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2020
08.25

夜の終わりに 32

恋人を照れることなく褒めることが出来るのは、海外での生活が長かったからか。
朝食のコーヒーを飲んだ後、男性の口から出たのは、よく似合っているという言葉。
昨日のうちに今日はドライブに行くからと言われたが、それらしい洋服は持って来なかった。すると用意していると言われ部屋のクローゼットに吊るされていたのは、サーモンピンクの生地にフラワープリントがされた長袖のワンピース。生地はシルクでフランスの有名ブランドのタグが付いていた。

向かったのはマンハッタンから車で1時間ほどにあるコネチカット州ニューケイナン。
豪華な家が建ち並び避暑地の雰囲気が感じられるが、街の中心部に目立つ看板は一切なかった。訊けばここは全米有数の高級住宅街で景観が守られていると言った。

「ここも学生の頃に来たことがある場所なの?」

昨日の夜は学生時代に通ったジャズクラブに案内されたが、ニューヨークから1時間ほどで来ることが出来るここも男性がよく訪れた場所なのか。

「いや。来たことはない。だがここはニューヨーク郊外と言われる場所だ。だからうちの社員たちの中にはこの辺りに住んでいる人間もいる。その男からここには気持ちが休まる場所があると言われた」

と言ったが、高級住宅街なら社員は役員クラスを指しているのだろう。
そして、街の中心部から移動したのは深い森の中。そこは元々競走馬の訓練をする場所だったところに出来た教会が運営するアートと自然が融合したコミュニティセンターだが、誰でも自由に利用できる憩いの場所。
設計は日本人の建築家だと言われたが、別れて建つ教会やカフェ。図書室や体育館といった建物が木造屋根の回廊で繋がっているところに日本人らしい意匠が感じられた。
そしてここはニューヨークの喧騒とはかけ離れた自然を満喫できる場所だ。目の前に見えるのは緑の風景だけ。広大な敷地にあるという牧草地や池や湿地は、散歩をするには丁度いいと思えた。


「魑魅魍魎がうごめく世界にいるとこういった場所が息抜きになる」

カフェでコーヒーを飲みながらそう言った恋人は、ここにつくしと一緒にいて緑の広がる敷地を眺めているのが心から楽しいと言ったが、それは意外なことだと思えた。
だがどんな人間も本当に心を許した人間にだけ見せる態度があることも知っている。
だからこうして結婚を前提に付き合い始めたつくしに見せる態度は、きっとこれまで誰にも見せたことがない態度だ。

「ビジネスの世界で必要なのは判断力だが、その判断力が正しかったかどうか分かるのは結果だ。ビジネスは結果が全てでありその過程は必要ない。それにビジネスは方向性を誤ればダメになる。若い頃好き勝手をした人間でも大きなものを背負った以上それを途中で投げ出すことは出来ない。つまり俺の仕事はストレスがないとは言えない」

道明寺司は世の男性の誰もが羨む立場にいる人間ではあるが、相当な覚悟をもって跡を継いだことはよく分かる。

「俺はお前に俺と同じようなストレスを抱えて欲しくはない。親父は早く孫の顏を見たいと言った。だがお前は子供を作る機械じゃない。だから親父の言ったことは気にしなくていい」

確かに早く孫の顏を見たいと言われた。それに母親にも妊娠していないことを残念がられた。それを気にするなと言ったが、そうなるためには結婚しようと決め、子供を作ろうと決めなければならない。
つくしはペントハウスに泊まることになり、結婚を前提に付き合い始めた男性から、お前がその気になるまで待つと言われた。つまり、関係を深めるタイミングはつくしに任せるということだ。とは言え、その気というのが難しい。
つくしは受けた教育が古かったのではないが、自分から男性に言い寄るなど考えたことがない。
それにそれは裸になって相手に気持ちよくしてもらいたいと思うことだが、言葉にすればとんでもなく恥ずかしい言葉であり、そういう気持になった時どう伝えればいいのかが分からなかったが、行動で示せばいいのか。
と、言うことは、いきなりキスをする?相手に抱きつく?それとも相手が寝ているところを襲えばいいということか?

「どうかしたか?」

「え?」

「眉間に皺が寄ってるが?」

「眉間に皺?」

「ああ。何か心配事でもあるのか?」

「え?うんうん。別にないわよ?」

と答えたが何も経験したことがない女は、大人の目をしてはいるが間の抜けた顏をしているはずだ。




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dot 2020.08.25 14:03 | 編集
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