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2020
08.08

天色の空 最終話

あれから4ヶ月が経った。
空気は入れ替わりヒンヤリとしたものに変わり、夏は涼しげな木陰を作っていたプラタナスの葉も紅葉していて秋が深まって来たのを感じた。

ドアを開けて入ったのは、ビルが建ち並ぶオフィス街にある喫茶店。
そこは私が初めて道明寺司に会った場所で、再びここで男性と会う約束をしていた。
店内には客が4人いるだけで静かだった。そしてあの時と同じ席に座り男性が現れるのを待っていた。

道明寺司が私の本当の父親であることを知ったのは父が亡くなってから。
と、同時に知った育ての父である天草清之介の恋と母の思い。
それらは私の知らないところで育まれていた思いだが、彼らが私に寄せてくれた愛情は本物で疑う余地のないことだった。

そして私は道明寺司に会うまでいくらかの時間が必要だった。
何しろ何もかもが突然の出来事で心に余裕がなかった。だから母親から男性が父としての名乗りを上げたいと言っていると訊かされると少し待って欲しいと言った。
すると男性は、「いつまででも待つ。半年でも一年でも待つ」と言ったそうだが、私に必要だったのは4ヶ月という時間だった。





「すまない。遅れてしまった」

約束の時間から少しだけ遅れて現れた男性は謝った。
そして席に座ると、近づいて来たウェイトレスに「コーヒーを」と言ったが、私は自分の父親として現れた男性をじっと見ていた。
初めて会ったとき、父から母には好きな人がいると言われたことから、男性は私の中に母を見ていると思った。
だがあのときすでに母と男性は再会を果たしていて、私が自分の娘であると知っていた。だからあのとき男性は私の中に母ではなく自分に似ているところを探していたのだ。

それなら私も男性の中に自分に似たところを探すべきだと思った。
今日まで男性が載った記事を見つけると自分に似たところはないかと探したが、男性は癖のある髪だが私の髪には癖がない。それに男性の目は切れ長だが、私の目は大きく丸い目だ。それに鼻筋や口元にしても、はっきりと似ていると言えるところはない。
だが直接本人を前にすれば、写真では見つけることが出来なかったところを見つけることが出来るかもしれない。
だが父と娘というのは、性別の違いから、はっきりと似ているところを見つけるのは難しいのかもしれない。だから男性の顏に私の顏にある特徴を見つけることは出来なかった。

「澪….」

「え?」

男性から下の名前を呼ばれハッとした。
そして私が男性をじっと見ていたのと同じで、男性も私の顏をじっと見ていたが、その目は真剣だ。だから、何を言われるのかと身体に力が入った。

「澪は何か嫌いな食べ物があるか?」

「嫌いな….食べ物?」

「ああ。苦手でもいい。そういった食べ物があるか?」

「いえ。特に….」

と私が答えると男性は、「よし。コーヒーはもういい。食事に行こう」と言って頼んだコーヒーが来る前に席を立ち店を出て行こうとした。
だからウェイトレスが慌てて駆け寄ってきたが、男性は財布から一万円を取り出すと、それを渡して出て行った。

私は「え?あの、ちょっと!」と言って慌てて後を追いかけ店を出た。すると店の前には車が止まっていて、男性がドアの前に立っていた。
そして「乗ってくれ。食事に行こう」と言われた。だが、「母が夕食を用意してくれるので行けません」と答えた。すると「心配しなくてもいい。お母さんには夕食は要らないと伝えてある」と返され促されるまま車に乗った。

案内された店は寿司屋。
だがそこは店の雰囲気からも分かるが客層を選ぶ高級な寿司屋。
店内に客は他に3人いたが、男性は常連らしくカウンターの前の席に座ると、すぐに60歳くらいの職人がネタ箱を見せながら今日の魚について説明を始めた。

すると男性は「大将。この子は好き嫌いがない。だから今日一番旨いネタを大将の好みで握ってくれ」と言った。そして「何を飲む?」と訊いてきたので「未成年なのでお茶で結構です」と答えると「そうだったな。それなら私もお茶をもらおう」と言ったが、「いや。ビールを貰おう。グラスは二つだ」と言葉を継いだ。

男性は未成年の娘にビールを飲ませるつもりなのか。もしそうなら親として褒められたものではないが、私はこれまで全く酒を飲んだことがないと言えば嘘になる。それに私はその経験から自分が酒に弱いことは知っている。

そして、亡くなった父の夢は寿司屋だったと訊かされたが、もし父が寿司職人になっていれば、こういった店で鮨を握りたかっただろうか。
お金のある人間が客として訪れる高級な寿司屋を経営することを目指しただろうか。
いやそれは違う。自らを江戸っ子と言った父なら誰でもが気軽に入れる庶民的な寿司屋を目指したはずだ。

「大将。昔の話で申し訳ないが天草清之介って男を覚えているか?」

私はその名前に隣に座っている男性の顏を見た。
そして次に鮨を握り始めた大将を見た。

「ええ。覚えていますよ。懐かしい名前です」

大将はそう言って遠くを見るような表情になった。

「清之介は私がこの店を開店する前の店で働いていた男の子でした。曲がったことが嫌いな男の子で将来は寿司屋を開きたいといって真面目に修行していました。ですが手を怪我して包丁が上手く握れなくなって辞めちまいました。筋が良かっただけに残念でしたねえ」

「そうか。大将が筋がいいと認めていた男か。修行を積めば旨い鮨を握ることが出来たってわけか」

「ええ。将来が楽しみでした。それにしても道明寺さん清之介をご存知で?
もしそうなら顏を見せるように言ってくれませんか?もう随分と前になりますが風の便りに海外で仕事をしていると訊きました。それなら日本食を懐かしく思うはずです。帰国したらうちへ寄れと言って下さい」

「ああ。言っておく。きっとあの男も大将が握る鮨が食べたいはずだ」

それからすぐにビールが運ばれて来たが、男性は酌を断り自らの手で二つのグラスに注いだ。そして「どうぞ」と言って出された鮨の前にグラスをひとつ置くと私を見た。

「天草は澪を立派に育ててくれた。その礼は会った時に言ったが、私はあいつと一緒にここに来て鮨をつまみたかった。だが残念ながらそれは出来なかった。だが今あの男はここにいるはずだ。娘のことが心配で見ているはずだ。だがもう心配しなくていいと言うつもりだ。
澪。献杯をしよう。このビールは天草のために用意した」

男性はそう言って鮨の前に置かれているグラスに静かに自分のグラスの縁を合わせた。
そしてグラスを口に運ぶと一気に飲み干したが、その様子は寿司職人を目指していた父に対して相応しい敬意の示し方だと思えた。
だから私も湯飲みを手にすると同じように縁を合わせたが、お茶は熱くて一気に飲むことは出来なかった。











私は父の死によって自分が知らなかった生い立ちを知った。
そしてそれを受け入れることが出来ると思ったのは、亡くなった父が心から私を愛してくれたことを知っているからだ。
それに母がとった行動を誤りだと思わない。あのときの母の行動が私に天草清之介という父と幸せを与えてくれたのだから、それで良かったのだ。
そして道明寺司が血の繋がった父親だと知り、その人を知ろうとしたが、二人で食事をしたことで男性を父親として受け入れることが出来ると思った。

次の日の朝、私は窓を開けて空を見上げたが、空というのは鉛色の雲が低く垂れていることもあれば、高く透明感のある青い時もある。
そして、空の色は大気の水蒸気の量で決まると言われているが、私が見ている空は晴天の秋の青い空。それを天色(あまいろ)というが、その空の色が今の私の気持を表していた。






< 完 > *天色の空(あまいろのそら)*
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コメント
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dot 2020.08.08 10:01 | 編集
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dot 2020.08.08 19:48 | 編集
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dot 2020.08.08 20:24 | 編集
S**p様
澪ちゃんに弟妹を!
今回のお話は澪ちゃん目線でしたが、その日は来るのか来ないのか?
やはり一人っ子では寂しいですよねえ。しかしそうなると随分と年の離れた弟妹になりますが、司も子育てしたいですよねえ。(* ̄▽ ̄)♪

それにしても暑いですね!もうグッタリしています。
今年の夏はマスクを付けての生活ですので、いつもの夏よりも暑さを感じていますがs**p様もご自愛下さいませ^^
アカシアdot 2020.08.09 21:32 | 編集
司*****E様
澪ちゃん。芯が強いしっかりしたお嬢さんだと思います。
でも芯の強さは頑固さと紙一重のような気もしますが、司とつくしの子ですからねえ。
なるほど。お嬢様。大人だと思えば、なんでこんなことをするのか?なんでこうなるのか?と思うことがあるのですね?
親の立場で見れば不思議に思うことがあると思いますが、自分がその年頃の頃のことを考えてみると、やはり親からはそんな風に思いわれていたのでしょうねえ。

こちら短編のお話ですので、かなり凝縮していますが楽しんでいただけて良かったです。
それにしてもコロナウィルスに関しては、先が見えない状況です。
今年の夏はマスク着用ですので、例年以上に暑い夏だと感じています。
司*****E様もご自愛下さいね^^
アカシアdot 2020.08.09 21:37 | 編集
ふ*******マ様
帰国子女の澪は芯が強いお嬢様のようですよ。
広い世界を見て育った澪ですから、大人の考え方をお持ちのご様子。
そんな澪の今後を期待!?人生ジェットコースター(≧▽≦)
そしてそんな時に司に似たところが出る?え?勝手に期待?
そして連載中のふたつのお話。再スタート頑張りますm(__)m
アカシアdot 2020.08.09 21:54 | 編集
ふ**ん様
コーヒー代に千円ではなく一万円を置いていく男。
司の札入れには万札しかないのです!
五千円札?見たことがないと思います。
千円札?知らねえな。そんな札があるのか?と言われそうです。
そして小銭入れは持っていません!(笑)
そして実の父、司。
娘を育ててくれた恩を返す。
ご恩は一生忘れません。施されたら施し返す。恩返しです!
タイトルの「天色」ですが、そうです。澪ちゃんの気持でした。
澪ちゃん、しっかりしたお嬢さんですねえ。
この先が楽しみです^^
アカシアdot 2020.08.09 22:00 | 編集
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