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2020
08.30

やさしさを集めて <後編> ~続・天色の空~

「この子!飼うことにしたのね?」

妻の嬉しそうな声は司の足元でじゃれている犬に向けられていて、しゃがむと子犬を抱き上げ柔らかなグレーの毛に頬を寄せた。

「かわいいわよね。ほら見て、モコモコしてぬいぐるみみたい」

妻はそう言うと「よしよし」と犬の頭を撫でていたが、その態度には大きな安堵感が見えた。

司はシベリアンハスキーのメスの子犬を飼うことにした。
それは漣が言った澪が結婚してニューヨークで暮らすようになり母親が寂しさを感じている、を訊き入れた形になったが、夫である司も妻が寂しさを抱えていることに気付いていた。

それは呟かれた「澪。どうしているかしらね?」の言葉もだが、母親と娘は親子だが友人のようでもあった。買い物に行けば、これ可愛い!とふたりで盛り上がる。買うか買わないかと迷う姿は無駄遣いをしない母親の姿を見て育った娘らしいと思った。
それに司の寝起きの頭に「ほんとお父さんの髪って癖が強すぎ。私似なくて良かった!そんなクルクルじゃあ櫛が通らないわ」と言って笑うがその笑い方は妻と同じだ。

そして高齢出産で生まれた双子の子育ても澪が手伝ってくれた。
勿論、司も手伝った。だが男と女では視点が違う。いくら男が積極的に子育てを手伝うと言っても気付かないことが多い。だが澪は母親が何を求めているのかすぐ理解した。
そして双子が初等部に通い始めると母親が持つ「はらはら」や「どきどき」という感情ではなく、姉として弟を見守り何かあれば手を差しだすという態度でいた。
そんな澪の目は、高校生の頃の司のことを心配していた姉椿と同じ目をしていた。

そして澪は周りが自分のことを社長のお嬢様と呼ぶのを嫌っていた。だから弟たちが社長のお坊ちゃまと呼ばれると、「弟たちはただの子供です。それに名前があります」と言ったと妻から聞かされたとき、頼り甲斐のある娘が妻の傍にいてくれることを感謝した。

だがその娘も嫁ぎ、息子たちが母親のスカートに纏わりついていたのも遠い昔だ。
鯉のぼりを上げることも兜も飾ることも無くなった。廊下の柱に二人が背の高さを競うために刻んだ傷は、毎年少しずつ高くなっていたが、最後の傷は10歳。刻まれた高さは母親の背の高さを越えていた。

高校生になった双子たちは、その頃の自分を振り返れば分かるように自分達の世界がある。
そして、高校を卒業すれば親元から離れ独り立ちをすることになるが、母親は寂しいとは言わないはずだ。だが心の中には夫には見せない寂しさがある。
だから動物の感情に添うことが出来る漣は、母親の傍に犬がいれば寂しさを紛らわせることが出来ると思ったようだ。
そして司は漣が言った通り苦手だった犬もサスケがいることで慣れた。





「ねえ。名前、なんて付ける?」

「名前。付けてなかったのか?」

「だって名前を付けても飼えなかったら悲しいじゃない?だから司が飼ってもいいって言うまでワンちゃんって呼んでた」

名前を付ければ愛着がわく。だから名前を付けなかったのだろう。
だが妻は、この犬が飼われることは分かっていたはずだ。
夫が妻の頼みを断れないことなど分かっているのだから。

「ワンちゃんか….」

「そう。ワンちゃん。でもこうして司が飼っていいって言ったことだし、司にも名前を付ける権利はあるわよ?だからいい名前を付けてあげて」

司に名前を付けさせようとするのは愛着を持たせようとしているのだろうが、双子の名前は付けたが動物の名前を付けるのは初めてだ。

「犬の名前を付ける、か」

「そうよ。漣は自分の犬にサスケと付けたでしょ?それに猫にはサクラ。あの子和風の名前が好きみたいだけどこの子の名前どうする?」

司は妻の腕に抱かれている小さな犬が大きな黒真珠のような瞳で自分をじっと見つめている姿にひとつの名前が浮かんだ。
それは___

「……ソニア」

「ソニア?」

「ああ。そうだ。ソニアだ。この犬の名前はソニアだ」

「ソニア、ソニアちゃん。いい名前ね!ワンちゃん。今日からあなたの名前はソニアよ!」

そう呼ばれた仔犬は分かったと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「ねえ司。撫でてあげて?この子、耳の後ろを掻いてあげたら喜ぶの!」

そう言われた司はソニアの左耳の後ろを掻いた。
すると仔犬は目を閉じて気持ちよさそうな顏をした。












風に乗って薫るのは秋の香り。
犬が苦手だった男が敷地内で犬を散歩させているなど誰が想像しようか。
だが司は少し大きくなった犬を妻と一緒に散歩させていた。

「まさかお父さんが犬を飼い始めたなんて。英から連絡を貰った時は信じられなかったけど本当だったのね?」

ニューヨークから一時帰国した澪は父親が犬を連れた姿に目を丸くして驚いてみせた。
父親が犬を飼うことを決めたのは、澪が結婚してニューヨークで暮らし始めたことで寂しさを募らせる母親のため漣が考えたと英から訊かされたが本当の理由は違うと思った。
母は娘がどこで暮らそうと、いつでも会えることを知っている。何しろ高校生の頃、航空券だけを握りしめ父親に会う為ニューヨークへ行くような人間だ。つまり行動力のある母は会いたいと思えば飛行機に飛び乗って娘に会いに来るはずだ。
それに澪は母のことを一番知っているのは自分だと思っている。何しろ家族の中で一番長い付き合いなのは自分だからだ。
だが、母が全く寂しさを感じていなかったと言えば、それは嘘になるはずだ。
「ねえ。近いうちに日本に帰る予定はあるの?」そんな言葉を訊いたのは父が長期出張の時だった。
そして父が犬を飼うようになったのは確かに漣の知恵が働いたからだと思った。

将来獣医師になりたいという漣。
その漣は父親の犬に対しての苦手意識を変えたいと思っていた。
だから母親が犬を飼うことを望んでいると父に思わせることにしたのだ。そして母も漣に協力したはずだ。
だが澪は思った。父親は父親で漣の考えを読んでいるはずだ。
息子には厳しい父親かもしれないが、そんな父には道明寺司らしいやさしさがある。
それは澪が亡くなった育ての父と縁のある寿司屋に連れて行かれた時のことだ。あの時の道明寺司は澪に直接的な言葉をかけることなく行動で見せることをした。
そんな父親が今回とった行動は我が子に騙されてやるということ。そして、それをきっかけに犬への苦手意識を克服することにしたのだ。

父は家族を愛している。
それに家族を守るためならどんなことでもするだろう。
だから父は人生を少しだけ変えることにしたが、それは年を取った証拠だ。
そして自分の跡を継ぎたいと言う英よりも末っ子で獣医師になりたい漣のことを心配している。
だがそれは英も同じ。たとえ数分の差でも早く生まれた英は、自分は兄であり漣は弟という意識を持っていて常に弟のことを気に掛けていた。

それにしても父はどんな顏をして犬を受け入れたのか。その時の顏が見たかったが、今こうして犬を連れて散歩をしているふたりの姿は疑うことなく仲のいい夫婦だ。
だが長い結婚生活の中で、いつも笑顔でいられるわけがない。澪は見たことがなかったが夫婦喧嘩もあったはずだ。
そして家族だからこそ相手を思いやる心は必要だ。
それは家族だからといって自分に向けられるやさしさを当たり前だと思ってはいけないということ。
父も母も自分達の人生からそれを知っている。そして澪も血の繋がりは無かったが愛情を注いでくれた父のやさしさを知っている。だから漣も自分に向けられたやさしさにいつか気付くはずだと思いながら「お父さん!お母さん!ただいま!」と言ってふたりに近づいて行った。






< 完 > *やさしさを集めて*
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コメント
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dot 2020.08.30 13:30 | 編集
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dot 2020.08.31 21:46 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
澪ちゃん里帰りしましたが、久し振りに家族5人で楽しい時間が過ごせるといいですねえ。
Jくんのお誕生日!そうでしたか。もう37歳ですか。
早いですねえ。坊っちゃんもうそんな年になりましたか。
そして今年もあと4ヶ月となりましたが、彼らがグループ活動出来るのも4ヶ月。でも今の状況では思うように活動が出来ないと思いますが、解散ではないのでいつかまた皆で揃う時が楽しみですね?

コンビニスイーツ。あなどれません。美味しいスイーツ沢山ありますよねえ。
ほうじ茶パフェなるものも売っているんですね!美味しそう...スイーツはすでに秋の気配ですね?(^^ゞ
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.09.02 21:35 | 編集
と****マ様
今晩は^^
司パパ。息子たちよりも上手です!
そして澪はしっかりした女性に育ってます。
え?そんな澪を妻にした勇者が気になりますか?弁護士ですがどんな男性なのでしょうねえ(笑)
お嬢様。小学生ながら育児書を読んでスタイを縫う!凄いですねえ。とても頼り甲斐のあるお嬢様ですね。

ソニアちゃんはハスキーです。モフモフ系のワンちゃんですので夏の暑さは辛いですが、きっと道明寺邸は全館冷房中のはずです。
そして坊っちゃんとハスキーの女子。お似合いだと思います(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.09.02 21:44 | 編集
名無し様
ご感想ありがとうございましたm(__)m
アカシアdot 2020.09.02 21:54 | 編集
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