:03 | 編集
S**p様
寒くなりましたねー。
朝起きるのが辛い…..
「マミィ」知ってますよ(笑)甘い乳酸菌飲料。
ヤクルトよりも酸味が強かったような記憶があります。
幼馴染みの方は母親を「マミィ」と呼んでいた!(≧▽≦)
子供心にはなんで?って思いますよねえ。
ところで「マミィ」。今でもあるんですね!でも売っているのを見たことがないんですが….
今度しっかりと探してみたいと思います。
お返事が遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.19 20:16 | 編集
ゆ**丸様
こんばんは!
原作に名前すら出てこない司の父親。
そんな父親が主役のお話ですが楽しんでいただけて良かったです。
それにしても寒くなりましたねえ。
今年はマスク生活ですので顏は暖かいですが、感染予防に努めながらこの冬を乗り切りたいと思います。
ゆ**丸様もご自愛下さいませ。
お返事が遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.19 20:19 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
原作には姿形が無い父親のお話。楽しんでいただけたでしょうか。
それにしても楓ママが一芝居打つとは!(笑)
司パパは孫の怪我に我が子を重ねたことは間違いありません。
そして急いで駆け付けてみれば….というお話でした。

それにしても寒いですね!
アカシアは寒いのは大の苦手ですのでマフラーも手袋も、そして最終的には背中にカイロを貼ります!

今年も僅かとなりましたが本当に今年はコロナで始まりコロナで終りました。
そしてコロナはまだ続いています。
来年はどのような年になるのでしょうか。色々あった一年で疲れました(笑)

司*****E様もご自愛下さいませ。
そして年末のライブ!楽しんで下さいね!
遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.19 20:25 | 編集
と****マ様
おはようございます^^
司パパの姿は本編に登場したことがありませんよねえ。
ただ楓ママのご主人で道明寺家の人間ですからねえ。それなりの方なのは間違いありません。
ワハハ(≧▽≦)
楓ママの「変わり身の早さ」と「反省と後悔のなさ」に笑ったんですね?
孫が生まれたらそれはもうあの楓ママも変わりますよ(笑)
え?司パパの孫への誕生日プレゼントが気になりますか?
さあ、何でしょう。アカシアも分かりません(笑)

寒波襲来。本当に寒いですねえ。
アカシアは寒さが苦手ですので身体に堪えます。
と****マ様もご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.12.19 20:29 | 編集
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dot 2020.12.31 14:28 | 編集
ふ**ん様
楓の辞書に反省や後悔という言葉はありません。
それを息子司は知っています(笑)
そして楓。
演歌歌手になって津軽海峡冬景色を歌うこともありますが、なかなかの女優です(笑)
そして「おじいちゃん」ではなく「グランパ」。
司の父親の祐。顏は知りませんが、その呼び名が似合う男だと思ってます。
そうそう。一度しかない人生です。出来ることなら後悔しないように生きたいです!
でも後悔がない人間はいないと思っています。
かく言うアカシアも.....
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2021.01.03 21:53 | 編集
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