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2020
12.04

Love Affair 27

「お久しぶりね。牧野さん。と言っても久しぶりと言うには長い年月が経っているわね」

そんな挨拶をした女性の顏に笑みはなかった。

恋人に連れられニューヨークに飛んだつくしは、かつて追い返された広い邸の客間でひとりの女性と向き合っていた。それは女性が息子から告げられた結婚の意思についてふたりだけで話がしたいと言ったからだ。

「あなたは12年も司のことを思っていた。つまりあなたは息子のために女性として一番いい時を無駄に過ごしたのね」

目の前に座った女性の冷たい表情と声には慣れているつもりだった。
だが最後に会ったのは12年前。だから大人になり社会人として世間を知ったつくしは、こうして再び鉄の女と呼ばれている女性と対峙すれば、道明寺の社長である女性から自分に向けられる視線にあの頃以上の冷たさを感じていた。
けれどあの頃、酷薄さを感じた女性も確実に年を取った。12年分の年を取った。
それは手入れされていても少しくすんだ皮膚の色や、あの頃にはなかった目尻の皺が重ねた年齢を感じさせたからだ。

「あなたは司があなたのことを思い出さなければ一生独身でいるつもりだったの?それとも司を追いかけるつもりだったの?」

我が子から牧野つくしと結婚すると訊かされた女性は、ノーともダメだとも言わずそう訊いた。

「一生独身でいたかどうかは分かりませんが干支がひと回りしたところで忘れることに決めていました。その前に司さんがお見合いをして結婚をすることを訊いて彼の傍で過ごすことを決めました。私はその中で司さんが私のことを思い出すことを望んでいました。でも思い出しませんでした。それに私には到底出来ないことを求められたので離れることを決めました」

道明寺楓のことだ。
見合いをすることが決まっていた息子の傍にいた女のことは耳に入っていたはずだ。
そしてその女が牧野つくしだということも知っていたはずだ。
だが、そのことが気に入らなければどんな手を使っても早々に排除していたはずだ。だがそれはなかった。

「それでベトナム行きを決めたということかしら?」

「はい。ベトナムで彼のことを忘れて仕事に人生を捧げようと思いました」

「仕事に人生を捧げる?随分と大袈裟ね?それで司のことは忘れることが出来たのかしら?あの子があなたのことを思い出してベトナムへ行ったとき、あなたはあの子を相手にしなかったそうだけど?」

その言葉に、やはり道明寺楓はふたりのことを知っていたのだと思った。

「はい。一度ケジメをつけた気持ちでしたから今更という思いがありました。だから好きな気持ちを隠して素っ気無い態度を取りました。でも分かっていたんです。多分私は一生彼を愛し続けるだろうと。たとえ彼が結婚しても私は彼の姿を一生見つめ続けることになるだろうって….」

道明寺楓はつくしの言葉に暫く時間を置いて「そう。それならあの子が結婚しても愛人になればあの子の傍にいることが出来るわよ」と言った。
ふたりの結婚に対してノーともダメだとも言わない女性は、やはり息子の結婚相手としてつくしは相応しくないと言っているのか。そして愛人の立場でなら傍にいてもいいと言うのか。
だがつくしは自分の倫理観に反してまで好きな男性の傍にいることは出来ない。
だから愛人にはなれない。

「私は愛人にはなれません。結婚した彼の….奥様を悲しませることは出来ません。それに私は愛する人のことは一人占めしたいからです。誰かと彼を分かち合うことは出来ません」

つくしは恋人にも言ったことと同じことを言った。

「そうかしら?私はあなたが愛人向きだと思えるわ」

その言葉の意味は、やはりつくしを息子の伴侶として認めないということなのか。
それに結婚を約束した相手の母親から愛人向きだと言われるということは、あの頃と同じでお金目当てだと思っているのか。

「何故わたくしがあなたを愛人向きだと思うのか。理由を訊きたい?」

「はい」

「それはあなたが真面目だからよ」

そう言われたが、真面目だから愛人向きの意味が分からない。
だが道明寺楓の冷たい表情と声が少しだけ変わったのは、目だけが薄く笑ったからだ。
そしてそれはつくしが初めて見た顏だ。

「世の中の愛人の殆どがお金目当て。だから彼女たちはお金が無くなれば男性から離れていくわ。それは女性も男性から遊ばれることを分かってそういった関係でいたから。だけど相手と金銭的なことで繋がっていない愛人は逆に自分が相手を養うことをするわ。妻という立場にいなくても何があっても相手の傍にいる。つまり本当の愛人になる一番の条件は真面目なこと。特に妻子のある大企業の経営者の愛人になるためには真面目さが必要ね。現にわたくしが知っている愛人と呼ばれる女性たちは真面目よ。奥様もそんな女性たちの存在を認めているわ。
牧野さん。あなたは真面目でひたむきだわ。それに自堕落なところがない。だから愛人向きなのよ」

真面目だと褒められるのは嬉しいが、まさか結婚したい男の母親に愛人になることを勧められるとは思わなかった。

「わたくしが言いたいのは人間の本性は困難な時にこそ出るということ。
たとえ愛人と呼ばれる立場でも愛する人が窮地に陥れば自分が持っているものを手放すことを厭わない女性もいるわ。それは愛している人を支えたいから。男性にお金がなくてもその人の傍にいて支えたいという思いがそうさせるのでしょうけど、それが男性への愛の証。
牧野さん。あなたはこの12年間、苦しい思いをしたのでしょう?何しろ司の女性関係は控えめとは言えなかったのだから。それでもあなたはあの子のことを思っていた。そしてあの子があなたのことを思い出せばきっとあなたの元へ駆けつける。それだけは分かっていたわ。だから一生に一度。わたくしが親としてあの子にしてやることが出来るのは、あなたとの結婚を認めることのようね?」

そこで道明寺楓の唇は無言になったが、その唇は息子と似ていた。
そして最後に溜めていた言葉を口にしたように思えた。

「それにしてもあのプライドが高い息子があなたのことになると周りが見えなくなるのは昔も今も変わらないわね。ホテルでのこと。支配人から訊いたわ。あなたを追いかけ回したそうね?それからあの子。あなたとの結婚を認めないなら会社を辞めてあなたの愛人になるそうよ?あなたはそんな司とでも一緒にいたいのかしら?」

道明寺楓はそう言ったが、今度は目だけではなく口元にも薄い笑みが浮かんでいた。

「はい。一緒にいたいです。それに彼ひとりくらい養えます。それから私は雑草と呼ばれた女です。だからどんな環境でも逞しく生きていく自信があります」











「それで?」

「それでって何が?」

「だから俺との結婚についてなんて言ってた?」

部屋を出たつくしを廊下で待っていた恋人は急かすように訊いた。
だからわざと勿体ぶって見せた。

「そうねえ……」

「そうねえって焦らすな。早く言え」

「あんたは私と結婚出来ないなら会社を辞めて私の愛人になるって言ってるけど、それでもいいかって訊かれた。だからはい。って答えたわ。そうしたら頷いてくれたわ」

「そうか!これで俺たちも夫婦になれるな」

「そうね。並の夫婦じゃないかもしれないけど、それはまた別の話よね?」

「つくし。俺たちは並の夫婦じゃない。何しろ俺たちが結婚するまでかかった時間は並じゃないからだ。ただ本当ならもっと前に俺たちは結ばれていたはずだ。だから12年もかかったのは俺が悪いとしか言えねえ。だが俺はお前を12年も待たせた分だけ最高の夫になる自信がある」

臆面もなく自分は最高の夫になると言った男は「それで?新婚旅行はどこにする?」と言うと最愛の人を抱き上げた。





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