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2020
08.07

天色の空 7

私は驚かなかった。
いや。驚く余裕がなかった。母の口から語られた私の父親は天草清之介ではないという事実に感情が追い付かず驚くことが出来なかった。
そして、ただ瞬きもせず母親の目を見つめていた。

「澪。突然こんなことを言って驚くのも無理はないと思うの。それに私は長い間あなたに嘘をついてきたことを謝らないといけないの。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
でも今こうして本当のことをあなたに話すのは、お父さんが、自分が亡くなったら本当のことを話すべきだと言ってくれたからなの。それに澪はもう18歳だ。外国では大人として扱われる年齢だ。本当のことを私の口から伝えるべきだって言われたの」

父は私に母には好きな人がいると言った。
それに、お前はもう大人だ。賢い子だ。きっと二人のことが理解できるはずだと言った。
自分が死んだら母とその人のことを認めて欲しい。母とその人が一緒になることを許してやって欲しいと言った。そして自分が亡くなったらその人に連絡をするように言ったが、それは母の口から真実が語られると同時に私を本当の父親に会わせようとしていたのだ。

「澪。あなたの本当の父親はね_」

「お母さん。私。道明寺司に会った…..」

私は震える声で言ったが、それは母にとっては驚きだったのか。
母の声も震えていた。

「澪、あなた….」

「お父さんが亡くなる前に言ったの。お母さんには好きな人がいるって。
自分が死んだらお母さんとその人が一緒になることを許して欲しいって….自分が亡くなったらその人に連絡しろって名前と住所を書いた紙を渡されたの。だから道明寺司に会った.....」

そしてあの日、道明寺司は二人の関係を問いただした私を見つめ、お母さんに似ていると言って目を細めて笑ったが、その目は私ではなく私を通して母を見ていると思った。
若い頃の母を見ていると思った。
だから、母親ではない母を知っている男性を冷たい目で睨んだ。
そして、心の中に父以外の男性への思いを抱いて暮らしていた母のズルさを知り、キツイ言葉が口を突いていた。
だがあのとき男性は私が自分の血を分けた娘だと知っていたのではないか。
あの笑顔は母を見ていたのではなく私の中に自分に似たところを見つけたからではないか。

「そう。お父さんがそんなことを…..」

「ねえ、お母さんがお父さんと結婚する前に付き合っていた人は道明寺司でしょ?高校生の頃から大学を卒業するまで付き合っていた人はあの人なんでしょ?だから私の父親はあの人よね?」

母は私の言葉に頷いた。

「澪。私とお父さんは結婚をして家族になったわ。だけど夫婦というよりも友人のような関係だったの。再会した私たちの間にあったのは愛情よりも友情だったの。だからお父さんは私がひとりで子供を産むことを知って力になりたいって言ってくれたの。
それにお父さんは通信社の特派員として海外で働きたいから家族が必要だったの。
そんな私たちの結婚はあなたにすれば、打算の上の結婚のように思えるかもしれない。
でもあの頃の私は妊娠が分かって不安だらけだった。どうしたらいいのか分からなかった。
それでも産みたいと思った。だけど相手は別の女性と結婚することが決まっていた。だからいずれその人にも子供が生まれる。そのとき別の女性との間に子供がいることが分かれば彼の家庭に迷惑がかかる。でも日本を離れて暮らせば、子供のことが知られることはない。だから私はお父さんの提案を受け入れて結婚したの。そして海外を転々とした。でもあなたが中学に上がる前にお父さんはひとりの女性と出会ったわ。場所はパリ。お父さんはその人のことが好きになったの。二人は恋におちたわ」

そう言った母は段ボール箱の中に収められていた父のイニシャルが刻まれたスイス製の万年筆を取り出し私に差し出した。

「この箱の中にあるものは、その人から贈られたもの。彼女はメキシコ人でフランスの大学を卒業してパリで働いていた。通信社の仕事を手伝ってくれていた人よ。家を訪ねて来たこともあったから、あなたも会っているわ。でも覚えていないわよね?」

覚えていない。
そして想像すらしたことがない父の話に私の頭は混乱していた。

「私はお父さんに助けてもらった恩がある。だからその恩を返すことにしたの。お父さんに好きな人が出来たなら、お父さんと別れて日本に戻ろうって。そうすればお父さんはその人と一緒になることが出来るから。彼女にもそのことは話したわ。私たちは本当の夫婦じゃないって……
でも彼女はメキシコにいる家族から国に戻れと言われたわ。彼女の家はバスク系のお金持ちの家で親が決めた許嫁(いいなずけ)がいたの。だけど彼女はお父さんと恋におちた。だから親が決めた男性と結婚するつもりがないと言ったわ。でも連れ戻されたわ。だからお父さんはメキシコに会いに行った。だけど彼女は家に閉じ込められていてお父さんは会えなかった。でもお父さんは諦めなかったの。丁度その頃メキシコ特派員の席に空きが出たことで二度目のメキシコ勤務を申し出た。そして私は中学に上がる前のあなたを連れて日本に戻った。本当は中学も向うでと思ったけど、いつまでもお父さんにくっついていたら迷惑でしょ。それに私たちが帰国すれば、お父さんは娘の目を気にする必要がないから。でもお父さんが二度目にメキシコに赴任したとき彼女は婚約者と結婚させられていたわ」

男性優位主義と言われるラテンアメリカでは家父長制が当たり前の国もあり、父親が決めたことに逆らえない状況があることは知っている。
だから彼女は許嫁と結婚しなければならなかった。

「それでもお父さんは彼女に会うことを諦めなかった。何とかふたりだけで会うチャンスを見つけていたそうよ。それに彼女は夫と別れてメキシコからパリへ戻るつもりでいた。だからお父さんも彼女が離婚出来るまで待つつもりでいたわ。私もいつでも離婚に応じるからと言ったわ。でも敬虔なローマカトリックの彼らが離婚をするのは難しいわ。そうこうするうちにお父さんは病気になって日本に帰国したの」

それは無念の帰国。
だが父は目も声も最後までいつもの父だった。

「私は彼女にお父さんが亡くなったことを伝えたわ。本当ならメキシコから飛んで来たかったはずよ。でもそれは出来なかった。そしてお父さんもそれを知っていた。
だからここにあるものを元の持ち主に返して欲しいと言ったの。つまり形見として彼女に送って欲しいと言ったの」

私が知らなかった父の恋。
だが本当の父ではない。けれど生まれた時から18年一緒にいた人は紛れもなく私の父だ。
そして妻である母は、友人として父のその恋を応援していた。
そんな父と母は年頃の娘を傷つけないようにしていたことは確かだ。
そうでなければ、とっくに父の恋について知っていたはずだ。

「澪。私があの人……あなたの本当の父親と会うようになったのは、お父さんが帰国してからなの。お父さんはあの人が離婚してひとりでいることを知って連絡を取ったの。
でもまさか、あなたに、あの人と会うように言っていたとは思わなかった…..それにあなたが自分の娘じゃないことをあの人に伝えていたとは知らなかったわ……」

母はそう言うと涙ぐんで言葉を詰まらせたが、父は自分の命の期限を知り、母のためにひと肌脱いだということなのか。
そしてやはり道明寺司は私が自分の娘だと知っていて会っていたのだ。

「ごめんね澪。きっと今のあなたは混乱しているわね。だけどこれが私とお父さんの家族としての姿。お父さんは最後まで私たちのことを考えてくれた。だから私はお父さんには感謝しかないの」

私は母の唇が震えている様子に、その言葉に嘘はないと感じた。
それに、血は繋がっていなくても父と娘として過ごした18年に嘘はなかった。
だからこれまでの人生で天草清之介が父でいてくれたことに感謝していた。
そして、二人の親子としての絆は永遠だ。
だが本当の父親については、今はまだ何も考えられなかった。




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コメント
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dot 2020.08.07 07:53 | 編集
司*****E様
道明寺司が本当の父。
そのことを受け入れるために必要な時間はどれくらいでしょうね。
そして一般的に娘にとって父親の存在は母親よりも小さいと思うのですが、澪にとってはどうでしょうねえ。
亡くなった父とは血の繋がりはなくても、18年という歳月の重みというものがあります。
司は18年の時を重ねたふたりの間に入ることは出来ませんが、他の方法で娘の気持を掴んでくれるような気がします^^


アカシアdot 2020.08.07 22:35 | 編集
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