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2020
09.27

夜の終わりに 37

これまで意識したことがなかった身体の一部が痛いのは仕方ないにしても、あちこちに口づけの痕があるとは思いもしなかった。
だがそれが男と女が愛し合うということであり、ふたりがした行為以上に男と女の仲を近づける行為はなく、つくしは秘密の扉を開け別の世界に足を踏み入れた。
だが抱き合ったことで相手のことの全てが分かるとは言わないが、知らなかった世界に足を踏み入れたとき、恋人の態度には経験不足のつくしに対しての気遣いというものがあった。
そしてその世界から戻るとき、気だるさと、優しさに包まれていたが、朝起きてどんな顏をすればいいのか分からなかった。
すると恋人は、つくしの腰に腕をまわし抱き寄せ、「そんなに一生懸命考えなくていいんだ」と言い、本能の糸に引き寄せられるまま唇を重ね再び愛し合った。
そしてニューヨークを後にして東京に戻ってからのふたりの関係は前に進んでいた。
それは、抱き合ったことで遠慮なく言いたいことが言えるようになったということ。
互いに自分のことを語り合うことをすれば、恋人のそばでゆったりとくつろいでいる自分がいることに気付いた。





ある休日。
ふたりは司の部屋で夕食を済ませるとコーヒーを飲んでいた。
そして司は恋人が自分の頭に視線を向けていることに気付くと言った。

「どうした?さっきから俺の頭ばかり見ているようだが何か気になることがあるのか?」
すると「うん。前からその髪型に興味があって…..」と言ったが、これまで面と向かって司の髪型について訊いた人間はいない。

「興味?」

「うん…….ねえ…..その髪の毛。お母様じゃなくてお父様似なのは分かったけど、手入れするの大変じゃない?」

恋人の口から出たのは司の髪の手入れについて。
癖の強い巻き毛は父親譲りでシャワーを浴びた後はストレートになる。
その髪をカットするときは濡れた状態から切るのか。それとも乾いた状態で切るのか気になっていたという。

「そんなことを訊いてきた人間は初めてだがどっちだと思う?」

司はそう言って面白そうな顏をした。

「…..多分…..濡れた状態じゃない?」

「残念だが外れだ。俺の髪は濡れると何故かストレートになって癖がなくなる。そんな髪だが昔濡れた状態でカットをして乾いたらとんでもない髪型になった。だから乾いた状態でカットする」

と司は答えたが、「ふーん」と感心した恋人は、まだまじまじと司の頭を見ていた。
だから「どうした何か他にも気になることがあるのか?」と訊いた。
すると「うん」とだけ答えた恋人は、その先をなかなかなか言おうとしない。
そんな恋人に司は先を促した。

「訊きたいことがあれば遠慮なく言えばいいんだぞ?」

すると恋人は、「うちね。弟が小学生の頃は家で散髪してたの。初めは母親が切ってたんだけど、そのうち私が任されて切りはじめたの。だから資格は持ってないけどコツは心得てるの」
と、何故か自信満々な顏で散髪が上手いと言った。

司は何故か嫌な予感がした。
だからその思いを口にした。

「おい。なんだか嫌な予感がするんだが?」

「え?嫌な予感?」

それは、とぼけた調子で返された言葉。

「お前、まさかとは思うが俺の髪をカットしたいって言うんじゃないだろうな?」

司の髪は黒い巻き毛で厚みがあるがふさふさとしている。
そんな髪を月に一度カットするのは一流と言われる美容師。長年その男が司の髪のカットを担当してきた。だからニューヨーク時代はその男を日本から呼んでいたくらいで、他の人間が司の髪を切ったことはない。

司は自分の髪に手を当てた。
世の中には自分の髪型にこだわらない人間もいる。だが司はこだわる。
癖が強く扱いにくい髪だが、この髪にはこだわりがある。
そんな髪を恋人は「本当にくるくる」と言っていたが、まさかこの髪にハサミを入れたいと思っているなど思いもしなかった。

「おい。頼むから冗談はやめてくれ。コツを心得ているってのは弟に対してだろ?悪いが俺の髪は弟とは違う。いや弟がどんな髪か知らないが俺はお前がどんなにカットが上手くても絶対に切らせるつもりはない。それに俺の髪にはサムソンと同じで力がある」

動揺とまでは言わないが口を突いたのは髪に関しての伝説を持つ男の話だ。
旧約聖書の登場人物であるサムソンは怪力の持ち主として有名だが、その怪力は神から与えられたもので、その力で自分達の民族が他民族から圧迫を受けことのないよう守っていた。
そんなサムソンの力の秘密を敵は知りたがった。
だから敵は彼の妻デリラを買収し、サムソンの力の秘密を訊くように言った。
その秘密とはサムソンの怪力は髪を切れば失われるということ。
だからサムソンは生まれてからずっと髪を切ることがなかった。
そして妻に自分の力の秘密を打ち明けたサムソンは、寝ている間に自分を裏切った妻に髪を切られてしまう。すると彼の怪力は失われ、目玉をえぐられ牢屋に繋がれるという話。
だが、髪は時間と共に伸びる。だから髪が伸びたサムソンは力を取り戻し、自分をこんな目に合わせた人間たちを道連れに死んでいく。
そんなサムソンを引き合いに出した男は立ち上がると恋人の手を掴み、司の髪を切りたいなどと言い出さないうちに、それにまさかとは思うが勝手に切られないように「俺の髪を触りたいなら好きなだけ触らせてやる。ただしベッドの中でな」と言って恋人をベッドルームへ連れて行こうとしたが、その前に短く熱烈なキスをしていた。




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コメント
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dot 2020.09.27 08:55 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
抱き合うことで全てが分かる訳ではないが、それでも抱き合うことは全てをさらけ出すこと。
そうですよねえ。肌を合わせて分かることもありますからねえ。
司の髪に興味のある女は、その髪を切ってみたいと思ったり(笑)
ふたりの付き合いがもっと深くなれば、少しくらいなら切らせてもらえるかもしれませんね?
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2020.09.30 23:08 | 編集
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