fc2ブログ
2020
10.05

夜の終わりに 最終話

結婚を前提とした付き合いをしたい。
はじめは男性との付き合い方をどうすればいいのか分からず戸惑いを感じていた。
だが互いを分かち合い、語り合えばその戸惑いは消えた。
そしてつくしが前提を約束に変えたのは半年が過ぎてから。
気持よく晴れた春の日に結納を交わしたが、それはふたりが出会ってからおよそ1年後のことだ。そして半年後にふたりは結婚することを決めた。







午後の遅い時間。
ふたりが乗ったプライベートジェットは離陸の順番を待っていた。
行き先はニューヨーク。勤めていた会社を辞めたつくしは、旅行鞄に着替えだけを詰め司の出張に同行することにした。
それは傍にいたいと思える人と出会ったからだが、婚約者となった司も彼女を腕に抱いて目覚めたいと思った。
だがその女性が司に身を投げ出した頃は、たどたどしく愛の言葉を口にしていた。けれど自分の感情を素直に出すことを始めれば、彼女の存在は司の中で埋められることがなかった場所を埋めた。そして彼女が自分の傍にいることが呼吸をするのと同じくらい自然なことだと思えた。
だがそんな彼女は絆が深まるほどこだわることがある。
それはこれまでも何度か口にしたこと。
しかし司はその望みを叶えることは出来ない。
それは___





「ねえ。どうしてそんなに頑ななのよ。何も全部切りたいって言ってるんじゃなくてちょっとだけ切らせて欲しいだけなのに」

「ちょっとでも嫌だ」

婚約者となった男の髪の毛は特徴がある。
それは癖が強いということ。
つくしはその癖のある髪を切らせて欲しいと言った。
けれど男は絶対に嫌だと言う。

だが切らせてもらうことが出来なくても、手を伸ばせばいつでも触ることが出来るその髪は、言わばつくしだけのものだ。しかしそれでもいつかその髪を切ってみたいという気持がある。
そしてそんなつくしの思いを知っている男は、アマチュアの理容師がスイス製のハサミを持って来ても絶対に切らせるつもりはないと言った。

「ねえ。だからどうして嫌なのかその理由を訊かせてよ」

司は婚約者の、どうしても彼の髪を切ってみたいというおかしな欲求に応えるつもりはないが理由を訊かせて欲しいの言葉に話し始めた。

「俺が子供の頃。幼稚舎の頃だったが何を思ったのか姉が俺の髪を切った」

どこの家も姉と弟という女性が年上の組み合わせはそうなのか。
両親が不在の邸で司の世話を焼く椿は弟の髪が伸びたのが気になったのか。私が切るからと言いって司を三脚のスツールの上に座らせると彼の首にタオルを巻いた。
そしてストレートの長い黒髪の姉とは違い癖のある弟のふさふさとした髪を櫛でとくとハサミを入れた。

「姉は大胆と言えば聴こえはいいが大雑把な所がある。切り始めた姉はバランスのとり方がヘタクソだった。右を切れば今度は左という調子で切り始めたが俺は幼いながらも床に落ちる自分の黒い巻き毛の余りの多さに唖然とした。だから姉を止めようとした。だが姉は大丈夫。まかせなさい。と言って切るのを止めなかった。その結果、俺の髪は極端に短い髪になった。前髪を確認しようと手を伸ばしたが確認することが出来なかった。
だから帽子で頭を隠して幼稚舎に通った。教室に入っても帽子を取らなかった。
だがあるとき幼馴染みに帽子を取られ大笑いされた。それ以来姉が俺の髪を切ることはなくなったが、あれはトラウマだ」

つくしが会った婚約者の姉椿は人の話は訊かない。思い立ったら即行動という人物であり初めて会った時、いきなり抱きしめ「弟と結婚してくれるなんて!ありがとう、つくしちゃん」と礼を言われ、その行動に圧倒された。
そして買い物に行きましょうと連れられて行ったのはイタリアの有名ブランドの店。
テンションの高い女性は、いくらつくしが断ってもプレゼントをすると言ってきかなかった。


「そんな訳で俺は髪の毛については譲れないものがある。ああそれから癖毛の人間は一度はこう思う。ストレートにしたいってな。だから高校生の頃だが一度だけストレートにしてみた。だが数時間で元に戻った」

と言って肩をすくめたが、司は自分の癖のある髪が気に入っている。
そしてその髪がくしゃくしゃになった状態で裸の肩に触れれば、「くすぐったい」と笑う声が好きだ。
それに伸びた髭を肩に擦り付ければ、「もうやめてよ!」と言って吐いた息が頬にかかるのが好きだ。
そして司はそう言う女の唇にゆっくりと笑みが広がっているのを知っている。






ジェットは離陸すると東京上空を旋回して機首を北北東に向けた
ふたりの前にコーヒーの湯気が漂い始めると機内に流れるのはジャズ。
それはニューヨークで一緒に訊いた曲。
だが出会ったのは真夜中で山奥の誰もいない駅前。そして心を奪われた瞬間は夜の終わり。
そんな風に出会ったふたりは、今度はこうして暗い夜空へ飛んで行こうとしているが、向かっているのは未来。それも不確かな未来ではなく目的のある未来だ。
だから隣同士に座ったふたりは、男が右手で女は左手で互いの手を握っていた。





< 完 >*夜の終わりに*
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.10.05 06:30 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.10.05 07:40 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.10.05 14:37 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
髪を切らせる、切らせない。そんなことで揉めるふたりは仲がいいということでしょう(笑)
ある程度の年齢がいけば、それぞれの経験から長く付き合わなくても分かることもあると思います。出会って1年での婚約も勢いが付けばGOサインが出るのも早いということでしょうね。
そして大人になれば時間をかけずに自分の思いをはっきり口にするのも、ありかもしれませんね!
最後までお付き合いをいただきありがとうございましたm(__)m
アカシアdot 2020.10.08 19:59 | 編集
ふ*******マ様
真夜中の駅前での出会い。
それはうたた寝から始まった出会いでしたが、運命の出会いだったんですねえ。
司の持ち前の行動力で好きになった女をゲット!
そしてその女から髪を切らせて欲しいと言われていますが、どうするのでしょう。
少しくらい切らせてあげればいいのにねえ。
でも「あ、失敗した。もう少し」と言いながらどんどん短くなって…..ということにならないように願いたいですね(笑)

アカシアdot 2020.10.08 20:04 | 編集
ま**ん様
まるで縁がなくても結びついてしまうふたり。
神様がふたりはこうなるべきと決めているのでしょうかねえ。
きっとふたりが惹かれ合うことは遺伝子レベルで決まっているのでしょう(笑)
最後までお付き合いをいただきありがとうございましたm(__)m

アカシアdot 2020.10.08 20:10 | 編集
S**p様
いつもよりクールで大人の雰囲気の坊っちゃんでしたか?(笑)
そんな男も幼い頃、椿さんに前髪が掴めないほど髪を切られたことがトラウマになっているようで髪には拘りがあるようです(笑)

そして火曜サスペンス劇場で話がこんがらがる!
スミマセン。御曹司だったり短編だったり、あっちこっちで書いているのでそうなりますよねえ。そんなアカシアにいつもお付き合いをいただきありがとうございます!(≧▽≦)
アカシアdot 2020.10.08 20:16 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top